第四十七幕 道化師と隣国
もう少しで一ヶ月というギリギリの所で投稿。狙っているわけでは無い。
後ろから、ものが地面に落ちる音が聞こえ、大きく深呼吸をする。
砂埃と、鉄のような臭いを思いっきり吸い込み、少しだけむせながら空を見上げる。
「……終わった」
そう一言呟いた瞬間に、塞きをきった様に強烈な不快感に襲われる。立つ事すらままならず、思わず地面に手を着くが、目の前には俺が吹き飛ばした兵士が倒れている。
それを見て、更に強い不快感に襲わる。吐かないように必死に押し止め、激しく呼吸をしながら体を震わせる。
「ぁあ……」
俺が声とも言えないようなうめき声をあげた時、何かが俺を優しく抱きしめる。
「だから無理はダメと言ったのに……。まあ、それが緋焔なのだから仕方が無いのだけれどね」
見上げてみれば、頭の上からは藍雛が優しい口調でしゃべりかけながら、俺の頭を優しく撫でていた。その手はとても心地良く、暖かさで俺を癒す。
そして、まぶたがゆっくりと閉じられ始め――
――気力を振り絞り、意識を刈り取られないように全力で抵抗する。
「まだ……マウの頼みを……、叶えられてないんだ……」
俺は、頭を撫でている藍雛の手を押して退けながら、地面に手をつける。視界には、俺が吹き飛ばした兵士達。
体中を強烈な不快感が走り回り、立ち上がる事すら辛い。いつもなら、ここで意識を手放しただろうが、だが――
「――今が、いつもとは限らないんだぁぁぁあああ!」
体中の魔力を肉体強化にあて、少ししか動かない体を無理矢理動かして立ち上がる。だが、足はまるで産まれたばかりの子馬の様に震え、もつれる。それを見た藍雛が驚いた顔でぱちぱちと拍手をする。
「よく頑張ったわね。でも、一時的な物よ? それでもいいの?」
そう言う藍雛の言葉は、とても魅力的で、出来ることなら飛び付いて堕落してしまいたくなる。だが、それじゃあ意味が無い。
「いいわけ無いだろ。だけど、割り切らなきゃ生きていけ無いんだろ? だったら、罪悪感を背負ったままでいるしか無いじゃないか」
「……はぁ。どうせ、何を言ってもダメなのでしょう?」
藍雛が、いつもの俺のような深いため息を付きながら、確信的な口調で問い掛ける。
俺はそれに対して、強い決意を秘めた眼差しを返して、答える。
「……もちろん。
俺だって、大義名分があっても動物や人を傷付けるのは嫌だ。だけど、やらなきゃいけないときはあるんだよ。だったら、背負ったままでいるしかないだろ」
「全く……いつからそんな主人公みたいな人間になったのよ? いっその事、勇者でもなのればいいじゃない」
「……勇者って言うほど、精神面は強くない」
もう諦めてどうでもいいような言い方で、いかにもけだるそうに話す藍雛。と、苦笑い顔をしながら話す俺。
……どう考えても、さっきまで最悪の状態だった人間とは思えない。ここまで回復させてくれた、藍雛には感謝しないとな。
「まあ……緋焔が回復したのだし、良しとしましょう」
「……ああ。ありがとう」
俺は藍雛の顔を見て、藍雛に心からの礼を告げる。すると、藍雛はふふふと笑いながら話し始める。
「我と緋焔は元だとしても同一人物なのよ? この程度で礼を言われるほど、薄い縁じゃないわ」
藍雛はそう言って周りを見渡して、十字架の様に両手を広げる。そして、魔力を数割開放する。同時に、黒い翼が現れ、魔力をドーム状に放出する。翼が黒くとも、俺にはその様が天使のように見えた。
「緋焔はどうしたいかしら?」
「……どういう事だ?」
俺がぼんやりと藍雛を見上げていると、唐突に藍雛が質問をしてくる。その顔は、全くの無表情。よく、能面の様にと表されるそれは、まさしく作られた物の様に何も表わさない。
俺がそれに恐怖感を覚え、何を言うことも出来ずに言葉に詰まっていると、いきなり花の咲いたような笑みを浮かべる。
「なんでも無いわ。それより、まだやる事は残っているのよ? 早く行きましょう」
藍雛はそう言って翼を羽ばたかせて飛び上がり、早く来いとでも言うように上空で円を描くように飛び回る。
「何がなんだかさっぱりだ……」
俺はそう呟き、藍雛に続く為に羽を広げて、空に向かって飛ぶ。
―――――
「ここは?」
街の見た目は、恐らく中世ヨーロッパ風。本物を見たことが無いからなんとも言えないが、建物の作り等からそれぐらいだということが読み取れる。まあ、この世界は全体を通してそんな感じだが、強いて言うならここはこの世界で見て来た中でも結構な都会であるという事だろう。
「隣国よ」
俺の質問に要点だけを短く答える藍雛。というか、隣国っていうと……。
「アイガス国だな? それも、首都かそれに近いくらいの……」
「首都では無いわよ。ただ、ある意味では正解ね」
どういう意味だ? と、聞こうと口を開くが、それより先に人目につきづらそうな裏路地の方へ滑空していく。
俺はそれを見ながら嘆息し、同じ様に滑空していき藍雛の横に並ぶ。
両者とも無言でそのまま地面に降りようとすると、突然、腹の辺りに何かがぶつかり、吹っ飛んで近くの建物に背中からぶつかる。何と言う衝撃。普通ならサンドイッチのハム状態だ。
「お帰りなさい、お兄ちゃん!」
「た、ただいま……。スイ、マウ」
「僕はっ!?」
内心ではスルーしようかと思っていたが、子犬のような反応をするコクが不憫になり、視線で挨拶をする。
本人はそれじゃあ足りないみたいだが、そこまでは知らん。
「って……。なんでスイやマウとその他がいるんだ? しかもわざわざこっちの国に?」
もんどりをうつのを必死に我慢しながら、なんとかして意識を逸らそうとして頭を無駄に回転させた結果、出て来たのがその疑問だった。
俺はマウとスイの頭を両手を使って撫でつつ、仕方がないので今まで空気扱いされていたコクに話を振る。
「あ、うん。それは「私の為なんだって」……うわぁぁぁあああ!」
コクがやっとの事で話が出来ると、嬉々とした表情でこちらを向いた途端。一切悪気が無いマウの素直な返答により、やっとのチャンスを遮られたコクは、叫びながら翼だけを出してどこかに飛び去っていく。いつの間にあんな器用な真似を……それか、悲しみのあまりの覚醒か……。
「ちょっと緋焔、ほったらかしにしないで呼んであげなさいよ。今から必要なのだから」
「俺が?」
「……コクがよ。ふざけていないで、早くしましょう。この国、いるだけで気持ちが悪いわ」
俺が半ばふざけて言うと、藍雛は呆れたような顔をする。その後、言葉が続くにつれて、親の仇を見るような表情に変わる。なんなんだと思ったのと同時に、藍雛の手から微かな魔力を感じ取り、そちらを向く。すると、感じ取った魔力の大きさとは裏腹に、手にはかなりの量の魔力が篭められており、俺は反射的にコクを捕まえる為に魔法を使っていた。
「《空間隔絶》」
そろそろコクの姿が米粒くらいの大きさに見え始めた頃に空間を切り離したために、コクの飛行スピードはかなり早く、結果として、空間の壁に顔面から衝突し、意識を失って捕まる事となった。おかげで、藍雛の手からは魔力が霧散していった。コクには悪いが、今はこれが最善だろう。まあ、当たったときにしたゴンッ! というやたら大きな衝撃音は……龍だから大丈夫だと信じる。
「藍雛、捕まえたぞ」
「はい、お疲れ様ね。それじゃあ、仕事をしましょうか」
藍雛はそう言って一瞬消え、また以前とは違い、若干ではあるけど動き易そうなゴスロリ服を身に纏い歩き出す。
……どうでもいいけど、毎回見せ場っぽい所で服を着替えるのはなんでだろうか?
−−−−−
「かーごめかごめ。かーごのなーかの鳥は、いーつーいーつー出やーる。夜明けの晩にー。つーるとかーめがすーべった。後ろの正面だーあーれ?」
「藍雛。ここでその歌はリアルで怖い」
「そうかしら……。じゃあ、花一匁は?」
「……どっちにしろあんまり変わらないだろ」
かごめかごめの由来は忘れたが、花一匁は確か商人が子供を掠いに来たときの歌だったような……。
……止めよ。何が悲しくて、こんな歌がリアルでありそうな場所で陰気な歌を考えなきゃいけないんだ。ホラー映画を見に来たんじゃ無いんだから。
「それにしても……ホントに気持ち悪いね。ここの空気は」
いつの間にか復活していたコクが、口元を手で抑えながら眉間にシワを寄せる。
そんな反応をするのは当然だろう。今、俺達がいるのはいわゆる貧民街。こうして歩いているだけでも、辺りからは無数の視線が集中している。中には下品な台詞や刃物が擦れる音まで聞こえる。
「……そうね、早くしましょう。目的地はこの少し先よ」
藍雛はそう言いながら、スイやマウに集中している視線を破壊し、先導するように歩いて行き、コク、マウ、スイ、そして俺という順に列になる。藍雛が《破壊》で周囲からの視線を破壊し、コクが人間よりも上位種である黒龍としてのプレッシャーを振り撒き、俺は《空間隔絶》でスイとマウを別の空間に避難させながら進んでいく。
……何て言うか、過保護な気がする。俺達は安心出来るけど。
「そういえば、なんでこんな所に来たんだ? 戦争中なんだし、いくらあれだけやったとは言ってもここはいわゆる敵の国だぞ?」
ふと思いついた疑問を何気なく藍雛に投げ掛ける。それに対してこちらを向き、いかにも演技の様な表情で深いため息をつきながら答える。
「はぁ〜。緋焔の頭はそんな事も忘れてしまう程小さくなってしまったのかしら? いくら他の事に気を取られていたとはいえ、さすがに無いわ」
藍雛がそう言うと、前を歩いていたコクが同意するように大きく頷く。藍雛は美少女なだけまだマシだが、コクのそれが余りにも演技っぽく、加えてうざかったので《空間隔絶》で空間を区切り、頭の上に1番小さいサイズの特製ボーリング玉を創造して落とす。
それを見たコクは、隔離されていて俺達には声が届かない空間の中で、なにやら不敵に笑い、ボーリング玉を殴り飛ばそうと腕を振るう。が、そこは俺が創ったボーリング玉だけあって、普通の訳が無く……。
「……あら、脳天に直撃ね」
「緋焔……いつか殴……る……」
藍雛はのたうちまわるコクを見ながら、うわぁ……。と言いながら頭に手をいったりきたりさせ、のたうちまわるコクは俺に呪言を吐く。まあ、呪言と言ってもただの怨みだし、そもそも俺に効くのかは分からないけど。
「で、理由ってなんだっけ?」
「マウの願いを叶えに来たのよ。緋焔は、この国がどんな国か知っているかしら?」
藍雛はコクを心配そうにちらちらと見つつ、思い出したように俺の質問に答える。実際、忘れていなかったと言い切れない所はあるが、まぁ、気にする程でも無いだろう。
「いいや、全く。そもそも気にした事すら無いからな」
俺のあっけらかんな返事を聞いて、頬をかいてから軽くため息を吐き、あれを見ろとばかりに横目で通りの脇を見る。そこは、先と同じく浮浪者であろう人々が俺達から得るものは無いかと、注目の視線を送っている。
「どう考えても多いでしょう。今は裏通りを歩いているけれど、表はもっと広い通りでここと同じ様な状況なのよ」
「……戦争だから。なんて理由じゃないな」
知っている訳じゃあ無いが、戦争一つでここまで至るとは到底思えない。裏通りだけならまだしも、表通りまで同じというのだから、恐らくは戦争が始まる前からこんな状況なんだろう。
悪いのは統治者か、その周りか。あるいは、その両方か……。
「落ち着きなさい」
「落ち着けって……」
「緋焔の考えている事くらい分かるわよ。要因を消して、正しい人員を揃えれば。なんて、考えているのでしょう?」
的を射た。というか、的のど真ん中を射た様な答えに黙るしか無い。何かいい切り返しがあったのかも知れないが、生憎と俺には思い付かなかったし、そもそも口喧嘩をしている訳では無い。
一方、藍雛はというと気絶しているコクを、肩にかけるように背負って歩き出す。幸い、マウとスイにはいつものじゃれあいに見えたらしく、二人とも楽しそうに笑顔で会話している。しかし、よく見るとマウの顔には、僅かだが何か暗い様な表情をしている気がする。
あくまでも気のせいならいいんだが、嫌な予感ほど当たるしな……。ただのジンクスとはいえ、一応注意はしておくか。
と、そちらへ注意を向けていると、いつの間にか目の前にはムスッと拗ねた表情をした藍雛が視界を埋めており、いつもよりもいくばくか。というか、大分不機嫌そうである。
「……我の話。聞いていないでしょう」
「あー……、いや。そんな事は無いわけでも――」
「要は聞いてないのね?」
「申し訳ございません」
一度しらを切る事ならまだしも、目だけは笑わない笑顔で二度目を言われれば素直に自白。自分の事ながら押しに弱い。
そんな俺を見て、またもため息を一つ吐きながらもやれやれといった表情で首をふる。
「まぁ、いいわ。けれど、緋焔はこっちの世界に来てから……いえ、ミリアンに能力をもらってから、少し我が儘が過ぎるわよ」
「…………」
「一切言うな、なんて当然言わないけれど、自重する位はしなさいよ? 我達は異常なのだから」
藍雛はそれだけ言うと、マウとスイに目配せだけでついてくる様に指示し、三人と一匹でさっさと歩いていく。結界は対象を囲む様に張られる様に作ってあるので、必ずスイとマウを囲む為、結界すらも俺より先に行く。そこに、一抹の寂しさを覚えたり覚えなかったり。
「……いや、まあ。異常なのは分かってるんだがな……」
俺はそうぽつりと呟き、先に行ってしまった藍雛達を小走りで追い掛ける。
お久しぶりです。神薙です。
前書きにもあるように、約一ヶ月という遅筆ぶり。その癖に、書いてある量は以前より1000字程多い程度。何だか展開が思いつかず、思い付いても微妙という。いやはや、これがスランプなんでしょうか。
相変わらず、次話なんて思い付いてすらいない作者。これでは次回の投稿も遅くなり、読者の皆様も減ってしまうかなと、少し懸念してみたり。