第五十二幕 道化師と発想
「……マウ、一つ聞いていいか?」
「何? ヒエン?」
マウの突拍子も無いいきなりの提案に、若干のめまいを覚えながらもとにかくマウの真意を聞かなくてはと、言葉を続ける。
「俺達は館なんて持ってないんだが」
「うん、だから建てればいいんだよ」
もっとめまいがした。館を建てる? 俺達が?
「そもそも、ヒエン達はちゃんとした家を持ってないでしょ?」
「……まあな。必要でもなかったし」
確かに、マウの言うとおり俺達は家を持っていない。前述の通り必要としていなかったし、こっちの世界に定住するわけでもないので行き当たりばったりでそこらに泊まり、最悪テントのようなものを創造してそこで一晩を過ごせば良いと思っていたからだ。実際、約二ヶ月という短い期間ではあったが今日という日までそうやってすごしてこられたし、今も天龍の巣という外敵からの進入もなし、他の人の目に触れるような事もなく、好きなようにすごす事ができるという都合のいい場所で過ごす事ができた。……そういえば、この世界に来てこれだけやってきたのにまだ二ヶ月か。思ったよりも短い。
「そこで、ヒエン達も家が必要だと思うんだ」
「何で家なんだ? 定住するわけでもないし、俺達にとって危険なんて無いだろう」
俺はさっき思っていた通りの事をマウに話した。すると、マウは満足げに尻尾をゆらゆらと揺らしながら言った。
「確かに、ヒエン達にとって危険なんて無いに等しいと思うけど、それだと、心が休まらないと思うんだ」
「心が休まらない……か」
確かに、マウの言う事も一理ある。さっきの通りのような事をしていれば暮らすのには困らないが、その分毎回テントを開くための場所を確保しなければいけない上に、その場所周辺の安全の確保なんかも必要になってくる。魔法だって無限には近いかもしれないが、一応有限ではある。危険を顧みないような人ならかまわないかもしれないが、俺達はそうではない。そうなると、さっきマウが言ったような精神的休養のための自宅が必要になってくる。好意的に考えれば、確かに自宅というものは必要なんだろう。
「まあ、確かにな」
「だよね! 家の管理もわたしとか一緒に住む事になった人たちでやればきっと難しくないと思うんだ」
「俺は良いが、藍雛は?」
「我は一向に構わないわ。……そうすれば、マウの服の管理に困る事もなくなりそうだし」
藍雛の最後の言葉はきっと聞き間違いか何かだろうと、無理やりに自分を説得し満面の笑みのまま耳をピンと立てているマウに向き直る。
「よし、家建てるか」
「やった!」
「ただし、そこの人たちが納得してからな。否定的に考えれば、俺達がやろうとしてる事は元のような暮らしとほとんど変わらない。嫌だって言う人だっているだろうからな」
助けるために連れ出したというのに、それで苦しませてしまえば本末転倒だ。そんな結果にしないためにも当人達の返答を聞かなくてはいけないのは当然だろう。
「ふむ……そうだね。確かに俺達にも決める権利はあることだし、少しだけ相談させてもらえないかな?」
「ああ、そうしてくれるとありがたい。時間が無いからなるべく早く頼みたいんだが」
「分かった」
俺を含めた数人は食堂から出て、いつものリビングに行きソファーに座り込む。
あの場で待っていてもよかったのかもしれないが、それでは遠慮してしまう人もいるだろうし、自分達の本当に望む答えを出してもらうためには俺達は出たほうがよかっただろう。
「はぁ……」
家を建てるか……そうなるとやっぱり建てるのはアーデイベルグのどこかだろうな。
食料供給の為に街などの交通の便が悪くなく、なおかつ館とも呼べるサイズの家が建てられるような土地。大体の不具合は自分達で何とかできるし、意外と条件は狭くなさそうだ。まあ、この考えもあの人達が縦に首を振らなければフイになる訳だが。と、そんな事をマウがいつの間にか持って来てくれていた何かのジュースを口に入れながら考えていると、リビングの扉がノックされる。
「失礼するよ」
扉を開けたのは代表の男性で、それに付き添うように犬耳の獣人の二人と、俺と同じくらいの人間の男が一人が入って来た。
「決まったみたいだな」
「うん。大半の人は借金の代わりに連れて来られていた帰るみたいだよ」
「大半は……ね。という事は、そこにいる人達は帰らない、もしくは帰れないのね?」
藍雛の言葉に反応した人はいなかった。が、藍雛はそれを肯定ととって無言で納得したような表情を浮かべる。
「それじゃあ、そっちの事はとりあえず後回し。先に家に帰す方を何とかするか」
あと少しでやる事が終わるなと、あと少しで来る休息に思いをはせながら、同時にやらなくてはならない事の順序を考える。……若干面倒ではあるが、自分でやった事の始末だし、きっちりと済ませるか。
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「えっと……あなたで最後ですね?」
目の前の地面に描かれた魔法陣の上に乗る女性は無言で頷いた。
「それじゃあ、行き先を出来るだけ具体的に思い出して下さい」
女性はまたも無言で頷き、今度は目を閉じて祈るような形になる。
「それじゃあ、いきます」
俺は魔法陣に手をついて魔力を流し込む。と、同時に魔法陣が光始めて、女性とその足元に置かれた金貨の入れられた袋を包む。そして、一際強い光を放った後に収まり、魔法陣からは何も無くなっていた。
「ふぅー。これで全員送り終わったか……」
「ヒエン、お疲れさま!」
「お疲れ様ね。緋焔」
「全員を代表して礼を言うよ。ありがとう、緋焔君。マウちゃん」
俺が最後の人を送り帰したと同時に、その場にいた俺を含む全員が思い思いの言葉を口にする。
「だってさ、マウ」
「ヒエンもだよ!」
とりあえず、疲れた。外を見れば思ったよりも暗くなっており、今の時間が夜である事がうかがえる。帰しはじめたのが昼食の時間をちょっとすぎたくらいだったから、予想以上に時間がかかっていたんだろう。
「まあまあ、どちらでも良いじゃない。それより、今日はもう暗いのだし、後の事は明日にしましょう」
「そうだね。あの、龍たちのことは良いのかい?」
「俺が結界でも張っとけば大丈夫だと思う。というか、部屋はどうするんだ? そんなに開いてる場所は無いはずだけど」
そもそも、この天龍の巣にはまともな家なんて無い。空に浮いているような場所だし、白龍も言っていたように人間が入ってきた事もないんだから無いのは当然なんだが、こちらとしては迷惑極まりない。
だけど、無いものは仕方がないのでスイの卵のあった洞窟を少しだけ弄らせてもらい、俺達人数分の部屋と食堂、調理場などなどの施設を作らせてもらった。部屋は人数分なので当然空き部屋は無い。というか、部屋を作るのにもギリギリだったので、これ以上部屋を作ろうとしたら最悪崩れるだろう。
「一番大きい同性の部屋で一緒に寝れば良いんじゃないかな?」
「そうね、いい考えだわ。そうすれば危機も無いでしょう」
「それじゃあ、決まりだな」
俺は終始無言の人間の男性と獣人の男性に顔を向けてついて来るように手招きする。と、ここでいやな事を思いつく。
「……藍雛? 間違っても襲うなよ?」
「……分かってるわよ。我がそんなことするはず無いじゃない?」
「アイス、今の間は何……?」
全く持ってマウの言うとおりだ。俺が藍雛の馬鹿らしさに呆れていると、服の裾が引かれる。そちらを向くと、犬耳の獣人の子供が手をつないで俺を見ている。その背が高いほうの子供が口を開く。
「えぇっと……どうかしたのかな?」
「俺達はどっちで寝ればいいんだよ、おっさん」
「お、おっさん!?」
何を言うかと思えば……。あれか? これは怒れって事か?
「落ち着きなさい、緋焔。君たちは男の子なの? それとも女の子かしら?」
「ババァには言ってない」
「ばっ――!」
危ないと感じた俺は、すかさず藍雛を羽交い絞めにする。
「離しなさい緋焔! この子供にちょっと教育するだけよ!」
「待て待て待て! 絶対違うだろ!」
「いいから離しなさい緋焔! 離さないと四肢のどこかぶっ壊すわよ!」
「いやいや、さすがに洒落にならないからな!?」
そんなやり取りを繰り返す事約十回。やっとの事で落ち着いた藍雛を離し、俺自身も落ち着くために深呼吸をする。さすが、俺と同じ身体能力なだけあって、押しとどめるのはめちゃくちゃきつかった……。
「それで、君たちはどっちなのかしら?」
「…………」
「喋りたくなるようにされるのと、自分から喋るの、どっちが良いかしら?」
「藍雛、素が出てるから」
藍雛が喋りたくなるようにって言うと、何かしら魔法使うだろうし冗談にもならない。それに、あの子達だって元奴隷なんだし、藍雛のやってる事はそのときの扱いとそう変わらないだろう。それじゃあ、助けた意味が無い。
「藍雛。それじゃあ怖がらせるだけだろ」
「……仕方がないじゃない」
「仕方が無いって……。相手は自分より幼い子供なんだし、もう少し堪えろよ」
自分の事は棚に上げて、と思ったが、それは口に出さないでおく。
「で、結局どっちかな?」
「……男」
怖がらせないように腰を落として、出来るだけ優しげな笑顔で聞くと、背の高い方の子が呟くような声で言う。
「よし、それじゃあお兄さんの方だな。小さい子もこっちでいいね?」
手を繋いでいるって事はそれだけ仲がいいって事だ。そんな子達を離すのは少し酷だろう。まだまだ俺達にも慣れていないだろうそんな環境では、しばらくは一緒にいたほうが俺達にも慣れてくれると思うしな。
「……ん」
今まで無言だった小さい子が、一文字ではあるが言葉を発してくれた。これはかなりの進展だろう。分かりやすい言い方をすれば超嬉しい。そんな風に、俺が内心安堵を浮かべていると、荒い息遣いが耳に入る。
「緋焔、ホントに我の方ではダメかしら?」
「……ダメに決まってるだろ。自分の状態を鏡で見てみろ」
藍雛の姿はひどかった。いつものような凛とした格好はそのままに、鼻からは赤い液体が一筋の線を描き、口からは冷静さを欠いた荒い呼吸が漏れている。その姿は、今までの藍雛のアホな行動を見ていた俺やマウ。帰って来たという知らせを聞いたのか、走って来て息を切らせているお姉ちゃん大好きなスイすらもどん引きするような変態っぷりである。
「こんな奴がいるのに館なんか建てて大丈夫なのかよ……?」
どれだけ大丈夫だと思っていても、どうしても心配が拭い切れない俺であった。
どうも皆様お久しぶりでございます。神薙です。
今回は、藍雛変態化の回でした。やっぱりこういう役がいると楽しいですね。ちなみに、私は楽しい馬鹿をやるのも見るのも大好きです。え? 聞いてない? すみませんでした。
さて、次回は館建設に向けての事を進めていきたいと思います。最近、質が落ちているような気がしてなりませんが、頑張りますので応援のほどよろしくお願いします。
それと、気付いている方も大勢いらっしゃると思いますが、感想はユーザーの方だけでなく、全員が書けるようになっているので、感想をバンバン送ってください。
それでは、また次回お会いしましょう。
作者は、誤字脱字の指摘、ご感想、ご意見等々、常時お待ちしています。