第五十四幕 道化師と変態疑惑
「御主人様、この袋、こっち、ですか?」
「え? ああ、そっちで頼む」
俺とフィルマが荷造りを始めて早一時間程。最初の三十分くらいは必要な物をフィルマと共に確認しつつ、俺が創造で創り出していくという感じだった。
一通りの物を揃えた所で、今度は久しぶりに《ジッパー》の出番。人差し指で空間に人が余裕で出入りできる位の縦線を描くと、それをなぞって空間がぱっくりと口を開ける。で、今はそこに先程創り出した荷物を収納しているという事だ。いやはや、使っていなかったから分からなかったが、こうしてみるとかなり便利だ。
そういえば、《ジッパー》を開けた時にすっかり忘れられていたコクが中で体を丸めていじけていた。大の男が地面にのの字を書いている様は正直引いたが、閉める間もなく涙と鼻水をダラダラと垂らしやがりながら飛び付こうとしてきたので、頭をひっぱたいてたたき落とした。キモい。
仕方が無いので邪魔だったコクは藍雛達の所に転移させたが、あちらでもけなされている気がしてならない。まあ、コクは所詮弄られキャラとしての立ち位置がちょうどいいのだろう。想像ではあるが、そうされている様子がありありと目に浮かぶ。
「御主人様、どういたしましたか?」
「ああ、なんでもない。ちょっと考え事」
いつの間にか作業の手が止まっていたらしく、フィルマに声をかけられてやっと気が付く。しかし、慌てて作業に戻るが、見てみれば残りの量もあんまりない。やっぱり、二人でやるとペースがかなり違うな。
「フィルマ、ここはもういいから藍雛達の方を見て来て欲しいんだけど」
「分かった」
残り少ない荷物を纏める事なら出来るし、ここはフィルマを先に戻らせてあの子達の様子を見てもらう方が先決だろう。……あの時に聞こえたやり取りの事もあるし、本当にそうなったら流石に可哀相だ。
そんな事を考えながら作業を続けること十数分。荷物も全て収納が完了して、中も綺麗に整理整頓が出来ている。これなら、誰が見てもどこに何があるか十分分かるだろう。
「よしっ!」
俺は肺の空気を入れ換える為に大きく深呼吸をして、腹に力をいれる。気疲れなんかをしたときには、体がスッキリする気になったりならなかったりなったり。
フィルマを行かせはしたものの、それはあくまでも他人が見ているから、という自重を促すものに過ぎない。唯我独尊な藍雛には効き目は薄いだろうという為、止めてあげられる俺が一刻も早く行く必要があるのである。まあ、時間をとめるほど急いで行くつもりは無いけど。
「……歩くの面倒臭いな」
さほど急ぐ必要が無いと気が付いた瞬間、俺のやる気がごっそりと無くなる。もはや一歩歩くのすら面倒臭い。
「あ、飛べば良いのか」
その事に気が付いた俺は、一対だけ羽を出して軽く羽ばたいて宙に浮きあがる。羽の元々の目的が飛ぶ事であったため、下手をすれば歩くのよりも楽だ。
「って、普通の人は飛ぼうなんて思わないよな。よもやここまで感覚がずれるとは……」
今更ではあるが、元の世界の普通の人たちとの感覚の差に若干落ち込み戸惑いながらも、もう気にする事ではないと考え直して、周りを壊さないように出来るだけ周囲に衝撃などが無いように全員が揃っているであろう部屋に向かって飛ぶ。
……あ、天井崩れた。
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「はいはいー。それじゃあ次は口に人差し指を当てて腰を曲げてちょうだいー。あ、こういう感じよ?」
「アイス……恥ずかしいよ」
「大丈夫よ、マウ。今のマウもとってもかわいいから! あ、クリンは地面に座って膝を曲げてここに目線を向けてちょうだい」
「そう言う問題じゃないよ……」
「こ、こうでいいの?」
「いいわねクリン! とっても可愛いわ!」
「そ、そう……?」
……何このカオス。
「あ、緋焔おかえりー」
俺がコスプレでポーズを決めているマウとクリンと、さらにその様子をデジカメで連写している藍雛を見て呆然としていると、龍状態のコクが待ったりと湯飲みを持って茶をすすりながら話しかけてくる。
「……ただいま。コク、これは一体どういうことなのか詳しく経緯を教えてくれ」
「んー……。僕も藍雛の声がするからここに来たら、こういう状況だったからそれまでの経緯は全く分からないんだよね。みんな楽しそうだしまあ良いかと思って放置してるんだけど」
「……そうか」
どうしてこうなったのか、全く予想が付かない。……という訳でもなく、大方の予想は付いている。恐らく、最初はあの最年少組にこういう服を着せていたんだろうけど、途中で誰かが暴走したのだろう。ここにいるメンバーは全員かなり可愛い方だし、そんな状況で藍雛が理性を保っていられなかったんだろう。あいつは欲望に忠実だからな。
あのデジカメをどこから出したのかは推測しか出来ないが、多分魔法でも使って創り出したんだろう。あとで写真をコピーしてもらわなくちゃな。ここのメンバーのだったら引き伸ばしてポスターにしたって全く問題ない。……いや、さすがにそれは一線を越えてしまうからダメだな。俺まで藍雛に毒されたら、最も痛い同一人物としてミリアンのネタになってしまう。ただでさえ藍雛はこうだというのに。
「藍雛、マウも恥ずかしがってるんだし、そこらへんにしとけ」
「ひ、ヒエン!?」
「……っち」
何故かクリンに舌打ちされ、マウには怯えられた。クリンもとても可愛いので、今の舌打ちはかなり心にダメージを受ける。というか、クリンだけならまだしも、なんでマウにまで怯えられるんだ……。
「緋焔! マウとクリンが可愛いわ!」
「いや、見れば分かるから。それより、支度終わったんだが」
「じゃあ、お兄ちゃんとお出かけできるね!」
俺が藍雛に呆れながらも支度の旨を伝えると、それを聞いていたスイがまたも飛び付こうとしてくる。だがしかし、そう何度も壁に打ち付けられる俺じゃあないんだよ。
俺は心の中でそう呟いて、自分の痛さを痛感しながらも周りに魔力が漏れ出さないように結界を張り、リミッターを解除。目の前にクッションの様な柔らかい護法壁を作り出す。しかし、ただのクッションの様な護法壁であるだけでは前回の様にぶち抜かれてしまうだろう。そして、もちろんの事これはそんなやわな物では無い。まあ、柔らかいけど。って、誰が上手いことを言えと言った。
なんと、この護法壁はただ柔らかいだけでなく耐久性、耐熱、耐寒、耐魔法などなど、思い付く限り全ての耐久性に優れ、篭められた魔力が尽きない限り衝撃を吸収する事が出来るのだ。しかも、俺のリミッターを解除した状態で相当な量の魔力を注ぎ込んだ為、世界一であると言えると思う。そこへ、相変わらずありえない勢いのスイが突っ込む。
クッション状であったはずの護法壁は歪み、押される板状のゴムの様になっている。スイはというと、まるで護法壁が無いかの様に勢いを衰えさせずに、どんどん俺に近付いてくる。が、ここで急激に速度が低下する。勢いが護法壁に負け始めたのだ。だが、それと同時に護法壁の魔力も減り始める。こちらも、スイの勢いに耐え切れなかったらしい。
どちらも限界まで速度が落ち、ゴムの様に伸びきった護法壁が俺のすぐ目の前まで来て、スイと目と鼻の先まで近付いた所で……護法壁がパチンと音をたててシャボン玉の様に弾けた。
「……マジか」
割れてしまった護法壁によって勢いを無くしたスイは、普通の子が飛びついてくるような速度で俺の胸の中に飛び込んで来る。俺はというと、割れる事はまず無いだろうという前提の下にボーっと立っていただけなので、突然の事に支えきれなくて背中から倒れこんでしまう。まあ、頭を打つ様な事はなかったが。
「スイ、飛びつくときに何かしてた?」
確かに、スイの飛びつきはありえないほど強い。だが、たったそれだけで破られてしまうほどのショボイ物でもないのは確かだ。魔方陣、もしくは呪文という正規の手段で展開しなかったため、多少弱くなってしまっていたという事があったかも知れない。だが、そういう事情を加味して考えたとしても、やはり破られるようなものではない。だとしたら、スイが何かしていたと考えるのが妥当だろう。
「うんと、お兄ちゃんにくっつこうとして、途中で変なもにゅもにゅしたのに当たったから空間ごと切ってたの。でも、なかなか取れてくれなかった……」
そう言って、シュンとした表情を浮かべるスイだが、俺はその事実に驚愕している。なぜなら、生まれてからそう間もないスイが得意分野とは言えど魔法で俺の護法壁を切っていたからだ。ただ普通の護法壁を切っただけなら、俺もそこまで驚きはしなかっただろう。せいぜい、この一ヶ月で魔法を扱えるようになるなんて優秀だなとしか思わなかった。
だが、驚くべきはその魔力量。この世界で最強の種族である時空龍なのだし、生まれてくるのにもアレだけ大量の魔力を消費する。多いことは十分に予想できていたし、使える魔法の強さも把握しているつもりだった。だが、それは成長して成龍になった場合の話だ。それを生後一ヶ月の幼龍がいとも簡単にこなした? 今までの時空龍を知っていたわけではないが、異常なのかもしれない。今までは龍同士が与えていた魔力を俺が魔力を与えてしまった事で、変化が起きてしまったのだろうか? もしかすると、スイの精神的な成長が遅いのもそのためかもしれない。しかし、そう考えると……。
「緋焔、考え事は良いけれど人の話を聞かないのは感心しないわね」
っと、いつの間にか深みにはまってたか。
「あー……すまん」
「我は良いけれど、謝るのならスイにしなさい」
藍雛にそう言われて下を向くと、スイの泣く直前の潤んだ瞳が目に入る。
うわぁ……。罪悪感が半端じゃ無い。その上、周りからは避難の視線が集中放火している。主に元奴隷の最年少組の大きいほうとクリンからは、死んでしまえとでも言うような汚物を見る視線が俺に向かって注がれてる。悔しいっ! でも、感じちゃビクンビクンって、やかましいわ。……なんなんだ、今のは。これが神の啓示というものなのか……。
「……緋焔。覚えている? 我にはやろうとすれば、考えが丸分かりだという事」
……ゑ?
「今の考えは丸分かりよ。こんなのが同じだとは思いたくないわ。この変態」
どうも皆様、神薙でございます。
今回は久しぶりのギャグパートでございました。ギャグになっているかははなはだ疑問でございますが、それで少しでも笑っていただけたら幸いでございます。
さて、最後の方で緋焔が神の啓示など言っていた言葉がありましたが、あんな感じに唐突に変な事を口走る事が私にはあります。さすがに緋焔のように一人で突っ込んだりはしませんが、毎回友人に物理的な意味で激しいツッコミが入ります。チラシの裏へ行けって話ですね。
さて、今回は予想以上に筆が乗ったためにこんなに早い更新となりましたが、次もこんなに早い事は恐らく無いと思います。次回も亀更新となってしまったら……申し訳ありません。でも、頑張りますので応援のほどよろしくお願いします。
作者はご意見、ご感想、誤字、脱字、誤用報告、などなど、常時お待ちしていますので、どうかお願いいたします。最近、予想以上に感想が無くてさびしいので。