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別世界の道化師  作者: あかひな
五章
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第九十幕 道化師と告白

「……すまないんだが、もう一度言ってくれ。言っている意味がよく分からん」


 目の前に置かれた果物のジュースの氷が溶け、カランという音をたてる。


「貴方は意味が分からないんじゃあなくて、理解したくないだけですよね」


 目の前の人物――冒険者ギルドのギルド長の一人、レイア・ランクフォードが冷ややかな視線を投げつける。投げ掛けるではない辺り、場の雰囲気を察していただきたい。

 冷たい目から一転し、レイアさんは呆れた表情を見せる。美人さんが表情をコロコロと変えるのは見ていて飽きないものなのだが、一連の表情は喜ばしいものではなく、その原因が俺というのも残念さに拍車をかけていた。


「いや、大会で用意したなんて言うから、てっきり好きなようにしていいのかと思ってな」


 俺がそんなことを口にすると、レイアさんの目尻がキッとつり上がる。


「だからといって! 風龍にろくな攻撃もさせず、ひたすらなぶったと思ったら、風龍渾身の一撃すら危なげもなく防ぐなんて!」

「まあ、その辺りに関してはやる気が出すぎたとしか言いようがないな」


 制限(リミッター)は三割解除だったし、多少ドラゴンが強くても余裕な訳だしな。それに、観客への被害を未然に防いだ訳だから許してほしい。


「それで、参加者がどうだって?」

「……あなたと同じブロックの参加者のほとんどが辞退しました。おかげさまで大会の進行が早くなりそうです」


 なんともまあ、歯応えの無いことを。自らを立てるための大会なんだから、もう少し粘ってくれればいいんだが。


「もしかして、ドラゴンに単騎で対応できる人間って早々いないのか?」

「……むしろ、そんな人間がポンポンと存在していると思っていたことが驚きです」

「そうなのか。なんかこう、セリアさんとかファンネルとか、リックとかスティルさん、それにフィアなんかはどうなんだ?」

「あの方々は一般人じゃありません! 元々のエリートか、一般人の地位から自力でのしあがってきた例外です!」


 そんなこと言われても、この世界で仲良くしてる人はそう多くないからなぁ。比較対象がいなくて困る。


「とにかく、俺の知っている人々はそんなところだからな。正直、その辺りが一般人よりちょっと強い程度だと思っていたんだ」

「残念ながら、この世界でそのような人間はほとんどいません。それだけ一般人が強いのなら、そもそも冒険者ギルドだって必要ありません」


 言われてみればその通りだ。ドラゴンを倒せるような人間がポンポンいるなら、ゴブリンやウルフの討伐依頼なんか出ない。


「それで、参加者が棄権した俺はどうすればいいんだ?」

「そうですね。予定外ですが、シード枠、優先枠として扱わせていただきます。まさか、毎回会場で不戦勝を伝えるわけにもいきませんから」

「確かにな。それじゃあ、俺はその間は楽屋にいればいいのか?」

「そうですね。お願いします」


 退屈だが仕方ない。自分がやった結果こうなってるんだから、これくらいは我慢しなければ。というか、大会の戦闘順というのはそう簡単に変えられるものなのか?


「なるべく早く進行させるつもりではありますが、少々退屈な時間をお過ごしになられると思います。その辺りは考慮していただけると嬉しいのですが」


 相変わらず言葉遣いは丁寧ながらも、視線は冷たいままである。実力を多少ながら知っているためか、余計な事をしたら殺すと言っているようにも思える。


「分かってる。元はといえば自分の撒いた種だし、そもそも通常通りの大会参加も自分のわがままだからな」

「ご理解いただけているようで何よりです。こちらからもケータイを使って連絡をしますので、何かあったならご連絡をお願いします」

「分かった。……そういえば、手順通りの進行だと、試合はどの程度の間隔で終わるんだ?」

「最長三十分の試合時間を想定しています。ですが、多くはもっと短く終わると思うので、結果として二、三時間程度の休憩となるかと」

「分かった」


 その程度なら全く問題ない。思い出せば、本選に出場している選手の把握もしていない事だし、その辺りに時間を割くのもいいかもしれない。


「それでは、くれぐれも騒ぎを起こさないようお願い致しますね」


 ……これで怖い意味の笑顔でなければ良かったんだが。

 背筋が寒くなるような笑顔に対して、苦笑いで返事をする。満足したらしいレイアさんはそのまま席を立って部屋から出て行った。


「俺も出かけるとするか」


 まずは軽く食事でもとろう。情報収集はそれからでも遅くはないだろうしな。

 柔らかなソファから立ち上がり、控室から出て鍵を閉める。


「ヒエン」

「……フィア?」


 俺の目の前には、元々赤い目をさらに真っ赤に腫らしたフィアが立っていた。

 さて、どうしたものだろうか。と言うのが今の心境だ。

 一瞬、どうやってここまで入ってきたのか分からなかったが、よくよく考えればフィアは王国からの派遣であるとも言っていた。つまり、この大会への参加が目的だったんだと考えられる。だとしたら、楽屋回りに出入りできるのは当然だろう。……って、今はそんなことを考えている場合じゃない。

 騎士団への引き渡しを忘れていたことは認めるし、告白を流して答えを出さなかったのも認めよう。あまつさえ唇を奪ったことについては、こちらから誠意ある謝罪を申し出たいレベルだ。しかしながら、心当たりがありすぎてどの件だかさっぱり分からない。

 下手を打って別の地雷を踏み抜くのは勘弁願いたいところだし、ここはフィアの出方をうかがうしかない。


「……何かあったのか?」

「私、アイスに酷いことをさせた。自分の手を汚したくないから、困ってる所なんて見せたら助けてくれるのなんて分かってたのに、やらせた」


 フィアはそう言いながら、人目をはばからずボロボロと大粒の涙を流し始める。今は周囲に誰もいないからいいものの、こんな場所では誰が見ているか分からない。加えて、話の筋が読めないのも問題だ。


「待った、なんの話だ?」

「どうしよう。どうすればいいの?」


 俺の全然知らないところで事が進んでいる。話を聞こうにもフィアは混乱していて話を聞ける状況にない。

 だったら、藍雛に話を聞くしかないだろう。


「フィア、落ち付け。とりあえず家に帰ろう」

「…………」


 返事は無かったが、拒否している訳でもなさそうだ。

 さて、思わず家に帰ろうと言ってしまったが、宿へ連れて行くのは得策じゃあないだろう。今は若葉達がいることだし、落ち付けるのが目的ならもっと静かな場所へ行くべきだ。

 フィアが最もおちついて、静かな場所というのならば、やはり最初の家に行くしかないだろう。


「ちょっと浮いた感覚があるかも知れないから、気を付けろよ」


 フィアは俺の言葉に無言で肯定の意を示す。全く、一体どうしたものか。



―――――



 始まりの村。心地よい風に吹かれて風車が回る光景は、数か月前と何も変わらない。というよりも、元の世界での暮しと比べてこちらの世界が濃密すぎる。そのせいで、数か月しかたっていないのに、もう何年もこの世界で暮らしてきたような錯覚さえ覚える。

 フィアはベッドに寝かせ、落ち着くまで隣で座っていた。最初は泣いてばかりだった彼女も徐々に落ち着きを取り戻し、最後は泣き疲れたのか眠ってしまった。

 俺はフィアが落ち着いたところで藍雛に連絡を取った。向こうでもいくつかやることがあったらしく、ちょっとしたらこちらに来るとの報告をもらえた。


「全く、何がなんなんだか」


 この世界は面白い。元の世界では体験しえなかった事が、未だこの世界では息づいている。確かに面倒なこともあるが、それでもこの世界から離れる気にはなれない。


「待たせたわね」


 俺が考え事をしながら窓の外を眺めていると、藍雛は元々家の中にいたような自然さでドアを開ける。


「ノックくらいはしても良かったんじゃないか?」

「寝息が聞こえたら、起こしてしまってはいけないと思ったのよ。それよりも」


 にこやかな目はなりを潜め、氷のように冷たい、冷ややかな視線へと変わる。見下すような、馬鹿にするような。俺ならば人間のクズを見るときにするであろう視線を、藍雛は投げかけてきた。


「それで、我になにか用かしら? さっきも言ったように、我も用事があるから、なるべく早く事を済ませてくれると助かるのだけれど」

「フィアが……藍雛になにかをさせてしまったと、そう言ってたんだが、心当たりはあるか?」

「ふむ、そうねぇ……」


 何を考えているのかは分からない。冷えきったままの目を俺とフィアの交互に向け、言葉を選んでいるようだ。


「あるわよ。けれど、我はそれに答えたくはないわ」

「なんでだ? フィアが混乱してまともに話せなくなるような話だからか?」

「事象とものの重さは価値観によって多少差異があるわね。それに、一つずつ質問に答えていったら、いささか時間がかかりすぎるのでは無いかしら?」


 言葉に棘があるなんて生易しいものではない。理由は分からないが、今回の事について藍雛は間違いなく教える気がない。


「ふざけてるのか」

「いいえ、我は至って本気よ。それに、我から見れば緋焔の方がよっぽどふざけているようにも思えるけれどね?」

「あぁ?」


 思わず目つきが鋭くなり、低い声が漏れる。


「どういう意味だ」


 俺の怒りに満ちた目と態度をじっと眺めた藍雛は、諦める様に、呆れる様に大げさなため息をつく。


「……はぁ、そういうところよ」

「人の事を馬鹿にするのもいい加減に――」

「緋焔は、能力を手に入れてから……いえ、この世界に来てから、何かを本気でなそうとしたことはあるかしら」

「何の話をしてる」


 退屈そうに髪を弄りながら、もはやこちらを見ようともせずに口だけで返事をする。


「緋焔は、この世界に来てからクズになったと、そう言いたいのよ」



―――――



 我は、全てを緋焔に押し付けた。それが、我にとっての緋焔に対する唯一の負い目であり、彼に償わなくてはならない罪。

 その罪を償うため、この世界で緋焔に多くの場面で手を貸した。しかし、それは間違っていたのだろうか。


「そうだな、確かに俺は本気を出さなくなった。けど、それは前の世界から同じだろ。今更いうことでもない」

「……本気で言っているの?」


 緋焔は面倒くさそうな顔で、淡々とした口調で、そう言い放った。

 我は、彼が怠惰にまみれたようにしか見えない。マウの奴隷の件の時も、あれでは根本的な解決にならないだろうことは、少し考えれば分かるはずだ。


「嘘をついてるように見えるのか」


 緋焔は疲れたようにそう呟く。こんな議論は無駄だと表情がありありと語っていた。


「時間が無いんだろ? こんなふざけた問答で時間を潰してないで、フィアの為に時間をかけたいんだが――」

「歯を、食いしばりなさい」


 思わず……いえ、必然として、我は本気で緋焔を殴り飛ばした。とは言っても、とっさに制限(リミッター)を外す事は無かった。むしろ、制限を外すことすら忘れていたのかもしれない。

 彼は体を起こしながらゆっくりとこちらを睨む。


「藍雛……お前、なんで《破壊》まで使った」

「それぐらいしなければ治らないと思ったからよ」


 我はそう言いながら冷たい目で見下す。手は《破壊》で形作られたガントレットにおおわれている。一歩間違えれば緋焔を殺していたのかもしれない。しかし、そんなことは頭の中から抜け落ちていた。


「その反応を見る限り、使っても治らなかったようだけれど」

「ふざけるな!」

「ふざけているのは緋焔の方よ!」


 緋焔が立ち上がろうとするのを見て、我はそれに合わせて《破壊》を纏ったままの手を振り下ろす。緋焔は横に転がって避けるが、我はそのまま馬乗りの体勢になり、緋焔の胸ぐらをつかむ。


「我が力の解放云々なんて、表面的な事を言っていると思っているのかしら?」


 我は鬼の形相で緋焔を睨み、頭突きをする勢いで上半身を引き寄せる。


「だとしたら、あなたは間抜けよ。自身で気づかなければいけないことにも気付かず、ろくな成長もしていない木偶の坊」


 緋焔の体をがくがくとゆすり、怒鳴りつけるように彼を睨む。

 ただ怠惰で無能なだけならばそれで良かった。我が教えればいいだけの話だから。我は緋焔で、緋焔は我なのだから、基礎の能力は変わらないはずだ。それで彼の問題は解決する。しかし、物事はそう簡単にはいかない。


「…………」

「物事に対して考えを巡らせることもせず、事の表面しか考えない。挙句、出せる問題にも結果を出さず放っておいて、余計な弊害をもたらす。これなら木偶の坊と呼ばずにいっそ害虫といった方が分かりやすいかしらね」


 いつの間にか体を揺する手は力が緩み、緋焔と真正面から向き合う形になっていた。

 フィアの告白は、彼にとって何の意味もなかったのだろうか。あの口づけは、ただの誤魔化しであると分かる我にとって、最悪の意味をはらんだ。

 沈黙が続く中、我は睨む表情のまま、目じりに溜まった涙を落とす。


「ねえ緋焔。我はあなただから気持ちが分かると思っていたわ。あなたは我だから我の気持ちが分かると思っていたの」


 彼はピクリとも表情を変えず、驚いた顔で我を見つめる。


「でも、そんなことは無いのね」


 もし、緋焔が我の考えの一端でも知ることが出来たら、我はここまで激怒しなかっただろう。ともすれば、彼の行動だって変わったはずだから。


「……俺は、藍雛に最も近しいと思ってる」

「だったら! 我の考えを読んで! 我の思いを知って! お願いだから」


 誰かに嫌われないで。

 我の、二の舞にならないで。

 我は、あなたを愛しているのだから。


「……そんなことしなくても、分かってるよ」

「え……」


 緋焔は今、なんと言った?


「フィアが俺の事を好いてくれているのも、マウが俺に好意を抱いているのも、スイが俺に信愛以上の感情をもっていることを。……藍雛が、俺の事を愛してくれているのを」

「……う、そ」


 口の中がカラカラに乾く。気が付けば、腕の力は抜け、我の方が緋焔に抱きしめられるように突っ伏していた。



―――――



「本当だよ」


 俺は慰めるように、ふわふわと柔らかい藍雛の髪を撫でる。 そして、ついに言ってしまったことを後悔している。

 俺は、アニメや漫画のキャラクターのように鈍感なつもりはない。だが、同じように、アニメや漫画のキャラクターのように、沢山の人を幸せにしてやれるとも思っていない。

 好意には気付いている。だが、全員を幸せにすることはできない。誰か一人を選んだら、他の誰かが悲しい思いをする。だとしたら俺はどうすればいい?

 俺は、好意に気付かない、鈍感なやつを演じる事に決めた。

 クズを演じ、周りの人達だけが幸せであるように行動した。例え多くの人たちが悲しもうとも、見ず知らずのやつよりも、俺の愛する人達の優先順位が上だった。

 どこかで、こんなことを聞いた。

 上流階級は、下流階級が苦しんでいる姿を見たいのではない。下流階級が幸せそうにしているのを見たいのだ、と。

 これがどれだけ的を射ているのか分からない。だが、少しは誤魔化しが効くようだ。

 ……効いていたと、思っていた。


「よしよし」


 優しく、丁寧な仕草で頭を撫でる。何様だと言われるだろうか。先に謝れと言われるだろうか。だが、今言ったことは、俺が望んでいることに過ぎない。罵倒されれば、謝罪をすれば、少しは気が楽になるだろう。そして、きっと藍雛もこの事に気付いている。

 今、俺は願いを言える立場にはない。


「落ち着いたか?」

「ええ、さっきよりはね」


 腕の中で藍雛が顔をあげる。よく見れば、未だ涙のあとが残っている。そして、薄笑いを浮かべた表情で口を開く。


「このクズ」

「……は?」

「澄ました顔で人の好意を貶す最低のクズ」

「…………」

「心配させて苦労かけて、挙げ句それがただの勘違い手抜きだと分かった我の苦労を考えなさい」

「……悪かった」

「全く」


 隠す気はなかった。完全に気を抜いて脱力する。藍雛はそれだけで俺の意図が分かったようで、辺りに魔力が充満する。身を包むような不快感から察するに、《幻惑》で心を読まれているのだろう。それも、相当長い時間の。

 罵倒ならいくらでも受けるし、殴られるならそれで構わない。贖罪などとは思っていないし、しようとも思わない。だが、傷つけた分の穴埋めだけは、しなくてはならない。

 また、藍雛の優しさに甘えてしまった。

 藍雛にこう言われてしまった以上、今までのようにしているわけにはいかない。加えて、今までの行いで傷付けてしまった分も謝らなくちゃならない。さしあたって、まずは……。


「ごめんなさいから、始めることね」


 ごめんなさい、と口が動く。その様子を見た藍雛は満面の笑みを浮かべて、口を開く。


「しばらくは許してあげないから、覚悟しておくことね」

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