表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
別世界の道化師  作者: あかひな
五章
80/94

第七十八幕 道化師とラブコメもどき

「それでは、大会の登録はこちらで済ませておきます。宿も既に手配してあるので、そちらをご利用ください。

 ご活躍を楽しみにしていますね」


 空気だった爺さんズをよそに、さっさと話し合いを済ませた俺達は、レイアさんから大会用のギルドカードを受け取って、指定された宿に直行した。やっぱり、先ずは部屋を見てみたいしな。

 宿に着いた俺は、普通ならある荷下ろしがないのもあり、自分のベッドにダイブしていた。かなり豪華な部屋だったが、俺は豪華なのには興味がないからな。使い勝手がよければ、それでいい感じだ。


「ひえん、外いこうよ!」

「若葉も! 若葉も!」


 さて、まったりと飯まで過ごそうかとゴロゴロしていると、二人が突然ドアを開き、そんなことを言い出した。

 ……そういえば、この宿まで来る途中にも沢山の出店が出てたな。よくよく考えれば、年に一度の一大行事なんだし、お祭り騒ぎになるのは当然。そうなれば必然的に出店も出てくるか。


「別に構わないよ。ついでだし、他の皆も誘ってみるか」


 俺が祭りを好きってことは藍雛も好きってことだし、スイは俺達が行くならついてくるだろうし、フィルマもそうだろうしな。


「藍雛ー、かくかく然々という訳なんだが」

「良いわね、行きましょう」

「待て、なんでこれで伝わる」

「我だもの」

「スイー」

「お兄ちゃんもお姉ちゃんも行くなら行く!」


 待て、俺は名前しか呼んでないぞ。


「フィ――」

「分かりました、支度は既に終わっていますので、いつでも出掛けになられることができます」

「フィしか言ってないぞ?!」

「御主人に仕える執事としては、当然でございます」


 ……おかしい。


「こんなの絶対おかしいよ」

「今更ねぇ……そもそも、我達が気に入るような人が極々普通の一般人な訳がないでしょう」

「……納得いかない」

「お兄ちゃん! 次はあれ食べたい!」

「スイおねえちゃんばっかりズルいよー!」

「若葉も食べる!」

「お嬢様方、晩の食事もございますので、加減なさいますよう」

「スイはいいよね?」


 最近こんな感じの事ばっかりな気がするな……。まあ、別にいいけどさ。


「それでは御主人様、私はお嬢様方と共に露天を回ってきます。どうか、ごくつろぎください」

「いつも悪いな。フィルマもあんまり無理するなよ?」

「はい、ありがとうございます」


 フィルマはニッコリと笑うと、そのままスイ達を連れて露天商の中へと入っていった。


「ねえ緋焔」

「うん?」

「我にはフィルマが買い物もしていないのに、スイ達に沢山の食べ物を渡しているように見えるのだけれど」

「奇遇だな。俺もフィルマが試食と称して露天のおばちゃんから大量の食べ物をもらってるように見えるぞ」


 むしろ押し付けられているといっても過言じゃ無さそうだが。


「……まあ、フィルマなのだし、仕方ないわね」

「……そうだな」


 いちいちフィルマのスキルに突っ込んでいたらキリがない。もはやフィルマが《万能執事》というスキルを持っていても驚かないぞ。


「ところでね、緋焔」

「うん?」


 俺がフィルマの万能っぷりにげんなりとしていると、急に藍雛が猫撫で声を出しながら俺に腕を絡めてくる。


「珍しく、二人よね」

「周りには人がいっぱいだな」

「最近はいつも集団行動だったし、しっかりと二人きりになったのは久しぶりか、初めてじゃないかしら」

「藍雛とは正しく長い付き合いだよな」

「いい加減雰囲気読まないとすり潰すわよ」

「はい」


 ……藍雛もこういう風に怖くなければ十二分に可愛いんだけどな。

 俺は上機嫌の藍雛に腕を引かれながら、祭りの雰囲気に浮ついている雑踏の中へと巻き込まれていった。



―――――



 人混み、空間、俺、大量の荷物を纏った藍雛、空間、人混み。

 コレが、今道を歩いている俺と藍雛とその周囲の状態である。

 もちろん色々とおかしいんだが、この状態の何が一番おかしいかというと、大量の荷物を持っているというか纏っている藍雛が一番おかしい。《ジッパー》を使って収納すればいいものを、本人曰く雰囲気を楽しむために持っているのだから、仕舞うのは雰囲気を楽しみ終わった時だそうだ。

 次におかしいのが、俺達二人と人混みの間にちょうど1メートル近くの空間が空いているのがおかしい。頼むから好奇の視線を向けないでくれ。そして、俺が目を向けたら逸らすのは心が痛むから止めて欲しい。

 最後に、俺達の周りにいる人混みが、俺達が移動するのと共に移動して、時間の経過と共にどんどんと雪だるま的に増えていくのがおかしい。絶対藍雛目当てだろコレ。


「ねぇ緋焔、次はどこに行きたいかしら?」

「むしろお前の好きなところにしか行ってないだろ」


 一応、俺の名誉とかの為に言っておくが、今のところ俺は自分からどこかに向かおうとはしていない。全て藍雛が俺の腕を引っ張りながら回って、一人で好きなものを――他人に迷惑をかけない程度で――好きなだけ買い漁って、藍雛のやりたかったらしいところでゲームをやっているのを眺めているだけだ。


「だ・か・ら、緋焔の好きなところに行こうと思って聞いているのよ?」


 正直、その周りのものを仕舞って、周りの好奇の視線をどうにかしてくれれば、余程のところでなければ一向に構わないのだが……そんなことを口にしようものなら、藍雛が調子に乗る事請け合いなので絶対に言わない。


「ふふふ」


 俺がそう考えていると、こちらを見ていた藍雛が突然ニヤニヤと笑い出した。


「……どうしたんだよ」


 あまりの態度に思わず不審の目を向けてしまったが……。藍雛は俺の近くの荷物だけを仕舞い、先ほどよりもきつく腕を抱きかかえる。


「ちょっ――はぁ!?」

「ふふふ……油断しすぎて筒抜けよ?」


 筒抜け? 筒抜け……あ。


「まあ、《幻惑(そういうわけ)》ね」

「~~っ! ああもう、好きにしろ!」

「ふふふ、分かってるわよ」


 全く、こんな思いをするならフィルマと一緒に行くんだったな……。まあ、藍雛を一人にも出来ないけど。


「ほら緋焔。そんなに顔を真っ赤にしていないで、フィルマ達が来るまで楽しみましょう?」

「……分かったよ」


 気を緩めたらバレてしまうのなら、今はもう大丈夫なはずだ。

 それにしても、まさか今のが全部バレるとは……どうせイタズラ半分なんだろうから怒るに怒れないし。そもそも、今怒ったとしても所詮照れ隠しにしかならないじゃないか。


「もうどうにでもなーれ」

「というか、緋焔は案外照れ屋なのね。我とは違って」


 藍雛はそう言っているが……どう見ても顔が赤らんでいる。藍雛も人の事言えないじゃないか。

 そう思った俺は空いている側の手を伸ばし、指で藍雛の頬をつつく。


「……何をしてるのかしら?」

「別に」

「……緋焔」

「なんだよ」


 俺は、続けて藍雛の柔らかい頬をむにむにと押していると、声音を抑えた藍雛が腕を引っ張り耳打ちしてくる。


「周りを見なさい」


 それを聞いた瞬間、靄にかかっていたような意識がクリアになり、まるで壊れかけのロボットの様に首を上げる。

 忘れていた。藍雛を一目見ようと集まっていた人だかりの存在を。

 考えるより先に体が動く。集まった人々を飛び越えようと足に力が入る。……だが、動いてはいない。


「逃げないで欲しいわね……。せっかくのデートなのだから」


 イマスグタチサリタイデス。

 と、どうやったらここからというのを全力で考えていると、人だかりがざわつき始め、一部薄くなっている。


「そこだ」「え?」


 藍雛がそれに気をとられ、一瞬だけ力が緩んだのを見逃す手はなかった。

 俺は腕を振り払って、今できる最速でそこに駆け込み――


「ちょっと、通行の邪魔――きゃ!」


 ――誰かにぶつかって止められた。

 相手は声からして女性。ぶつかったんだし、受け止めるくらいはしないと。しかし、今は逃げる途中……ああ全く、無視なんて出来ないっての。


「っと、大丈夫です――」


 相手を受け止めること自体は簡単に出来た。しかし、その重みと赤い瞳には覚えがあるような……あ。


「あ、ありがとう」

「――か?」


 フィアだこれ。


「ナイスよフィア!」

「脱兎!」


 フィアと分かれば止まる必要も無い。謝りはするが、今の優先順位は逃げる方が先だ。だが、逃げようとした俺の首に、抱きつくような姿勢のフィアが腕を回す。


「な、な、なんだか分からないけど、逃げてんじゃない、わよ」

「おまっ! 顔赤くしてまで捕まえるって――」

「う、るさいわよ! ぶつかった分、一矢報いたかった、の……よ」


 フィアはそう言うと、俺の首をしっかりと固定したままダウンしてしまった。これじゃあ、まともに動けな――


「――逃げないで、と言ったのだけれどね」


 ……うん。フィアに止められた時点で、逃げ切れるなんて思ってもいなかった。思ってはいなかったけどさ。


「せめて、情状酌量を」


 俺は藍雛に背を向けたまま、もはや諦めの境地で目を閉じてそう呟いた。しかし、背後から感じる気配は先ほどと変わらずに冷たい。


「緋焔……我が逃げないでと言ったのに、逃げたじゃない。恥ずかしかったのは分かるけれど、我も悲しかったのよ?」


 さながら、今の状況がやるせないとささやく様に言う藍雛だが、何故か首元には金属の冷たさが走っている。


「いや、あの」

「我から逃げる様な緋焔なんて……いらないわよね?」

「それなんてヤンデレ?」


 そして、首の中に冷たさを感じながら、久々に意識を遠のかせる事となった。



―――――



「全く、本当に殺したりするわけないじゃない」


 まあ、当人も分かっているとは思うけれどね。感じた感覚も金属が触れている、と言う程度の認識だろうし。

 使ったのは《大魔違い(オオマチガイ)》という我がつけた名前の大鎌であると言う事も、物だけでなく事象も刈り取ることが出来ると言う事も、刈り取ったのは意識とほんの少しの記憶であると言う事も、記憶の方は照れ隠しだと言う事も、何も知らずにいて、何も知らずに終わるだろう。

 そんなことを考えながら、《大魔違い》でもう一刈り。今度は時間を刈り取る。


「そうでなくては、恥ずかしすぎるわ」


 我だって元は緋焔なのだから、恥ずかしいと思うポイントも、似たようなものなのよ。どちらが先か、というと、鶏が先か卵が先かという議論と同じようなものになるけれどね。


「とりあえず、フィアと緋焔を連れて行かなくてはね」


 いつまでも放ったままには出来ないし、そもそも永続的なものは刈り取れる時間も短いのだから。そんな風に考えながら二人を背負って、宿へと向かう我だった。




 実は照れ屋な藍雛。久々登場だけどやっぱり影薄なフィア。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ