2、生きていてほしかった
話の構成を何も考えずに思い付きで書き始めてしまったことを後悔してます・・・
投稿ペースは不定期になりますし、話もグダグダでまとまりがないかもしれませんが、
読んでいただけたら幸いです。
少しずつ文章書くのをうまくしていくんだ・・・
9月4日息子が死んだ。
事故でも他殺でもない。自殺だった。
夕飯ができたため、部屋に呼びに行ったとき返事がなかった。
寝てるのかと思って、扉を開けたらそこには息子が死んでいた。
私の頭の中には、「なぜ?」や「まだ生きているかも」「死んではダメ」と
感情や思考が止まらずそこに立ち尽くしてしまう。
少しすると脳が理解し、私は膝から崩れ落ち水滴が落ちる。
それが涙であると理解すると胸が苦しくなり、泣き叫んでしまう。
叫び声に気づき夫がやってくる。
この光景を見た夫は、すぐに理解し、心臓マッサージと人工呼吸を始める。
何もできない私と違いすぐに行動に移せる夫は尊敬できた。
ただ、今この状況においては助からないだろうと2人ともうすうす気づいていたのだと思う。
それでも、泣くことも行動することも止めることはできなかった。
やがて夫がよんだであろう救急車が家に到着し、息子は病院へと運ばれていく。
救急隊の方が励ましてはくれるが、もう助からないのは目に見えてしまっている。
そして、息子は死んだ。
息子は、いつでもわんぱくで興味があることができるとすぐに行動し、
時には危ないことも平気でできてしまうほど後先考えない性格だった。
だから、いつも心配が尽きなくて、ついつい口うるさくなってしまった。
それも、もしかしたらストレスになってしまっていたのかもと自分が嫌になる。
しかし、いつだったかある日を境に息子は、いろんなことに興味をなくしてしまったかの
ように無気力になっていた。
今となっては、理由を聞く方法もなくわからないが、
もっと気にかけて話を聞き出そうとしていたら変わっていたのだろうか。
そんな答えの出ない自問自答が常に頭の中をめぐる。
だが、いつまでもこうしているわけにもいかず、
重い腰を上げながら、息子の葬式の準備を始めた。
葬式をするために、息子の身辺整理を始めた。
昔はものであふれかえっていた息子の部屋も息子が無気力になってからは、
自分でほとんど処分しており、なんとも殺風景な部屋になっていた。
ふと押し入れの奥のほうに4通の手紙を見つける。
押入れの物陰に隠すように置かれており、普段の掃除では見つけられないようになっていた。
手紙が書かれた時期はわからないが、すぐに見つかる場所に置いていないということは、
前々から書いてあったのではないか。
もしかしたら、死ぬことはすでに決めていたからこそ、いろんなことに無気力で
いろんなものを処分していたのかもしれない。
いやな想像だけは、すぐに思い浮かんでしまう。
自分の悪い癖だ。
4通の手紙は、私たち両親に向けて2通、よく遊びに来てくれた息子の友人宛であろう
手紙が1通、最後の1通は、私の知らない子へ向けた手紙だった。
とりあえず、母親宛つまり自分宛の手紙を開いてみる
「母さんへ
先立つ不孝をお許しください。
僕が死んだ理由は、生きることにつかれてしまったからです。
決してお母さんやお父さん、友人関係に原因があるわけではありません。
ただ疲れてしまいました。
相談できなくてごめんなさい。
沢山叱ってくれて心配してくれてありがとうございます。
沢山愛してくれてありがとうございます。
こんなバカな息子でごめんなさい。
もう一度生まれ変わるなら母さんの息子でありたいと思えるほど、大好きです。
さようなら。
」
文字が少しにじんでいる。
これを書いているとき、少し泣いていたのだろうか。
ふと目がかすむ。
自分も泣いていることに気づく。
気づいてしまった。
涙がとめどなく流れ続ける。
嗚咽が止まらない。
「ダメな母さんでごめんなさい。
もっとあなたと話しておけばよかった・・・
もっと話したかった・・・
気づいてあげれればよかった・・・」
後悔が止まらない。
自分のことが嫌になる。
なんで気づいてあげられなかったのか、どうしたらよかったのか。
また、答えのない自問自答が止まらなくなる。
泣きつかれ、少し落ち着いたころ、身辺整理を再開する。
止まっていられない。
せめて息子を安らかにそして、送り出さなくては。
今できることはそれだけだと信じ、葬式の準備を進めていく。
葬式の日、
息子が生前好きだった曲をかけ、無気力になる前にはまっていたギター・・・は
入れられないためギターの譜面と友人に勧められたと話していた本を棺桶に入れてあげ、
お見送りをする。
ふと、視線を感じる。
もしかしたら、息子が最後に会いに来たのかもしれない。
言ってやりたいことはたくさんあるが、一言だけ。
「あなたは自慢の息子よ」
そうして、息子は灰となった。
49日を超えてもなお、消えることのできない僕は、なぜ消えられないのか考える。
「両親に何も伝えられず死んだことが未練となっているのか?
友人に何も伝えられず死んだことが未練となっているのか?
なにもわからない・・・」
必死に考えていると、ふと思い出す。
両親に遺書を書いていたことを。
僕は、最後、母さんに感謝を伝えられた、謝罪できた。
父さんには、遺書でなんて書いたんだ。
思い出そうとする。
記憶を取り戻すために少しずつ断片を集める。
そして思い出す。




