第四十九幕 片割れと死亡
マウの鈴の様によく通る声を聞いた人達は、だれもかれも生気の無い表情でゆらりと、まるで幽鬼の様に顔を上げる。が、先程の獣人の男性はマウを見て、驚きの表情を浮かべる。
「なんで、獣人の君がこんな所に来たんだ……? 俺達獣人がこんな所に来ては、捕まえて売り飛ばして下さいと言っているようなものだぞ?」
男性の疑問は当然で、俺達の事を知らない人ならまず間違いなく正気を疑うだろう。
この世界に来たばかりの頃、フィアから聞いた奴隷の扱いは、元の世界でも行われていたものに限りなく近かったと記憶している。だとすると、自ら捕まりに来るような事はありえない。
まあ、それも俺達がいれば関係無いんだけどな。
「大丈夫です。私にはヒエン達がついていますから」
マウが俺達を信頼しきった台詞を言うと、獣人の男性は訝しそうに俺達に視線を向けて、またマウに視線を戻す。
「だとしても、あんな奴がこれだけの人数の奴隷を解放できるとは思えない。もう一人いようとも、状況は変わらないはずだ」
「……確かに、そう見えるかも知れないけど、でもそうじゃないの!」
「……言っている意味がわからないな。そもそも答えにすらなってない」
男性は依然として冷めた目で淡々とマウと話している。が、他の人はさっきとは若干違うような……どことなく、淡い希望を抱いているような、そんな感じがする。だが、男性が言っていることを理解しているのか、希望は抱いていてもその目は決して輝いていない。言うなら、生きているのに死んでいる、と。そんな風に形容するのがピッタリだ。そんな中で、マウは一人生命に溢れ、それを他の人達に伝えようとしている。
「ヒエンは、奴隷だった私を助けてくれた人だから……。だから、皆の事を助けてくれる! お願い、私を信じて」
マウは、一人を通して全員に語りかけている。たとえ、実際に話しているのが獣人の男性一人だとしても、その言葉が他に聞こえていない訳では無い。マウの言葉は、確かに他の人たちにも伝わっている。俺や藍雛のように魔法なんか使わなくても、確かにマウの気持ちは伝播している。
「……僕、完全に無視されてない?」
俺は無言でコクの頭を殴り、気絶したコクの足を掴んで《ジッパー》の中に放り込む。空気読めよコク。これだからギャグ要員なんだ。
男性は眉をひそめて黙り込み、他の人はあからさまにマウから顔を背ける。
マウはその様子を、不安そうな顔で黙って見つめる。幸い、今のコクの言葉は聞こえていなかった様だ。うん、よかった。
奴隷の人達がそうしているのを、マウと共に決断を待っていると、廊下の方から靴音の様な――いや、靴音が微かに聞こえた。ただ、問題なのは俺の耳にすら『微か』にすら聞こえなかった程度の音という事で……。
「……まずい」
俺は直ぐさま部屋中に魔法陣を展開し、その空間だけを隔離する。これで、ほぼ間違いなく中の人達の安全は確保された。もっとも、俺が死んだりすればその限りじゃあないが。
「ヒエン?」
周囲の異変に気付いたマウが、俺の元に走ってくるが、途中で透明な空間の壁に阻まれる。
「マウ、これから全員を巣に飛ばす。一応、白龍には説明してあるが、何かあったら頼むぞ」
他にもいろいろと言っておきたい事はあったが、生憎と時間が無い為、それだけに留める。
マウは何かを言おうと口を開きかけるが、思い直したように口を閉じる。
「分かった。任せて」
俺はマウがそう言ったのを確認して、魔法陣を起動させて空間ごと天龍の巣に飛ばす。
目の前から奴隷の人達とマウが消えるのを確認し、大きく深呼吸をする。どちらかと深呼吸というより、ため息に聞こえるがそんな事は気にしない。というか、気にしたら負けな気がする。
「さて……出て来るのは蛇か、あるいは拾い物か……」
俺は右手に《生き意思を持つ槍》、左手に《勝利をもたらす剣》を創造して、形だけの構えをとって臨戦体勢に入る。
−−−−−
会場の人達は、一人残らず《幻惑》で深い眠りに入ってもらった。やはりというか、ほとんどがこの国の貴族だったようで、安心しきっていたのか何の抵抗も無く魔法にかかってくれた。
コツン、コツンと。一歩ずつ、歩を進める毎に靴が地面に当たって、静かな廊下に靴音が響く。本来なら誰にもばれない様に静かにするのだろうけど、ばれたとしても返り討ちにすれば問題は無いので気にも留めない。
きっと、緋焔はこんな我の態度を傍若無人だとか、そんな風に言うのかも知れないけれど、せめて堂々としているとかそんな風に言ってほしいわね。マイナス思考は良くないわ。もっとポジティブに生きないと、どうせ人間の寿命や老いなんか無視して生きていくのだろうから。
……我は《破壊》と《幻惑》で全ての破壊と生物の心を司り、緋焔が《創造》と《時空》でものの創造と時間と次元を含む空間を司る。
「……まるで、神の様ね」
例え一つでも人間には過ぎた力だと言うのに、どうしてこんな能力を使えるのか……。そう考えていたとき、まるで元からそうであった様に、自然に、違和感無く、我の心臓の動きが――
――停止した。
「――っ!?」
心臓が停止し、それに伴って体の諸器官も機能を停止しようとする。が、その前。心臓が停止したと認識した瞬間に、全身全霊をかけて我の中の《死を破壊》する。おかげで、我の心臓は動くのを再開し、今も呼吸が乱れているだけで他に症状は無い。けれど……。
「今のは一体……?」
今のは明らかにおかしい。せめて、いきなり刺されるとか、魔法が飛んでくるのなら、場所柄まだ理解が出来る。しかし、今のは一瞬にして我の『生』という状態を無視して『死』んだ。我の《破壊》の様に強引にでは無く、生死そのものを操ったかのように自然な形で死という現象が入り込んで来た。言ってみれば、それは川の流れが突然何も無い方向に変わるようなもの。自然に起こる現象という事はありえない。となると、考えられる現象は魔法か、それに準ずる何か。
そこまで考えて、ふととある大切なものを破壊してしまった事に気付く。
「……『死』を、破壊してしまったわね」
死を破壊したという事は、所謂『不死』になったという事。それによる影響がその他に来ているかは分からないけれど、ただ間違いなく我は死ななくなった。痛覚はあるのか、回復はどのように行うのか等々、疑問と知的好奇心は残るが、それ以上に大事な事が一つ。
「《我の中の老いを破壊》」
パリン、と。破壊を使用したときの特有の音が静かな廊下に響く。これで、我は老いず死なずと今まで数多の人が求めて来た存在になった。というか、さっきは必死だから忘れていたけれど、老いを破壊しないで不死なんて嫌よね。永遠に老い続けるとかどんな拷問よ。
さて、これ以上は緋焔がいないと考えを纏めるのも出来なさそうだし。となると、緋焔達を探すのが先決ね。どこにいるのかしら?
我はそう考えながら、探索用に微弱な魔力を放ちながら反応のある場所に向かって歩き始める。
−−−−−
足音が徐々に大きくなりがら、こちらに近づいてくる。感じからして、さっきの足音の異様な小ささはただの杞憂に終わったみたいだが……まあ、無事に越したことはない。それでも、少しでもこちらに有利な状態にするために、部屋に繋がる通路の至る所――といっても、視界の範囲だけだが――にトラップ式の魔法陣を展開してある。
人間は進歩する生き物で、少なくとも向上心を持ち合わせている俺も、それに例外ではない。以前の魔法を使うオークコブリンの一件以来、きちんと学習している。
『学習している、という割には技術等の向上は見られませんが』
「いやいや、これでも良くはなってるんだぞ?」
『……不満ではありますが、ここは使い手の顔を立てるとしましょう』
ホントに不満げだな、と内心苦笑いを浮かべるがすぐに気を引き締めて、腰の鞘に《勝利をもたらす剣》を納め、《生き意思を持つ槍》を地面に突き立てる。
自然体になり、心を落ち着かせる為に深呼吸をする。と、同時に部屋の嫌な空気が入り込むが、気にせずに脱力する。
『その構え……居合ですか』
俺は《生き意思を持つ槍》の質問に無言で頷き、肯定の意を示して敵に備える。
居合。日本刀を鞘に収めた状態で帯刀し、鞘から抜き放つ動作で一撃を加える。若しくは相手の攻撃を受け流し、二の太刀で相手にとどめを刺す形、技術を中心に構成された武術の事で直接ではなくても見たことがある人は多いと思う。前述の通り、本来なら日本刀で行うものだが今は《勝利をもたらす剣》で代用する。……できるかは知らないけど。
『使い手、第一魔方陣発動、突破されました』
「了解」
ここから最初に発動する魔方陣までの距離は約50メートル。相手が魔法陣に気づいて走ってくるのなら、数秒でここに辿り着くだろう。
『っ!? 第二、第三魔方陣も続けて突破。残り魔方陣は2つです』
……続けて突破、ねぇ……? 自惚れる訳じゃないが、俺のトラップ式魔方陣を抜けるなんてどんな化け物だよ? それに、このままの勢いだと残りも全て抜かれるだろうし……俺が迎撃するしかないか。
「《生き意思を持つ槍》、位置確認を頼む」
『御意。残り30メートル……25……15……5メートル!』
「はぁぁぁあああ!」
脱力状態から、一気に緊張する。と、同時に鞘から《勝利をもたらす剣》を引き抜き、大きく横薙ぎに一閃する。その勢いはすさまじいの一言に尽きる。流石に全力で振るう訳にはいかなかった為、ある程度の力しか出なかったと思うがそれでも、空気を切り裂く事くらいは出来ただろう。だが、ガキンッ! という、明らかに普通なら出ないような金属同士がぶつかるような音が響き渡る。
「はぁ!?」
いやいやいや! 空気を切り裂く一閃を止めた!? しかも魔力を込めてないとはいえ《勝利をもたらす剣》だぞ!?
「西洋剣は、本来『斬る』というよりも、『叩き潰す』という意味合いが強いわ。《勝利をもたらす剣》であってもそれは例外ではなく、そんな剣で日本刀のように居合を行っても、十分な切れ味はでないわよ」
緋焔なら、それでも痛いけれどね。と、付け加えて目の前の《勝利をもたらす剣》を止めた人影は力だけで俺を弾き飛ばす。
……弾き飛ばす? 制限していた状態とはいえ、全力で鍔ぜり合いをしていた俺を?
「もしかして……藍雛?」
「……もしかしなくてもそうよ。声とかで分からなかったの? 緋焔の名前も呼んでいたのに」
「一切気付かなかった」
「……ビンタの一発でも入れれば気が済みそうだけれど、我がそんな事をしたら首が取れそうだし、何か甘い物で手を打つわ」
藍雛の言葉に内心冷や汗をかきながらも、藍雛が苛立っていなかった事を神様に感謝する。まあ、神様の事じゃあないが。
「そういえば、どうやって居合を止めたんだ? いくら本来のやり方じゃあないとはいえ、かなりきついものがあるだろ?」
本人も当たれば痛いと言ってたし。というか、なんともありませんでしたー。なんて言われたら、主に俺のプライドがズタボロだ。
「あぁ、それならこれが理由よ」
藍雛は、そう言って右手を出す。……が、なんともない。ごく普通の藍雛の手だ。
「……まだ見せてないわよ」
……まあ、そういう事もあるさ。俺は自身にそう言い聞かせて、ゴホンとわざとらしく咳込む。
「じゃあ、いくわよ」
藍雛は俺が仕切直したのを見て、生身で感じられる程の魔力を右腕に通す。
「《破壊・纏》」
お久しぶりです。常識に囚われない神薙でs(殴
えー、約2週間ぶりくらいの投稿になりますが、相変わらず文字数も話のスピードも増えません。早く次回作を書きたいのに……。
と、最近気付いたのですが、昔と比べてかなり書き方変わってますね。もう詐欺なレベル位に。
昔も今も素人極まりないので、余りそこらへんは気にしないで読んで頂けると嬉しいのですが、あんまりにも読みづらかったりしたら教えてください。善処しますので。
誤字、脱字、ご意見、ご感想などなど、常時お待ちしています。
あ、あと感想なんかは物語の指針になるのでどしどしお願いします。