第五十一幕 道化師と虚勢
「さて、そろそろマウの意見も聞こうかしら」
白龍が飛び去ってからすぐ、藍雛はマウのほうを向いてそう言った。
「わたしの……意見?」
「そう。マウは忘れてしまっているかもしれないけれど、そもそもこんな事をしたのはマウがそうしたいと言ったからよ。我達はあくまでも、マウには出来ない部分の手伝いなのよ」
俺の心の中を代弁するように、よどみなく言う藍雛。そのせいで、俺の存在感が薄くなっている気がしないでもないが、マウの為だと思って心の中に仕舞う。
「でも、わたし……」
「マウ、こんな事を言うのも嫌だが今起こっているこの状況だって俺達の本心でやった事じゃない。何なら、今すぐ白龍を呼び戻してさっきの人たちを引き渡したっていいんだ」
もちろん嘘だが。こんな事をやった手前、俺だってあの人たちをなんとも思わない訳じゃあない。カトレアに頼めば、多少の優遇はしてくれるだろう。楽観的だとは思うが、代わりに俺が何年かあそこに仕えればそのぐらいの措置はしてくれるだろう。
俺がそんな事を言ったのがショックだったらしく、マウの表情が驚愕一色に染まる。
「ひ……えん……?」
「まあ、そういう事よ。要は我達にとってマウは大事でも、あの人たちは大事でもなんでもないの。だから、マウがどうしたいと言わなければ我達はさっき緋焔が言ったとおりにするわ」
「アイスまで……」
マウの顔が驚愕の表情から徐々に絶望の表情に変わっていく。まあ、この状況じゃあ当然だと思うけどな。
「で、どうするんだ? あんまり時間は無いぞ」
時間が無いのは本当だ。いくら俺達が強いとはいえ、温厚な白龍でさえああいう反応だった以上他の龍は何をしでかすか分からない。それに龍だって馬鹿じゃない。狙うとしたら今回の人たちを優先的に狙ってくるだろうし、あれだけの人数をこの島にいる膨大な数の龍たちから無傷で守りきるのは正直厳しいものがある。龍たちだって傷つけたくは無いからな。
「ヒエンは、始めからこうするつもりだったの?」
「さて、な? さあ、余計な質問をしてる時間も無い。頑張ったんだし、俺達に何か頼むなら今の「緋焔」
おっと、危ない。もう少しで言い切る所だった。
しかし、当然と言うべきかマウは驚き、藍雛は睨むように俺を見据えている。
「まだ、手伝ってくれるの? わたし、何にも出来てないのに?」
「……さっきも言ったろ。余計な質問には答えられる時間は無いって。それとも、俺達に聞かなきゃ手伝ってもらえるか分からないような事なのか?」
出来るだけ淡泊な答えで返してはみるが……多分無理だろうなぁ……。猫なのに犬の様にいかにも喜んでいる風に尻尾が振られてるし。
「ああ、もう。緋焔のせいでばれてしまったではないの」
「……さーせん」
ネタ言ってる暇でもないんだろうけどね。でも、やっぱり隠し事は出来ないな。どうにも上手くいかない。
「それじゃあ、再度言うわね。我達は手伝うわ。けれど、それがマウの行動ありきというのも、マウが何もしなかった場合の行動もさっき緋焔が言った通りよ」
藍雛がため息と俺への避難の視線を同時に飛ばしながら、マウへとそう告げる。
「……ヒエン、アイス。もうひとつ、お願いしていいかな?」
マウはその瞳に、自分の気持ちと、ささやかな不安を込めながらも俺達にそれを向け、そう言う。
「もちろん」
「当たり前ね」
俺達もそれに答る。
「あの人たちを家に帰したい。帰っても無事なような状態にして」
「……ねえ、緋焔」
「ん?」
マウのその言葉を聞いた藍雛が俺に向かって呆れたような表情を向ける。なんだ……?
「マウ、頑固になってきていないかしら?」
「えぇっ!? そんな事……」
「そうか? 割と前からこんなんだった気がするんだが」
「ヒエンまで……いじわる」
「ぐふっ」
マウ の いじわる。緋焔に一万のダメージ。緋焔は倒れた。
「……緋焔、遊んでないでマウのお願いを叶えにいくわよ」
遊び半分で倒れていた俺に向かって、あからさまな侮蔑の視線を向ける藍雛。だが、それも悪くない。……冗談ですごめんなさい。
「はいよっと」
冗談めかして立ち上がりながら、助かった人たちをどうしようかと考える。
マウのお願いはあの人たちを、もう二度と奴隷にならないようにして家に帰すと。中々難しい注文だ。というか、それではダメなのだ。
もし、マウの言うようにすぐに奴隷になったりしないような金銭等を持たせて、元のいた家に返したとしてそれでその人たちはそれで確実に、二度と奴隷になったりしないのだろうか?
答えはNOだ。
家庭の事情といってしまえばそれまでではあるが、小さい子供が売られた理由が両親からの虐待からだとしたら? 帰っていったとしても、そこは戦時中で奴隷のときよりもひどい仕打ちを受けるとしたら? 家族も一緒に売られ、家にはもう家族もいないとしたら? などなど、考え始めればキリがないほどの可能性が浮上してくる。じゃあ、どうすればいいのか。
と、立ち上がってもちゃんとしない様子の俺を見て藍雛とマウが心配そうに俺の顔を覗き込んでくる。
「どうしたの? ヒエン」
「大丈夫かしら?」
「ん? ああ、大丈夫。ちょっと考え事をしてただけだから。とりあえず、あの人たちのところへ行こう」
「分かったよ。あの人達は多分食堂でご飯を食べてると思う。かなりの人数がいたから作るのは大変だったけど」
元奴隷だった頃からの経験からだろうか。俺達には思いつかないような所まで気を使い、他の龍たちが入ってこない食堂にまで避難させている。よくここまで思いつくものだと、内心驚嘆の声を上げる。それが顔に出ていたようで、マウは恥ずかしそうに身を捩じらせながらトコトコと歩いていく。
「いやはや、気づかない間にマウも成長してるんだな」
「爺臭いわよ、緋焔」
マウがさっさといってしまうなか、俺と藍雛はその後ろを付き添うようにのんびりと歩く。のんびりでもそうでなくても、俺達は変わらないし。
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食堂に着くと、いつも使っている長テーブルの上にパーティーか何かの後にしか見えないような大量の空の皿が置かれ、そこら中に人々が倒れ伏している。
「やっぱり、作りすぎちゃったかな? みんなお腹いっぱいになって倒れちゃってるね」
お腹がいっぱいで倒れるとは、いったいどうしたらそんなカオスな状況になるのか俺には想像もつかないが、それだけ今までの扱いが酷く空腹だったという事だろう。マウのおかげではあるが、助ける事ができて良かったのかもしれない。まだ、そう決めるのには早すぎるのかもしれないが。
「あ、ああ。君たちか」
そう言って笑顔のマウと頬を引きつらせている俺達を引き止めたのは、あの獣人の男性。この人も会ったときよりもかなり腹が膨らんでいる気がする。というか、目に見てそれが分かるほどというのはそれはそれでまずいんじゃあないだろうか。
「こんなにもてなしてくれてありがとう。他の皆は動けないようだし、代表して俺から礼を言うよ」
「あー、そう言うのはマウに言ってくれ。俺と藍雛だけだったら絶対こんなことしなかった」
「そうなのかい?」
「そうなんだ」
男性がきょとんとした顔で俺を眺めてくるので、気まずくなって目を逸らす。それを見た男性がそこらのおっさんのように大口を開けて笑い出す。男性は笑顔のままマウの手を握ってぶんぶんと振り回すような握手をする。
「おかげでみんなが助かった。本当にありがとう」
「そ、そんなに言われる事じゃあ……」
照れ隠しからか、顔を赤くして謙遜しするマウ。マウらしい行動ではあるが、お礼というものは受け取って意味があるものだしな。そう思い、マウのの頭を撫でつつ言う。
「お礼を言われてるんだから、照れ隠しなんかしないでしっかりと受け止めな」
「……うん!」
気持ちがいいのか嬉しいのか、このままでは埒があかないので、とにかく、ちぎれる程目一杯尻尾を振るマウに顔を寄せて続きを促す。
「マウ、本題に入らなきゃ始まらないぞ」
「あ、そうだね」
マウはハッとしたように耳と尻尾をピンと立てて、今までの締まりのない可愛い顔を凛とした表情に変える。勿体ないとか思ったのは胸の内に留めておこう。
「わたしがあなた方を助けたのは、わたしが元奴隷で、ヒエンに助けてもらったからです。わたしは、助けてもらったとき、心の底から安心しました。それと同時に、奴隷だった頃の扱いの酷さに心底恐怖しました。だから、元のわたしと同じ人を助けようと、そう思ったんです。これが、わたしがあなた方を助けた理由です」
マウが自分の過去と気持ちのあらましを話し終わった時、俺は心底驚いていた。マウの事だから、理由を真摯に話すものとばかり考えていたからだ。しかし、マウはその予想の一枚上を行き、今の事を語った。
生憎、奴隷ではなかった俺には、マウの気持ちの一片すら理解出来たのか怪しいが、それでも、他の人達には伝わったようだ。
「……君の言いたいことはよく分かった。けど、これからどうするんだい? ここには普通の人間だけがいるだけじゃないし、元の家に帰りたくない、帰れないという人もいる」
男性の疑問は、さっき俺が思ったのと同じで、助けた事に対してではなく、そのもう一つ先の事に関してだった。俺としては、助けた事に関する怒りとかじゃなくて万々歳だが。
それを聞いていたマウはキリッとした表情のまま頷く。
「その事ならちゃんと考えてあるよ。ヒエンもアイスも頼まれてくれるらしいし、あなた達の希望にも沿えると思います」
「へぇ……。で、その考えっていうのは?」
「希望の人は家に帰って、希望しない人はヒエン達の作る館に住めばいいんだよ!」
どうも皆様神薙でございます。
最近、どうも忙しくストックしようと頑張って書いていますが、どうも上手くいきませんね。やっぱり、定期更新するにはストックするのが1番いいんですかね……?
さて、次の話は早めに次話を更新できることが出来ればいいなーって、思ってます。
3連休に勢いで書ければいいんですが……。
最近、ポイントが下がってる事に気付きました。あれって下がるんですね。知りませんでした。
気にしないって言っていても、やっぱり評価が下がっているのは落ち込みますね……。
あと、レビューって他の方はどうしてるんでしょうね? 誰か知り合いとかに書いてもらってるんでしょうか? ちょっと羨ましいですね。誰か書いてくれないかな……。
作者は、誤字脱字、誤用、感想意見などなど、常時お待ちしています!