第八十九幕 道化師と延長戦
ここで一つ、この世界においての龍の扱いというものを説明しよう。
人間の記録に残されているところによると、龍、すなわちドラゴンは、人間よりもはるか昔から存在していたものらしい。具体的にどのくらい前か、ということまでは把握できないが、龍族の言い伝えでは世界の創生と同時に発生した、といわれているらしい。
これに関しては、天龍の巣にいる際、コクや白龍に話を聞いているので、ほぼ間違いはないのだろう。
とはいえ、今語られるべきなのは人間からの視点で見た龍族であるので、とりあえず今の話は置いておこう。
さて、その創世の時から今まで、ずっと生きているという龍族達であるが、人間たちから見た彼らはなんと呼ばれているのか。
――すなわち、生きた自然災害である。龍種はそう呼ばれ、畏れと尊敬のまなざしで見られている。
風龍が羽ばたけば竜巻やハリケーンを起こし、水龍は津波を起こす。火龍は平野を焦土に変えるほどの火炎を吐くし、地龍は進行上にある地形を更地に変えてしまう。
それら単騎で地図を書き換えてしまうような力を持つ龍族というのは、一般人の力では遠く及ばず、ましてや傷をつけようなどもってのほかである。
ここまで話したところで出てきた四つの属性の龍達。彼らは負けを知らないのか。その答えはノーだ。
確かに、彼らは一般人では遠く及ばないが、勇者や英雄。そうでなくても、ギルドのトップランクのもの達が複数人いれば、多対一では敵わない。強者ではあるが、絶対的に君臨するものではないのだ。まあ、多少個体差があるとはいえ、それ自体は変わらないだろう。
では、白龍や黒龍はどうであるのか。その二種というのは、人間にとってはもはや伝説そのもである。はるか昔より伝わる伝説でしか語られることのないそれらは、生涯をもってしても見ることは叶わないのだ。
さて、これがこの世界における龍達に対する人間の認識である。
ここで問題です。今現在大会を襲っているドラゴン。こいつはどの龍種に相当するのか。答えは風龍だ。そして、俺が現在三割程、制限を外している。以前話したことがあるが、制限を一割解除すれば、風、火、水、地の下級の四属性のドラゴンに対して一対一で相手取ることが出来る。
つまるところ、今から始まるのは、今までの失態を覆すためのやらせ試合のようなものである。
「まあ、運が悪かったとしか言いようがないな」
目の前にいるドラゴンは確かに貴重だし、スイと同じ龍族だ。付け足せば、ドラゴンがカッコいいものだと思い出させてくれた。だが、こいつの価値はその程度でしかない。
俺にとってのドラゴンなんていうのは、天龍の巣にいけばウヨウヨとしているものだし、スイだって同族とはいえ、俺の活躍とこいつの命なんて天秤にかけるまでもないだろう。付け足しなんてオマケ程度だしな。今回はこちらも譲れない事情がある。
「グルァァァアアア!」
どうやら、いつまでも視線をそらさず、怯えず、逃げない俺の姿は、ドラゴンのしゃくにさわったらしい。その瞳には、怒りの炎が宿っている。
全く、さっさと逃げ出せばいいものを。まあ、逃がさないけど。
「《創造》、《生き意思を持つ槍》」
右手に槍が現れる。俺から供給された魔力によって、妖しく光る切っ先は今すぐにでも目の前の敵を貫こうとカタカタと震える。
「地味な幕引きじゃあ納得いかないだろう?」
『我が使い手の名誉の為、華々しく、散らしてあげましょう』
「グギャァァァアアア!」
そうだ。悲鳴をあげろ。その生を渇望スる声こそ、会場を盛り上ゲる。
『――使い手? いかがいたしましたでしょうか?』
「……ん? どうかしたのか?」
『……いえ、間違いだったようです。お許しを』
「ふむ、珍しいな。別に迷惑な訳じゃないから気に病むな。それより、戦闘の補助を頼む」
『了解。戦闘はどのように?』
「魔術を織り交ぜてそこそこ派手に。加えて、実践的な手法を織り交ぜた半トレーニングで頼む」
『畏まりました』
それでは、戦いを始めよう。
―――
先に動いたのはドラゴンだった。翼をはばたかせ、空中へと逃げることでその場から離脱する。自分のフィールドに持ち込むという意味もあり、俺からの攻撃を受けないという為でもあったのだろう。しかし、ある程度の高さまで行けばそれ以上浮き上がることはできない。藍雛が結界を張っているためだ。
先ほど、ドラゴンが破ってきたものとは格が違う。破る、などということは到底出来ない。
ドラゴンは俺の目で見てもわかるほど憎々しげな表情を浮かべ、その苛立ちを振り払うように俺に烈風を放つ。
『周囲に土でのドームを展開してください』
「はいよ」
すぐさま周囲の地面に魔力を流し、土を盛り上げて魔力によって硬質化させる。魔力を流し込んだため、例えドラゴンの風であってもビクともしない。
『ドームを細かに分解し、そのまま破片を射出してください。余力があれば形状を変化させより鋭利に』
「ふむ、だったら……」
先ほど土を盛り上げたのを応用し、それぞれを細かな破片に分割する。加えて、全ての土くれを魔法銀に材質を変えて、矢じりの様に尖らせる。
「ブチ抜け」
俺の言葉に反応し、周囲に浮かんだ魔法銀の矢じりが一斉にドラゴンに襲いかかる。全てに薄く魔力をコーティングしているため、その威力はドラゴンの鱗も貫く。
「グ、ギャァァァアアア!!」
ほぼ全身の俺が話を向いている面に矢じりが突き刺さる。翼に至っては矢じりが貫通し、穴だらけになってしまった。それでも空中にとどまっていられるのは、風魔法が得意な為か、それとも風龍としての矜持だろうか。とはいえ、今現在のドラゴンは浮いているのでやっとのようだ。回復しようとしているようだが、そのまま回復してしまえば魔法銀の矢じりが食い込んだままになってしまう。
『アレを地面に落としてください』
おおう、結構えげつない。だが、そうしなければ直接的な攻撃が出来ないしな。というわけで、風龍の真上に炎と風の魔法で熱風を作りだし、それを圧縮してハンマーの様に叩きつける。
「グギュウウウゥゥゥ」
やっと支えていた程度だ。そこに過剰な負荷がかかれば、そのまま落下するのは当たり前の事。風だけでなく、鱗が焦げるほどの高温をまとったそれは、ドラゴンを大地に叩きつける。
『中までは焼けていないようです。あともうひと押しです』
「龍の弱点は」
『口腔、眼球、鼻腔などが他と比べて柔らかい部位ですが、私であればどの部位であろうと貫き、切り裂いて見せます』
「分かった」
ドラゴンが苦しそうに体を起こし、空を仰ぐ。なんなんだあれは?
『データにありません。あの個体固有のものと思われます』
固体固有の魔法か能力か……面倒だ。が、あの個体に出来ること以外はできないはず。だとすれば、ここは守ってカウンターがベストか。
何を使ってくるか分からないなら、出来る限りの事をするまで。多少コストがかかるのには目をつぶろう。
目の前に、出来るだけ薄く、密度を上げた魔力の壁を造る。それを何層にも重ね、圧縮。また重ね、圧縮。その行程を何度も繰り返す。
「グギャァァァアアア!」
魔力の壁を完成させた瞬間、ドラゴンが大口を開き、大気を震わせる。そして、目に見えない砲撃が魔力壁にぶち当たる。
「真空波かっ!?」
風を操るのだから、空気を圧縮して打ち出すとかそんなものを想定していたのだが、俺の予想はかすりもしなかったようだ。魔力壁も思ったよりも削れたようだし、あんなもの何発も撃ちこまれたらたまったものじゃない。
「貫け、《生き意思を持つ槍》」
『かしこまりました』
ドラゴンが大口を開けてこちらを向いている。目指す場所は口腔。今だったら、寸分違わず一突きにできるはずだ。それも、弱点である口腔を。
《生き意思を持つ槍》が手を離れ、一直線に口に突き刺さる。元々そこに生えていたかのような自然さで、絶対にそこにあってはいけない不自然な物がそそり立ち、声を上げることもなく、ドラゴンは絶命した。
「終わってみればあっけなかったな」
ドラゴンの口から少しだけはみ出た《生き意思を持つ槍》の柄をつかみ、そのまま引っ張り出す。赤く金気くさいその液体が隅々まで行き渡っており、正直持っているのも気持ちが悪い。
『見事な戦いでした、使い手』
「そりゃあどうも。今後とも余裕があるときは戦闘の指示を頼みながら実践訓練をするから、そのつもりでな」
『承りました。しかし、使い手』
水魔法を使って大気から水分を集める。そうしてできた水を槍に被せてサッと血を流す。
「ん? どうかしたのか?」
『使い手は、自身の力を過信しているように思われます。今回、あの風龍は固体特有の技術を持っていたため、私では対応しきることが出来ませんでした。それに、あの魔力を使った防壁は、効果は大きいですが、その分効果の強弱をつけるのが難しく感じられ、魔力の消費自体も大きいと推測されます』
「ふむ」
『使い手の魔力は膨大です。今はまだ末端程度しか使用していらっしゃらない為、無限のように感じられるのかも分かりませんが、実際は有限でございます。もう一人の使い手……藍雛様と相対することがあった場合は――』
「それはない。それに、俺以上の力を持つ者は今のところこの世界にいないんだ。だから、何も心配することはない」
自分に言い聞かせるように、俺はそう言った。
『……そうおっしゃるのなら、私は使い手に従います。仮にそのようなことが起きた場合にも、全力でサポートさせていただきます』
「ああ、頼んだ」
俺はそう言いながら《ジッパー》の中に《生き意思を持つ槍》を入れる。