ユンベ村編8『仕組まれた魔女裁判〜天使の絶望の目に天才は何を想う〜』
村人たちが掲げる無数の松明が、炎に照らされて赤く染まったシルフィの姿を恐ろしい魔女のように浮かび上がらせる。
「あ、あの、違います……。わたしはただ、魔物からミアちゃんを、助けたくて……」
「魔物だと!? ふざけるな! 神に守られたこの神聖な森に、魔物など入ってこられるわけがないだろうが!!」
「待ってください、父さん! ミアを助けてくれた命の恩人なんですよ!」
激昂するガルドとシルフィの間に、リオが両手を広げて割って入った。
その背中側では、ミアも涙ながらに小さな声を絞り出している。
「ちがうの……おねえちゃんは、わるくない……っ」
「言い訳など聞かん! やはりお前のような得体の知れないよそ者を村に入れるべきではなかったんだ! この厄災め!!」
「父さん、やめてくれ!」
「どいていろ、リオ!!」
ガルドが怒りに任せて太い腕を振り上げ、すがりつく息子のリオを乱暴に振り払った。
「うっ……!」
地面に倒れ込んだリオは、息を呑んだ。
普段の温厚な父からは想像もつかない、狂気に満ちた変貌ぶり。
そして何より——松明の炎に照らされたガルドの首筋に、『紫に光る奇妙な紋様』が不気味に浮かび上がっているのがはっきりと見えたのだ。
「森が燃えているぞ!」
「あのよそ者のせいだ!」
村人たちも同調し、怒りの矛先をシルフィへと向けていく。よく見れば、彼らの目もどこか虚ろで異常な熱を帯びていた。
なけなしの魔力すら使い果たし、立ち上がることもできないシルフィは、ギュッと目を瞑り、怯えるように身を竦ませた。
純粋で心優しい彼女は、向けられた強烈な悪意に言い返すこともできず、ただ震えることしかできない。
——その時だった。
「——そこまでになさい、迷える子羊たちよ」
燃え盛る森の熱気と狂騒を切り裂くように、よく通る男の声が響き渡った。
ガルドの拳がピタリと止まる。
火の粉が舞う中、ゆったりとした足取りで歩み出てきたのは、純白の法衣に身を包んだ男だった。
「ヴェ、ヴェルナー様……!」
ガルドをはじめ、怒り狂っていた村人たちの表情が一瞬で『畏怖』へと変わり、一斉にその場に平伏した。
七聖天使の配下であり、この地方を管轄する聖職者ヴェルナー。
彼は慈悲深げな笑みを浮かべながらも、氷のように冷酷な眼差しでシルフィを見下ろした。
「神聖なるユンベルングの森に火を放ったのは、他でもないこの冒涜者だ。少女が見たという魔物も、この冒涜者が引き込んだものに違いない」
「そ、そんな……っ。ちがいます、わたしは……」
「黙りなさい」
ヴェルナーの声には、有無を言わさぬ絶対的な威圧感があった。
びくりと肩を跳ねさせたシルフィは、反論の言葉を飲み込み、悲痛な表情でただ彼を見上げることしかできない。
ヴェルナーは怯えるシルフィを指差し、村人たちへ向けて声高に告げる。
「そもそも——七聖天使様たちが治めるこの聖王国において、その忌まわしき『天使の姿』をしていること自体が、明らかな国家への反逆。貴様は神を騙る魔女に他ならない」
「魔女……」
「罪は重い。この者を捕らえよ。三日の磔ののち、三日後の聖日に——死刑とする!!」
死刑宣告。
その言葉が下された瞬間、ガルドたち村人の怒号が森の木魂となって響き渡った。
「待ってください! 父さん、みんな、目を覚ましてくれ!」
リオが再び必死に叫ぶが、狂乱した大人たちの怒声に物理的に押し流され、シルフィの元へ近づくことすらできない。
ミアの泣き声も、完全に掻き消されてしまう。
もはやシルフィの弱々しい弁明も、幼い兄妹の必死の訴えも、誰の耳にも届かなかった。
絶望の淵で、シルフィはただ力なく虚空を見上げた。
炎に照らされた、黄金色の瞳。
そこには、恐怖も怒りもなかった。
あったのは、深く、静かで、底のない——諦め。
◇
——ああ、知っている。
その目を、僕は知っている。
かつて鏡の中で、毎日見ていた目だ。
狂乱する群衆から少し離れた物陰。
ハルは、その胸糞の悪い断罪劇を静かに見下ろしながら、前世の記憶を蘇らせていた。
教室という名の狭い箱庭。そこは、40人の「自称・主人公」たちがひしめく戦場だった。
誰もが、自分が世界の中心だと思っている。
誰もが、自分の物語を美しくするために、平気で他人を踏み台にする。
あの子が邪魔だから悪口を言う。自分の評価を上げたいから誰かを下げる。自分の正義を押し通すために、声を荒らげる。
人は、自分勝手だ。
他人の人生なんて、自分の物語の「エキストラ」か「引き立て役」程度にしか思っていない。
僕は、そんな人間たちのエゴを見るのが嫌いだった。
無秩序に暴れまわる欲望が、美しい物語を壊していくのが許せなかった。
だから、僕は「演出家」になったんだ。
諦めたからだ。
彼らが変わることを。彼らが他者を尊重することを。
期待するのをやめた代わりに、僕は彼らを支配することを選んだ。
僕がシナリオを書けば、彼らは僕の掌の上で踊る「役者」になる。
そうすれば——世界は、僕の思い通りに、美しく調和するから。
燃え盛る炎の前で座り込むあの少女の目は、あの頃の僕と同じだ。
きっと、散々踏みにじられてきたんだろう。
誰かの「正義」や「幸福」のために、何度も「悪役」を押し付けられてきた。
抵抗しても無駄だと悟ってしまった。
世界中の人間が、自分の都合で彼女を利用しようとする現実に——絶望してしまった目だ。
僕は善人じゃない。正義の味方でもない。
ただのエゴイストな演出家だ。
だけど、だからこそ。
僕以外の人間が書いた、あんなヘドが出るような「駄作」が、現実になるのは許せない。
あいつの描いた雑なシナリオが。
穴だらけの、駄作なシナリオが。
「……本当にひどいシナリオだ」
ハルは暗闇の中で冷たく吐き捨てた。
怒りで飛び出すような真似はしない。どんな絶望的な状況下であっても、一旦冷静に状況を俯瞰し、舞台上に転がる小道具を確認するのが彼の流儀だ。
ハルの視線が、群衆の後ろでリオに庇われながら怯えるように身を縮めている一人の幼い少女に止まる。
リオの妹、ミアだ。
そして、そのミアの足元——彼女がショックで落としたであろう『ふんわりとしたコケのような植物』に目を細めた。
暗がりの中でも、ハルの目はそれを見逃さなかった。
——間違いない。あれは……。
ハルは、自分がこの世界に転生してきてすぐの出来事を思い返していた。
『その一歩、不思議と足元が発光する。見てみれば踏んで潰れたコケのような植物が青白く発光していた』
『直後、茂みが揺れ、一匹の奇妙な生物が顔を出した』
コケが発光した直後、あの凶暴な魔物が吸い寄せられるようにして現れたのだ。
「——【ブック】」
ハルは小さく呟くと、異空間から分厚い革張りの『本』を静かに取り出した。
書斎で複製した植物図鑑だ。薄暗い中、記憶を頼りにパラパラとページをめくり、目的の項目へと視線を落とす。
——【ヒカリゴケ】
発光時に特殊なマナを発生させ、それは『魔物を引き寄せる』性質を持つ。
そして何より不可解なのは、その生息地だ。
『焦土帯』。
通常の人間であれば足を踏み入れることすら叶わない、致死の瘴気と危険に満ちた絶対禁忌の領域。ハルはなぜか無事だったが、この表記上それはイレギュラーだったのだろう。
そんな場所にしか自生しないはずの植物が、なぜ、神に守られた聖域であるこの森に落ちているのか。異常としか言いようがない。
「なるほどね」
パズルのピースが、ハルの脳内でカチリと音を立てて組み上がった。
こんな危険な代物を、幼いミアが自力で採ってこられるはずがない。ヴェルナーが描いたであろう『台本』の全貌が、手に取るように理解できた。
ヴェルナーは、あの少女に「森に薬がある」と言って騙し、あらかじめ森にヒカリゴケを配置し、薬の特徴を発光する植物とでも言って探させたのだろう。
そして発光したコケが魔物を呼び寄せる。
純粋でお人好しなシルフィなら、泣き叫ぶ少女の声を聞いて、間違いなく危険を顧みず助けに出るだろうと予想して。
真の狙いはただ一つ。
魔物を呼び寄せ、森に火を放った魔女——という『冤罪』をシルフィに着せ、洗脳紛いの手段でガルドたち民衆のヘイトを煽り、合法的に処刑すること。
それが、あの胡散臭い片羽の聖職者が描いたシナリオの正体だった。
「ふっ……」
暗がりの中、ハルの口から再び乾いた笑いが漏れた。
マッチポンプで危機を演出し、無垢な少女に罪をなすりつけ、言い返すことすらできない心優しい本物の天使を魔女として断罪する。
悪辣で、卑劣で、反吐が出るほど胸糞が悪い。
「タイムリミットは三日か。上等だ。お前の書いたそのくだらない台本……」
燃え盛る炎を瞳に反射させながら、ハルはパタンと本を閉じ、静かに歩き出した。
彼の心臓は今、かつてないほどの高揚感で打ち鳴らされていた。
「僕が、最高傑作に書き換えてやるよ」
闇に溶けるように、演出家は静かに舞台袖へと姿を消した。
第8話、お読みいただきありがとうございました。
三流の悪役が書いた、穴だらけで胸糞悪いシナリオ。
しかし、舞台袖にはすでに「本物の演出家」が控えています。
タイムリミットは三日。ここからハルがどんな手を使って、この絶望的な盤面を『最高傑作』へとひっくり返すのか——いよいよ反撃の幕開けです。
「ハルの書き換えるシナリオが気になる!」「早く開演して!」という方は、ぜひ【お気に入り登録】と【★での評価】という名のチケットで、この舞台を応援していただけると最高に嬉しいです!
次回は明日20:10!! お楽しみに!




