第七十二幕 道化師と救助
「平和だ……」
「平和ね……」
車より少し揺れるという程度の馬車。出発からは数日経ち、一日かそこらで着くらしい。
馬車の中では、俺と藍雛。それと、藍雛に膝枕をされてお昼寝モードのスイがいた。ちなみに、フィルマは御者で、他は《ジッパー》の中の家で寝ている。初めは、同じように藍雛の膝枕で寝ていたのだが、結果的にスイが競争に勝ったらしい。
一人満足げに寝ている姿は、種族の頂点というよりは、無防備な美少女だ。
「ところでだ藍雛」
「藪から棒にどうしたのかしら?」
退屈でない平和は大変素晴らしいのだが、ふと大事なことを思い出したので、寝ているスイの頭を撫でる藍雛に話しかける。
「藍雛、《能力》は使えるか?」
「知らないわよ。我は《破壊》と、《幻惑》を補助程度に使えれば十分だもの」
「一応、俺達は魂を分けてる訳だろ? それなら、藍雛だって使えるはずじゃないか?」
俺がそう疑問を投げかけると、馬車の天幕を仰ぐように見つめる。
「確かに、魂は分けたけれど、我が緋焔からもらったのは半分。残りの半分は再生したものと考えると、オリジナルからのコピーで、あくまでも劣化という事になるのではないかしら?」
確かに、俺はオリジナルだから、半分のオリジナルからもう半分のオリジナルの再生ができるから、魂に浸透した《能力》も十全だろう。しかし、藍雛の肉体を作ったときに俺はまさか同一人物だなんて考えなかった。その為、魂の情報から多少は似せられたであろう藍雛の肉体は、俺の肉体とは似て非なるものな訳だ。
「だとしても、それは《劣化能力》として使えるんじゃないか?」
「そうねぇ……試す価値はありそうだわ」
藍雛はそう言うと、指をパチンと鳴らす。……が、何も起こらない。まあ、もしかしたら俺に知覚出来ない様な事に使ったのかも知れない。
「何をしたんだ?」
「……いえ、ちょっとね。でも、やっぱりダメね。使えないわ」
藍雛は少し俺の方を見つめたあと、ちょっと残念そうな顔をしながら首をふる。
「そうか」
「なんで唐突にこんなことを言い出したのかしら?」
「あぁ、なんでか分からないけれど、この前から《能力》が使えなくてな」
正直、今となってはどうしても使わなくてはならない、という訳ではないので、不要といえばそれっきりだ。しかし、あれは仮にも神様が俺の魂に混ぜ込んだものなんだし、それが異常をきたしているのなら、何かが起こっていると疑うべきだろう。
そして、その何かが俺達に災厄として降りかからないとも限らない。今はもう、守りたい人達もいることだしな。
「そうねぇ、考えられる原因としては、ミリアンに奪われたとか、そんなところだけれど……。流石にそんな事を突然するとも思えないわね」
「だよなぁ」
確かにミリアンはふざけているが、あれでも一応神様なんだし、敵対したとかでもない限り、奪い返されるなんてないだろう。
「まあ、分からないことに時間をかけすぎるのは止めることね。時は金なりと言うじゃない」
「俺達にとっては、もうあんまり関係無い話だけどな」
「そうは言うけれどね……我達は確かにそう簡単には死なないけれど、周りは違うのよ? だったら、少しでも沢山一緒にいたいじゃない」
「なるほど」
確かに、そう言うものなんだろう。ただ、俺にはまだ理解できない。親も、いつ死ぬか分からない仕事はしているが健在だし、大事な人もきちんと周りにいる。経験しなきゃ、本当の事は理解できないんだろうな。
「さあ、辛気くさい話はこれくらいにしましょう。それに……」
藍雛は外にちらりと意味ありげに視線を向けて、膝枕で寝ているスイを揺らして起こす。
「んむぅ……おはよう。お兄ちゃん、お姉ちゃん」
「おはよう、スイ。今からちょっと揺れるかもしれないから、スイはお家の中にいるのよ」
「分かったー」
スイは眠そうに目を擦りながら戸を開けると、ふわふわと浮きながら中に滑り込んでいく。
「フィルマ」
「なんでしょうか、藍雛お嬢様」
「右の方向に、何か見えないかしら?」
藍雛がそう聞いてから寸の間時間を置いて、フィルマの声が帰ってくる。
「何かを燃やしたような煙が見えます。色はついていないので、狼煙では無いかと」
「そう。ちょっと緋焔を連れて行ってくるわ」
「お気を付けて」
フィルマの話が終わると、藍雛は何も言わずに俺の腕を掴む。
「あぁ、説明は無しですかそうですか」
「ぐずぐず言わないで、飛びなさい」
藍雛はそう言うと俺の腕は離さないまま、馬車から跳びだし、そのまま翼を出して空へと羽ばたく。
「あー……絶対フラグだよこれ……」
俺も藍雛の気が変わって手を離さない内に羽を開き、藍雛に腕を引かれながら空を飛ぶ。
「他の馬車が襲われてるわね。昼間から襲う位なのだし、それなりじゃないかしら」
「馬車救助はもうやったんだけどな……。まあいい、速度上げるぞ」
「そう来なくてはね」
藍雛を抱くように抱え、自分と藍雛の前方に円錐形の護法壁を張る。
俺達は速度を上げながら煙の方へ向かい、向こうからは見えないが、こちらからは見える位の位置にまで飛ぶ。
「あら、割りと切羽詰まった状況ね」
馬車の方を見てみると、丁度御者が護法壁で盗賊らしき人達の魔法を防いでいるところだった。だが、御者も馬車を走らせながらの為、完璧には防ぎきれていない。
馬車の方はというと、魔法は完全にカットされているよう。恐らく、馬車自体魔法をかけて守っているので、それなりに金持ちの馬車だろう。
「《破壊・弓矢》」
それを見た藍雛が、《破壊》の弓を引き、御者を狙っている盗賊に向かって射る。
「俺は馬車の方に回る」
「分かったわ」
俺は藍雛に一声かけてから羽ばたき、滑空するようにして馬車に向かって飛ぶ。
馬車は後方と左から狙われており、まずはいつ破られるかも分からない馬車を守ることにする。
「《護法壁》」
俺は懐から紙束を取りだして一枚を千切り、魔力を籠めると、それを馬車に向かって投げる。
投げられた紙は馬車に貼り付き、俺が籠めた魔力の量に応じて、口にした通りの効果を発揮する。
「なんだぁ?!」
突然現れた護法壁に驚く盗賊だが、すぐに上から迫ってくる俺に気が付き、標的を変える。
「《神鳴》」
俺は慌てずに紙を千切り、その紙を盗賊に向かって投げつける。
「あがぁっ!」
紙は魔力を使って雷へと変化し、盗賊を射抜く。魔力はあまり籠めていないので、しばらく動けなくなるくらいだろう。もちろん、馬から落下したことは考えないでの話だが。
「《破壊・錫杖》」
次は後方の団体か、と目を向けると、馬車の上に足を組んで腰かけた藍雛が、杖の形に変えた《破壊》を盗賊の集団に突きつけた。すると、杖の頂点の部分から細い線の様な物が飛び出し、盗賊たちの頭を貫いていき、一人、また一人と馬から落ちていく。
「……殺してないよな?」
俺は馬車に座る藍雛と並ぶように飛び、念のために聞いてみる。
「落ちたときに死んでいなければね。我が壊したのは意識だから、ちょっと気絶しているだけよ」
いまいち安心できない答えを返されるが、あまり自分も人の事を言えないため、この答えで満足しておく。
「あら、止まったわね」
少し藍雛と話ながら飛んでいたが、御者が攻撃が無くなったことに気付いたらしく、馬車を止める。
「それでは、ご対面ね」
藍雛はそう言うと、後ろの幕を魔法で勝手に開き、滑るように入ろうと体を逆さにする。
「うぉぉぉりゃぁぁぁ!」
――と、同時に中から人が飛び出し、藍雛を切りつける。だが。
「……あら? 服が切れてしまったわ」
藍雛自身は切れず、服の前面が切れてしまっている。切った当人は、少し離れた所で真ん中から真っ二つに折れた剣を呆然と眺めている。しかも、意外と美少女。
「――っなあ?!」
中からは驚きに満ちた男の叫び声が聞こえ――
「な、なにがあっ――きゃあああぁぁぁ!」
御者の方からは絶叫が聞こえる。
これは予想だが、俺達の平穏はニートらしい。ついでに、なんだか濃い集団な気がする。
―――――
「あ、危ないところを助けていただき、ありがとうございます……」
「いえ、いいのよ。それに、あの様子だと助ける必要も無かったかもしれないけれどね」
相手方を代表して、集団の中で唯一の男が礼を言っている。……が、本人は藍雛を正面から見ることが出来ずに、チラチラと目を逸らしている。まあ、当然といえば当然だが。
「あ、あの! さっきは切っちゃってすみませんでした!」
「いいのよ。我はなんともなかったのだし、それよりも、剣の方もすまなかったわね」
「いえ、いいんですよ! むしろ、新品になって大満足ですから!」
そんな雰囲気の中、先ほど藍雛をバッサリと切った美少女が、藍雛に平謝りをし始める。が、即行で許す藍雛。というか、藍雛とこの娘の距離がだんだん近くなっている。
「いいのよ、正確には新品というわけではないのだし。それに、こんなに可愛いのだから、サービスせずにはいられないわ」
「そ、そんな可愛いだなんて、照れますよー……」
「藍雛、ちょっと離れろって。困ってるじゃん」
始めは普通に話を聞いていたのだが、いい加減近くなりすぎて困っていたので藍雛を引き離す。その際に、すごくジトッと下目で見られたが、スルーする。
「まあ、順番が狂ったけど自己紹介だ。俺は霧城緋焔」
「我は霧城藍雛よ。見ての通り、双子に近いわ」
近いも何も、魂の質はほぼ同質のくせに。まあ、体の方はそうでもないから、近いと言うのはいい得て妙なのかもしれないが。
「僕の名前はアーサー。しがない旅人だよ」
アーサーはそう言って、他の二人に目を向ける。
「あたしはジーク。男みたいな名前は気にしないでね」
「私はネヴィー。先程はありがとうございます」
……アーサー王物語? まあ、所詮別人だが。
「本当に気にしないでいいのよ。たまたま視界に入ったから助けただけなのだし」
「礼は幸運にって感じだな」
アーサーは尚も食いかかってきそうだったが、ネヴィーがそれをたしなめる。と、ふと藍雛を見て妙案を思い付く。
「だったら、ギルド自治区まで一緒に行ってくれないか? 見たところ、そっちもその方向みたいだし」
まあ、要はジークに生け贄になってもらおうと言うわけだ。何故だか分からないが、ネヴィーの方には興味が向いていないみたいだし、何より、着くまでの身代わりが一番ありがたい。
「僕は構わないけど、ジークとネヴィーは?」
「私は構いませんよ」
「あたしも、全然大丈夫だよ!」
そう朗らかに笑うジークだが、多分このあとの追及の事など、まるで頭に無いのだろう。南無。
「それじゃあ、短い道のりだけど、よろしく頼むな」
「僕達こそ、よろしくね」
同時更新にしようとしたら、予約投稿は順不同……。
同日更新です、許してください。