第五十幕 道化師と破壊
約二週間ぶりの更新となります。お待たせしてすみませんでした。
では、本編へドウゾー。
藍雛がそう言うと、魔力が通っている右腕がミシミシと音を立てながら、以前レイアさんのナイフを止めた時に見た黒を基調としたマーブル模様に変わる。
……女の子に言う言葉じゃあないが、第一印象は気持ち悪いだな。それぐらい、見るのもおぞましい。
「えっと……これで止めたのか?」
「そうよ」
俺が戸惑いながらも質問すると、えっへんという擬音が付きそうな程胸を張る。……相変わらず無いなぁ。って、見るのはそこじゃない。
こんなので止めたのかと思いながら、指先で黒マーブルを突く。
「――っ!」
指先が触れると同時に、全身に悪寒が走り、つい手を引いてしまう。が、大事なのはそこじゃない。
突いた箇所が、新しいものに作り代わられていた。つまり、それの意味する所は……。
「触れただけで、その部分が破壊される……?」
考えた事をそのまま口に出してしまったがどうやら当たっているようで、見惚れるような笑みを浮かべる。しかし、笑っている理由が理由なだけに、素直に可愛いとは思えない。
「でも、全部を破壊するならどうして《勝利をもたらす剣》は壊れてないんだ?」
「だって、破壊したのは衝撃だもの」
衝撃だけを破壊……? 意味が分からん。いや、分かるけどなんでそんな事が出来るのか分からん。
俺が首を傾げながらクエスチョンマークを並べていると、藍雛はくすくすと笑いながら説明を再開する。笑うことでも無いと思うんだけどなぁ……。
「仮に緋焔の言うように、これが触れたものすべてを破壊してしまうとしたら、これに触れている空間も、魔力も、時間も、媒体となっている我の腕も破壊されてしまうじゃない。だから、破壊したくない物は任意で破壊しないようにすることも出来るのよ」
「へぇー」
「ここまでやるのは本当に大変だったわ。何度加減を間違えて腕を再生させた事か……」
そうやって話を聞いていると、藍雛が練習中の事を思い出していい感じにトリップし始めたので、額にデコピンをして覚醒させる。
藍雛はあうあー、という気の抜けた声を出しながらよろけるフリをする。が、すぐに戻る。
「で、ここどうするよ?」
こんな酷い所、このまま残しておく訳にもいかないからな……。出来れば壊すだけじゃなくて、再建されないようにもしたいんだが……似たような所は沢山あるからな。一つ壊すだけじゃあ何か弊害が出そうだし……。
「そうね……破壊しましょうか? 経営者だけはここに残せば、どんな事があったのかも伝わるのだし」
「そうすれば、他の似たような所の経営者にも伝わり、体験談で抑止力になるってか?」
「そういう事よ」
……まあ、いいか。中の人達ごと経営者の周りにだけ結界でも張っておけば、少なくとも人的被害は無いだろう。
「了解。買いに来てた人達は?」
「……助けるの?」
そんな、露骨に嫌そうな顔をしなくても……。というか、助ける気は無かったのか。
「当たり前だろ。出来るだけ生き物は殺さない」
「全く甘いわねぇ……。どうせ居るのはゴミみたいな性格の奴らだけだと思うのだけれど……」
「それでも、生き物には代わり無いだろ」
「……はぁ。分かったわよ」
藍雛は嫌そうにため息を吐くと、1対だけ翼を出して探知用の魔力を放出する。相変わらず見栄えがいいな。
「左方向100メートル地点を中心に半径約15メートルの範囲でいるわ。あと、その場所から左斜め前50メートル地点にも、10メートル四方で空間を一つ頼むわ」
「了解」
俺は言われたとおりの場所に空間を展開。人がいるほうは念を入れてもう5メートルほど範囲を広げて展開する。もしも間違えて足だけはみ出てたとか言ったら洒落にもならない。
「それじゃあ、盛大にいこうかしら。緋焔、ここから出るわよ」
「それはいいけど……周りに被害がないようにな?」
「分かってるわよ」
藍雛が笑顔でそう言うのを確認して、一抹の不安を覚えながらも上空に転移する。……あの笑顔。絶対に言うこと聞く気無いよな。
「《破壊・球》」
転移し、上空に移動した瞬間に藍雛が右手を掲げ大声で高らかに叫ぶ。
「《任意、対象排除空間・大地》」
頭上には、藍雛の腕に纏わり付いていたのと同じ黒マーブルが直径数メートル程の大きさで球状になっている。
こうしている間にも黒マーブルはどんどん膨れ上がり、ついに5メートル位の大きさになった。
「さあ、消し飛びなさい」
藍雛はそう言って掲げていた右手を仰々しい格好で振り下ろす。そして、それの軌道を辿るように黒マーブル――まあ、黒球とでも名付けよう――が落ちていく。それが建物に触れた瞬間一気に膨脹し、さっきまで俺達がいた建物をいとも簡単に飲み込む。それと同時に、いつものガラスを割るような音が辺りに響き渡る。
埃すら舞わず、風も起こらず、ただただ異様な違和感を残して建物は破壊し尽くされ、残ったのは俺が隔離した空間と、その中身だけだった。オーバーキルにもほどがある。まあ、誰も殺してないけど。
「……ふぅ、やはり爽快ね。胸がスッキリするわ」
一瞬、脳内に詰まる程の胸も無いだろうという言葉が浮かんだが、口に出してしまえば良くて半殺し。最悪半殺しの半殺し一択になってしまう事は目に見えているので、決して口には出さない。そもそも、女に体の事を言うのはマナー違反だしな。
「……緋焔、口に出てるわよ」
「正直、悪かったと思ってる」
まだ死にたくは無い。その一心で真顔で謝る。謝られた藍雛はというと、深いため息を吐く。
「ため息吐くと老けるぞ?」
「よし、分かったわ。右腕と左腕、どちらがいいか選びなさい」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
「……ひぐらしネタは古いわよ。分かったから、顔を上げなさい。そこまでやられて、まだ怒るほど狭量じゃないわ」
藍雛の許しを受けて、やっと顔を上げる。マジでやられると思ったのは心に留めておこう。流石に、3度目まで許してもらえるとは思えないし、まだ死にたく無いし、まだ死にたく無いし。……大事な事なので、2回言いました。
「さて緋焔、回収しに行くわよ」
俺が生きている事を心の底から感謝していると、藍雛が唐突にそんな事を言い出す。
「回収って、あれを? 命助けたので十分だろ?」
ぶっちゃけ、命を助けたのだって藍雛が人を殺すのを出来るだけ避けた結果だし、俺だって人を物として売買するような奴らを助けたくもない。
「違うわよ。なんで我達があんなゴミを助けるの? 我が言ったのはあっちよ」
そういいながら藍雛が指差したのは小さめに張った結界の方。よく見ると、きらびやかな光が反射してくるし、中には明らかに普通の物とは違う物も混ざっている。
「……あそこって、宝物庫だった所か?」
「そうよ。さっき調べた時に、人とは違う魔力を見つけたから多分そうだろうと思ったのよ」
そう言うと藍雛は目を輝かせながら、文字通り宝の山に飛んで行った。
あぁ、神よ。どうして藍雛はあんなにもひどいのでしょうか。
(呼んだですー?)
(お前じゃねーよ)
いや、神だけどさ。神だけど呼んだのは駄神じゃない。
(うぅ……ひどいですー)
だから、ミリアンに罪悪感なんて沸かない。多分。きっと。……嘘つきました。ちょっとだけ沸いた。
(嘘をついたら閻魔に舌を抜かれるですよー?)
(え? あれってマジ?)
(まあ、この世界にはいないですー)
(俺の恐怖心を返せ!)
一瞬、マジで驚いたじゃないか……。全く、これだからいつまで経っても駄神なんだ。
さて、そんな事より俺達は出来るだけ早く天龍の巣に帰って、飛ばした人達をどうにかしなければいけない。一応、白龍には言ってあったとはいえ、ほぼ押し付けたに近いし、他の龍も黙ってはいない。それに、あんな所、常人には耐えられないだろう。
(全く、緋焔は相変わらず面白いですー。藍雛も元気そうだし、私は嬉しいですー)
(あー、はいはい。分かったから。俺達は用事があるからな。もう切るぞ)
(はいはいー。では、また……会えたら会いましょうです)
ミリアンはそう言うと念話を切った。……会えたら? どういう意味だ?
「緋焔、回収終わったわよー」
「ん? ああ、はいよー」
まあ、考え込んでいても仕方ないし、天龍の巣に帰る事を第一優先にするか。
−−−−−
「支度出来たか?」
「ええ。大丈夫よ」
「オッケー」
藍雛に確認をとった所で、足元に展開しておいた魔法陣を発動させる。行き先はもちろん天龍の巣。
あっちの処理が終わったら、カトレアの所にも行かなきゃならないな。どうせもうバレてるだろうし……なんて言おうかねぇ? と、そんな事を考えているうちに転移も終わり、魔法陣の光も消えていく。
あっちを考えて、纏まらない内に今度は違う事か……忙しい。
「ならぬ! この龍の地に龍以外の者がいる事自体が、そもそもの異例なのだ!」
「だからっ! せめてヒエンが来るまでは待って欲しいの!」
……ザ・厄介事。
しかも、原因は俺ときたか……。まあ、自業自得か。
「ただいまー」
「帰ったわよ」
この厳しい空気を一刻でも早く何とかするために、とりあえず帰りを告げる。
「あ、ヒエン……」
「む、帰ったか」
俺達が声をかけると、マウは声が小さくなり、白龍は厳しい表情のままこちらを向く。例えるなら、一昔前のお父さんといった所だろう。
「緋焔、この龍の地に人間を入れたのは――」
「分かってる。あくまでも一時的な処置だ。すぐに他に移す」
「しかし……」
中々納得しない様子。まあ、さっきあれだけ怒鳴っていたんだからそう簡単にはいかないだろうとは思っていたけど。
「白龍、さっきも緋焔が言ったけれど、あくまでも一時的な処置なのよ。その程度、許せるくらいの寛大な心は持ちなさい」
「し、しかし、前例を作ってしまうのは……」
「それとも、我達の言う事が聞けないと言うのかしら?」
白龍の反対を見かねてか、藍雛は全身から全体の数割程度の魔力を放出する。もちろん、俺達の数割だから他から見れば膨大な量の魔力だろう。言葉にはしていないが、実質的に言う事を聞かなければ潰すと言外にはっきりと告げているので、さすがの白龍もこれ以上強く出る事は出来ない。所詮、命あってのものだからな。
「む、むぅ……」
「そんな怖い顔をしなくても、やる事が終わったらさっさと返すわ。そう長い時間はかからないのだから安心して頂戴」
それを聞いた白龍はまだ不満そうではあったが、さっきよりも幾分かはマシになったようで分かったとだけからその場を飛び去った。
皆様、お久しぶりでございます。神薙です。
ついに50話達成です。もう冗談かと。このいい加減で適当で行き当たりばったりで思いつき(ryのこの小説を、こんなにも続けられるとは思ってもいませんでした。いえ、書いてる最中はちゃんと書き終わらせるつもりでやってるんですけど、自分の性格上終わらせるのは難しいかなーって思ってました。
しかし、そんなこんなで描き続けているうちに1年を突破し、ついには50話にもなりました。応援、本当にありがとうございます。
これからも頑張りますので、応援、評価、感想、などなどよろしくお願いします!