第八十五幕 道化師と予選終了
「大会参加中の皆々様。ご無事な方、既に続行不可能な方などいると思いますが、規定の時間に達したため、本選に参加する資格を持つ方々は大闘技場へお越しください。なお、参加資格を失ってしまった方、参加資格を持たない方々。我々が監視していないからと言って、待ち伏せをしてはいけませんよ? それでは、ご武運を」
こんな放送が聞こえてきたのは、アーサー達が俺の上から立ち去ってから数十分くらいの時間が経ってからの事だった。
要はそろそろ制限時間だから戻ってこいよ。って事を伝えたいらしい。それはいい。だが、待ち伏せをしてはいけませんよってなんだよ。監視してないって宣言してるじゃないか。絶対待ち伏せ推奨してるだろ。
これは、待ち伏せは如何にしてここで札を取るか、参加者はどうやってここを抜けるかという事を考えなくてはいけない。また、遠くまで見ることができない観戦者にも見せるというわけか……えげつない。元々待ち伏せ側は身の振り方なんて考えてられる余裕がないからいいが、参加者側はそうともいかないんだよな……。
「兎にも角にも、向かうしかないか……」
運営公式で妨害とは面白いじゃないか。本気は出さないにしても、あれだけの知り合いがいるんだし、多少やる気を出しても問題はない。
「制限解除」
解除率は三割ってとこでいいか。ちなみに、俺は通常の場合解除率は一割。どれぐらいかというと、龍一匹くらいは余裕をもって倒せるくらいが一割だ。多分だが、ファンネルならそれくらいはやってのけるんだろうな。となると、ファンネルは二割程度か?
ちなみに、今回の三割だと……試したことがないから分からんな。まあ、今回ので分かるだろう。
俺は出来るだけ待ち伏せが多くないうちに向かうために、大きく羽を広げ、思いっきり羽ばたいた。
―――――
「……嘘だろ」
思わず口をついて出た言葉。それはきっと自身の願いだ。よもや大闘技場の出入口が、戦争の一部を切り取ったような状況におかれている。などと、誰が考えられただろうか。
「人海戦術か……首謀者は誰だよ」
大会の出場者をふるいにかけるためのこの予選。ここまでしようと思うほど、熱をあげている人物は誰なのだろうか。一発殴りたい。
しかも、ここでのネックは一般人がほとんどで、残り少数が逸般人ということだ。
「対逸般人っていうのに、普通の人間なんか相手にできねえ」
仮に、セリアさんが相手ならこのまま突撃をかましても何ら問題はないだろう。辺りが真っ赤に染まるかもしれないが、それだけだ。
ただし、それが一般人だとしたら、それは正しく肉の壁に突っ込むことになる。
「必要でもないところで大量殺人って言うのはちょっとなあ」
というか、ただの大会で大量殺人を犯す等と言うのは、人として大きく間違っているだろう。例に漏れず、俺だってそんなことはしたくはない。
まあ、中に入る方法自体は無いわけではないんだが、転移で直接中に入る。なんてのは、イマイチ興ざめ。かといって、戦いの渦中に身を投じるなんてのは、間違いなく戦闘狂だ。
「……あ、なにも戦う必要はないわけか」
だとしたら、話は簡単だ。
正々堂々、全員戦闘不能にすればいい。
「《空間隔絶》」
下で戦う人々に、まるで水泡のようなものがまとわりつく。驚いた人々が、各々それを壊しにかかるが、割れない、切れない、破れない。それも当然。その水泡は、空間の境界なのだ。空間の境界は、一般人がそう簡単に壊せるようなものじゃない。だがそれ故に、大会が終わるまで全員があそこに立っている、なんて事にするわけにはいかない。
「《パラライズ・ミスト》」
一人一人を遮る空間。その中では、濃霧が人を覆うように、黄色い霧が充満していく。
すると、まるで糸が切れた人形のように人々が倒れ込み、つり上げられた魚のように跳ねる。
「うーん、ちょっとかけすぎたか」
あの霧はその名の通り、人を麻痺させる霧の魔法だ。詳しい仕様は俺にもよく分かっていないが、よほどの量でない限り死なないように、《創造》で補完されている。だからこそ、俺が戦わずに楽をして会場に足を踏み入れることができる。
卑怯と言うことなかれ、俺だってこの白いローブを赤いローブにしたくないのだ。
「さて、通った人はどれくらいかなっと」
人の山を抜け、明るく整えられたフィールドに立ち入った瞬間。――歓声が響き渡る。
「さあ! 遂に六十三人目の出場者が決定したぁぁぁあああ! 残る出場者は一人、誰がこの大会に参加するのか?!」
思わず耳を塞いでしまいそうな音の濁流が、辺り一面に轟く。目の前を見れば、既に参加が決まったらしい幾人かの知人と、顔も知らない人達が一塊になって目線で牽制しあっていた。
なので、俺は離れた場所で俯いて眠ることにする。だって、あんな殺気をばらまく人達の中に入るわけがないじゃないか。正直面倒くさいし。
ちょうどいい具合に船をこぎ始めた時、折角の睡魔を砕くような歓声が耳をつんざく。
「おぉぉぉっとぉ!? ついに会場外での激闘の末、本選に名乗りをあげた六十四人目があるぁわれたぁぁぁ!」
うるさい。睡眠妨害だろうが。
少しだけ、腹が立った。そう感じた時には、考えるより早く、地面に震脚を打ち込んでいた。
ズドンという、まるで大砲を撃ったかのような音が響き、地面が陥没する。土埃が舞い上がり、辺りは先程の歓声が嘘のように静まり返っている。そんな中、気まずそうなアナウンスが流れる。
「お、オーケー。今回の参加者はすこぉし血気盛んみたいだ。だが、ちょっと待ってくれ? 期待の本選は明日かるぁだ! 今日は本選に備え、じっくりと体をやすめてくるぇぇぇ!」
最初は戸惑いぎみだった司会も、徐々にペースに乗ってくると巻き舌も好調になってくる。
観客もそれにのせられたのか、次第に歓声が大きくなり、結局は元に戻っていた。
―――――
「おい、新顔」
未だ歓声が鳴り止まない中、選手の退場が済んだ後に、各々の控え室に案内された。オブラートに包むと男らしい、率直に言うと男らしすぎて不快な声をかけられたのは、その少しあとのことだ。
「……何か」
「てめぇ、今年初参加のルーキーの癖しやがって、随分と目立った真似してくれるじゃねぇか。あぁん?!」
「……はぁ」
思わず生返事が口をつく。そういえば、この大会は自分を知らしめる大会でもあったんだったな。すっかり忘れてた。
「気の抜けた返事してんじゃねぇ! ルールがあると言っても、調子に乗ってるとぶっ殺すぞ!?」
「はいはい。そういうのは本戦でな」
言うが早いか、大柄の男は踵を返そうと体を捻っている俺に、握り拳を振り上げていた。
「だーかーらー……」
このまま蹴り抜いて砕いてやろうか。そんな残酷な考えを押し退けて、至って普通に手のひらで、男の拳を止めた。まあ、こんな体格差がある人の拳骨を止めたと言うだけでも、他から見れば普通じゃないがな。
「後でだって」
そのまま腕を捻り、両足を纏めて払う。体幹があるだのなんてのは、人間同士での話だ。
男は音をたてて倒れ伏し、何が起こったのか分からない様子でいる。
「じゃあ、本戦で」
元のように出口の方にUターンし、片手をあげて手を振りながら歩く。この後は《空間隔絶》で切り離して、時間でも遅れさせて修行だな。《生き意志を持つ槍》に頼んで指導してもらおう。
さて、本戦が楽しみだ。