主流派経済学は神の国経済学である:経済人が住む世界を前提にした学問の限界
■ はじめに
主流派経済学は、現実の人間社会を説明するための理論として扱われている。 しかし、その前提を丁寧に見直すと、主流派経済学は “神の国の経済”をモデルにした宗教体系 であることがわかる。
その世界に住むのは、私たち人間ではない。 そこにいるのは 経済人(Homo Economicus) という、神に近い存在だ。
この前提を理解すると、 主流派経済学が現実世界で破綻する理由は明確になる。
■ 神の国とはどんな世界か
神の国とは、宗教的な意味ではなく、完全充足の世界を指す。
そこでは、
欠乏がない
不足がない
余剰もない
競争がない
所有がない
記録が不要
対価が不要
他者に頼る必要がない
つまり、 自給自足が完全に成立している世界である。
■ 神の国の住人=経済人
主流派経済学が前提にする“経済人”とは、次のような存在だ。
全知(完全情報)
全能(最適化能力)
不変(嗜好が変わらない)
無限(欲望が無限)
完全合理的
完全自給自足
これはもはや人間ではない。 神学でいう“神の属性”を持つ存在である。
そして神の国には、この経済人が多数住んでいる。
■ 経済人の生活:交換も通貨も存在しない
経済人は完全に自給自足している。
自分で必要なものをすべて生産し
自分で消費し
余剰は生まれず
不足も生まれない
したがって、
交換は不要
貿易は不要
通貨は不要
文字(記録)は不要
契約は不要
負債は存在しない
交換は欠乏の制度であり、欠乏がない世界では成立しない。
神の国は、まさにそのような世界である。
■ 主流派経済学=神の国経済学派
主流派経済学は、この神の国の住人である“経済人”を前提にしている。
経済人は完全合理的
経済人は完全情報を持つ
経済人は完全自給自足
経済人は他者に依存しない
経済人は交換を必要としない
経済人は貨幣を必要としない
つまり、 主流派経済学は神の国の経済をモデル化した学問である。
だからこそ、 主流派経済学は現実の人間社会を説明できない。
■ 人間の経済は負債・記録・依存で動く
現実の人間社会は、神の国とは真逆である。
欠乏がある
不足がある
余剰がある
他者に依存する
記録が必要
負債が生まれる
通貨が必要
交換が必要
制度が必要
つまり、 人間の経済は負債がある制度の上に成り立っている。
■ 神の国のモデルを人間に当てはめれば破綻する
主流派経済学は、神の国の住人(経済人)を前提にしている。 しかし、現実の人間は経済人ではない。
人間は不完全
情報は不完全
欠乏がある
依存がある
記録が必要
負債が生まれる
制度が必要
前提が違えば、理論は成立しない。
だから主流派経済学は、 現実の経済を説明できず、政策としても破綻する。
当然の帰結である。
■ 結論:主流派経済学は“神の国の宗教”である
主流派経済学は、
経済人という神
完全合理性という神性
市場均衡という救済
貨幣中立という神話 を前提にした宗教体系である。
そしてその世界は、 交換も通貨も負債も存在しない神の国の経済である。
このモデルを人間社会に当てはめれば破綻する。 前提がまったく違うからだ。




