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別世界の道化師  作者: あかひな
四章
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第五十五幕 道化師と旅立てない


「きャハはハはハははハハハ!」


 目の前で起こっている光景は夢なのか、それとも現実なのだろうか?

 藍雛が狂気に飲まれ、周りに災厄という災厄を振り撒いて狂喜しながらも、その足先と指先はもはや破壊の魔法そのものへと変質している。瞳にも、ただ濁った狂気が渦巻くのみで、光も、周りの光景すらも見えていない。ただ、唯一幸いだったのは、この場所が周りに人気がない平野だった事だろう。おかげで、大地がえぐれても、空が裂けても誰ひとりとして被害にあっていない。だが、それも時間の問題だ。空間も、大気も、時間も、まさしく何もかもを破壊していく《破壊》の魔法は、藍雛自身が変質するにつれ、藍雛が持つその膨大な魔力でこの世界を飲み込もうと膨れ上がっていく。そうなる前に、なんとしても止めなければいけない。最悪、刺し違える事を視野に入れて考えなくてはいけないかもしれない……。


「緋焔、マウ達は全員無事な所に移動させたよ」

「何から何まで悪かったな、コク」

「何言ってるのさ。緋焔達のおかげで退屈だった時間が楽しみに変わったんだ。だから……もう一人の恩人と一緒に、帰って来てね? じゃないと、マウ達も泣いちゃうからね」


 龍化していたコクが人の形になりながらも、俺に微笑みかける。全く、いつもそうしていればギャグ要員なんかにはならなかっただろうに。


「そりゃ怖い」


 俺も、苦笑いでそれに答えて、辺り一帯を完全に別の世界として隔離する為に魔力を集める。


「コク、時間だ。万が一があったら、後は頼むぞ」

「僕だけじゃあ、皆をどうにかするのはなぁ……」

「ま、頑張れ」


 全く、その皆をまとめていたのは俺だったから、その苦労は予想以上だろう。それに、面倒の要因である藍雛もいないんだから、少しはマシだろう。


「そんな人事みたいに言わないで、さっさと帰って来てよ。じゃないとつまらない」


 コクは龍化して、大きく咆哮を上げると全速力でここから離れていく。

 俺は最期になるかもしれないコクの言葉を思い出し、声を押し殺して笑う。


「善処します。……ってな」


 コクが視界から消えたのを確認し、俺と藍雛を包む程度の空間を世界から完全に切り離し、次元ごとずらす。こうすれば、あっちの世界に被害が加わる事は無くなる。……だから、この身を壊すほどの全力を出す事が出来る。


「藍雛!」

「アら? どうカしたのかシら、緋焔。こんナにモ楽シい狂気よ? 一緒に壊しマしョうヨ」


 その身を細い両腕で抱きかかえ、狂喜に顔を歪ませる藍雛がどんな美人よりも美しく見え、同時に、どんなモノよりも恐怖を感じる。どうして、こんな風になってしまったのだろうか? もしかしたら、もっと別の道もあったのではないか? 俺が気づけば、もっと幸せな道が……。


「緋焔、自分ノ世界に入り込ンで楽しムのもいいけれド、ソんな『IF(もしも)』を考えルよりモ、もっトモっと、コの狂喜を楽しみマしょウ!」


 藍雛は黒く千切れた翼を羽ばたかせて、俺に向かって破壊の両腕を向けて音速を超えるほどの速度で飛び掛る。


「絶対、絶対にお前と帰るんだぁぁぁあああ!!」

「一緒に狂気ト共に、狂喜しマシょう!」



-----



「……この世界の藍雛は、失敗ですー」


 真っ白な空間の中、上下感覚すらも分からない状況で、金髪のツインテールを垂らしながらあぐらをかいて巨大で透明な板を眺める少女と、オレンジ髪の青年が同じくあぐらで座っている。


「そうやね。これで何個目やったっけ?」

「億、兆。もしかしたら京を数えるほどかも知れないですー」


 青年は手を顎に当てて、線にしか見えないほど目を細めて唸る。


「そうやったっけ? まあ、そのぐらいの桁なら些事やな」

「……そうですね」

「それじゃあ、今度はどのあたりまで戻すんか? 別れたあたりじゃあ早すぎるやろ?」

「今回は、この辺りまで戻すですー」


 金髪の少女はそう言いながら、その白魚のような指で板に映っている木の枝のような無数の分岐のうちのひとつを指差す。


「おいおいミリアン……。そこはちょっと遅すぎるんや無いか?」

「いいのですー。他の世界ではダメでしたが、ここの緋焔と藍雛ならきっと……」

「それももう何度聞いたやろうな? まあ、ミリアンがそう言うなら俺は構わへんけどな。それで絶望しても知らへんで?」

「くどいですー」


 青年はそれを聞くと深いため息を吐き、立ち上がって先ほど少女が指差した分岐点をノックするように叩く。すると、その板は驚くほど簡単に砕け散り、粉の山が出来る。少女はその粉を手に持って、近くに現れた豪華絢爛な扉に吹きかける。すると、扉が点滅を繰り返して発光する。


「今度は……来て下さいですー」



-----


「くっはぁ!」


 目が開き、半ば叫びのような息を吐きながら、体にかけていた布団を蹴り飛ばす様にどける。


「はぁ、はぁ、はぁ……」


 長い時間、ぶっ続けで走った後の様に荒い呼吸が短く何度も繰り返され、つられて肩も上下する。

 汗で額に張り付いた白い髪を払い、そのまま額に手を当てて天井を見上げるように、背中から倒れ込む。

 見上げた天井はいつもと同じ、岩を固めたような天井で決して裂けてしまっているような空では無い。


「……夢……か」


 そう呟いてから、ついつい自嘲が込み上げてくる。


「くっ。ははは……そうだよな。あんな現実があってたまるかよ」


 あれは夢。藍雛が狂気に溺れ、自らを破壊の魔法に変質させて俺を破壊しようとする。まさしく悪夢だ。

 やけにハッキリしていて、体に残る感覚も実際にあったような気がするが、あれは夢だ。体もあるし、次元だって切り離されていない。大丈夫だ。

 そうやって自分に言い聞かせていると、同じ部屋の横に並んでいるベッドから唸り声が聞こえる。


「ごめん、起こしたか?」

「大丈夫、です。私、自分から、目覚めた」


 夕焼けと名付けられたフィルマの目元を隠していた赤い髪が横に流れて、明るさで細められた目が姿を現わす。

 ……っち。イケメンめ。

 ……前述の通り、フィルマはイケメンである。何故今まで気付かなかったのかというと、赤い髪が邪魔で、顔を見ることが出来なかったのだ。しかし、もう旅に出ることだし、余り長すぎると邪魔だろうという事で、手慣れているらしいライカにカットを頼んで、終わった姿を見てみたらこれだ。

 よくあるライトノベルなんかで、主要国家の第何王子とかで出てきそうな感じの美しさには、俺も絶句の一言に尽きる。周囲にたくさんの美少女がいる中で、女でもない俺にそんな考えを抱かせるという事は、相当なイケメンなのだろう。しかし、素材がこれなだけに、言葉の面はやはり痛い。俺に教えてあげられることはしっかり教えよう。


「さて……。今日は絶好の旅日和だし、行くか」

「ご主人様、今日、旅、ですか?」

「そうだな。天気もいいし、荷物も揃ってる。これ以上無いくらいいいタイミングだ」


 それに、元々今日出るつもりだったんだから、今更行くかというのも間違いだろう。それに、俺自身が雨が好きではないので雨の日なんかに旅に出るつもりは無い。カメハメハ大王でもない。


「よし、それじゃあ食堂のほうに行くか。そこで言えばいいだろ」

「分かりました。私、マウ様、手伝います」

「はいはい。分かった」


 フィルマはそう言うと、用意しておいた服に慣れない手つきで着替えると、走ってマウが今頃朝食の準備をしているであろうキッチンの方に行ってしまう。


「さて、俺も支度するか」


 せっかく自分から初めて旅に出るんだし、いつも見たいな真っ黒な服って言うのも変だろう。それに、冒険者なら冒険者らしく、そう言う格好をしてみたいしな。

 俺はそんな事を考えながら、どんな服なら自分に合うのかということも考えて、自分の想像の範囲内で冒険者らしい服を見繕っていく。……あ、ローブ以外どんなのにしていいのかワカンネ。



-----



「で、どうして俺のところに来るのかな?」

「いやー、なんだかんだ言って、一番常識知ってそうなのがライカかなーって思ってな。マウのところでもよかったんだけど、今はフィルマと一緒に料理中だろうから」

「それなら仕方ないね。で、冒険者の人たちが着てるような服を教えて欲しいんだっけ?」

「そうそう。見た目だけ分かれば十分だから、それでいいんだけど」


 俺がそう言うとライカは座っている椅子を傾けながらしばらく唸って、思い出したように喋り始める。


「ああ、思い出した。まず必要なのが、通気性、断熱性のいいマントだね。色は人によってまちまちだけど、基本的に砂埃とかが付いてもいいような茶色系統が多いかな」

「ほうほう」


 俺は、思い出しながら必要な物を口にするライカの話を聞いて、《ジッパー》の中に5着ほど創造する。


「あと、擦り傷切り傷を負わないように、かつ、伸縮性がある長袖長丈のズボンとシャツみたいなものが良いかな。もちろん、吸汗性と通気性に優れたやつだね」

「……オッケー」


 こっちの世界の一般衣服が分からないから、あまり極端な事は出来ないが、元の世界のTシャツみたいな物でいいだろう。それを長袖って事にして……よし。出来た。


「次は?」

「後は、護身用の何かがあればいいんじゃないかな? 緋焔君だったらそう言うのを作れそうだしね」


 ライカはそう言うと、もう教える事は無いとでも言うように、思い出そうとする表情を止めて、ニコニコとした表情に変わる。

 確かに、何かを創造するのは俺の専門だしな。ついてくる奴らの性質にあった何かでも作ればいいだろう。もっとも、俺がいれば護身なんて問題も無くなるわけだが。


「分かった。いろいろとありがとうな」

「別にいいよ。これくらいじゃあ返し切れない恩があるんだからね」

「恩って……。まあいいや」


 俺自身はそう考えてなくても、ライカはそう考えるんだろう。と、自分を納得させて腰掛けていた椅子から立ち上がる。


「それじゃあ、いい家が見つかる事を祈ってるよ」

「家というか、館になりそうだけどな」


 俺が笑いながらそう言うと、ライカは苦笑いを浮かべて扉を閉めた。

どうも皆様、神薙でございます。


もはや言う事はありません。タイトルどおりです。まさか、旅に出る事一つでこんなにも長くなるとは思いもしませんでした。……ミリアンとタフナ場所とり過g(殴


とまあ、久々に見え見えの伏線を張りました。あとは細々としたのと終わりに向けて一直線です。とはいっても、いろいろと話は入りますが。


作者は、誤字脱字、誤用、ご意見ご感想レビューなどなど、常時お待ちしています。

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