第七十幕 道化師と失敗
「……ん?」
純白の空間。そこは、白く穢れがないというよりは、何であれ存在することを拒否するような、ただただ白いだけの場所。
そんな場所で、オレンジの髪をした青年が、何かを感じ取ったように顔をあげる。
「……ああ、そろそろやな」
彼はそう言うと、右手を上に向け、その手を握り、そして開く。
すると、そこには今までなかったはずのボロボロの紙の束が現れる。
紙はボロボロだというのに、風を受けたようにはためいても千切れる事はなく、手のなかではためいている。
「あかん。あかんで。今はまだ早すぎるわ」
悲しそうな、悔やんでいるような顔をしながら呟き、反対の手に革で丁装された分厚く、古めかしい本が現れる。すると、それの下に転移用の魔方陣が展開し、紙のはためきは止まり革の本が光に包まれる。
「……物語は、加速する」
本は消え失せ、青年の手のなかに残った紙束は妖しい薄紫色に発光している。それを優しく撫でた青年はまた握るように拳を作り、掌にあった紙束を消す。
「……ミリアンは、いつまで――いや、愚問やな」
青年はそう言って、また眠るように頭をもたげ、何かを待つように眠りに落ちていく。
―――――
手の中に感じるのは、何かの革で丁装された分厚く、薄汚れた本。しかし、日焼けの後が見られないところを見ると、やはり普通の本ではないんだろうな、と感じる。
「なんというかにもって感じだなー。嫌いじゃないけど拍子抜けだ」
『むしろ、全てが全て予想を裏切られていては身が持たないかと』
「そりゃそうか」
当たり前のことを諭されて少し気落ちしてしまったが、これで目的は達するわけだし問題ないかと気を取り直す。
「さてと、ご開帳ーっと」
よく分からない表紙を開き、白紙になっている数ページをめくる。……まあ、異国の言葉だしな。普通はサクサク読めるほうがおかしいのか。いつかはアラビア語とか古代ギリシャ文字とかそう言うのが読めるようになりたいものだ。夢が広がりんぐ。
「《生き意思を持つ槍》、読めるか?」
『申し訳ありません。しかし、これは……』
「うん? 何か分かるのか?」
『……いえ、気の迷いでした。申し訳ございません』
別に気にしなくてもいいのに、と苦笑いを浮かべてどうするかを考える。やっぱり、翻訳でもするべきか。
「《翻訳》」
まあ、《創造》を使えば存在しない魔法だって簡単に作り出せるわけで。相変わらずチート性能だ。そんな俺をはた目に、魔法は無事発動したらしく、本が淡い光を放つ。
気を取り直して本をめくると、文字自体に変化はないがその意味は分かるようになる。
「うん、オッケー」
『それでは、己は退きます』
「わざわざ悪かったな」
『いえ、それでは、お気を付けて』
そう言うと、《生き意思を持つ槍》は消え去る。なんか、無駄に呼び出しただけって感じだな。魔力がもったいない……とはいっても、総量と比べれば雀の涙か。
さて、これでやっと呪いが解ける。俺は文章に目を走らせながらお目当てのページを探し、《呪術》と書かれた所でめくるのをやめる。
「地域による差違……必要事項……魔術との違い……共通点」
そのページからは見逃さない為に細かいタイトルと文章を流し読みするが、解呪という要項は存在しなかった。だが、その代わりに割りと重要な事が分かった。
魔術――又は魔法は、自然に存在する未知の力を利用して発動するのに対し、呪術は人や動物の想いを糧として発動する。よく言う人を呪わば穴二つというのは、魔法なら失敗した時の力が自然に帰るが、呪術は呪った時の力のベクトルが相手に行くか、自分に戻るかの二択しか無いためだ。その為、過剰があればその分は自分に返るし、不足でエネルギーだけが余れば、やっぱりエネルギーが帰ってくる。しかも、物を媒体にして何かにかけることはできても、物自体にかけることは出来ない。
これは、肝心の解呪に関わることだが、地域によって呪術は少しずつ異なっている。それゆえに、Aの地域では解呪が出来てもBの地域では解呪は出来ない、といったことが起こる。また、呪術は人の想いの塊とも言えるため、地域性を多分にはらんでいて、とてもじゃないが一冊の本にまとめるのは無理だそうだ。なるほど、そう考えると確かに不可能だ。全ての人間の価値観を一冊の本にまとめるのが不可能な様に、全ての地域性を完璧に網羅した上で、人の想いを記すなんて。例え道楽であったとしても、そんなことは出来ないだろう。
「しかし……困ったな」
頼みの綱であったネクロノミコンに載ってないとなると、《ジッパー》の中に入れておくしかなく、つまるところただの鑑賞用だ。
俺にそんな趣味があるわけでもないから、場所をとることにしかならない。邪魔、超邪魔。とはいっても、一応宝石であり魔道具である事には多分間違いないだろう。となると、やっぱり保管しかないな。仕方はないけど。
「あー、無駄に疲れた。フィルマは帰ってるかな」
呪いつきの宝石や魔具を結界で囲み、とりあえず危険の無いように別にして保管してから研究室を出る。周りの壁がコンクリみたいだと息が詰まって仕方がないな。と、《ジッパー》から出ようとして家の中にキッチンはあっても食材が無い事に気が付く。
こっちの世界の料理もいいけど、たまには元の世界の料理も良いな。今度行く時はフィアとかマウも連れて行ってみたいもんだな。
この世界で最初に出来た家族である、あの二人を連れて行ったときのことを想像して、つい苦笑いがもれる。フィアなんて、その辺にあるものでも何でもかんでも興味を引くだろうし、マウは……どう間違ってもコスプレにしか見られないだろうな。というか、あの二人はただでさえ外人風なんだから目を引くか。まあ、人のことは言えないけど。
「ただいまー」
「え? もう?」
「お兄ちゃんおかえりー!」
《ジッパー》から半分ほど体を出すと、スイにロケット頭突きで歓迎された。食らったら死ぬ、という事をよく理解しているので、俺は体をそらして《創造》した超衝撃吸収クッションに当てる。クッションが裂けた。
……幸い、スイのほうは無傷のようだ。それはいい。だが、龍たちの攻撃でも耐えられるようなクッションが裂けるってどういうことだ。いい加減スイが俺や藍雛より強く思えて仕方がない。今度の武闘大会では何かしらのリミッターをかけなきゃ心配だな。
「お帰りなさいませ、御主人様」
「お、おかえり。どうだった?」
「はい、御主人様からいただいた魔法のおかげで、予定していたよりも早く買い物が終わりましたので、藍雛お嬢様に教えていただいたお菓子をご用意させていただきました」
……これはもう、優秀というか超能力者ではないだろうか。
「お褒めに預かり光栄です」
「ひえん、顔に出てるよ」
……俺ってそんなに顔に出やすいタイプだったかなぁ。
「御主人様は心配なさらずとも、素晴らしい方でございます」
「スイのお兄ちゃんだもんね!」
「わかばのお兄ちゃんだよ!」
「わ、わたしだってひえんはお、お兄ちゃんだよ!」
フィルマが屈託のない笑みでそう言うと、つられるように子供たちもそう言ってくれる。……若いけど、爺になった気分だなぁ。悪くはないけど。
「それじゃあ、フィルマ」
「はい、本日のおやつには藍雛お嬢様にご教授いただいた、練り切りというお菓子をご用意させていただきました。御主人様、藍雛お嬢様の故郷のお菓子らしいのですが、あまり上手くはできませんでした」
フィルマはそういって苦笑いをしながら茶道で使うようなお茶菓子の乗った小さなお皿を出してくる。……えっと、これは俺?
「そのお菓子は何かしらを模って作る、と仰られたので皆様に関連する物をお作りしたのですが、私の発想が貧困でして……お気に召しませんようでしたら、仰ってください」
フィルマがそう言うので、他の人のはどうなっているのかが気になり、一応と思って見てみる。
若葉は穢れを感じさせない笑みを浮かべて俺達と手をつなぐ若葉の姿。白雪は俺のプレゼントしたぬいぐるみを嬉しそうに抱える白雪の姿。スイはもはや神々しささえ感じるような力強さを感じる龍の姿。
「いやいやいやいや! 練り切りってこういうのじゃねーから!」
もはや人の域ではないのではないかと思わせる、フィルマの料理の腕前だった。というか、どちらかというと彫刻とかそう言う部類だろ、これ。
皆様、お久しぶりです。神薙です。
またも一ヶ月以上開いてしまうという悲劇。むしろ暴挙。大変申し訳ないです。
二周年記念、という事で、一気に二話公開です。
中弛みとか長期間の更新停止とかで初めの頃から読んでくださっている方が大分減っているのではと思います。もしも、最初から読んで下さっていると言う方がいらっしゃいましたら、とてもありがとうございます。嬉しくて寝れなくなります。むしろ、その勢いで書き続けます。
更新停止とか、そう言うことがあってもここまで続けているのは、正直自分しては驚異です。それほどに飽き性なので。
この場を借りまして、支援してくださっている皆様、応援してくださっている皆様、読んでいただいている皆様、批評をしてくださっている皆様。
本当にありがとうございます。絶対に、完結します。