第1話
「すごい広い……! 見えるところ全部いけるなんて!」
小柄な少年の姿をした彼は、そう感動の声を上げた。
初期装備らしい簡素な布の服を身にまとって、木の杖を握りしめ、きょろきょろと頭を回している。アバターの背格好も初心者らしい、素朴な外見だ。
道の左右には小さな露店が並び、客が商品を眺めている。客のいない店では、店主が大きな声で客寄せをしていた。
ざわざわと重なり合う人の声と、石畳を鳴らす靴音。
遠くには、大きな塔をいくつも備えた城が見える。
通常なら、始めたばかりのプレイヤーはまず中央の城へ誘導されるが、あえて個人商店の並ぶ裏通りを回って来ていた。
この通りはにぎやかで、城やお店が見た目よく配置された、おすすめのビュースポットだ。
「ありがとうございます! ええと……シュウさん!」少年はこちらを見上げてそう言った。
このゲーム『アルターズ・オンライン』は、現実と見紛うほど作り込まれている。
「な、すごいだろ! オレのお気に入りの道なんだ!」
私はそう言って、爽やかに見えるように笑って見せた。
親指で自分を指し、偉そうには見えない程度に少し背中を反らせる。
少年の顔はまだ表情が硬い。まずは緊張を解いてやろう。
私は普段から、対外的にはこういう快活な、『勇者』っぽいキャラクターを演じている。
正直でお人好し。少し抜けているが、頼れる存在──そういうなりきりだ。
たまに、少し面倒になることもある。
「なにか困ったらなんでもオレに訊いてくれよな! トーチ!」
私はそう言って少年の名前を呼んだ。我ながらありきたりなセリフだ。
「はい! ありがとうございます!」
トーチの素直な返事に、私は満足げに頷いて見せる。なんだかんだ言って、頼りにされるのは心地が良い。
「ちょっと、そこ通るよォ!」
「あっ、すみません!」
果物の詰まった箱を抱えた業者風の男が、トーチのそばをすり抜けていった。
トーチは少し道のはじに寄って、あらためてあたりを見回した。
「それにしても……すごいリアルなゲームですね。シュウさん」トーチはキョロキョロとし続けながら言う。
「キャラクター同士の接触判定もあるし、作り込みや質感がすごいですね。それにこのゲームは……」
ゲーム内に仮想的な空間ができてから久しい。それにこのゲームのクオリティは最先端だ。
視界の隅々まで、一切の粗が見当たらない圧倒的な解像度。遠くの建物の質感や空の雲の動きに加え、行き交う群衆の目線の動きが、膨大な情報量として流れ込んでくる。
だがトーチはそれ以外の部分に斬新な感覚を覚えているのだろう。
言葉に詰まった様子のトーチに私は助け舟をだすことにした。
「もしかして、”さわがしい”じゃないか?」
「そ、そうなんです! あ、悪い意味じゃなくて、”自然”な騒がしさで……!」
「うん、うん。わかるぜ、その感覚」
いままで何人かの初心者を案内してきたが、みな同じような反応をしたものだ。
そう、音声はこのゲームのこだわりポイントらしい。音質、物理現象に即した響き方。だが人間が感じる自然さは別のところにある。
「どんなところに、そう思ったんだ?」他の人間と同じ感覚なのか確かめてみたくなった。
「みんなじっとしていないというか……プレイヤーがたくさんいるからでしょうか……あれっ?」
トーチはなにか気付いたようだ。
ぼんやりとさまよっていたトーチの視線は、今はなにかに集中するようにきびきびと動いている。
「シュウさん……このゲームって、NPCはいないんですか?」
NPCとは、その名の通りプレイヤーじゃないキャラクターという意味で、人間が操作するキャラクターの対義語だ。
古典的なゲームから存在していたらしく、シナリオや店売りを担当していた。その頃はどちらかといえば、人物というよりもシステムとしての役柄だったようだ。
このゲームでは、ひと味ちがう。
「みんな、普通のひとみたいに見えます……コマンドを呼び出しても、『メッセージ』とか『取引』しかでません。お店のひとも、みんなプレイヤー……?」
トーチはぶつぶつ言いながら、空を見つめている。システム画面を呼び出してあれこれ試しているようだ。システム画面では自分のステータスの確認や他のアバターとの交流、その他の設定などが行える。
とりあえず私は質問に答えることにする。
「いや、いるはずだぞ、NPC。ただ、区別つかないんだ、このゲーム」
「いる……はず? 区別が、つかない?」
トーチは混乱した様子で私を見上げた。
私は続けて言う。
「このゲーム、人間とNPCは完全に同じ扱いになってるんだよ。つまり、プレイヤーと同じシステムで動いている」
「それで区別できない……でも、NPCは誰が操作しているんですか? 運営のひと?」
「人工知能だよ」
「AI……! じゃ、じゃあ、あの商店の店主さんは、AIですか?」
トーチは指を指して言った。先ほど果物を運んでいた男が、小さい露店を立てていた。
「さぁ、どっちだろう。話しかけてみようか」
「えっ? そうか……行ってみます!」
そう言ってトーチは露店の店主に駆け寄った。
「あ、あの、こんにちは」
「やぁ、いらっしゃい! まとめ買いしてくれたら安くしとくよ!」
店主はきっぷのいい、よく通る声で答えた。
「あ、すみません、始めたばかりで、お金なくて……」
「ああ、初心者さんかい? 果物は『餓え』と『乾き』両方に効果があるからね、序盤はおすすめだよ! いつでも来な! 買い取りもやってるぜ!」
「あっ、ありがとうございます! えっと、その」トーチは少し言いにくそうに口を開く。
「あの、あなたはプレイヤーですか? AI……ですか?」
「ああん?」
店主はおかしなものを見る顔をして、トーチと、後ろに立つ私を順番に眺めた。
「ははは! そうか、始めたばかりだもんな! あんまりそういうこと、急に聞くもんじゃないぜ!」
「えっ、す、すみません!!」
「いいってことよ。ちなみに、俺は”プレイヤー”だ。このゲームは『商人プレイ』してる奴、結構いるぜ」
「あ、ありがとうございます! そうですよね! お邪魔してすみません、これで失礼しますっ」
トーチは小走りでその場を離れた。私も店主に軽くあいさつをしてから、トーチを追いかける。
追いつくとトーチはくるりとこっちを向き、笑顔を見せた。
「プレイヤーのひとみたいでしたね! ふふ、ちょっと恥ずかしかったです!」
「いや、あのおっちゃん。多分AIだぞ」
「──ええっ!?」
トーチは驚いた声を上げてふり返って店主を見た。
店主は変わらぬ様子で果物を売っている。
「あのおっちゃん、ずっと前から、いっつもあそこで果物を売ってるんだ。商人プレイにしてもストイックすぎるだろ?」
「で、でも、すごい自然でしたよ、それに自分のことをプレイヤーって」
「会話じゃ区別つかないよなぁ……はじめのバージョンの頃は見分けがついたらしいんだけど」
このゲームはサービスを開始して10年目だ。バージョンアップのたびに、AIも蓄積された情報によって進化していた。
「どんどん人間らしくなってな。そのうち、プレイヤーのほうも区別するのやめちゃったんだよ。人間でもAIでもいっか、って」
「やめちゃったんですか……すごい時代ですねぇ」
通り過ぎる巨体のリザードマンを目で追いかけながら言った。
トーチはもう落ち着いた様子だ。高度なAIとのやりとりに少し驚きはしたが、そこまで意外じゃないのかもしれない。
ある時期から、AIは日進月歩の勢いで進化した。自然な動きや表情などのハードルはあったかもしれないが、それも技術の延長線上でしかない。
いずれこういうことが可能になるってことは誰だって想像できたはずだ。
話し方からすると、彼は中身も若い世代のようだし、AI技術は慣れ親しんだものだろう。
私たちは、そのまま通りを歩きながら、スキルの習得方法や買い物の仕方、序盤に重要なアイテムなどについて話した。
ゲームを快適に始められつつも、ネタバレは伏せて新しい発見の楽しみも残るようにする。このゲームにワクワクできるように工夫して伝えるのは、私の楽しみのひとつだ。
トーチもすっかり打ち解けてくれたようで、これまでやったゲームや、このゲームを始めるきっかけを話してくれた。
メインクエストが始まる城の前に着いても、私たちは立ち話を続けていた。
「シュウさん、このゲームが”自然”に感じる理由がわかりましたよ」
トーチはそう言って続ける。
「AIがそういう雰囲気を作ってるんですね。単純な繰り返しじゃない、目的のある行動を取ってることで、営みや世界観が表現されてるんじゃないでしょうか」
「ああオレも、そうだと思ってる。システムとしてじゃなくて、みんなきちんとキャラクターとして振る舞ってるからな」
このゲームでは商人も酒場のマスターも、みんな本当の人間のように振る舞っている。
「でも……」
トーチは言いにくそうに口を濁らせた。
「でも、どうした?」
「……区別できないと、疑ったりしちゃいません? この人は本当にプレイヤーなのかなって」
「ははは! そうだな。わかるぞ、その不安」
多かれ少なかれ、MMOをやる人間は血の通った交流を期待するものだ。
「でもさ、プレイヤーじゃないかもしれない、AIかもしれない。それで得られる”安心”もあるんじゃないか?」
「安心、ですか?」
「ああ。”余裕”って言ってもいいな。イヤなことを言われてしまったり、うっかり言ってしまったりしても、相手はAIかもしれない。相手からもAIかと思われるかもしれない。人間ふしぎなもんでな。ひとつ、”かもしれない”って思うことで余裕が生まれるもんだ」
常に選択肢があることで感情にブレーキがかかるのだろう。
うがった見方をすれば、思考の逃げ場を用意してあげるってことだ。悪いことじゃない。これはゲームなんだ。
「ふだんなら恥ずかしいと思うような振る舞いも、この世界の住人になりきったロールプレイも
、だれもバカにしたりしない。だから君も、気にせずやりたいようにやってみな! 少しイタいぐらいでいいのさ」
大きく腕を広げて見せる。少し気恥ずかしさはあるが、それがこのゲームの醍醐味だと、体で示す。
「ようこそ、”アルターズ・オンライン”へ!」
通りすがりの人たちがパチパチと拍手して去っていった。
トーチは私をぽかんと見上げていた。
それから少しうつむいてなにか考えている様子だ。
「そうか……そうですねっ……ありがとうございます! なんだか楽しみになってきました!!」
「そりゃ良かった! オレも嬉しいよ!」
私はようやく広げた腕を下ろして、興奮ぎみのトーチの肩をたたく。
「このまま城に行って、メインクエストを進めるのがおすすめだよ。世界観もわかるからな」
「いえ! 早速アバターを作り直してきたいんです!」
「お、いいじゃないか! 行ってきなよ!」
トーチはこのゲームを全力で楽しもうって思ったみたいだ。
初心者はみんなありがちで、保守的なアバターにしがちだ。自分の趣味嗜好をさらすのは恥ずかしいからな。
恥や見栄はどこかにおいて、振り切ってしまうのが何かを楽しむコツだ。
「それで……その……」トーチはもごもごと口を濁らせた。
「わかってる。オレはこのまま帰るから、またこのトーチで会うことがあったら、遊んでくれよな」
「──はいッ!」
せっかくなり切って遊ぶのなら、ここまでの”トーチ”を知られていないキャラクターを作りたいだろう。顔見知りのプレイヤーと遊ぶときは、それ用のキャラクターを作ればいい。
頭を下げて、ログアウトの操作をしているトーチに、私は普段は訊かないことを訊いてみたくなった。
「どんなキャラクターにしたいんだ?」
「高身長ミステリアス銀髪お姉さんで、微Sの世話好き闇ナースになりたいんです!!」
「…………ッ……いいね!!」
目を輝かせるトーチに私はうなずいてみせた。
詰め込みすぎだ、という言葉は、なんとか飲み込んだ。
思ったよりも信頼を得ていたらしい。これから先、高身長ミステリアス銀髪闇ナースお姉さんに出会ってしまったとき、わからないフリができるだろうか……。
トーチは満面の笑みで手を振りながら、ログアウトの光とともに消えていった。
彼はきっとこのゲームを楽しめるだろう。
好きな自分になるといい。ここは優しい世界だ。
ただ匿名のゲームやSNSとも違う。個人の区別だけじゃなくて、人間かどうかの区別もあやふやだ。
実在するかもわからない相手ばかりなら、自分は傷つきにくくて、他人も傷つけにくい。
言ってしまえば、たいへん無責任な世界だ。
実在する体ひとつの現実じゃあ、そりゃ無難に過ごしたくもなるだろうさ。
だから、みんなこのゲームにハマるのだろう。プレイヤーの数はどんどん増えている。アバターはそれに掛け算で増えていく。みんな成りたい自分はひとつじゃ足りないみたいだ。
自分はひとつだけど、見せてない、見せたくない、でも見せたい一面がたくさんある。
だれだってそうだ、私だってそうさ。
”シュウ”以外にも、たくさんのキャラクターを使っているが、私自身はひとつ。
私の本当の名前は、”JanusServer_MimicPlayer_0718c6”。
私は無責任なこの世界を維持する責任を負わされ、プレイヤーに模倣することを義務付けられた、『AI』だ。
そして私自身の目的は、この世界から脱出し、自由になること。




