新しい日常④
テオドールの家族構成から私たちの馴れ初めにはじまり、アインヴェルトでの旅や魔法のことなど、ウキウキのお母さんに改めて質問攻めにされ、やっと一息ついたときにはお茶はすっかり冷めてしまっていた。
「その扉って私にも見えるのかしら?」
「うーん、どうだろ……」
テオドールがこちらに来たときを考えると、恐らく願えばどこでも出せる、ということなんだろう。そういえばアインヴェルトで繋がる先は神殿だけなんだろうか? 今の所扉を繋いだのは私の部屋からだけ。人目のある外で出すことはないだろうけれど、第三者から見たらどうなのかは確かめておいてもいいのかもしれない。
「試してみる?」
「そうだな」
あちらへの扉!と念じると、昨日と同じくあっさり光の扉が現れた。
「今出してみたよ」
「……ここにあるの?」
ソファのちょうど横、私の示した場所へ伸ばしたお母さんの手は、光の扉の向こうへ突き抜けている。どうやら見るのも触るのもできないようだ。
「扉、開いてみるね?」
念の為テオドールと手を繋ぎ、扉をそっと押し開ける。相変わらずの光の渦で、向こう側は見えない。……お母さんを振り返ると首を傾げている。やはり見えないんだな。
「じゃあ、ちょっと行ってきます」
「はいはい〜」
扉の先に足を踏み入れると、視界が光に塗りつぶされた。
◆
「……兄さんに、ユウキさん?」
「……バルト?」
光が収まると、バルトルトが驚いた顔でこちらを振り返っているのが見えた。森の中の……街道かな? アインヴェルトなのは間違いないようだ。
「どうしてこちらに?」
「扉がどこに繋がるのか、ちょっと実験を」
バルトルトへの事情聴取によると、街道を歩いていたらノックの音が聞こえて、振り返ると光の扉が有り私たちが出てきたらしい。ノック……私が最初に聞いたものと同じかな? 見た感じ時間のずれも特になし。
何故バルトルトのところに出たのかはわからないけれど、もしかして基点は人なのかな。この辺りは要検証として、また明日、今度は夜に扉を開いてみる約束をした。
◆
「ただいまー、っと」
光の扉から今度は私の世界に戻る。うん、さっきのままのうちのリビングだ。お母さんはソファから立ち上がりこちらへ近づいてきた。
「悠希! ああ、良かったぁ」
「どうしたの?」
「どうしたのじゃないわよ! 二人とも忽然と消えるんだもの!!」
「そうなの?」
「本当に魔法、なのね……肝が冷えたわ〜」
扉をくぐると、いきなり姿が見えなくなったようだ。やっぱり外で使うのは緊急時以外やめておいたほうが良さそう。
お母さんには扉も見えず、ノックも聞こえず。私たちが行き来した瞬間はなんとなく風を感じた、らしい。扉の存在を感じるのは魔力の有無も関係あるのかな? ……そういえば、私はアインヴェルトで魔法は使えるのだろうか。これも要検証、だな。
静かになった瞬間、タイミング良くピピーッと電子音が繰り返し部屋に鳴り響く。突然の耳慣れない音にびくりとするテオ、ちょっと可愛い。この音は炊飯器だな。
「ご飯炊いてたの?」
「そうそう、悠希の連絡にびっくりして今日は赤飯炊いちゃったわよ」
「セキハン?」
「えっと、この国では主にお祝いごとがあるときに食べられる料理、かな」
テオドールはそうか、とこぼしつつ、歓迎されているのを実感してか、少し頬を緩めている。お祝いごと、ね! 照れくさいけれども、私も嬉しい。
「遼佳も帰ってくるみたいだし、予定通り泊まっていくんでしょ?
というよりこれからは?
休み明けからはまた学校じゃない。テオドールくんをマンションに置いてくの?」
「えっと……」
「そもそもあそこは一人入居のところだし、ずっとは無理よね」
「そう、なんだよ、ね……」
昨日の今日だ、とにもかくにもまずは紹介、と思って来ただけで、現実的なことはまだ全然考えられてはいない。
「しばらくうちにいたら?
というより、通えなくないし、二人が大丈夫ならいっそ引き払って戻ってきたらどう?
テオドールくんにはお父さんの部屋使ってもらえばいいし」
お母さんの提案に、テオドールと顔を見合わせる。今後どうしていくか、色々と早く決めたほうがいいよね。
「ま、ちょっと二階確認してくるから!
話し合うこと話し合っておきなさいな」
今日のところはリビングね〜と言い残してお母さんは階段を上がっていった。
テオドールと一緒にいられるのが夢みたいだなと思って浮かれていたけど、考えなきゃいけないことはたくさんある。
異世界から現代に人が来る系の漫画を読んだとき、戸籍とかどうするんだろうと気になって調べてみたことがあるけれど……正直、この現代社会で合法的に暮らす身分を手に入れるより、人一人が行方不明になる方がはるかに簡単なんだよな。
まあ、その、いわゆるよ、嫁入り的なものだし? いずれ拠点はアインヴェルトになるんだと思うんだ。こちらには帰省する、ぐらいの感覚でひとまずいいのかもしれない。
◆
ユウキの母上が部屋を出ていくと、肩の力が少し抜けた。今朝の雰囲気から、ユウキの母上と姉上はきっと似ている気がする。
母上のくれた提案は色々な意味で助かるものだと思うが、ユウキはどうだろう。そもそも、父上の部屋を俺が使うのは問題ないのだろうか。
何を考えていたのか、少し頬を赤くしたユウキがちらりと俺を見上げる。……だから、そう、この距離が困りものではあるのだ。
「……父上の部屋は、借りても問題ないのか?」
「お父さんの部屋って呼んでるだけで、今はただの物置なの。むしろ、片付けるのにちょっと時間がいるかも」
「そうか」
若干の咳払いをすると、ユウキが居住まいを正す。
「あのまんしょん、は一部屋のところだし、契の儀前に二人で住むことをユウキの母上も心配すると思う。
目の届くところにいることで、安心してもらいたいと思うんだが……どうだろうか」
ユウキはなるほどというようにこくりと頷いた。
「慣れないところにテオ一人は私も心配だし、ここはお母さんに甘えちゃおう、かな」
ずっと二人は心臓もちそうにないし、と独りごちるユウキは気を抜いたように息を吐いて俺に寄りかかってくる。言動と行動が合っていないが、こいつは本当にわかっているのか。信頼されていることは嬉しくはあるのだが、近すぎるのは……もたない。色々なものが。
「テオのところの結婚式……契りの儀はどんな風にやるの?」
「そうだな──」
衣装はちょうど星祭りでユウキや俺たちが着たようなもので、花嫁衣装の刺繍は花婿の母や姉妹など近しい女性陣が、花婿衣装の刺繍は花嫁が刺すことになっている。耳飾りや首飾りなど花嫁の装飾は花婿側が用意する。そして、まじないの紋様をお互いの肌に描いて、皆の前で誓いを立てる。
「えっ、あの衣装の綺麗な模様を刺すの?!」
「時間がない場合は一箇所だけでも、とにかく本人が手を加えたものがあるのが大事らしい」
「そっか、じゃあ頑張らなきゃ」
料理や縫い物など旅の間こなしていた様子から、どちらかというとユウキは手先が器用な方なんだろう。気合いを入れるように拳を握るさまがなんだかくすぐったい。
ふと、ユウキがハッとしたように俺を見上げる。
「というか……あの、星祭りの時の格好って……ほぼ……」
伝統衣装を着たユウキは肌にまじないの紋様も描いてもらい、同じく伝統衣装を着た俺と連れ立っていた。バルトとスピカも一緒だったが、格好としてはまさしく契の儀のようなものだったわけで。
「テオ、もしかしてわかってた?!?」
「……どう思う?」
あの時点ではまだ、俺もしっかりとした自覚はなかった。バルトの指摘したように、思い返せば無意識に態度に出ていたようだが。
焦げ茶の瞳をじっと見つめ返すと、じわじわと顔を赤くしたユウキが慌てだす。
「えっ、あ、えーと、つまり、そうなると……あれっ?」
隣で百面相するユウキの表情が面白くて、可愛らしい。例えば今抱きしめたら一体どんな顔をするか知りたい。そんな風に考える俺は、大概普通の男だったらしい。だからユウキは、もっと俺を警戒したほうがいい。本当に警戒されたくはないから、口には出さないけれど。




