第八十六幕 道化師と第一戦
「さあぁぁぁ! ついに始まりました、大会本戦! この激闘を勝ち抜き、優勝するのは誰なのか!? さあさあ、前口上はこのくらいにして、どんどん始めていこう!」
大会第一回戦。運命のイタズラか、はたまた人為的なものなのかは知らないが、名誉ある初戦は俺こと白ローブと、大柄な男との対戦だった。
入場口付近で待機するように促され、黙ってアナウンスを聴いているわけだが……。
「だっりぃ……」
どうにもこうにもやる気が起きない。元々、家を用意するために参加したわけだが、それも別段必要でないと分かり、モチベーションも低下の一途をたどる。それなのに、どうしてテンションを上げて闘いに臨めようか。
「――対するは容姿も謎! 経歴も謎! ただし予選を勝ち抜いた実力は本物だ! 純白の外套ぅぅぅ!」
なんか名前が呼ばれたらしいので、だらだらと中心部に向かう。
大闘技場の形はさながらコロッセウム。中心部で闘い、円周の部分で観客が見守るという形状をしている。
今はその中心部で闘いの始まりを待っている訳だが……やっぱりやる気がなぁ。そう考えてめんどくさそうに試合が始まるのを待っていると、VIP観客席の最前席に、スイやアイスの姿を見付ける。
「お兄ちゃーん、頑張ってねー!」
俺がそっちを向いているのに気付いたらしく、スイは大声をあげて声援を送り、藍雛は笑顔で手を振っている。
「……俄然、やる気が出てきた」
自然と口元がつり上がり、視線は大男へと向かう。男はわざわざポーズをとって鍛え上げられた筋肉を見せつけている。確かに、俺から見てもあの筋肉は凄いと思う。あんな筋力で殴られれば、骨の一本や二本。最悪五本は覚悟しなくてはいけないだろう――普通ならば。
「今回は……搦め手でいくぞ」
後ろ手に構えた手の中に《生き意志を持つ槍》を出現させる。《生き意志を持つ槍》が突然現れたことにより、会場から歓声が巻き起こる。
『使い手の為とあらば』
「クソがっ! 昨日は手前のせいでとんだ恥をかいたが、今日は観衆の前で手前に恥をかかせてやる!」
「冗談言うなよ。筋肉馬鹿」
『脳筋ごときが使い手に勝てるはずもないというのに……愚かです。驕った人間というのはいつの時代も間が抜けていますね』
フードで隠した素顔だが、もしも今フードを外したなら、笑いをこらえるのに必死な俺の顔が見えるだろう。確かに、見た目は《生き意志を持つ槍》の言った通りで間違いないんだがな。
「選手もそれぞれ言葉も交わしたとこるぉで! 間もなく試合開始だ! 全員目を見開けよぉ!?」
《生き意志を持つ槍》の穂先を下げ、体の重心も下に落とす。合図が鳴った瞬間に相手に突きかかるために。
「レディー――」
歓声がふっと止み、一瞬にして静寂が訪れる。それは、俺が地面を踏みしめている音までも聞こえそうで――
「――ゴォォォォォウ!」
――本当に、タのシい。
男がその豪腕を振るい、あたれば頭蓋が砕けるであろう破壊力が襲いかかる。まあ、意味無いけど。
破壊力は高く、早さも遅くはないそれは、俺の顎があった場所を見事に打ち抜く。しかし、そこには俺はいない。
「くははは、残念でした」
男が慌てて振り返り、今までに無かったものに気付く。
「壁……だぁ?!」
いくら《制限》が三割解除されているとはいえ、あんなもので殴られれば痛い思いをするだろう。そこで、今回は速さで翻弄することにした。だが、ただ早いだけでは偶然当たる危険がある。その為、地面はもちろん。土壁以外にも空中に空気の壁を作ることにより、立体的な高速移動ができるようにしたのだ。効果はテキメンだ。
「くそがっ! ちょこまかと動き回りやがって!」
「なら止まろう」
無闇やたらに拳を振り回し、罵声をあげる男だが、確かに逃げ回ってるだけでは倒せない。何より時間がかかるし、見映えも良くない。スイと藍雛がいるのだから、多少のサービスが必要だろ。
そう考えながら、男の背中に札を貼り、《生き意思を持つ槍》の柄で背後から殴り付ける。
「ぐっ?!」
突然背後から殴られた男は二、三歩前によろめく。だが、流石は予選突破者と言うべきか大したダメージではないらしい。
「ぬぅぉりゃぁぁぁ!」
すぐさま振り返った男は打ち上げるようなアッパーを繰り出す。だが。
「《爆符》」
「うがぁっ?!」
突然背後で爆発が起きて、男を吹き飛ばす。拳どころか、体そのものが俺を素通りしたせいで、地面から生えている土壁に叩きつけられ、崩れた土壁によって土砂にまみれる羽目になる。
「まだまだ」
立ち上がろうとする男に駆け寄り、懐に潜り込む。そのままがら空きの胴体に向かって、体が浮き上がる程のパンチを一発。同時に、風を使って男の全身に大量の札を貼り付ける。
「が――ぁあ!」
「《爆符》《爆符》《爆符》《爆符》《爆符》《爆符》《爆符》《爆符》《爆符》《爆符》」
辺りに爆音が鳴り響き、男の体は爆発によって天高くに打ち上げられる。ああ、高すぎるな。
「《爆符》《一斉爆破》」
俺がそう言うと、残っていた札が一斉に光り、爆発によって男を地面に叩きつける。
「うぅ……」
「……うん、やり過ぎたか?」
俺が次の試合での手加減を考えていると、実況の声が会場に響く。
「お、おおおぉぉぉ! つい言葉を忘るぇてしまうような素早い闘いだったぁぁぁ! この試合、勝者は純白の――」
「がぁぁぁあああ!」
実況による勝利宣言を遮り、男が叫び声をあげる。それと同時に、ただでさえ大柄だった男の体が膨れ上がる。筋肉の塊が膨張し、二メートルはあったであろう体は見上げるほど巨大になり、頭から二本の角が生える。その姿は、正しく鬼だった。
「おぉっと! シュルテン選手がまさかの《オーガ化》だぁぁぁあああ! これでさるぁに威力がますぅぅぅ!」
「いやいや、第二形態じゃないんだぞ」
『使い手の仰った搦め手は通じなさそうですね』
「搦め手がダメなら――奇策に走る」
さあ、第二ラウンドの開始だ。
―――――
俺はどうにも、正面から正々堂々と闘うのは性に合わないらしい。やろうとすればごり押しが出来るんだろうけど、そういうことをやろうという気になれない。そんなことをするよりも、持ち札を制限してギリギリのスリルを味わいたい。
「ぬがぁぁぁあああ!」
「《創造》、《爆符》二十枚。《雷符》十枚。《氷符》十枚」
創造で創られた紙には、既に墨で魔法陣が描かれている。俺はそれに魔力を流し込み、立体軌道を駆使してシュルテンに貼り付ける。そして、拳を大きく振り上げたタイミングを見計らい……。
「《爆符》《爆符》《爆符》《爆符》《爆符》」
爆符で吹き飛ばす。
「《氷符》」
受け身を取らせないように関節を凍らせる。
「《爆符》」
地面に叩きつけるように爆符で加速させて、体についた氷も溶かす。
「《雷符》」
氷が溶けてできた水により、雷符の雷がシュルテンの全身を駆け巡る。
「《符術》、《一斉起動》」
感電、凍傷、火傷、爆風。符術によってありとあらゆる傷が体に刻み込まれていく。
「ごぁぁぁあああ!」
尚も立ち上がろうと、剛腕を俺に届けようとするその姿には敬意を表したい。
「だが――」
『無意味です』
《生き意思を持つ槍》の石突きが、鍛えることの出来ない部位を的確に捉える。俺の規格外な力に加えて、《生き意思を持つ槍》の経験によって与えられた連撃は、筋肉の鎧の隙間を縫って確かなダメージを与えた。
「ごぉ――あ……」
シュルテンの体が地面に倒れる。さっきと違うのは、自力で立ち上がるのは不可能という点だ。
「搦め手ってのも嘘だったな」
『使い手に、そのような面倒は不要かと』
「……脳筋ってのは好きじゃないんだけどな」
「勝者! 純白のルォォォーブッ!!」






