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別世界の道化師  作者: あかひな
五章
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第八十六幕 道化師と第一戦

「さあぁぁぁ! ついに始まりました、大会本戦! この激闘を勝ち抜き、優勝するのは誰なのか!? さあさあ、前口上はこのくらいにして、どんどん始めていこう!」


 大会第一回戦。運命のイタズラか、はたまた人為的なものなのかは知らないが、名誉ある初戦は俺こと白ローブと、大柄な男との対戦だった。

 入場口付近で待機するように促され、黙ってアナウンスを聴いているわけだが……。


「だっりぃ……」


 どうにもこうにもやる気が起きない。元々、家を用意するために参加したわけだが、それも別段必要でないと分かり、モチベーションも低下の一途をたどる。それなのに、どうしてテンションを上げて闘いに臨めようか。


「――対するは容姿も謎! 経歴も謎! ただし予選を勝ち抜いた実力は本物だ! 純白の外套ぅぅぅ!」


 なんか名前が呼ばれたらしいので、だらだらと中心部に向かう。

 大闘技場の形はさながらコロッセウム。中心部で闘い、円周の部分で観客が見守るという形状をしている。

今はその中心部で闘いの始まりを待っている訳だが……やっぱりやる気がなぁ。そう考えてめんどくさそうに試合が始まるのを待っていると、VIP観客席の最前席に、スイやアイスの姿を見付ける。


「お兄ちゃーん、頑張ってねー!」


 俺がそっちを向いているのに気付いたらしく、スイは大声をあげて声援を送り、藍雛は笑顔で手を振っている。


「……俄然(がぜん)、やる気が出てきた」


 自然と口元がつり上がり、視線は大男へと向かう。男はわざわざポーズをとって鍛え上げられた筋肉を見せつけている。確かに、俺から見てもあの筋肉は凄いと思う。あんな筋力で殴られれば、骨の一本や二本。最悪五本は覚悟しなくてはいけないだろう――普通ならば。


「今回は……搦め手でいくぞ」


 後ろ手に構えた手の中に《生き意志を持つ槍(ブリューナク)》を出現させる。《生き意志を持つ槍》が突然現れたことにより、会場から歓声が巻き起こる。


使い手(マスター)の為とあらば』

「クソがっ! 昨日は手前のせいでとんだ恥をかいたが、今日は観衆の前で手前に恥をかかせてやる!」

「冗談言うなよ。筋肉馬鹿」

『脳筋ごときが使い手に勝てるはずもないというのに……愚かです。驕った(おごった)人間というのはいつの時代も間が抜けていますね』


 フードで隠した素顔だが、もしも今フードを外したなら、笑いをこらえるのに必死な俺の顔が見えるだろう。確かに、見た目は《生き意志を持つ槍》の言った通りで間違いないんだがな。


「選手もそれぞれ言葉も交わしたとこるぉで! 間もなく試合開始だ! 全員目を見開けよぉ!?」


 《生き意志を持つ槍》の穂先を下げ、体の重心も下に落とす。合図が鳴った瞬間に相手に突きかかるために。


「レディー――」


 歓声がふっと止み、一瞬にして静寂が訪れる。それは、俺が地面を踏みしめている音までも聞こえそうで――


「――ゴォォォォォウ!」


 ――本当に、タのシい。


 男がその豪腕を振るい、あたれば頭蓋が砕けるであろう破壊力が襲いかかる。まあ、意味無いけど。

 破壊力は高く、早さも遅くはないそれは、俺の顎があった場所を見事に打ち抜く。しかし、そこには俺はいない。


「くははは、残念でした」


 男が慌てて振り返り、今までに無かったものに気付く。


「壁……だぁ?!」


 いくら《制限(リミッター)》が三割解除されているとはいえ、あんなもので殴られれば痛い思いをするだろう。そこで、今回は速さで翻弄することにした。だが、ただ早いだけでは偶然当たる危険がある。その為、地面はもちろん。土壁以外にも空中に空気の壁を作ることにより、立体的な高速移動ができるようにしたのだ。効果はテキメンだ。


「くそがっ! ちょこまかと動き回りやがって!」

「なら止まろう」


 無闇やたらに拳を振り回し、罵声をあげる男だが、確かに逃げ回ってるだけでは倒せない。何より時間がかかるし、見映えも良くない。スイと藍雛がいるのだから、多少のサービスが必要だろ。

 そう考えながら、男の背中に札を貼り、《生き意思を持つ槍》の柄で背後から殴り付ける。


「ぐっ?!」


 突然背後から殴られた男は二、三歩前によろめく。だが、流石は予選突破者と言うべきか大したダメージではないらしい。


「ぬぅぉりゃぁぁぁ!」


 すぐさま振り返った男は打ち上げるようなアッパーを繰り出す。だが。


「《爆符》」

「うがぁっ?!」


 突然背後で爆発が起きて、男を吹き飛ばす。拳どころか、体そのものが俺を素通りしたせいで、地面から生えている土壁に叩きつけられ、崩れた土壁によって土砂にまみれる羽目になる。


「まだまだ」


 立ち上がろうとする男に駆け寄り、懐に潜り込む。そのままがら空きの胴体に向かって、体が浮き上がる程のパンチを一発。同時に、風を使って男の全身に大量の札を貼り付ける。


「が――ぁあ!」

「《爆符》《爆符》《爆符》《爆符》《爆符》《爆符》《爆符》《爆符》《爆符》《爆符》」


 辺りに爆音が鳴り響き、男の体は爆発によって天高くに打ち上げられる。ああ、高すぎるな。


「《爆符》《一斉爆破》」


 俺がそう言うと、残っていた札が一斉に光り、爆発によって男を地面に叩きつける。


「うぅ……」

「……うん、やり過ぎたか?」


 俺が次の試合での手加減を考えていると、実況の声が会場に響く。


「お、おおおぉぉぉ! つい言葉を忘るぇてしまうような素早い闘いだったぁぁぁ! この試合、勝者は純白の――」

「がぁぁぁあああ!」


 実況による勝利宣言を遮り、男が叫び声をあげる。それと同時に、ただでさえ大柄だった男の体が膨れ上がる。筋肉の塊が膨張し、二メートルはあったであろう体は見上げるほど巨大になり、頭から二本の角が生える。その姿は、正しく鬼だった。


「おぉっと! シュルテン選手がまさかの《オーガ化》だぁぁぁあああ! これでさるぁに威力がますぅぅぅ!」

「いやいや、第二形態じゃないんだぞ」

『使い手の仰った搦め手は通じなさそうですね』

「搦め手がダメなら――奇策に走る」


 さあ、第二ラウンドの開始だ。



―――――



 俺はどうにも、正面から正々堂々と闘うのは性に合わないらしい。やろうとすればごり押しが出来るんだろうけど、そういうことをやろうという気になれない。そんなことをするよりも、持ち札を制限してギリギリのスリルを味わいたい。


「ぬがぁぁぁあああ!」

「《創造》、《爆符》二十枚。《雷符》十枚。《氷符》十枚」


 創造で創られた紙には、既に墨で魔法陣が描かれている。俺はそれに魔力を流し込み、立体軌道を駆使してシュルテンに貼り付ける。そして、拳を大きく振り上げたタイミングを見計らい……。


「《爆符》《爆符》《爆符》《爆符》《爆符》」


 爆符で吹き飛ばす。


「《氷符》」


 受け身を取らせないように関節を凍らせる。


「《爆符》」


 地面に叩きつけるように爆符で加速させて、体についた氷も溶かす。


「《雷符》」


 氷が溶けてできた水により、雷符の雷がシュルテンの全身を駆け巡る。


「《符術》、《一斉起動》」


 感電、凍傷、火傷、爆風。符術によってありとあらゆる傷が体に刻み込まれていく。


「ごぁぁぁあああ!」


 尚も立ち上がろうと、剛腕を俺に届けようとするその姿には敬意を表したい。


「だが――」

『無意味です』


 《生き意思を持つ槍》の石突きが、鍛えることの出来ない部位を的確に捉える。俺の規格外な力に加えて、《生き意思を持つ槍》の経験によって与えられた連撃は、筋肉の鎧の隙間を縫って確かなダメージを与えた。


「ごぉ――あ……」


 シュルテンの体が地面に倒れる。さっきと違うのは、自力で立ち上がるのは不可能という点だ。


「搦め手ってのも嘘だったな」

使い手(マスター)に、そのような面倒は不要かと』

「……脳筋ってのは好きじゃないんだけどな」


「勝者! 純白のルォォォーブッ!!」





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