第七十九幕 道化師と開会
「ルゥエディース! アーンド、ジェンットルメェン! ようこそ年に一度の馬鹿騒ぎ! 冒険者武闘大会へ!」
やたら巻き舌な司会者。
「「「オオオオォォォォォ!!」」」
響き渡る轟音。
「今年は期待のルゥーキーも出場するそうだ! 大番狂わせには注意しろー!!」
「「「オオオオォォォォォ!!!」」」
「そう言う訳でぇ、今年も武闘大会をォ――」
一拍置いて。
「開会するぜェ!!!」
「「「オオオオオォォォォォォ!!!」」」
爆音。
「……いや、まあ、聞いてはいたけど凄いなこれ」
「耳にダイナマイト付けた状態で爆発させたみたいね。皆を連れてこなくてよかったわ」
「そうだな」
武闘大会、開会当日。その前置きとしてこうして開会式が行われているわけだが、前述の通り、物凄い叫び声で耳がおかしくなりそうだ。それほどまでに声は大きく、恐らく自治区内全域に響き渡っていることだろう。
さて、今俺達がいるここはどこか。
冒険者自治区のその中心に位置する、闘技場の特別観客席に座っている。まあ、特別が付くからには何かが変わるのかとも思うだろうが、精々長時間座っても疲れにくいという程度である。長時間座ることになる闘技場みたいな所では、そういうところが大切なのかもしれないけどな。
「それで、ここに来たのは何か意味があるのでしょうね?」
「もちろんだ」
俺がわざわざこんなところに来たのは、ファンネルを捜すためだ。何故ファンネルを捜すのかと言うことなんだが、半分は記憶の為。いくつか集めてはみたが、藍雛の話では全然足りないとかなんとか。なので、あのおしどり夫婦に頼んでみようと言うわけだ。
そして、もう半分の理由はフィアの引き渡し。俺を捕まえたたまま動こうとしなかったフィアは、結局宿に戻っても意識が返らず、赤い顔でぶつぶつと寝言を言っている有り様だ。
今はフィルマに俺と相部屋になるように頼んで、ベッドを借りているが、いつまでもそうしている訳にもいかないからな。
「なるほどね。確かにファンネル達は、言わばこの大会の様子見とされている様だし、ここにもいるでしょうね」
「そういう訳だ。分かったなら捜すのを――」
「見つけたわ」
「早っ!」
というか、人の話を聞いてない!
「バカねぇ。国からの公式な派遣なら、VIP席くらい用意されているでしょう?」
「……言われてみれば」
「それじゃあ、早く来なさいよ」
藍雛はそう言うと踵で地面を叩いて裂け目を作り、落ちていった。
さっきからちらちらとこちらを見ていたらしい観客は、それに驚いて声を漏らしている。
「せめて手の内を隠すくらいはしろよ……」
まあ、それが戦術に入っていないのかも知れないが。かく言う俺も、戦術の内には入ってないしな。
そんなことを考えながら、爪先で地面をノックして魔方陣を展開。場所を教えてもらえなかったので、藍雛の気配をたどって《転移》した。
「よ、久しぶり」
「久しぶりですねー」
俺が着くと、ファンネルとスティラさんがちょうど挨拶を交わしているところだった。
「おお、緋焔も久しぶりだな!」
「久しぶりねー」
スティラさんは相変わらずおっとりオーラを発しているようで、雰囲気が柔らかい。
ファンネルの方は……相変わらずだな。特に変わらない、と言ってしまえば身も蓋も無いが。
「久しぶり。いきなりで悪いんだけど、フィアを迎えに来てくれないか?」
話題も特に無いし、口火を切るという意味も込めて、さっさと本題に入ろう。が、それを聞いた二人は一瞬、呆然とした顔をして、次に苦笑いと微笑みを浮かべる。
「またフィアと会ったのか?」
また?
「……また、とはどういうことなのかしらね?」
「いや――」
「ここに来る前、というか聖国の方でゴタゴタがある前だな」
ニヤリと、さっきとは違ってそう形容するのがちょうどいい笑みを、ファンネルが浮かべる。それを見た藍雛は、驚いた顔を浮かべてから余裕のある笑みを見せる。
「お見通し、と言うわけね」
「これでも兵の中ではそこそこだからな。成り上がりエリートは嫌われてる分、好かれてもいるのさ」
ファンネルは嬉しそうな顔で、困ったもんだと呟くが、言葉と顔が一致していない。
「でもー、嫌われてるのは貴族からだけでしょー?」
「その貴族の出が言う言葉じゃねえな」
「ふふふー」
「あのー……盛り上がるのはいいんだが、フィアの件はどうなったんだ?」
このままじゃあ、話が逸れてしまって軌道修正が出来なくなり、フィアと一緒に暮らさなきゃならなくなる。
勿論、フィアが嫌いという訳じゃあないんだが、ただでさえ色々一触即発な所があるのに、さらに爆弾を放り込もうなんて気には更々なれない。
「ああ、話を逸らして悪かったな。フィアなんだがな……」
一応口を開いたものの、何をどう言おうか決めあぐねている様な、さっぱりした性格のファンネルらしくない。そんな風におたおたしていると、業を煮やしたらしいスティラが、代わりというように喋り始める。
「フィアちゃんはねー。貴族の息子さんを燃やしちゃったのよー」
「……はい?」
あまりの台詞に、口がひきつるのを感じる。フィアが、貴族の、息子を、ファイアー?
「なんというかだな……。フィアは魔法隊の第二部隊隊長だろ? となると、副隊長が就くわけだ」
「その副隊長さんが親の七光りで就いたひどい人だったのよー。それでね、あんまりセクハラとかが酷くて、フィアちゃんがついつい炎をつけちゃったらしくてー」
「火じゃなくて炎なのか……」
フィアらしいと言えばフィアらしいが、さすがに炎はやりすぎだろう……。よほど腹に据えかねたんだろうな。フィアのことだろうし、本人に聞けば勢い余ってとか言うんだろうが、程度によっては本当に洒落にならんぞ。
「幸か不幸か、そいつはそれほど被害もない上に、節操無く手を出してたみたいでな。被害者も多かったから、公式にはお咎めは無かったんだ。公式にはな」
公式には、ね。この手の話にはそういうのは付き物ではある。が、知り合いがそれの被害を受けているとなれば、いい気がしないのは当然だろう。
「何をされてる?」
「さてな。そこまでハッキリしてるなら、俺達もむざむざ見逃しちゃいないさ。だが、当の本人がな……」
話は続かず、これ以上は、とでも言うように目を伏せ、口をつむぐ。確かに、今の続きを聞くにはフィアからの方がいいだろう。
一応、確認の意味を込めてスティラさんの方を向くが、さっきと同じでニコニコと笑顔を浮かべているだけだった。
「分かった」
「そうね。それなら、もう少しフィアと一緒にいてもいいかしら?」
藍雛は笑顔で、悪意がないような笑みを浮かべている。しかし、横目で見ると笑っているのは声と表情だけ。藍雛のことを知っている者なら、むしろ怒りの表情であるという事が分かるだろう。
「もちろん。俺達も出来る事はないからな」
「フィアちゃんも大事なお友達だものー。その娘を信頼できる人達の所に預けるだけで助けられるなら、何にも問題ないわよー」
ファンネルの方は若干引きつった表情だったが、スティラは晴れ晴れとしていた。あれだけ優しげなスティラがそうだったというのは、俺でも気になる。それだけ大事だったんだろうか。
「それじゃあ、我達は失礼するわね」
「俺達はどうせすぐにお前等を見ることになるんだがな」
「あんまり変な報告をしないでくれよ?」
「二人がよっぽど変な事をしなければねー」
藍雛の怒りによって、漏れでた魔力が周りへ影響し始めるほどになる。さすがに悪影響が出るほどになると、地域レベルでの被害だしな。
「じゃあ、またな」
「緋焔、ゆっくりしていないで早く行くわよ」
藍雛の魔力で大会が無かった事になってしまう前に、俺と藍雛の足元に魔方陣を展開して《転移》する。
短めなので三話連続。