第六十一幕 道化師と宗教国家
草木も眠る丑三つ時。とはよく言ったもので、要は音も無いほど静まり返っているという事だろう。そんな静寂の中、俺ともう一人。フィルマだけが見送りの為にわざわざホテルの外まで出てきてくれた。
ある程度ホテルを堪能してから、皆が寝静まったころに出てこようと思い、この時間に出てきたのだが相部屋であったフィルマが起きてしまい、見送りに来るといって来てしまった。眠い目を擦りながら見送りなんて来なくてもいい、と言ったのだがフィルマは一歩も譲らずここまで降りてきてしまった。
「それでは、ご主人様、お気をつけて」
「ああ、行って来る。悪いけど、子守りは頼んだ。何かありそうだったら白雪が手伝ってくれると思うから、言ってみるといい」
「分かりました」
「じゃあ、よろしくな。早めに戻ってくる」
俺はそう言って純白の羽を広げ、被害を起こさないように空高く舞い上がる。とはいっても、上空で一旦停止するからそんなに離れたわけではないのだが。
「さて、久々に能力でも使いますか」
いつもなら《空間》魔法でも使うところだろうが、正しく一国を争う事態なので、無闇に《転移》で移動したりはしない。なぜか、と聞かれたら第一に最終目的地である国の王城の場所が分からないという事。第二に、たまには能力を使うかという気まぐれでもある。
「この世界の地理を把握」
……うん?
「この世界の地形を全て把握」
……あ、あれ? 能力が使えない? どういうことだこれ?
体に異常は無しで、魔力も減ってない。身体能力もチートのままだ。しかし、神様であるミリアンからもらったはずの能力が使えない。一体どうしたのだろうか?
「んんー?」
……まあ、今は時間もないし考えても仕方がないか。とりあえず、能力を使わなくても何とかなる。この問題はあとで藍雛とじっくり話し合うとして、今は目的地に急ぐとしよう。
「《目的地の方角を示す光球を創造》」
俺は光の玉のような物を想像しながらそう呟くと、手の中に光の球が出現する。それは勝手に手の中から離れて、くるくると回るととある方角でぴたりと動かなくなる。
「そっちか」
俺は羽を羽ばたかせて方向転換をし、光の球の浮かんでいる方角へ出来る限り最速で飛ぶ。まあ、かなり上空へ飛び上がっているのだし、被害という被害もない。せいぜい雲が吹き飛ぶという程度だ。それに、チート性能はまだ残っているのだし、さほど時間もかからずに到着できるだろう。欠点として、多少疲れるということが挙げられるが今はそんなことを言っている場合じゃあないだろう。
とにかく最速で到着する。それだけを目的に俺は羽を羽ばたかせた。
―――――
「到着……っと」
王城が見えた辺りから徐々にスピードを落としていき、ちょうどテラスの上に来たあたりで停止する。
飛びながら町の様子を見ていたが、以前よりも改善されていたようだった。というより、以前見かけていた兵士と思しき人影が見当たらなかった。あれだけ横暴な行動をしていた兵士達が見当たらない、という事はつまり表に出る事が危険な状態にある。それはつまり、権力の失墜を意味する。
「……まあ、予測だけで物事を言うのは良くないか」
それに、仮にそれが事実だとしたら俺は先を急ぐ必要がある。元の世界で言う中世の歴史で、無血革命は限りなく不可能に近かった事。ましてや、この国は原因は分からないが、国家権力の横暴が蔓延していた状態でそれに対する反抗勢力が無いなんてありえない。
どこの身分までが搾取されていたのか俺には分からないが、奴隷がオークションとしてかけられるほどいるのなら、かなりの確立で民衆の怒りは溜まっているはず。そんな状態で無血開城で、革命が成功するなんてありえない。
それに、元々悪かったのは国のほうだったとはいえ……革命が起こる事になった原因は俺にもある。俺が軍を滅茶苦茶にした事で、革命が起こり、命が必要以上に絶たれるのなら、俺はそれを何とかしなくてはならない。
「まあ、知ったからには寝覚めが悪いなんて、自分勝手極まりないけどな」
だけど、人間なんだから仕方ない。それに、どれもこれも、自分が流れに流された為に起こった事だ。なら、後始末をするのも自分がしなくちゃならない。
そんな風に、独善的な思考に身を任せながら、流れ作業でホールのような場所のテラスの窓を開ける。
と、同時に耳鳴りがするほどの轟音で体が震える。
「うおおおおおおおお!」
「な、なんだコレ?!」
あまりの轟音に身を竦ませていると、大き目の扉が開き、雪崩れ込むように見覚えのある鎧を纏った兵士達が入ってきて、俺を包囲する。なるほど、アレは警報だったのか。まあ、いつ国民に狙われるとも分からない状況で、何の対策もしないなんてわけ無いだろう。
「囲めえええ! 囲み捕らえよ! ただし、殺してはならぬ。民衆の前で見せしめとし、再度我等の権力を取り戻すのだ!」
「「「うおおおおおおおおおおおお!」」」
「うわ、何か俺も俺で巻き込まれた感じだな。まあ……」
怒号のせいか、敵を吹き飛ばせと疼くこの体には、ちょうどいいだろう。もちろん、手加減はするが。
「掛かれぇぇぇえええ!」
この声と同時に、黄緑の雪崩のように兵士達が突っ込んでくる。常人なら圧死、だが、俺は常人のカテゴリーには含まれない。
「《役立たずな時計・スロー》」
俺が呪文を唱えると、雪崩のようであった兵士達の速度が一気に遅くなり止っているかのように錯覚する。まあ、スイですら止める事は叶わないというのだから、能力の使えない俺には無理というものだろう。
「−−−(行くぞ)」
俺はそう言ってから、遅れる言葉を無視して兵士に向かって駆け出し、片手に《生き意思を持つ槍》を召喚して、すぐさま命令をする。
『お久しぶりです、使い手』
「挨拶はあとだ。目の前の奴ら、殺さないように吹き飛ばす」
『……そのような事に、己は不要だと思われますが……いえ、御意に』
《生き意思を持つ槍》はそう言うと俺の手から抜け、穂先ではなく柄の部分を回転させて、文字通り兵士達を吹き飛ばしていく。その様は、まるで紅葉を散らす木枯らしの様だ。確かに、俺は要らなかったかもしれないなぁ……。
「……《そして時は動き出す》」
俺がそう言うと、吹き飛んだ兵士達がどさどさという音を立てながら部屋の至る所に落ちていく。だが、よく考えると時間がスーパースローになっていたはずなのにあの吹き飛び方。間違いなく内臓破裂とかのレベルだろ……。
「《生き意思を持つ槍》、回復とか治癒魔法使えるか?」
『いえ、己はあくまでも意思を持つ槍であるため、自動動作以外の機能は持ち合わせていません』
「……そうか」
俺も広域系統の回復魔法なんて使えないし……ああ、回復機能のあるジッパーがあったな。それを思い出した俺は、すぐに兵士達の真下にジッパーを開き、中で治癒をしてから同じ場所に落とす。
幸い、死んでいるものはいなかったようだが、落ちてきた兵士は意識を失っている。ちょうどいいのでマジックロープを創造して、拘束しておく。これで、少なくともこの場はしのぐ事ができるだろう。
「さてと……次が問題だな」
兵士達のせいでうやむやになりそうだったが、俺の目的は人命救助。人命を救うなら、やはり革命を起こさせない事が一番だろうが……それでは、戦争時と同じになってしまい、意味が無い。だとすれば、この国を統括していた人間を調べれば良い訳だ。
「と、言うわけで、宗教国家のこの国では、教会と王城を兼ねているこの城がその統括していた人間のいる場所な訳だ」
寂しさのあまり、誰に話すでもなくそうつぶやく。情報に関してはカトレアの城の図書室から得て来たので間違いは無いはずだ。
まあ、兎にも角にも最高責任者を探さないとどうにもならない。資料によると、この国は元の世界で言う教皇が支配しているようなのだが、その教皇というのが所謂聖女の一族の末裔らしい。俺としては、聖女云々の事が詳しく書かれていそうな創世神話のようなものが気になるが、今はそこではない。
もちろん、聖女なんていういかにも神に認められたような存在が、他の国で認められているわけが無く、他国からはただの大型宗教によって創設された小国家という認識だったようだ。……しかし、状況はとある時から一変した。
今から何代か前の聖女の時代から聖女は決して表に姿をあらわさなくなり、聖女の言葉を聴いた一族の分家が政治と教会の管理を行うようになっていったらしい。そして、その時から教会が言う異教徒の殲滅と世界を正しい方向へ導くという名目で、大小問わず周囲の国々に戦争を仕掛け続け、勢力を広げて、遂には強豪国家が見逃せないような巨大な宗教国家になっていたという事らしい。
「なんというか、いかにもきな臭い話だな」
とりあえず、表に出なくなった聖女を探すために城内を散策しているのだが、一向に見つかる気配が無い。ここまで探して見当たらないとなると、例の時代から聖女の一族の血が途絶えたか、もしくは監禁され続けているという可能性が高いだろう。もっというと、殺されている可能性のほうが高いかもしれない。
支配を目論む側としては、お告げをしてあれこれ指示をする聖女なんて、邪魔でしか無いのだから。
「とは言うものの、話を聞く限りじゃあ聖女が悪い訳じゃあなさそうだし、後味悪いよなぁー」
仮に聖女が、全てを支配しようとしていた悪人だったなら、構わず帰って館を探すんだけどな。……まあ、無いことくらい分かってるけど。
「……おぉ」
城部分の探索を終えて、建前では一般にも公開されている教会部分に入る。すると、色とりどりの光に照らされ、幻想的な美しさを見せるステンドグラスが目に入り、思わず感嘆の声を上げてしまう。
光は、聖堂の中でも一際目立つ、女性を象ったであろう石像に向かっており、それがまた一層、石像を目立たせている。なんというか……拝みたくなる感じだ。と、ついつい手を合わせて軽く頭を下げた所で、光に照らされる埃の動きがおかしい事に気が付く。
見たところ、聖堂には城側に行く道と、外へと続く道しか無いのにも関わらず、埃は間欠泉の様に下から勢いよく舞い上がっている。
「……これは、ベターだけど当たりかも知れないな」
俺はすぐに、石像の表面の台座の部分からの勢いが最も強い事に気付き、触ったり、軽く押したりしてみるが、何も変化が起こらない。
「んー? 違うのか? でも、ここが間違いなく勢いが強いしな……」
……ダメだ。考えても思い付かない。
こうなったら、多少強引だが、無理矢理道を開けるしか無い。
「それでも被害は最小限にしないとな……。《創造、《勝利をもたらす剣》》」
台座の表面と床の一部に切り込みを入れて、割れたときにそれ以上周りにひびが入らないようにする。そして、制限を少し解除して−−
「もっと暑くなれよぉぉぉおおお!」
−−そこを思いっ切り殴り付ける。
気が付いたら約一ヶ月。次話には取り掛かっているので、またこうならないように頑張ります。
この話が終わったら、最終章に入りたいなあ……。