第七十七幕 道化師達と説明
「おぉ……これは壮観だなぁ」
「一年ぶりだけど、いつ見ても圧巻だよ」
天高くそびえ立つ石壁。視界いっぱいにうつるそれは、いつぞや砂に変えた城壁を彷彿とさせる。とはいっても、街一つをまるまる囲っているこれは、あの時の城壁とは大きさのレベルが違うが。
「とりあえず、戦神の門に門番の詰め所があるから、そこに行けばいいと思う。この時期なら、ギルドカードを見せれば簡単に入れるはずだからね」
「さすがベテラン。新米の俺達とは経験が違うな」
分かりやすく簡単に。説明の基礎を押さえた上に、笑顔でそう教えてくれるアーサーを誉める。
「よしてくれよ。そんなことを言ったら、緋焔達なんて僕達とは比べ物にならないほど強いじゃないか」
「俺達はちょっとしたズルみたいなものだからさ。やっぱり、経験は大事だよ」
「そんなものかな……おっと、僕達の番だから行くよ。それじゃあ、大会でね」
「またな」
順番が来たアーサーは馬車を引い門の前で止め、門番にカードを見せて二、三言言葉を交わして街へ入っていった。
ホントに簡単だな……。カードが身分証代わりとはいえ、ここまですんなりいくと拍子抜けだな。
「そういえば、フィルマ達はカード持って無いけど大丈夫なのかな」
「御主人様や藍雛お嬢様に身元保証人になっていただければ、問題は無いと思われます」
「それならいいか。まあ、藍雛たちのことは口伝えでも問題ないだろ。レイアさんも藍雛のことは知ってるんだし」
そんな風に話していると、門番の人の準備が出来たようで、前に来るように促される。
「ギルドカードの提示と、同伴者の人数を言ってくれ」
「はいよ」
俺は言われた通りにギルドカードを手渡して、確認を行っている間に人数を告げる。
フィルマ、スイ、白雪に若葉。それと藍雛か。
「5人だ。それと、その内一人は冒険者で俺の相方だから」
その事を伝えると、門番さんは納得したような声を出して、カードを返してくれた。
「あんたが巷で話題の人か。 俺はてっきりもっと大男かと思ってたよ」
俺はそれを聞いて、思わず苦笑いを浮かべながら否定の声をあげる。
「いやいや、そんなゴツい訳じゃないから。そもそも、なんでまたそんな事を?」
「なんでも、噂では隠れていた龍の住処をたった二人で乗っ取った挙げ句、龍の王を飼い慣らしたとか言われてるからな。
いくらなんでも、龍の王なんて……なぁ? 生物の頂点みたいなもんだろ」
……言えない。全部本当にあったことで、しかも見つけた方法が極太レーザーをぶちこむなんてこと。
と、俺が門番さんの台詞に冷や汗を浮かべていると、門番さんは思い出したように話始める。
「そう言えば、その相方がとんでもない美人で、見ただけで惚れちまうくらいだって聞いたが、ホントなのか?!」
そう言う門番さんの表情には正しく鬼気迫るものがあり、その背後から感じる重圧には、どことなく肝が冷えるような感覚を覚える。
「い、いやー。さすがに万人が惚れるって事はないだろ。ほら、人には好みとかがあるわけだしさ」
それに、良いのは見た目だけで、もっと言うと、中身はあんな変態淑女であるだなんて事を言えない。いや、特殊な性癖の人にはこれ以上無いくらい完璧なんだろうけど、少なくともそれは一般向けじゃない。
俺がそう取り繕うと、門番さんは安心したように笑いを浮かべる。
「そうか、それは良かった。もし本当だったら、仮にイベントの主賓だったとしても斬りかかる所だったぞ」
「……そ、それは良かった」
冗談抜きで背中に冷や汗を浮かべていると、俺の背中の上あたりからガラスが割れるような音が鳴り響き、人一人分くらいの重みが俺にのしかかる。
「緋焔ー、そろそろ着いたかしらー?」
「死ねぇぇぇえええ!」
「太刀筋早えぇよ! フィルマ!」
「承知しております」
俺がそう言う前に、馬車は既に走り始めており、門番さんの嫉妬の刃は空を切った。そして、これ以降あの門を使えない、という覚悟をした俺であった。
―――――
「ようこそいらっしゃいました。早速ですが、ギルドカードの提示をお願いします」
時は進み、今現在俺たちがいるのは冒険者ギルドの総本山。比喩とかではなく、ギルドの本元がカルデラの中心に位置しており、自然の城壁である外壁と、入るときに見た内壁に街自体が囲まれている。ちなみに、カルデラとなっている火山は今は休火山だそうだ。
冒険者ギルドはどこかの国に所属している訳ではなく、それ単体で活動する大規模な団体だ。活動費は主に依頼者と冒険者の間に立ち、冒険者に依頼を斡旋する際に発生する仲立ち料、さまざまな国からの支援、冒険者から買い取った魔物の素材の売買などでまかなわれている。なお、魔物の素材には当然ながら様々な種類があるため、素人には扱いが非常に難しいものも多い。
そんな物を買い取ってくれるのは、現状ギルドしかいないらしいが、割りと良心的な様だ。まだ組織内部が腐敗するほど歴史がないのか、レイアさんの意向によるものかは分からないが、冒険者に嫌われたら大打撃のギルドなのだから、当分は良識ある買い取りをしてくれるだろう。
「はい、よろしく頼む。相方も一緒だ、と上に伝えてくれ」
俺が言われた通りギルドカードを提示すると、それを見た受付嬢が目を細める。
「少々お待ちください。よろしければ、別室も用意致しますが」
「待つのはここで待つ。上役とは別室でな」
「分かりました」
人様の前では話せないことも何かとあるだろう。が、わざわざ別室で待つのも息が詰まるし、なにより白雪や若葉を置いていけないからな。
流石に話すときはフィルマに任せて別室に移動するけど。
「それじゃあ、先に朝を済ませておくか」
「朝食なのか昼食なのかは意見が別れるところでしょうけどね」
そんな藍雛のツッコミを受けつつ、ウエイトレスさんを捕まえてオーダーをとる。若葉と白雪の分のオーダーは、フィルマが二人の要望を聞いて頼んでいる。それでいて、二人の好みにストライクというのは、さすがといった所だろう。ついつい肉中心になりそうな俺達やスイのオーダーに、さりげなくサラダを足すフィルママジ超人執事。
そして藍雛、ウエイトレスの女の子をナンパするな。ウエイトレス、困ってたのに顔を赤らめるな。
藍雛の凶行を止め、スイに慰められながら飯を食べる藍雛に冷たい視線を送っていると、準備が出来たらしく、先程の受付嬢が俺と藍雛を呼びに来た。藍雛はスイを連れていくらしいので、白雪と若葉をフィルマに任せ、俺達は受付嬢についていった。
「こちらです」
受付嬢に促されるままについていった部屋では、既に数人の爺さんとレイアさんが席についていた。ちなみに、レイアさんだけは一服してくつろいでいた。
とりあえず、と思いレイアさんに軽くお辞儀をして入ると、何故か爺さんの方が見下したような嫌らしい笑いを浮かべてきた。いや、お呼びじゃないんで。
「久し振りね、レイアさん」
「お久しぶりです」
「こんにちは。緋焔君の方は会っていたけど、藍雛ちゃんは面として向かったのは初めてね」
「ええ、分身とは会っているから、不思議な感じではあるけれどね」
「そうね」
レイアさんはそう言ってウフフと笑うと、俺達にも椅子に座るように促す。俺達は言われた通り椅子に座り、目の前の嫌な爺さんを見据える。
それに気付いたレイアさんは、そういえば、と小さく呟いて説明を始める。
「この人は先代の総統括ギルド長の方よ。今は自治区ギルドのギルド長をなさっているの」
「よろしくお願いします」
「よろしくお願いするわね」
「ふぅん、こちらこそ。よろしく頼むよ」
爺さんはそう言うと、俺を無視してあからさまに藍雛の方にネットリとした視線を向ける。それをされた藍雛の方は、笑顔ではあるものの、不快感からか魔力が漏れている。
「それで、我達を呼び出した用事はなんなのかしら?」
藍雛は気付いているのかいないのか、魔力を垂れ流しのまま指先で机を叩いてそう言った。
ちなみに、現在進行形で巻き沿いを受けている机は次第にヒビが入り、広がっている。一応、机に魔力を流して《強化》しているのだが、それをものともしない。流石藍雛。
「ええ、二人にはこの大会のラスト――エキシビションマッチをして欲しいの」
エキシビションマッチ、というと勝負を見せるということよりも、すぐれた技術や競技者の紹介を目的として行われる公開試合の事だ。
俺達個人としてはどうでもいいか、というと実はそうでもない。ここで実力をある程度公開することで、何かがあったときに交渉材料として胸を張って俺達を出せることになる。価値は相手によるのだが、それは場合によっては圧倒的優位からのスタートが出来ることを示している。
藍雛は面倒臭がるかもしれないが、毎度毎度交渉に立たされる俺としては願ってもない。
「分かった。……で、俺達としては本選の方にも出たいんだけど、それは構わないか?」
そう言うと、レイアさんは少し悩んだような仕草を見せるが、すぐに頷く。
「ただし、本選ではある程度実力を抑えて戦っていただけますか?」
「トリを飾るはずの我達が、いきなり本気を出しては困るものね」
藍雛はそう言ってニッコリと笑うが……そもそもこんな場所では本気なんか出せるはずもないんだから、無駄な心配だと思うんだがな。
「そう言うことです。それに伴って、本選ではランクを下げての出場をしていただき、エキシビションマッチではこちらの指定した相手と、指定した方式で戦っていただきます。
――よろしいですか?」
その言葉を口にしたレイアさんの口角は若干つり上がり、いかにも何か企んでいるのだが……。
「一向に――」
「――構わないわ」
その程度、俺達にとっては些事でしかない。