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別世界の道化師  作者: あかひな
四章
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第五十八幕 道化師と再会

「うん、適当に頼んだけど結構美味いな」

「さすがお兄ちゃんだね!」


 そう言いながら運ばれてきた大皿を一人で抱えて食べるスイだが、俺はそれに関して一切の文句は言わない。というか、言う必要が無い。大量に頼んだのは俺だし、そもそもスイが食べ物を出されて残すという結果が想像できない。誰かに尋ねて聞いたわけではないが、スイが生まれてからずっと観察した結果、スイが食べ物を足りないという事はあれど、いくら作っても満腹であると言ったことは無いからだ。

 これはあくまでも憶測であるが、時空龍という種に限らず、龍全体は体の燃費が人間などとは比べ物にならないくらい悪いのであろう。アレだけの巨体を維持するのに多大な熱が必要なのは分かるが、それにしても食料の量が釣り合わない、とあそこに来て数日で気付く。そして、白龍やコク達と食事を共にするようになり、気付いた事の一つとして異様なほど油分の多いものを好んでいる事に気づいた。もちろん、紅茶や緑茶なども飲んではいるが本龍曰く、アレはただの趣向品であると言っていた。つまり、龍は高カロリーが必要なのだ。では、なぜそんな必要があるのか。その答えは恐らく、生態系の為だ。

 あくまでそこらの男子高校生が考える事なので、間違いも多いとは思うが、俺はこの答えに確信めいたものを感じている。その理由として、老いた龍たちは獲物が足りず、餓死するパターンが多いと、そう聞いた。あそこまで長寿で、しかもかなりの強さを誇っている存在だ。生態系のピラミッドでは上位、つまり少数という事になるだろう。だが、あんな奴らがそうそう簡単にくたばるとも思えない。だとしたら、残される理由は年をとった場合、自分で獲物をとる事ができずに餓死。それしかないだろう。

 めんどくさくなったので大雑把に話すと、龍は生きていくためには高カロリーの大食漢でなければならないということだ。そして、横で皿をカチャカチャと鳴らしているスイも例外ではない。


「……ご主人様、大丈夫、ですか?」

「これは……」

「うわぁ……」


 三者三様。スイの本気の食べっぷりを初めて見た三人は、それぞれ驚嘆の声を漏らしている。その気持ちは分かる。よーく分かる。俺だって、初めての時は驚いた。いくらスイが龍といえど、所詮は人の体で、質量保存の法則には勝てまいと、そう考えていたのだが……。


「お兄ちゃん、これ美味しい! お代わりしてもいい?」

「まあ、残さずにきちんと食べるならな」

「はーい!」


 俺の横に席を替えたスイの目の前には、要塞ではないのかと見間違えるほどの白い巨塔が出来ており、さらに成長を続けている。もちろん、これは店員が皿を持っていく仕事をしないからではなく、俺がこのままでいい、とそう言ったからなのだ。そのため、店員は全力で料理に励む事ができる。……正直、励みすぎではないのかと、思わないでもないが。


「おかわり!」

「かしこまりましたー!」


 口の周りに料理のたれをつけて、フォーク片手に厨房に向かって大声を上げるスイ。それに答えるように厨房のほうから怒号に近い声が聞こえ、すぐにスイの前のテーブルクロスに料理が出現する。もちろん、このテーブルクロスは俺特性の即席瞬間移動用テーブルクロスだ。これのおかげで、移動時間の短縮も出来ているし、横の皿タワーだって俺が時空魔法を使って汚れを落として送り返している。若干魔法の使い方が間違っている気がするが、今更だろう。


「あ、あのぉ~……」


 スイが、新しく来た皿にのっている料理を食べている途中。食事が終わってあとはスイを待つのみとなった俺に、ウエイトレスの格好をした俺と同じくらいの女の子が声をかける。


「申し訳ありません、食材が尽きてしまった為、これ以上のご注文は受け付ける事ができないんです……」


 申し訳なさそう、というよりビクビクとした様子の女の子が俺に耳打ちをするようにそう言った。耳にかかる息がこそばゆい。

 まぁ、スイが思っただけ食べていたら並大抵のところじゃあ無理だしな。当然だろう。だがしかし、怯えられるのは納得いかねぇ。


「ああ、いいですよ。スイ、それで最後だからな」

「はーい」

「見てるこっちが気持ち悪い……」

「おねぇちゃん、ご飯いっぱい食べてるからおっきいんだね!」

「何が?」

「と、とにかく! スイお姉ちゃんは早く食べて、宿に行こう!」


 若葉が無邪気に笑いながら、とんでもない事を言うが生憎俺とフィルマには顔を背けて耳をふさぐ事しかできない。だがしかし、白雪が危険を感じ取って止めてくれた。しらゆきグッジョブ。


ふぁふぁっふぁー(分かったー)


 スイは白雪の言葉に流され、最後となった皿に残された食事を平らげていく。現代では、フードファイターと呼ばれる大食い選手がいるが、今のスイはまさしくそれだろう。もっとも、食は快楽と言うだけあって、食事自体を楽しんでいるみたいだが。


「ごちそうさまー」


 食べ始めてから約二時間。そのうちの四分の三はスイが一人で食べている時間であった。しかも、それだけの時間休むことなく食べ続けているというのだから末恐ろしい。恐らく、外で上を見上げれば真上よりも傾いた位置にある太陽を見る事が出来るであろう。


「よし……それじゃあ、俺は会計を済ませてくるから店の外で待っててくれるか?」

「分かり、ました」


 フィルマはそう言ってから他のメンバーをなだめる様に外に連れ出してくれた。フィルマには手伝ってもらってばっかりだな。あとで、なにかお礼でも渡すか。


「すみません、お会計お願いします」

「はい。えぇっと……全メニュー五十ずつと、その他追加が二百ですので、き、金貨十枚となります」


 ……忘れているかも知れないが、金貨一枚イコール約百万円だ。つまり、今回の食費は一千万。まあ、それぐらいならあるから問題無いんだけどな。


「はい、金貨十枚だな」


 俺はポケットの中に手を突っ込んで《ジッパー》に繋ぎ、そこから金貨十枚を引っ張り出す。

 俺が普通に金を払うよう金貨を出した事に驚いたのか。はたまたそんな大金を一度に払う所を見たことが無いからか。店員の顔は驚愕の一言に尽きるだろう。実際、俺もそんなにかかるとは思っていなかったしな。


「は、はい。確かに調度頂きました。またのご来店をお待ちしています」


 それを受け取った店員は、声を震わせながらもマニュアル通りの接客をこなす。指導が行き届いていてすごいな。と、内心そんな事を思う。

 店を出ると、外では待ち望んだようにメンバーが並んでおり、待ってましたと言うようにスイと若葉が飛び付いて来たので、優しく頭を撫でてやる。手に心地よさを感じながら顔を上げると、フィルマはイケメンスマイルで、白雪はそわそわとしていたので、白雪の頭も撫でる。嫌そうでは無いので、気にせずに撫でながら口を開く。


「それじゃあ、宿でも探すか――ぁ?」


 思わず、喋っていた言葉が止まり、情けない声が口から漏れる。フィルマ等の元奴隷組はそれを不思議そうな目で見るが、スイはどこか硬い表情をしている。それもそのはずだ。

 俺とスイの視線の先には――ルビーのような真紅のマントを纏った、フィアが立っていたのだから。……食べ物屋の屋台の目の前で、値切りをしながら。

 俺は深いため息をついたが、その直後にふと悪戯を思い付く。フィルマ達にはジェスチャーで黙っているように伝えて、こっそりと背後に回る。


「いいじゃないおじ様! ほら、私の顔に免じて銅貨一枚分だけ……ね?」

「勘弁してくれよ嬢ちゃん……。ここんとこ毎日来てるじゃないか。常連になってくれるのは嬉しいが、こう毎日値切られたらたまったもんじゃないぜ」

「んー、そこをなんとか。ね?」

「お前は何をしてんだ」


 思わずハリセンを創造してフィアの頭をひっぱたいてしまう。女性を叩くのは良くない。だが、今のは突っ込んでもいいだろう。


「いっ……たいわねぇ……。あんた、誰だか知らないけど、ふざけた事してると燃やす……わ……よ……?」


 若干効いたのか、風に煽られたようにゆらゆらと体を戻しながら、ハリセンとは絶対に割に合わない脅迫を言ってこちらに振り返る。だが、俺の顔を見た瞬間に表情を凍らせる。


「ひ……えん……?」

「よ、久しぶり。フィあばふっ!」


 驚愕の表情を浮かべるフィアに、片手を上げて挨拶をしたら、何か硬い物で側頭部をぶん殴られ、近くの壁に激突した。

 何なのかと見てみれば、いつの間にかフィアの手には1メートル以上はある大きな杖が握られており、その杖は炎を纏い、杖を持っているフィアの腕は赤く発光していた。だが、そんな物よりも、目がすわっているフィアの方が何倍も怖い。


「ひーえーんー。久しぶりにあったと思えば、いきなり頭をひっぱたくなんてどういう用件なわけ? えぇ?」

「ちょ、ちょっと待った! そんなもんでぶっ叩かれたら――!」

「緋焔が死ぬわけ無いじゃない。大丈夫、ちょっと仕返しするだけよ」

「それちょっととは言わなぁぁぁあああ!」


 目をつぶり、久々の気絶に耐える準備をするが、来るはずの衝撃は一切来ない。薄目を開けてみると、目の前でスイが不可視の壁を作りだして、フィアの杖を止めていた。そして、ニッコリと笑い――


「久しぶり。フィアおばちゃん」


 ――核爆弾を落とした。


「だ、だ、誰がおばちゃんだぁぁぁあああ!」

「フィア、ここ街のど真ん中だから! だから、魔法なんて使うなぁぁぁあああ!」


 ……神様(ミリアン)、次会ったら覚えとけ。



−−−−−



「はぁ、はぁ、はぁ……」

「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ……」


 杖を地面について、ごく普通の杖のように扱いながら肩で息をするフィアと、着ていた服が所々焦げて、嫌な匂いを漂わせている俺。

 何があったかというと、だ。スイが空間の壁でフィアの火炎球(ファイアーボール)を防ぎながら文字通り飛び回り、当たらないせいで余計に躍起になって当てようとし、結局当たらずに流れ弾を辺りに撒き散らすフィア。そして、何か何かと集まって来た一般市民にそれが当たらないように、必死で全てを止める俺。正直、スイが防いだ球数よりも、俺が止めた方がずっと多い。避けるんじゃなくて当たりに行く、逆弾幕ゲーなんて初めての体験だ。

 しかも、市民の人達も俺が止めるのを分かっているので、さも見世物のように集まってくる。間違って止められなかった場合は、甚大な被害になっていた事は言うまでもないだろう。


「フィア……。いい加減に、諦めて……ゲホッ……くれ」

「い、嫌よ……。一発くらいは……はぁ、はぁ……当てないと……はぁ……気が済まない……はぁ……わ」


 強情っ張りめ……。けれど、今回ばかりはフィアの言うことを聞くわけにはいかない。どうにかして止めないと……あ、そういえば確かフィアは……。

 …………仕方ない。背に腹は変えられん。


「フィア!」

「な、何よ!? 今忙し――ひゃあ?!」


 俺は意を決して、魔法の乱発のせいで息が荒くなっているフィアを抱きしめる。


「ちょ! 緋焔!? 何してるのよ! 話しなさいよ!」

「離さない」


 フィアは俺から逃れようと抵抗するが、所詮は女の子。ましてや、制限(リミッター)を一割解除している状態では、逃げられるはずもない。そして、フィアは異様な程にこんな感じのアプローチに弱い。この世界に来たばかりの時、手の甲にキスをしただけで気絶してしまったのだから、こうすればすぐに気を失ってくれるだろう。


「ひゃ、ひゃなし――あぅ」


 カクン、と。柔道の技で落ちてしまったように気絶したフィアは、自然と全体重を俺に預ける形になる。それにしても軽いし、女の子特有の甘い香りがするし、柔らかいし、暴れたせいで上気した頬がほんのり赤くて――。


「お兄ちゃん?」

「うぇ?! あ、あぁ。スイか」

「お兄ちゃん、顔真っ赤だよ?」

「……まじか」


 そう言われて、自分の頬に手を当ててみるが、やはり自分ではイマイチ分からない。しかし、スイが俺に嘘を吐く訳ないし、つまりはそうなんだろう。

 既に癖になったため息を吐きながら顔を上げると、そこには人だかり。元々俺達を囲うようにいたのだから当然である。だが、そんな事を忘れていた俺はフィアを抱きしめるのに必死で、無論、野次馬の人達とスイはその場面をバッチリ見ていた訳で……。


「――っ!」


 羞恥の余り、思わずフィアを抱えたまま羽根を出して上空に飛び上がる。今度は、自分ですら分かるほどに顔が熱い。

 ……冷まして、普通の状態にならないと帰れないな。

 俺は、いつ頃なら顔が冷めるのかという心配と、連れて来てしまったフィアに何と言って説明しなければいけないのかという、二つの心配を抱える事になった。……自業自得といってしまえば、それまでではあるが。





2011/06/09 誤字修正

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