第八十四幕 道化師と観戦
「くっそ……神使さまめ。逃げたな」
ガラガラと崩れる瓦礫の中、辺りを見回してみるが既にうちの周りにはいない……。神使さまの事だから、もうこの辺にはいねぇだろうな。
「しかも……」
額には血濡れになった札が張り付いている。べっちょりとした感覚が実に心地悪い。
全く、もう少し他にやりようがあったんじゃねぇのか。まあ、札のほうはありがたく頂いておくから、神使さまの楽観的観測通りにしてやろうじゃん。
「けどまあ……その代わりに次はしっかり付き合ってもらうけどな」
思わず漏れる笑い声を抑えられず、辺り一帯に響くような高笑いが響く。
―――――
「フゥーハハハ!」
「うわ、意外と近くにいたのか」
早めに逃げておいて良かった。そうでなかったら今頃再戦だったろうからな。血の気が多いのは分かっていた。が、惜しみもせずに不死性を使いまくってくるとは思いもしなかった。一歩間違えば大惨事だ。既に惨事ではあるけど。
「さて、また隠れるか」
戦うと思った? 残念! 隠密でした!
レイアさんに挑戦的な笑みを返しはしたものの、時間が経てばモチベーションも下がる。ましてや、賞品が餌としての機能を果たしていないのだから当然のことだろう。
さて、肝心の隠れ場所だが、今回は地中に隠れてみようと思う。土魔法でバレる可能性もあるが、《創造》で新しく魔法を創ればいい話。と言うわけで、《創造》。
「《透明忍間》」
《透明忍間》の効果は、いかなる観点から観ても、そこに在るのが当然のように感じるようになる。ただし、既にバレている場合と、極度に疑いの目を向けられている場合はその限りではない。まあ、どちらに関しても、かなりの観察力を持っていなければ看過することは出来ないが。
終了まで持ってくれればそれでいい。だが、さっきのようになることだって考えられるわけだし、フラグは成立することを前提に考えた方がいいだろう。
「《泥化》」
地面に魔力を流しながらその範囲を徐々に広げていく。すると、魔力にあてられた地面は石タイルから泥のように変質し、俺の体を徐々に飲み込んでいく。底なし沼にのまれていくようで少しだけ恐怖はあるが、どうせなんともない。
やっと肩まで埋まり、あとは首だけという生首のような様相になった時、後方から衝撃とそれに伴い固い石タイルのようなものを粉砕する音が鳴り響く。
「ちょ! 待て待て待て待て!」
当然ながら、移動は不可能。ただただ沈んでいる最中だから振り返ることも無理。いっそ抜け出すか? そう考えるが早いか、何かが俺の後頭部に打撃を与える。
「がっ!」
「うわぁっ!?」
相手も何がなんなのか分からなかったんだろう。可愛らしい悲鳴とともに、俺の頭を跨ぐように尻餅をついてしまう。
「痛た……もう、一体なんなの……さ……」
俺は思わず見上げてしまい、それと同じように、俺につまずいたらしい女の子も俺の方を見る。つまり、目が合ってしまう。
俺の頭に躓いて転んだのは、ここに来るまでの道中一緒だった。ジークだった。
「……え?」
女の子に跨れた状態で目が合ってしまうという意味の分からない状況にあるわけだが、ここはなんと返したらいいんだろうか。藍雛なら適当に返すんだろうな。などと突飛な思考で頭を埋め尽くされた結果、俺は笑顔を浮かべるという奇行に走った。
「よう、久しぶりだな。ジーク」
呆けた表情を浮かべるその顔は間抜けなものだったが、今は知っている人を跨ぐという羞恥からか、どんどんと顔が赤くなり、そして俺が生首あるということに気づいてサッと顔を青くする。くるくると表情を変えて、忙しいな。などとふざけたことを考えているうちに、ジークはそのままの状態からスッと足を天高く上げて――
「へ、変態!」
――俺の頭頂部に踵落しを食らわせて、俺を地中深くへと沈めた。
「お、溺れ……ない?」
頭まで完璧に地中に埋まって、泥化した地面で溺れ死ぬのかと思ったが、いざ潜りきってみると上はガラス天井の様に透けて見えるし、体中は泥の中にいる感覚はするものの、顔はきちんと普通の状態だ。
「助かったか……」
死因が知り合いによる踵落しなんて言うのは洒落にならん。もう一つついでに陸地で溺れ死ぬというのも冗談じゃない。だが、一番の後悔は。
「変態扱いされて死んだんじゃあ、死んでも死にきれない」
遺言は再開の言葉。別れは罵倒の言葉とは、世知辛い世の中である。全然関係ないけど。
さて、それにしてもなんでジークがここにいるのだろうか。大会に参加するのは知っていたが、あの様子では何かの最中に転んだんだろう。そう思って上を見ると、切っ先をこちらに向けた甲冑系男性が俺の真上に向かって落下してくる。
「ノォォォオオオ!」
思わず護法壁を張り、ほぼ反射的に衝撃に耐えるような体制を取るが、俺にダメージはない。
見ると、それは護法壁にすら届いておらず、透明な天井が球場にくぼんでいるだけだった。
「うーん……。さっきは平面で、今は球状にくぼんでいるってことは、これは地面なのか」
よくよく見れば上では吹き飛んだ土砂が降り注いでいる。幸い、ジークはあの場からは退いていたらしい。しかし、こんな無茶な真似をしているのは誰なんだろうか。そう思い、甲冑をよく見ると、またも俺の見知った人物だった。
「おっさん何してんだよ……」
ファンネルだった。間違えようもないくらい完璧にファンネルだった。なんだよこの大会。実は俺の知り合いだけで構成されていますとかじゃ無いだろうな、と思わず疑ってしまうくらいだ。
当然、こちらに気付かないファンネルは超人染みた跳躍力で再度跳ね上がり、ジークに切りかかる。ジークは咄嗟にそれを防ぐものの、咄嗟の守りでは勢いを殺せない。
無情にもその場から弾き飛ばされ、倒れてしまい立ち上がれない。
「済まんね、負けるわけにはいかねえんだよ」
ファンネルはそう言うと、ジークの胸に付けられている札を剥がそうと近づく。しかし、それをみたジークは、札をとられそうだというのに、空を見上げて笑う。
「ライトニング・セイバァァァアアァ!!」
まるで、極太のレーザーが落ちてきたのではないかと錯覚した。その光は真っ直ぐにファンネルを目がけていた。しかし、光が収まった時、ファンネルは立っていた。いや、防ぎきっていた。
「光の少年よぉ、奇襲ってのはもっと相手の気が弛む時にするもんだ」
「お生憎様。僕はそっちと違って歩くのが遅いんだよ。奇襲するつもりなんて、微塵もないね」
とはいえ、タイミングは良かったみたいだけど。アーサーはそう言って、光に包まれた剣の切っ先をファンネルに向ける。
「おいおい、まだ運動させるのか? おじさん、そろそろ休みたいんだが」
「本気で動けば疲れも吹き飛ぶんじゃない? 伸びろ、ライトニング・セイバー!」
アーサーの呼び掛けに答えるように、光の剣は光の速度で伸び、その尖端は真っ直ぐにファンネルの肩を狙う。が、ファンネルは剣を紙一重で回避していた。
「惜しい。が、当たらないんだったら意味はない」
「っく!」
その状態から苦し紛れに光の剣を振るうアーサーだが、そんな程度ではファンネルには到底当たらない。ファンネルはそのままアーサーの懐に入り込み、大きく体を回転させながら剣のつばを剣の腹で打って、弾き飛ばす。
光にまとわれていた剣は無残にも弾き飛ばされ、地面に落ちる頃にはただの剣になっていた。
「惜しかったな。筋はいいんだが、光魔法の使い方がなって無い。伸ばしたり太くするだけなら、普通の魔法として使った方がよっぽど有用だな」
「……ああ」
アーサーは欠点を指摘されて悔しげに表情を歪めながらも、間違いないといった様子で答える。それをみたファンネルは口を吊り上げて笑う。
「くははは、そう落ち込むなよ。見たところまだ発展途上じゃねえか」
ファンネルはアーサーの腕を掴み無理矢理立ち上がらせると、アーサーを胸を拳で軽く小突く。
「この大会が終わったら騎士団に来い。何から何まで全て叩き込んでやるよ」
そう言われて、呆けたような表情を見せるアーサーだが、ファンネルはそれを傍目に颯爽と立ち去ってしまう。……いきなり勧誘ってどうなのさ。
「はあ……」
あまりの事態に疲れが出たのか、アーサーは尻餅をつくようにどっと座り込む。
「あいたたた……あのおっさん、ただ者じゃないね」
いつの間にか復帰していたジークは、座り込むアーサーの横に立ちアーサーにそう話しかける。
「うん、そうだね。あの人は壁として……あまりにも、厚い」
唇を噛みしめ、目を鋭くしているアーサーだったが、ジークがあることに気が付いたらしく、慌てたような声をあげる。
「あ、アーサー! 札取られてるよ!?」
「え? ああ!」
言われてやっと自分の札があったところを確認するが、そこにはあるはずだった札は無くなっていた。
アーサーは額に手をあててうめくように呟く。
「あちゃー……最後のか」
アーサーの言う最後とは、恐らく胸を小突いたあの時。なんの気ない仕草に見せかけて、しっかり札をとっているとは抜け目がない。腐っても王都騎士団の団長というわけだ。
と、二人が落ち込んでいると、町の中央の方から大きな鐘の音が鳴り響く。
「アーサー、半刻の鐘!」
「まずい……予選落ちなんて、してられない」
アーサーは急いで立ち上がると、ジークと二人でその場から立ち去っていった。