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別世界の道化師  作者: あかひな
五章
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第七十五幕 道化師と父性

「んぅ……」

「苦しいのか?」


 フィルマに入れたときはなんともなかったが、人によって違いがないとも限らないしな。


「いや、別になんともないのじゃ」

「ふざけんな」


 人がせっかく心配したというのに、このアホ王女は……。と、まあこんなやり取りをしている間にも記憶のコピーは終わり、カトレアの体からこぼれ落ちる。


「ふむ、思ったよりもなんともないの」

「逆に何かあったら困るっつーの。一生世話する羽目になるだろうが」

「緋焔が一生世話をしてくれるのなら、妾とこの国は安全じゃな?」

「そんな面倒くさい事お断りだって」


 全く、そんなことを言わなくてもある程度までなら守ってやるというのに……。そう考えていると、カトレアは急に真剣な表情になり、俺の顔をじっと見つめる。


「ふむ……よくよく考えてみれば、緋焔が守ってくれる事ほど安全な事はないの。……緋焔、妾と結婚せぬか? お主が夫ならこの国も安心じゃし、下手に嫌な奴ら共と結婚させられるよりはマシじゃな」

「アホカ」

「……む? お主、若干顔が……」


 カトレアはそう言うとぐっと顔を近づけて、俺の顔を覗き込むように見つめる。そして、俺の顔がいつもより赤くなってきた事に気付いたらしく、ニヤニヤと嫌な笑いを浮かべながらさらに顔を近づける。


「ん? 照れておるのか? 龍をも従えるという割には、思ったよりも可愛いところがあるのぉ?」

「か、からかうなっつーの! 俺は忙しいんだからやめろってほらこれは個人的な礼だじゃあまたな!」


 俺はその場に正しく山になるほどの金とミスリルを創って、逃げるように転移する。


「全く、冗談じゃと言うのに。……フィアも苦労しそうじゃの」


 アーアーキコエナーイ。



―――――



 俺があわてて転移した先は兵士たちの訓練場のど真ん中。幸いそこには誰もいなかったため、近くにあったベンチに寄りかかって天井を見上げる。


「くっそ、あのクソ王女め……今度会ったらただじゃおかねえ」


 思わず口を付いて出た悪態に、三流かというセルフツッコミが浮かぶが、今は自分の顔が戻るのを待つように平静を保たなければいけない。素数を数えるとかよく言うが、あんな事で落ち着けるものかちくせう。ふざけんな、マジふざけんな。はい深呼吸ー。スーハースーハー。……クンカクンカが浮かんだ俺はもうダメかもしれない。


「あれ? 緋焔さんですか?」


 俺が頭を抱えて自己嫌悪していると、見通しのいい廊下の方から聞き覚えのある声が聞こえる。

 いや、このタイミングで来るか? むしろ、このタイミングだからこそとでも言うのか?


「……相変わらず何をしているのか良く分かりませんが、こんにちは」

「ああ、こんにちは。ちなみにこれは気にするな忘れろ。口外したら女装させて女部屋に放り込む」


 リックは若干引いた様子を見せながら近づいてきたので、ちょっとした緘口令(かんこうれい)として脅す。すると、リックは顔を真っ青にして首が外れるんじゃないかといわんばかりに頭を上下に振る。


「で、あの、緋焔さんは何しに来たんですか? 確か、今はギルド主催の武闘大会が開催されているはずですよね?」

「そうだけど……というか、なんでリックがそんなこと知ってるんだ?」

「そりゃあ、あの大会には各国の首脳も招かれますから。僕の部隊には出番はありませんけど、ファンネルさんとスティラさん。それに、理由は知らないですけどフィアさんも行くらしいですよ」

「へー。で、まあ、それはどうでもよくてだな」


 たまたまここで会った訳だし、知り合いなんだから記憶のコピー位は構わないだろ。


「はぁ……。じゃあ、何の用事なんですか?」

「今ちょっと記憶を集めててな。リックの記憶も欲しいんだ」

「記憶って……まあ、緋焔さんですしね」

「もちろん、ただでとは言わないぞ? 今までの一生分だしな」

「はあ、そうですか……。あ、隣いいですか?」

「ああ」


 リックはうんうんと唸りながら俺の隣に座り、迷ったような表情を浮かべる。

 そういえば、最近涼しくなってきたなー。この国に四季とかがあるのか確かめた事は無かったけど、この具合じゃあ今は日本で言うと秋口とかかな。柿とか食いたいなー。


「あ、それじゃあ、一つお願いがあります」


 久しぶりに地球の事を考えていると、リックは何か思いついたらしく指を立てる。


「緋焔さんの考える魔法について教えてください。あと、出来れば最高属性とかの簡単なレポートも出来れば欲しいです」

「別に全然構わないが……そんなものでいいのか?」


 俺としては、龍一匹や二匹を余裕でねじ伏せられるくらいの力がある装備品やらでも一向に構わなかったんだが、これはまた思ったよりもちょろい。すると、リックは真面目な顔で、ずいと俺ににじり寄り熱のこもった弁論を始める。


「緋焔さんはそうして下級属性から最高属性までぽんぽん発動できるから分かってないでしょうけど、普通の人は下級属性の中の中級魔法。僕らほどのレベルでも上級属性の下級から中級魔法が関の山で、ましてや上級属性の上級魔法なんて御伽噺の中でしか聞かないくらいなんですよ?」

「はあ」

「それなのに緋焔さんと来たら、僕たちみたいな魔法使いが何百何千集まっても足元にも届かないほどの魔力を保有して、その上それを湯水のように使うじゃないですか。これは個人的な感想ですけど、僕から見たら僕たち一般人の努力とかがまるで無かった事のように感じるんですよ!?」

「な、なんか悪かったな?」


 今更だが、なんか地雷踏んだ気がする。


「謝ればいいって問題じゃありません! 僕はあくまでも魔法使いですから、どちらかというと魔法の解明の方に比重を置きますけど、強くなろうと思って魔法を学んだ人たちが見たら泣いちゃいます!」


 この後数十分間はリックの熱弁に付き合わされ、目を逸らしては怒られ、別のことを考えればなぜか見抜かれて結局怒られるという謎の悪循環が発生したというのは、もはや余談だと思う。


「とにかく、そう言うことなので僕は今まで神話の世界でしか聞けなかったような魔法の解明がしたいんです! 幸い、僕はまだ若いので他の人たちと比べると研究する時間が豊富なので、少しでも解明したいんです! 分かってくれましたか?」

「ああ、分かった……。レポートもしっかりまとめるから、そろそろ始めてもいいか?」

「あ、はい」


 リックはやっといつもの平静な状態に戻り、俺の行動を待っている。俺はというと、ただでさえ聞かされる一方の長話が苦手なのに逃避する事すら絶たれたせいで、へとへとになりながらリックに記憶の塊を押し込む。

 記憶の塊が出てくるまでの間、俺はボーっとして精神の休養に励んでいたが、リックは記憶の塊が入っていったところをしきりに触ったり、体の中にある魔力の動きを確かめている。


「っと、よし。終わりだ」


 俺が受け止めた記憶は消え去り、やっとの思いでベンチから立ち上がると、リックが何かを思い出したような表情をする。


「そういえば、人の記憶なんて何に使うんですか? 緋焔さんですし、悪い事じゃあないとは思いますけど」

「ああ、スイを精神的に成長させるのに見せるんだと。藍雛の提案だな」


 俺がそう言うと、リックの顔は土気色に染まり、まるで餌を待つ金魚のように口をパクパクとさせる。


「ちょ! ちょっ待っ――」


 リックが何か叫ぼうとするのと同時に転移が発動し、俺は消え去る。

 ……そういえば、リックってスイの事好きだったんじゃなかったか?



―――――



 薄暗い空間。床では白い魔方陣が薄く発光し、その中心には記憶の塊が、台座に置かれている。そこで記憶の塊に手をかけて立ち、我と緋焔の記憶を、静かに読み取るスイ。

 我は緋焔が記憶を送ってくるのを待ちながら、その様子をジッと見つめていた。自分で思い付いたとは言え、他人の記憶を見せるなんて、正直リスクが高い。それは、スイが龍で、精神力が強いだろうと言うことを加味しても、だ。

 他人の記憶を丸々見ると言うことは、ある種、その人として生きるということに近い。スイはまだ生まれて間もない事を考えると、その危険性はよりいっそう高まる。自己を見失い、自らがその人物であると錯覚するかもしれないのだ。他に方法が無いとも限らない。

 しかし、それを分かっていても、我はこの方法を選んだ。それは、生まれて間もないにも関わらず、スイに龍の王としての基盤が出来はじめていたから。

 今までにも、スイは自分が優位の者であり、それ以下の者は下位であるという行動を大なり小なりとっていた。もちろん、フィルマや白雪、若葉などの例外はあったが、所詮それは例外に過ぎない。そして、今回はそれが顕著に表れた。

 確かに龍種の、ましてや王であるスイからすれば、人間などに負けることはまずあり得ない。それ故に下等。だが、ネヴィーはスイが龍であることを知らなかった。分かっていれば、あんな行動をとることは無かっただろうし、その程度、少し考えれば誰にでも分かる。というか、龍だと分かっていてどうこうできる人間なんて、英雄か蛮勇。もしくは我と緋焔ぐらいなものよ。

 閑話休題。

 これらの事から、スイは圧倒的な立場にありながら、その強大すぎる力を加減していない事がわかる。これは、我達人間の間で暮らすのならば、抑えなければならないわ。今回も、我と緋焔がいなければ、間違いなくネヴィーは天国へと旅立っていたわね。まあ、逆説的に考えると、我と緋焔がいなければ、ネヴィーはこんな危機にさらされることも無かったのだろうけれど、それはまた別の話。

 つまり、スイは自分で加減出来るようにならなければならない。ただ加減するだけなら、我達が言えばいい話だとも考える人はいると思うわ。しかし、それでは我達がいないときにスイは加減をしない。逐一指示をしなければ生きていけないなど、そんな過保護ではダメ。

 スイは強い。だから、どれだけ多くの人間と相対しても間違いなく圧勝するだろう。でも、それでは人間側に甚大な被害を与えてしまう。そんなこと、我も緋焔も許せない。

 例え、それが最終的に我達のエゴだとしても、我には構わない。

 スイが我達と共にいてくれるのなら、我は……。


「あら、また来たわね。これで四つ目……ずいぶんと頑張るわねぇ」


 また我らしくない事を考えてしまったわね。記憶の塊が更新式でなくて良かったわ。

 そんな風に考えながら、緋焔から送られてきた記憶の塊を棚に収納していると、読み取りが終わったらしいスイが、柔らかな加減で我に抱きついてくる。


「お姉ちゃん……」

「あらあら、大丈夫かしら?」

「うん。でも、お兄ちゃんとお姉ちゃんを傷付けた人達は許せない。今すぐ引き裂きたい」

「……気持ちは嬉しいけれどね。我と緋焔はスイが無闇に人を殺してしまわないように、記憶を見せたし、緋焔もこうして頑張ってくれているの。だから、ね?」


 傲慢なままでは、スイもいつかしっぺ返しを食らってしまうかもしれない。それは、避けなくてはならないわ。

 ……また辛気臭くなってしまったわね。緋焔にうつされたかしら。


「うん、分かった。お姉ちゃん大好き」

「我もよ、スイ」


 それにしても、ホントにスイは可愛いわね。

 どうせ時間は自由自在なのだし、後で一緒に色々してこようかしら。



―――――



「……ねえ、タフナ」

「なんや?」

「やっぱり、この世界の緋焔達は違うですー。この緋焔達なら――」

「――まだそないなこと言ってるんかいな」


 白い空間。そこには、浮くようにあぐらをかくタフナと、目に涙を溜めるミリアンがいた。


「ええか、俺達は、本来なら人間を未来へ――縦に育てていかなならないんや。それを、この世界とはいえ、いくつもの『if(もしも)』を広げるのはあかん」

「……そんなこと、分かってるですー」


 タフナは、そう呟くミリアンに対し軽く目を細めて睨み、唇を噛む。


「分かってるなら、こんな事はせえへん。……あまり、やり過ぎへんようにせなあかんのや」

「……はいですー」

「俺はもう少しやることをやる。ミリアンはどないするんや?」

「私は……ちょっと見てくるですー。心配しなくても、手は出さないから安心していいですー」


 ミリアンはそう言うが早いか、空間を切り、穴の中に入っていった。

 残されたタフナは穴に背を向けて、どこからともなく取り出した紙束に何かを書き加え始める。


「……俺も、ミリアンの事大して言えへんな」


 タフナは、そう呟きながらも手を止めずに、人並外れた速度で次々と文章を増やしていく。

 約二ヶ月ぶりにご挨拶。キャラが安定しない神薙です。


 無事に大学に入学できたため、色々頑張っていました。で、暇を見て続きを書く方式をとっていたら一ヶ月で二話は無理だったので、今月にちょっと多めにしました。


 そして21日まで待てなかったのは自分の溢れ出る情熱に耐えられなかったからです。そんな訳で、今月分をどうぞ。


 うー、にゃー。

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