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新しい日常③

 ユウキの家族に会うために、エキからデンシャに乗る。デンシャは平たく言うと馬車のすごく早いもので、まるで風魔法をかけたときのような速さがずっと続く。景色が飛ぶように過ぎていってなんだか目まぐるしい。あの全てに人が住んでいたり働いていたりするのか。

 ……それにしてもこちらは背の高い建物が多いな。遠くに見えるあの塔のようなものは、見上げるのに首を痛めそうな高さだ。その上からの景色を想像して腹の奥が冷える心地がした。


 ユウキの母上は他のクニの書物をこのクニの言葉に換える仕事を、姉上も他のクニで人と人がやり取りできるよう言葉を伝える仕事に就いているらしい。

 俺たちの世界にはアインヴェルト以外の他の場所というものは恐らくなかったが、地域によって話す言葉が違うというのは少なからずあった。それでも通じないほどの差異は、世界の真反対でもないことだった。

 もしかしたら、本来は俺たちとユウキも会話できていなかった可能性があるな。文字から違うんだ、当たり前か。光の神の……いや、闇の方かもしれないが、召喚されたときにわざわざ言葉が通じるようにしているのかもしれない。あちらにいる間視力や身体能力も上がっていたようだ、それぐらいはできるんだろう。


 道中聞いた様子だと、どうやら母上との仲は良いようだ。それに朝すまほで話していた姉上とも。今までユウキから父上の話を聞いたことがなかったが、五年前に事故で亡くしたようだ。つまり、今回ユウキの家族どちらにも会えることになる。

 俺たちの世界では大体が十六で成人だが、ユウキのクニでは二十歳らしい。つまりユウキはまだ大人と認められたばかり。一人暮らしをしていたとはいえ、女でありガッコウにも通っていることもあり、親の庇護下を完全には出ていない状態であると言える。

 ──こういう時。どんな風に相手の親に会ったらいいのだろうか。

 俺たちの村では結婚には親の許可がいるが、それは村を出る人間が多くないからだ。歳回りの合う相手がいない場合は、特に男は村の外で相手を見つけて連れ帰ってくることもままある。

 俺にも候補はいなかったわけではないが、早くから旅に出ると公言していたため早々にたち消えている。バルトはどうだろう。そういう話は母上からもバルトからも聞いたことがなかったので、俺と同じように旅に出ることで話がなくなったのかもしれない。

 父上の場合は全く参考にならない。村を訪れた星詠み師である母上に惚れ込んで、断られたのに何年もかけて口説き落としたが、当時既に親を亡くし一人旅をしていたため、相手側への挨拶などは無かったらしいからだ。

 まあ、あの人たちの「お前の嫁か?」というのはあながち冗談では無かったわけだ。伝統衣装を着せるように指示して星祭で連れ回させたんだ、既に村の皆もユウキをそのように認識しているかもしれない。

 いずれユウキは自分の世界に帰ると思っていたし、楽しそうにしていたので、外堀を埋めるような行動を特に止めはしなかったが……思い返せば、そんな風に扱われることに俺自身悪い気がしなかったのだと、思う。


「テオ、どうかした?」


 隣に座るユウキが、何か気になるものがあったか?と言うように俺を見やる。こちらを向いたユウキの髪からふわりと華やかな香りがした。……顔が、あまりにも近い。繋いだ手にじっとり汗をかいている気がする。このデンシャというやつは、乗っているだけでこんなに密着するものなのか。いや、実際乗り合い馬車の座席もこんなものだ。俺が気にしすぎている……だけなんだろう。


「いや……」


 立っていればいつもはもう少し見下ろしている表情が、まっすぐに見えることに胸がざわつく。それにしても、全く知らないやつとこの距離になる可能性があるのは少々危険じゃないのか?


「歩くとどれくらいかかるものなんだ?」

「歩くとかぁ、うーん……」


 誤魔化すように適当な疑問を口にしたら、ユウキは俺から手を離してすまほをすいすい操作すると、朝から夕方になる前くらいかな? と教えてくれた。デンシャの速さにも驚いたが、そういったことをすまほですぐに調べられるということにも驚く。連絡がとれて、調べ物もできて、地図も見られる。こちらの世界は随分便利なものがあるようだ。

 ……ちらと明後日の方へ視線を反らしたあと、ユウキの手はまた俺の手のところへ戻ってきた。気にしてませんよ、といった風に装っているが、近いからこそ耳が赤いのがよく見える。それがとても嬉しくて、今俺はにやけてしまっているかもしれない。



 街のあれこれを興味深そうに見ていたり電車に目を丸くするテオドールの様子に、そういうリアクションを見たかったのよと内心にやけつつ、実家の最寄り駅についた。ここからはバスに乗ってあと少しだ。

 家を出るときにテオドールが手を差し出して「俺が迷子になったら困るだろ?」なんてしれっと言いだしたときは脳内だけでなく悲鳴がもれてしまった。

 その、まあ、旅の期間も長かったですし、流れで手ぐらい何度か握ったことはあるけれどね? こう、シチュエーションと含まれているニュアンスが、ね?? 全然、全く、違うので……

 そういえば朝は寝ぼけてたし衝撃がすごくてあまり記憶になかったけれど、完全なる素手に触るというのは初めてだった気がするし、テオそんなこと言うんだ?! となったり、とにかくすごく緊張してずっと心臓がどきどきうるさい。当の本人はなんだか嬉しそうに私を見ていて、反応を楽しんでいる節があるのがちょっと悔しい。

 それにしても道中、男女問わず結構な視線を集めていたなあ。学生らしき子たちのざわめきはエスコートするようなテオドールの仕草も込みだった気もするけれども。正直自分もいっぱいいっぱいで周りを気にする余裕が無かった。

 テオドールは平均的なこの国の人と比べるとスポーツ選手のように背が高くて体格もいいので、ただそこにいるだけでも物理的に存在感がある。髪の色はまあ、あの世界の他の皆に比べれば馴染みやすいけれど、やっぱり短く切るぐらいじゃ変わらないと思うよ。


「そこの角を曲がって、ここです!」

「……おう」


 隣に立つテオドールが何やら大きく深呼吸した。心なしか表情も硬い。


「えっと……緊張、してる?」

「……そりゃ、するだろ」


 テオドールが空いている方の手で私の頬をふにっと引っ張るとフッと気を抜いたように笑った。もちろん全然痛くなんかない、けれども。こう……触りたいから触った、みたいな接触が、なんだか多くないですか?!

 なんとなく満足そうなテオドールに、肩の力が抜けた。なんだかんだ私も結構緊張していたようだ。


 玄関のチャイムを鳴らすと、中から返事がして程なくドアが開いた。


「おかえり、悠希」

「ただいま、お母さん。

 えっと、この人がテオドール」

「はじめまして、テオドール、です」

「はい、いらっしゃい!

 とりあえず中へどうぞ〜」


 促されてリビングのソファに二人並んで座った。出されたお茶がいつものより香りが広がる感じがするけれど、もしかして結構いいやつを淹れたのではなかろうか。いそいそ目の前に腰掛けたお母さんが、なんだか、とてつもなくにやにやを我慢した顔になっている。


「お母さん、昨日メールでも送ったけど、この人がテオドール……

 その、け、結婚したい人、です!」

「改めて、テオドールです。

 ……信じられないかもしれませんが、ここではない世界、アインヴェルトというところから来ました」

「はじめまして、テオドールくん!

 悠希の母の常子(ときこ)です。気楽に『お義母さん』って呼んでね。

 ……確かに、異世界から来たって言われたほうが納得できる雰囲気ね〜」


 なんかシュッとしてる、などと言いながら、すでにこらえきれず満面の笑みになっている。あまりにもあっさりとした返事に、テオドールが面食らっている気配を感じた。……なんだかごめん。


「その……娘さんがこんな素性の知れない男を連れてきて、心配では?」


 思わずと言った風に聞いたテオドールに、お母さんの表情が少し真面目寄りに戻る。


「うーん、まだ私は貴方の人となりを知らないからなんとも言えないかな。

 少なくとも、貴方は悠希を想ってこの世界まで来てくれたのよね?」

「それは間違い有りません」


 お母さんの質問にテオドールはきっぱりと即答してくれた。その真剣な横顔に、胸の奥がぎゅぅっと締め付けられたように苦しくなる。お母さんが優しく目を細めてこちらをちらりと見るのがむず痒い。


「ひとまずは、それがわかれば十分。」

 ……悠希をよろしくね」

時代的には少し前のお話なので、このときの成人年齢は二十歳ということになっています。


テオさんの「女であり」には、自分より物理的に弱い存在は守るものである、という程度のニュアンスです。

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