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新しい日常②

 がばりと起き上がった勢いのまま大きく深呼吸をする。まるで早鐘のように打つ心臓が落ち着かない。ああ、この夢は久々だ。ベッドの左側、ソファで寝ているテオドールを見遣る。そう、夢のはずだ。だから大丈夫。そうは思っても、あのときの横たわっていた様子が頭にちらついてしまう。

 音を立てないようにそっとベッドをおりて慎重にソファへ近づくと、息を殺し耳を澄ませ、テオドールの顔や胸周りの動きをじっと見る。ちゃんと、動いている。そこまで確認できてやっと細く息を吐く。


 闇の神との戦いのあと、テオドールが冷たくなっていくのを何もできずにただ感じているしかできなかったあのとき。もし光の神に願っても叶わなかったとしたら……そんな内容の夢を帰ってきてから時折見ていた。ちゃんと助かったかどうか私には確認する術はなかったから、その光景を想像するだけでも胸の奥が重く冷えこむ。

 でも、今までと違ってテオドールはここにいる。あの不思議な光の扉を私自身もくぐったのだから現実なのは間違いない。こちらの世界にいることのほうが夢みたいだから、頬をつねりたい気持ちはまだあるし、起きたら消えてしまっているかもしれないとか、考えだしたらキリがなくて。それでも、もう放さないと決めたから。二人の「これから」を考えてもいいのだ、ということが嬉しい。

 ソファの端にもたれて、くっつくかくっつかないかぐらいのほんのり伝わる体温に安心する。大丈夫、そう、大丈夫だ……


 ふわふわ揺れている。頭をするりと滑る心地よい暖かさにうとうとする。優しい音に包まれている。

 大きな手だ。誰の。横向きに寝ている私の手を握り込むように包んでいる。窓の外からは小鳥の鳴き声が聞こえる。背中越しに感じる力強いリズム。そうか、テオだ。指の関節、ごつごつしているなぁ。手の甲に当たる手のひらの上の方は皮が厚そうだ……ダガーを使っているからかな。


「……起きたか」


 頭の上ごく近くからダイレクトに響く、少し掠れたような声に急速に脳が回転しだす。腕。テオの。私の腕の上にある。……えっと、つまり、後ろから抱きしめるような格好で?

 心臓がばくばくしてぴしりと固まる。緊張して動けない。ど、同衾!? これは同衾では?!?

 脳内会議が終わらないけれど、とりあえず私に巻き付いている腕の重みがとても暖かくて心地よいな。いやそうじゃなくて!


「おはよう、その……」

「……言っておくが、寝ぼけたお前が手を放さなかったんだからな」


 あのままソファ脇で寝落ちした私をベッドに戻してくれたらしい。はたと、テオドールなら私が体を起こした時点で目が覚めていた可能性に気がつく。もしかしなくても起きてた、とか?

 呼吸確認をしていたのがバレてるかもと思うと頭を抱えたくなった。そういえば掛け布団にと渡したタオルケットも私に巻かれている。テオドールは何もかけないで寝たってことか。

 つい後ろに視線を向けようと体を動かしたのを少し後悔した。タオルケット越しとはいえ、背中も、腕も、ほぼぴったりくっついている。これは近い。近すぎる。


「ふ、布団ごめん、寒くなかった?」

「俺はどんな場所でも眠れる。問題ない」


 むしろ暖かかったくらいだ、と言いつつ、その、頭のあたりで息するのをやめてもらってもいいだろうか。というか、深呼吸みたいに吸ってない?! 呼気が髪にかかってこそばゆくて、いや、別にいい、いいけど、恥ずかしくて身じろぎもできない。

 結局しばらくその体勢のまま、テオドールは満足するまで私の頭に顔を埋めていた。私も段々にこの状況に慣れ、暖かさに負けて二度寝をしたのだった。





 小さな振動に目を開ける。ユウキの通信機の板……『すまほ』だったか、それが震えているようだ。誰かから連絡が来たのか? 起こした方がいいだろうか。

 腕の中で寝息をたてていたユウキが軽くうなりながら『すまほ』を手に取ると、とたんに賑やかな声が聞こえてくる。


『ゆーちゃんまだ寝てた?おはよー!!今どこだと思う??』

「あー……おねーちゃん……?」

『そうだよーあなたのお姉様です!!

 なんと!空港だよー!連休家に帰るって言ってたでしょ?私も来ちゃった!!サプラーイズ!!』

「おー……そうなん……」


 どうやらユウキの姉上からのようだ。遠くに住んでいると言っていたが、同じく生家へ帰省する、ということだろうか。まだ半分寝ているようなユウキの適当な返事が少し新鮮だ。

 思い至ってユウキの頭を撫でてみると、「ぅえっ」という動揺した声とともにぴしりと身体を硬直させたのが布団越しにわかる。寝ぼけて俺のことをまた忘れていたんだろう。


『どしたんー?』

「なっなんでもない!!

 えーっと、お姉ちゃん、その、ゆっくりでいいからね」

『えーなになに、今日何かあるの?!

 寄るところあるし着くのは夕方ぐらいになると思うよ〜』


 後でねー、という言葉と共に通信が切れ、途端に部屋が静かになった。少し恨めしそうな目で唇を尖らせるユウキにこらえていた笑いがこぼれる。そんな顔、可愛いだけなのに。


「ユウキの姉上か? 元気な人だな」

「そうだね、元気というか、空気はあえて壊していく系というか……」


 なるほど、レオンハルトのような性格、ということだろうか。あいつはわざとやっているわけではなかったが、良くも悪くも、場の雰囲気を変化させるのが得意だ。話しぶりから、仲の良い姉妹なんだろうことがわかる。


「そういえば、お母さんには私がアインヴェルトに行ったことを話してるんだ」

「信じてくれたのか?」

「うん、まあ……少なくとも嘘だとは思ってない、はず。

 そういうの『面白い』って思うタイプだから」

「そうか……それは有り難いな」


 別の世界から来ただなんて、普通は頭がおかしいと思われても仕方ない。ひとまずその前提が伝わっているだけでも助かる。


「お姉ちゃんが居ると落ち着いて話せなくなっちゃう。

 そろそろ準備して行こっか」

「わかった」

「……えっと、テオ」

「……ん?」

「離してくれないと、着替えられないんですが」


 こうして居られるのが現実なのか、まだ少し信じられない。昨夜、不安そうな表情で俺の様子を見ていたユウキも恐らくそうなのだろうと思う。


「……あとほんの少しだけ」


 ちゃんとここに、腕の中にユウキはいる。名残惜しくて先程のようにユウキの髪に顔を埋めると「ぴゃっ」とまた変な声を発して全身に力が入る。きっと顔は真っ赤になっているのだろうが、その表情はまた今度覗き込んでやることにしよう。

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