プロローグ『演出家は舞台裏で嗤う』
この村のすべての人間がそれを望んでいた。
「冒涜者め!!」
「焼き殺せ!!」
正午の陽光が白く焼ける石畳。広場を埋め尽くす群衆の頭上に、『火刑』の二文字が鉛のように垂れ込める。
粗末な木組みの処刑台。
そこに縛りつけられているのは、銀色の髪と黄金の瞳を持つ美しい少女だった。
「仲間を信じています……」
それが少女が最後に口にした言葉だった。
「神を冒涜する魔女に与えられるのは——浄化の炎のみ!」
聖職者ヴェルナーの残酷な宣告とともに、男が松明を振りかぶる。
少女は祈るように目を閉じた。
刑が執行される——
そう誰もが確信したその時——
異変は前触れもなく起きた。
ピカッ!!
「——うぁっ!!」
「——なんだっ!?」
世界を白く染め上げる異常な閃光が広場を包む。
直後。
メキッ。
小さな音だった。その音の出どころを見た村人は息を呑んだ。
「——ぞ、像が……泣いておられる……!?」
広場の隅に建つ偉大なる主神の石像。
その目から滝のように『涙』が流れ始めたのだ。
ズガガガガッ!!
「——像が倒れるぞ!!」
罪の重みに耐えかねたかのように処刑台に向かって倒壊する神像。
と同時に、一直線に走った地割れが、少女を縛る台座だけを木端微塵に粉砕する。
「バカな……」
ヴェルナーは自分が見たものが信じられない。まるで神が、今まさに処刑しようとしているこの少女を庇っているみたいでは無いか——。
群衆も同じことを感じていた。
広場が凍りつく。
「魔物だぁぁぁああっ!!!!」
静寂を切り裂いたのは見張り台の男の悲鳴だった。
全員が南を向き、その光景を目の当たりにする。
地平線が、動いていた。
土煙を巻き上げ、数百を超える獣型の魔物が、一直線に村へと突進してくる。ズズン、ズズンと腹の底を揺らす地鳴りが迫る。
「嘘だろ……あんな数の魔物……!」
「村が、村が終わる……ッ!」
悲鳴を上げ、パニックに陥り逃げ惑う人々。
その絶望の只中で——満身創痍で地面に投げ出されていた少女が、動いた。
美しい銀色の髪を靡かせ、黄金の瞳で遠くを見据え走り出す。
「あの娘、何を……!?」
「逃げる気かっ……!!」
まだ奇跡を信じられない男たちが罵声を浴びせる中、誰もが予想しなかった行動を彼女はとった。
逃げる群衆を掻き分け、自ら魔物の大群へ向かって駆け出したのだ。
少女は数百の黒い波の前にたった一人で立ちはだかり、両手を大きく広げて背後へ叫んだ。
「逃げて!! 皆さんは逃げて!!」
群衆は唖然とした。
「なぜ……あの娘は……?」
つい先ほど、自分を焼き殺そうとした人間たち。
「ここは、わたしがなんとかします!!」
それを守るための決死の叫び。
だが、少女の魔力はとうに尽きている。足は震え、立っているのがやっとの状態だった。
地面が弾け飛ぶほどの蹄の音。
魔物の先頭が、ついに少女を蹂躙しようと目前まで迫り——少女は祈るように目を閉じた。
万事休す。絶対絶命。
誰もが少女の死と、村の崩壊を確信した。
ただ一人——『彼』を除いて。
少女を火刑に追いやった張本人。聖職者ヴェルナーは、パニックに陥る群衆の中で、異様なものを見てしまった。
神の奇跡も、数百の魔物も、ヒロインの自己犠牲も。
すべてが自分の書いた「台本通り」だとでも言うように。
一人の黒髪の青年が、この絶望の底で、ただ一人満足げに嗤っていたのだ。
◇
——事の始まりは、少し前に遡る。
日本有数の名門学校に、こんな噂があった。
インターネットの深層に、ある都市伝説めいたサイトが存在する。
依頼さえすれば、どんな絶望的な状況も、複雑怪奇な人間関係も、すべて思うがままに演出し、望む「現実」を奇跡のごとく確定させてくれるという。
報酬は金銭ではなく、なぜか『購買の激辛カレーパン』であると噂されていた。
そんな奇妙な噂の主は——今、学校の屋上のフェンスに寄りかかり、眼下を見下ろしていた。
「……配役よし。環境光よし。風速、微風。エキストラの配置。うん脚本通りだ」
黒髪の青年——ハル。
彼は片手に激辛カレーパンを持ち、手元には一冊の黒いノートを開いていた。
そこには、眼下で繰り広げられる人間模様のすべてが、一言一句違わず記載されている。
これは、他人の人生を盤上の駒のように操る「天才演出家」が、異世界という最高の舞台に降り立ち、神すらも欺く大逆転劇を創り上げるまでの——喝采の記録である。
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