第四幕 道化師は人を魅せる
「見せ物じゃねえんだ。散れ」
俺は、周りを囲んでいた野次馬たちにそう言って、睨むようにすると徐々に集まっていた人たちは自分が元いた所へ戻って行った。
「大丈夫だったか?悪いな、ほったらかしにしちまって」
俺は、身を起してその場に座り込んでいた少女の元に駆け寄り、そう言った。だが。
「なんで助けたの」
「はあ?」
少女の口から出た言葉は、俺の予想とは反し自分を助けた理由を問うものだった。
「あのくらいどうともなかったのに」
「…………」
「あの人のところは、他の奴の所よりもまだ扱いがよかったのに」
「…………」
「どうしてくれるの。私は、もう、行く所は無いんだよ……」
そう言っている少女の目尻には、薄っすらと涙が浮かんでいるのが見えた。
「行く所ならあるぞ」
「どこに?! あなたは私のことを何も知らないくせに!」
「俺のところだ」
「っ――!」
少女は、俺がそう言った途端に自分が、言おうとしているのを忘れたかのように口ごもった。
「俺のところって言っても、俺が世話になってるところだけどな。家主に承諾を得たわけじゃないけど、まあ、なんとかなるだろ」
「そうじゃなくて!」
「じゃあ何だよ?」
俺は、それ以外には何も聞かれないと思っていたため、他に何を聞くのかものすごく疑問だった。
「私は奴隷で、しかも獣人なんだよ!? そんなのを、家に置いておいたらあなたもなんて思われるか……」
俺はそこまで黙って話を聞いていたが、少女の話を聞き終えるとゆっくりと顔を上げた。
「で?」
俺が言ったことは、俺にとって当然のことであるがこの少女にとってはそうではない。
「で? って……」
「俺はただ自分のやりたかったことをやって、その結果がこれだったってだけだ。それに」
俺はそこまで言うと、少女の頭をぐしゃぐしゃとなでた。
「これは俺の自己満足だから……」
「え?」
「いや、何でもないよ」
俺は、今言ったセリフを誤魔化すようににっこりと少女に笑いかけた。
「で、君の名前は?」
「……マウ」
「よろしくな、マウ」
俺はそう言って、また頭をなでた。
「ちょっと緋焔!」
そうして、マウを立ち上がらせていると遠くからフィアが走ってくるのが見えた。
「お~、フィアか。ちょうどよかった」
「ちょうどよかったじゃないわよ! 私がお客さんに料理を配ってたら、白髪の男の子がアドレーに喧嘩売ってるって言うからまさかと思って来てみたら、やっぱり緋焔だったし」
「怪我はないから心配するなよ」
「し、心配するわけないでしょ。馬鹿!」
「そうか……」
俺がそう言って、少し残念そうな顔をするとフィアは困ったような顔をした。すると、マウが俺の腕にくっついて言った。
「私は、ずっと心配してたよ」
「ありがとう。マウ」
俺はそう言ってまた、マウの頭をなでているとフィアが不審そうにマウを見て言った。
「その子は……?」
「あ~、実はその事でお願いがあってな」
俺は、マウを変な二人から助けたこと、アドレーに喧嘩売って名前と顔を覚えられたことを説明した。
「バッカじゃないの!?」
「傷つくな~」
「大丈夫だよ。私は緋焔が馬鹿でも気にしないよ」
「馬鹿なのは否定しないんだな……」
少しショックを受けている俺と、完全に呆れているフィア。そして、必死に励まそうと墓穴を掘りまくっているマウ。
「あんたって、どうしてそう考えなしなのよ……」
「考えなくっても緋焔は助けてくれたもん!」
「それとこれとは話が違うのよ……」
「違わないもん!」
「あのね……」
と、二人でヒートアップしているところに俺が少し声を小さくして言った。
「あのさ、話し合うのはいいんだけど……」
俺はそう言って口ごもると、フィアが不思議そうに首をかしげて言った。
「だけど何よ?」
「場所を変えようか。このメンバーでこの場所は目立つ」
フィアとマウは、俺に言われてあたりを見回すと、多くの人が隠れるように三人の様子をうかがっていた。
場所を移動し、自宅(フィアの家だけど……)に戻ってきた俺はイスに座っているマウとフィアに比べ、床で正座する運びとなっていた。
……なぜ正座してるか?気にしたら負けだと思う。
「で? どうするつもりなのよ。このままにして町に出したりなんかしたら、また売られるわよ」
「この家に置かせて下さい」
俺がそう言った瞬間、下に向けている視線の目の前で炎が俺の髪の毛を焦がした。
「……ごめん、よく聞こえなかった。もう一回言ってくれる?」
「マウをこの家に置いてくれ」
俺がそう言うと、フィアはイスから立ち上がり俺の方へ近づいてきた。
「働け」
「は?」
「は? じゃないわよ。私と緋焔でただでさえ生活がギリギリになりそうだったのに、これ以上養えないわよ」
確かに、フィアの言うことはもっともだった。いきなり家に押しかけて養ってもらおうとしていたところに、助けた人に家がないからこいつも頼むだなんて無理な話だろう。
「仕事をするのはいいけど、どんなことしろって言うんだよ。俺は大したこと出来ないぞ」
さっきの変なおっさんとは違い、特別体つきがいいとか、どこぞのスーパーモテモテ少年のように顔がかっこいいというわけではない。
「そんなの自分で考えなさいよ。私は、お客さんに出来た料理を運ぶ仕事とかやってるんだけど」
「へえ、フィアのウェイトレス姿も見てみた……。いや、なんでもない」
ついつい、頭の中でフィアがヒラヒラな服を着て愛想を振りまきながら料理を配っているところを想像したら、口に出てしまったなんて言えない。
「むー……」
フィアの後ろではマウが頬を膨らませてムスっとしていた。……こっちも可愛いな。
「……何ボーっとしてるのよ」
二人の可愛さを存分に満喫していると、フィアがいきなり顔を近づけてき。
「あ、いや、なんでもございません」
押しに弱いですね。よく分かってます。
「とにかく、あんたは明日から仕事探し。マウは……家で家事でもしててもらおうかしら」
フィアはマウの方を向くとそう伝えた。
「分かったよ」
マウは、そう返事をすると俺の方に寄ってきて、まさしく猫のように擦り寄ってきた。
「緋焔が帰ってきたら、美味しいご飯作って待ってるから頑張ってね」
「ありがとう。頑張ってくるよ」
俺は反射的にそう答え、マウの頭を撫でていた。ふさふさしてて気持ちいいな~。……なんて考えていると、真上からは蔑むような汚物を見るような視線がビシバシと降り注いでいる。
「……変態」
……ここでその台詞はダメでしょう。
神薙です。
今回は、主人公が隠れオタというのがよくわかる話です。
・・・それと同時に作者もオタクであると言っているようなものですが。
そんな、作者は懲りずに皆さまからの意見を常時募集しています。
何ぞとよろしくお願いいたします。