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ユンベ村編3『お人よしコンビに迫る魔の手〜天才演出家異世界初のショー開幕〜』

 

「ハルさん……珍しい名前ですね……」


 シルフィの紹介により、とりあえずは誤解は解けた。

 彼女の名はイリアというらしい。


「とりあえず隠してください……」


 イリアは、ハルに布を渡した。ハルは「どうも」とそれを受け取り、パンツ一丁の体に巻き付ける。


「イリアさんは、最強なんです!」


 シルフィがいう。


「イリアさんは、この世界で一番強い人間なんです! それにすっごく優しい!! こないだ悪い人たちから救ってくれました!」


「シルフィ、だから言ってるじゃない。あの時助けられたのは運が良かっただけ! あなたも、私も……。そもそも、なんでまだこんな場所にいるの……? リ・プルームにかくまって貰えば、あなたは安全だったのに!」


「村に行くんです!」


「まさか——ユンベ村!? ダメよ、あの村は危険よ! あなた自分の立場わかってるの!?」


 切迫した表情でイリアは続ける。


「もし——あなたがこの前に言っていた話しが事実なら。あの村に行ったら、なおさらに苦しむだけよ……」


「それでも行きたいんです。あの村が、私の旅の終着点です」


 数秒の沈黙の後、イリアは大きなため息をついた。


「この先はこの前みたいに同行はできないわ。仲間を待たせているの……。もし、何かあった時は、この笛を鳴らして。できるだけ急いで駆けつけるわ」


 ハルの背中越しにイリアから笛を貰い、陽光に照らす。シルフィは満足げにイリアに笑いかけた。


「やっぱりイリアさんは優しいですね」


 ぷんっ、とツンを見せたイリアだったが、すぐ背後の気配に気づいた。人影がこちらに歩いてくる。


「じゃあ私は行くわ。シルフィ、気をつけてね」


 イリアはハルの方に向き直り、睨みを効かせた。


「シルフィに変なことしたら、ぶっ殺すからね」


 次の瞬間、人間とは思えないスピードで残像を残しながらイリアが姿を消した。だてにシルフィに人類最強と称されてはいないようだ。


 人影は迷いなくこちらに迫ってきた。敵意はなさそうだった。

 近づいてきたのは、青年だった。


「こんにちは!!」


 まだ距離があるというのに、めちゃくちゃ元気に手を振ってくる。またキャラの濃そうなのが来てしまった。

 褐色で栗毛の青年が、人懐っこい大型犬のように駆け寄ってくる。


「お二人は旅のお方ですか?」


「こんにちは! 天使のシルフィです! 今から、あっちのユンベ村へ行く所です!」


 シルフィが元気よく遠くの山を指差し、天使の自己紹介をする。「毎回それ言うのか」とハルは心の中でツッコんだが、口には出さないでおいた。彼女には相当なこだわりがあるらしい。


「おお!! それは奇遇です! 私はユンベ村に住んでいる、リオと申します!!」


 天使という単語は完全にスルーされた。凄まじい熱量と笑顔だ。


「ちょうど今、旅の帰路なんです!! ここから歩いて三日ほどかかりますから、ぜひ案内させてください!!」


 三日もかかるのか——。

 ハルは異世界の広大さに若干絶望しつつ、隣で「えへへ」と笑う少女へとジト目を向けた。


 ——三日かかる距離を、こいつは足を攣った状態で『あっちです!』と一人で行こうとしていたのか……?


 なんという無計画。なんという危なっかしさ。

 呆れ果てるハルだったが、今の状況を考えればこれは非常に好都合な展開でもあった。この無防備な少女をおぶったまま、見知らぬ土地を三日間も歩き続けるなど不可能に近い。


 ならば、向こうからやって来たこの『お人好しの村人』という配役を利用しない手はない。


「……助かります。俺たちは道に迷っていたので、ぜひ案内をお願いできますか?」


 ハルが人畜無害な笑みを浮かべて頭を下げると、リオはパァッと顔を輝かせた。

 とりあえずの足(兼ガイド)は確保した。こうしてハルたちは、熱血青年リオの案内で、三日の道のりとなるユンベ村へと足を進めるのだった。



 ◇


 リオは純粋ないいやつだった。


 病床の母の薬を求め、半年ほど村を離れていたそうで、久しぶりの帰還に胸を躍らせている。


 シルフィは天然だが、リオもまた天然だった。キャラが濃すぎるご機嫌な二人に挟まれながらも、ハルは「やれやれ」とその足を進めた。



 太陽が地平線に沈みかけ、空が赤黒く染まり始めた夕暮れ時。

 焦土帯に隣接した薄暗い森に沿って数時間歩き続けた頃、遠くから土煙を上げて一台の馬車が近づいてきた。


 馬車がハルたちの前で止まると、御者台から一人の男が降りてくる。顔に生々しい傷跡がある、少し強面な男だった。続いて、荷台の中からさらに二人の男が姿を現す。


「やあ、旅のお方。こんな時間に歩きかい?」


 愛想よく挨拶をしてきた顔の傷の男だったが、その視線が一瞬、不自然に動いたのをハルは見逃さなかった。

 男は、リオの腰に帯びられた剣を値踏みするように見たのだ。


「もうすぐ日が暮れる。この辺りは夜になると、いつ魔物が襲ってくるかもわからない危険な道でね。もしよかったら、今日は我々と一緒に野営しないか?」


「本当ですか! 助かります!」

「おお! なんてご親切な方々だ! ぜひご一緒させてください!」


 シルフィとリオは、満面の笑みで即答した。他人を疑うことなど微塵も知らない、眩しいくらいのお人好しコンビである。


 だが、一歩引いた位置にいたハルはその状況を俯瞰してみていた。

 男の不自然な視線の動き、声のトーン、そして微かに歪んだ口角から、即座にそれが『嘘』であると見抜いていたのだ。

 ——……セリフ回しが大げさだ。それに、行商人にしては手に武器を握り慣れたタコがある。三流の役者だな。


 ハルは一切顔に出さず、人畜無害な作り笑いを浮かべて「よろしくお願いします」と頭を下げた。



 野営の準備が始まり、それぞれが作業を分担する。

 シルフィは、まだ足が完全では無いので馬車で食材の分別を、ハルとリオと二人で焚き火の準備を、もう一人の男は魔物の見張りに別れた。


 ハルは焚き火用の枝を拾い集めながら、ふと口を開いた。


「そういえば……この辺りの森には『欲深い者の前にだけ現れる亡霊』が出るそうですね」


「亡霊……?」


一人の若い男は、その言葉に体を縮こめた。


「裏切られて死んだ者の無念が、不気味な青白い光になって彷徨うとか……」


「けっ、ただの子供騙しの迷信だろ」


 もう一人の男は鼻で笑った。


 ハルがなぜそんな突拍子も無いことを言ったのか、そばにいたリオには全くわからなかった。


 ◇


 すっかり日が落ちた頃。

 少し離れた場所で、男たちが夕食のスープを準備している。彼らは声を潜め、ハルたちからは絶対に聞こえない距離で密談を交わしていた。


 だが、ハルには関係ない。

 暗がりに立つハルは、とあるスキルを発動する。


「【ズーム】」


 【ズーム】——レベルに応じて、視界の倍率を変えることができる便利なスキルだ。

 ハルは彼らの口元を限界まで拡大した。

 そして、男たちの唇の動きを読み取る——読唇術だ。

 一言一句完璧に、その会話を読み取っていく。


『いいか。あのスープに薬を入れて眠らせる。あの女は奴隷商に高く売れそうだ』


『間違いねぇ。売り飛ばす前にちょっと遊んだっていいよな?』


『おい集中しろ。あの剣を持った男には注意しろよ。みた感じ相当の手練れだ。お人よしのバカで助かったが——』


『ああそうだな。あのヒョロい黒髪のガキの方は?』


『適当に脅せばすぐに黙るだろうよ。ただの荷物持ちだ』



 下劣な計画の全貌。

 ハルは拾った薪を抱えながら、誰にも見えない暗闇の中で一人、ひっそりと口角を吊り上げた。


 ——ヒョロい黒髪のガキ、ね。


「……僕を舐めすぎだな」


 ——さあ、完璧な喜劇ホラーショーの準備を始めよう。


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