第六十五幕 初代聖女と今代聖女
「ひゃあ! ちょっと、止めてください~! 私が悪かったですから~」
「泣きが入ったって遅いのよ! もしあなたが我達の家に来て、我の愛しいマウやスイがあなたの方に懐いたらどうするのよ!」
「そ、そんなこと知りませんよ~! 聖女様~、どうにかしてください~」
まさかのキャラかぶり宣言から約一時間後。始めの内は、今代聖女も余裕しゃくしゃくの表情で自分の考えたらしい魔法を乱発してきた。だが、連発ではなく乱発なだけあって、二十分近くたっていた頃には息が上がり始めていた。ちなみに、その間藍雛は全ての魔法を《破壊》で壊していた。数箇所の中に、わざと《破壊》の防壁を張らないところを作り出し、そこに叩き込まれた魔法を形状を変えた《破壊》で破壊する。もちろん、何もしなければ傷をつけないように《破壊》を叩き込んで攻撃させる。
曲がりなりにも美少女なので、傷をつけないのは藍雛なりの取り決めだろう。だがしかし、無駄に魔法を使わせて魔力を限界まで使わせようとしているところを見ると、弄んで愉しんでいるようにも見える。誤字ではない。
「無理無理。ウチだって手ぇ出したら死にそうだもんよ」
「ほらほら、よそ見している暇は無いわよ!」
「ひぃ~」
しかし、藍雛の攻撃を避けたり、上手く狙って魔法を当てようとするたびに動くあの胸部の物体は……うん、セリアさん譲りなのだろうか。
「ほわっ!?」
「あらごめんなさい。手が滑っているわ」
「そんなに的確に滑る手があるか!」
そんなことを考えていると、実に的確に、まさに俺の頭を射抜いて弾き飛ばさんという真っ黒な怨念の篭もった《破壊》が飛んでくる。しかも、一発ならまだしも今代聖女の方に上手く寄せるように放ってくるのだから洒落にならない。
「た、助けてください~」
「無茶言うな!」
あ、よく揺れますね。
「せいっ」
「あふん」
ほんの少し余所見をした瞬間。《破壊》でもなんでもないただのナイフが俺の眉間にぶっ刺さり、俺は体を《破壊》に持っていかれる。
「緋焔?!」
「っ!? 《彼の者には救いの手を、我が肉体には代償を》!」
「あぁん?」
今代聖女がそう言った瞬間。俺の超回復をも持ってしても一瞬では治りきらなかった俺の腕やら足やらが、まるで元からなんとも無かったかのように元の状態に戻る。そして、今代聖女の白目の部分が、黒に覆われて……かすかな声が漏れる。
「ぁ……あああぁあ嗚呼アアあああああアアああああアアア嗚呼ぁアアア!」
「《幻想を破壊》!」
「《創造、強靭な精神》!」
今代聖女さんが絶叫を上げるのとほぼ同時。藍雛が幻を破壊し、俺が幻に耐えうるような強靭な精神を創造して与える。
「あ……あ?」
「あっぶなかった……」
今代聖女はいきなり消えた幻覚に驚き、戸惑っているようだったが俺としてはギリギリで間に合ったようで、肩の荷が一気に降りた感じだ。と、そう考えていると、藍雛が真面目な顔で今代聖女の顔を覗き込み、目の前で顔を合わせる。
「ちょっとこっち向きなさい。目を開けて? ……瞳孔に問題はないわね、という事は幻覚は消えたわね」
「え? ……えっ」
「ちょっと黙ってなさい。心拍も脈も変じゃないわね? 腕と足はちゃんと自分で動かせる? 発声はちゃんとできるわね? あいうえおと言ってみなさい」
「あ、あいうえお……」
「……大丈夫そうね」
さっきの幻覚が消えた時以上に戸惑う今代聖女。しかし、藍雛はそんなことは気にせずに、どこから集めてきたのか分からない知識でテキパキと今代聖女の体の異常を確認していき、どこにも以上がないと知るや否や、その場にどっと座り込んでしまう。……まあ、ちゃっかり椅子を出しているのは藍雛らしいが。
「あ、あの……」
「なにかしら」
「どうして助けてくれた……いや、なぜ我が邪魔をした。私の寛大なる精神に感服し、我に永遠の忠誠を誓うはずであったのに……」
「まだその話し方をするのね。まあいいわ。我があなたを助けたのは美少女だったからよ」
藍雛がそう言った瞬間、思わず噴き出してしまい、セリアさんは怪訝な顔で俺を見たが、今代聖女はというとだ。
「び、び、び……美少女!?」
「あら、驚く事はないではないかしら。あなたならそれぐらい言われた事はあるでしょう」
藍雛は平然とした表情でそう言ってのけるが、今代聖女はどう見ても普通の様子ではない。強いて言うなら、まるでリンゴのように顔を真っ赤にしている、というところだろうか。
そもそも、聖女なんだからそんな誑かすような事を言うやつがいるわけ無いだろ……。
「わ、我が出生に関しては知っているであろう!」
「だからどうだと言うの? あなたが美少女であることに変わりはないでしょう?」
「そ、そのような言い方をするな! 私は堕ちた聖女。次はないぞ!」
「……ついさっきまで泣きが入っていたのに、随分と元気になったわねぇ」
藍雛も、もはや怒りすら覚えず、むしろ呆れている風な表情を見せて、椅子に深くもたれかかる。
「どうでもいいのよ。そんな些事」
「どうでもいいだと……?」
「つまるところ、あなたが美少女の一言で済むじゃない。我は美少女が好きなのよ」
「……なんつーか随分な娘だな」
「まあ、俺の双子なんで」
「ああ、確かに髪とか同じだもんな」
セリアさんは横から茶々を入れるようにそう言った。カラカラと笑いながら俺の髪を見てそう言うが、藍雛に対しては注意深く観察している。藍雛も、それには気付いているみたいだが、甘んじて受け入れているようだ。
俺としては、藍雛の機嫌が悪くならなくて良かった。
「あら、そろそろ時間みたいね」
そう言う藍雛の方を見てみると、足のほうから霧に飲まれる様に消えていく。
「それじゃあ緋焔、いい館を探してちょうだいね。我達はゆっくりバカンスを楽しむから」
バカンスとな? しかし、その疑問を口に出す前に藍雛は消え去り、代わりに辺りの魔力が少しだけ濃くなる。今代聖女はその様子を呆然と、セリアさんは面白いものを見たという表情で眺めている。
セリアさんは藍雛が消えたのを見届けて、今代聖女の襟首を引っつかむとずるずると引きずりながらこちらに向かって歩いてくる。
「それじゃあ、色々迷惑かけたついでにまた上まで連れてってくれねぇか?」
「それは別に構いませんけど、その持ち方は……」
「気にすんなよ。コレぐらいでどうこうなるようじゃあ聖女失格だ」
それとコレと関係があるのかという疑問を抱えながら、とりあえず足元に転移用の魔方陣を展開し、覚えている限りの最も近い場所である牢屋へと転移する。
「相変わらず便利だねぇ?」
「まあ、そのための魔法ですから」
「そりゃあそうだ。さてと、おい。しっかりしな」
セリアさんはつかんでいる聖女を顔の前まで持ち上げると、そのまま体を揺らして覚醒を促す。が、セリアさんの限界無しの身体能力でそんなことをすれば大体の人間は敵わないわけで。
「セリアさん、逆に気絶に追い込んでどうするんですか」
「おう? ……こ、これぐらいでへばるなんて柔だよなー?」
「……そーですね」
「……いや、スマンかったな」
セリアさんは居心地の悪そうな顔でそう言うと、一発だけ今代聖女の顔にビンタを叩き込む。こんどはある程度加減したようだが、それなりに強かったようで今代聖女は、女性としてどうなのだろうという疑問を掲げたくなるような顔をして目を覚ます。
「なんですか?! ほっぺたに《火炎球》を当てられたみたいな衝撃が!?」
「おし、目ぇ覚ましたな?」
「あ、あなた……! いや、また貴様の仕業か!」
《火炎球》を当てられたような衝撃って……なんでもない一般人なら相当じゃないか?
とにかく、その元凶を見た今代聖女はさっきまでの顔芸を止めて、怒りに満ちた表情で中二病を再発させる。しかし、対するセリアさんはそれを格段に上回るような怒気を纏っており、今代聖女の胸倉をつかみ締め上げる。
「調子に乗ってんじゃねぇぞ? 今代聖女。てめえがのんきに地下に篭もってる間にこの国は破綻した」
「は、破綻……え?」
「え? じゃねぇんだよ。代々の教えはどうした。救われぬ善人を救い、罰せられるべきを罰せよとウチは伝えるように言ったはずだが?」
「そ、それは……」
「ざけてんじゃねぇぞ! ああ!? 地位に胡坐をかいたか!? それとも、その身に余る力に溺れたか?!」
「地位に胡坐をかくだなんて――っ!」
「黙れや小娘! てめえのせいで何の罪もない何百もの人々が死んでんだよ! その目で街を見たことがあるか!? 過去の高い志を持った同胞の兵達の志は今も続いているのか?!」
「それ、は……」
セリアさんは一つ一つの言葉に強い怒りを込めて言葉を放つ。そして、セリアさんは今にも今代聖女を射殺さんというばかりの視線をぶつける。
「お前は、この国をどうする。その聖女っつー席は、誰しもを救うべきに作られた席なんだよ。例え幾千の時が過ぎたとしても、ウチはそう言う願いを込めた」
「あなた様は……」
「初代聖女として問いてやる。お前は、いかなる苦しみでも、この国の何千何万という人々を救えるか?」
「救え、ます。……いえ、救います!」
「その言葉に偽りはねぇな?」
「原初の神に誓います」
セリアさんはそれを聞くと、正しく聖女のように、ニッコリと微笑んでいった。
「それでこそ聖女の一族だ」
ギリギリで一週間以内……という事にしてください。
そして緊急事項です。今代聖女の名前を募集します。
始めは自分で考えようと思っていたのですが、思いつきませんでした。
採用させていただいた名前は次回の話で登場させていただきます。どうか、よろしくお願いいたします。