第四十五幕 道化師と休息
「それでは、緋焔様はこちらの部屋で、藍雛様はこの反対の部屋でお休みになられてください」
「ええ、分かったわ。ありがとう」
長ったらしかった会議がやっとの事で終わり、カトレアから――
「お主らはすぐにいなくなるの……。たまには落ち着いてみたらどうじゃ? 部屋は貸すし、図書館の出入りも許可しよう。魔導書もあるし、お主らの助けにもなるじゃろう」
――とまあ、こんな感じの事を呆れ顔で言われたので、滞在する事にした。図書館にある魔導書なんかの魅力が大きかったというのもあるけどな。
俺は案内された部屋に入り、綺麗な造りに感動する事なくベッドにダイブ。ベッドはふかふかで、硬すぎず柔らか過ぎずの絶妙な柔らかさだ。俺がそうしてベッドで柔らかさを堪能していると、部屋のドアがノックされる。
「私よ、入るわね」
ドアは俺の返事を待つこと無く開かれ、いつもとは趣向の違う、白いレースのついた、真っ黒なゴスロリ服を纏っていた。いつの間に着替えたんだか……いや、魔法を使えば同じか。
「何の用事? わざわざ俺の所に来るなんて」
すると、藍雛はやれやれとでも言うように首を振って言った。
「全く……我と緋焔の仲なのだから、用事なんて無くてもいいじゃない」
「……つまり、無いんだな?」
「あるわよ」
「…………」
……あれだな。いくら俺のはやとちりとはいえ、今のは藍雛が悪いと俺は思う。
「そんなブスッとした顔しないでちょうだい」
誰のせいだと思ってるんだ。
「そんな事より、図書館に行きましょう?」
「ん、別にいいぞ。というか、調度行こうとしてた所だ」
まあ、寝なかったらの話だけど。
藍雛はそれを聞くと、俺の腕を掴んでぐいぐいと引っ張っていく。
「あーれー」
「……それ、俺が言う台詞じゃないか?」
「気持ち悪いじゃない」
「…………」
いや、そうだけどさ……。こうもストレートに言われると傷付くというか、何と言うか……。
そんな俺の心境を知ってか知らずか、藍雛は一つため息をついて、俺の腕にしがみついてきた。何と言えばいいか……こう、彼女が彼氏の腕に抱き着く様な、調度そんな感じで。そして、少したりとも顔を赤くしないで言った。
「気持ち悪いのは男なら全員そうよ。緋焔ばかりのことではないのだから、あまり落ち込まないで頂戴。言ったこっちが滅入ってしまうわ」
少しも顔は赤くなっていないところを見ると、恥ずかしくはないんだろうが……。
「……こっちはそうじゃないんだがな……」
「……? どうしたのかしら?」
「いや、こっちの話」
藍雛はそれを聞くと、少しだけうなずいてまた俺の腕をぐいぐいと引っ張り出す。……やっぱり、我が儘じゃなければ可愛いんだろうけどな。そんな俺の心境は届くはずもなく、そのまま図書館へと連行されていった。
-----
ジトジトとした湿気を含んだ重苦しく感じる空気。本の日焼けを避けるためだろうか、窓は必要最低限あるかすら分からない。それに、天井の高さは暗くてよく見えないが、下手すれば龍化した黒龍や白龍が入ってしまうのではないかと思うくらい高い。奥行きに至っては壁が見えない。
そんな中で一定の間隔を開けて大量の本棚が並んでいる。
「……無駄に広い」
「それにしても脈絡が無いわね……。
ここには故郷の料理1000選、これは魔道具の手引き……。
ちゃんと整理しているのかしらね? 埃もかなり酷いわよ」
藍雛が手近にあった本を手にとって、ひとしきり眺めてから棚に戻す。それから手についた埃を見てしかめっつらをする。
「なんかな……数の割りには汚い」
「まあ、国家図書館じゃからの。国中の本が集まっておる。それに、これだけ広いとメイド達でも掃除が出来ないのじゃ」
俺があまりの惨状に呆れていると、後ろからこつこつとブーツの音をたてながらカトレアが寄ってくる。後ろにはリックが護衛の様な形でついて来ている。
「あらカトレア。
部屋、ありがとうね。中々綺麗で使いやすそうだったわ」
「ふむ、そう言ってもらえると嬉しいの。メイド達にも伝えておこう」
カトレアは藍雛に部屋を褒められてニコニコと笑っている。が、俺からしてみたら、イマイチよく分からないな。
片付けてるのはメイドさんで、カトレアじゃあないんだし。
と、賑やかなガールズトークを始めようとしている藍雛とカトレアをぼんやりと眺めていると、リックが俺の服の袖を引っ張る。
「緋焔さん達は何をしに来たんですか?」
「んー。俺はちょっとした勉強かな? 藍雛は何の用事なのかは知らないけど」
「勉強……ですか?」
リックはいかにも不思議そうな顔をしてこちらを見る。……どうしてそんな顔をするんだか。
「緋焔さん達でも分からない事なんてあるんですね」
「いやいやいやいや、俺達だって生物的にも精神的にも人間だからな? 分からない事だってあるし、死にそうになる事だってある」
この前だって、一応は死にそうにはなって……いたと思う。
その辺りを確実に言い切れ無い辺り、化け物っぽいなと思ったり思わなかったり。
……ごめんなさい、ちょっぴり化け物だと思いました。
「緋焔さん達が死にそうに……」
リックが俯いて何やら考える様子を見せるが、その時に「考えられない……。一体どんな悪魔が……いや、悪魔でも生温いか……」と、言ったのを聞き逃さなかった。
「で、どうするんだ? 俺はリックを連れていろいろ本を読んでくるつもりだけど」
「え? 僕は王女様の護衛が痛い痛い頭がミシミシいってますからぁぁぁあああ!」
知るか。というか、割れてしまえ。勿論、本気で言っているわけではないが。
藍雛は、笑顔が残ったままの表情でカトレアを抱きしめて言う。
「我達はもう少しガールズトークを楽しんでから用事を済ますわ。カトレアもそれでいいわよね」
「うむ。リックもがーるずとーくに加わりたいなら構わぬがの」
ちょっと待て、藍雛はとにかくカトレアは絶対に意味を分かってないだろ。それに、リックに意味が分からない言葉を言っても伝わらないだろうが。
「がーるずとーくという意味は分かりませんが……嫌な予感がするので辞退させていただきます」
「ええ、その方が賢明ね」
リックが危機を感じて断ると、それを聞いた藍雛は天使の様にニッコリと笑う。が、俺には嫌な笑顔にしか見えないのは、気のせいでは無いだろう。横にいるリックも嫌な感じがしたらしく、自分で自分の体を抱きしめるようにしている。
「じゃあ、俺達はそこら辺にいるから。何かあったら連絡する」
「ええ、分かったわ。じゃあ、我達はそこに座りましょうか」
「うむ。藍雛との会話は学ぶ事が多くて楽しいの」
……聞かなかった事にしよう。
−−−−−
「『――そして、落雷による稲妻を強く想像し、空を自ら、地を相手と考える。そして、一部分に溜めた魔力をイメージした稲妻の様に放出する。ただし、この場合には身体の他の部分にも誘電するので、身体を魔力で保護または防壁を作らなくてはならない』っと、これであってるか?」
「はい、大体あってます。それにしても、この短時間で論文まで読めるようになるなんて、さすがですね」
薄暗い図書館の論文コーナーの一角。その中の一つのテーブルにリックの論文を置き、リックと共に必死に日本語訳に挑んでいる。ちなみに、前の世界では英語の評価は10段階中の3から4をいったりきたりしていた。つまりは成績は良くない。
まあ、実際は面倒臭くて授業を受けてないから意欲が最悪なだけだ。頭は悪くない。
閑話及第。
とにかく、英語を日本語訳にする要領でこの世界の言葉の勉強するついでに、いろいろな魔法を学ぶ訳だ。ナイスアイディア……でもないな。
「それにしても……リックは一人でこの論文を書いたんだろ? 俺達よりも年下だっていうのに凄いな」
「そんな事無いですよ。以前から言っていますが、僕のはほとんど先人の知恵を受け継いだだけですから……。その事を考えるならフィアさんの方がよっぽど凄いですよ。別の世界から何か取り出すなんて、普通は考えませんよ」
俺は論文と言語の本、そして基礎的な魔法学の本の富士山に埋もれているリックに声をかける。埋もれていると言っても、本に潰されているわけじゃあないが。
リックはその本の一角を、少し横にずらして顔が見える様にする。……石像かなんかにしか見えない。こんなショタ顔の石像があるかは知らないが。
「ふぅん……。まあ、それはいいや。
これで論文の蔵書は終わりなんだな?」
「終わりという訳じゃあありませんが、緋焔さんに必要そうな論文はこれで全部です」
俺は軽く手を振って了解の旨を伝え、ついでに周辺に張った遮断と時間の流れを遅くする結界を解除する。というか、これが無かったら一部分にしても、語訳しながら論文を読むなんて出来ない。
「さて、それじゃあこれを返しに行きますか」
「え? そんなの魔法で運べばいいじゃないですか」
俺が呻きながら体を伸ばして立ち上がると、リックが不思議そうな顔をしながらそう言う。まあ、そうしてもいいんだがな……。
「ほら、人間いつまでもダラダラしてるのは良くないしさ。少しばかり運動するのもいいじゃないか」
「なるほど、確かにそうですね。じゃあ、僕はこの山を持ってきますから、緋焔さんはこっちをお願いします」
俺がそう言うと、リックは納得した顔をして論文の山を抱えてトコトコと走っていく。……あれ、絶対に前見えてないよな。
「うわっ!」
……あーあ、やっぱり。憐れにも転び、派手に論文の山を崩した所を見て手伝ってやろうとも思ったが……。
「いざとなれば魔法つかうよな」
そう思い直し、自分に割り当てられた分の論文を纏めて《ジッパー》に放り込み、なにか使えそうな本が無いか探すついでにしまいに行く。ただ、あくまでもメインは本探しなのは俺だけの秘密だ。
−−−−−
おはこんにちばんわ。神薙です
更新、遅くなってしまってすみませんでした。ちょうどネトゲにハマっていて、深夜まで友達と(ry
まあ、それもありますが、今回は書く順番を間違えました。
「え? 何言ってるのこいつ?」とか思うかも知れませんがホントです。現46幕を書いていたときに、あれ?これ45より46幕じゃね?
と気付いて急遽新しく45幕を書いたわけです。
そんな感じでクオリティーはグダグダだと思いますが、どうかお許しください。
作者は誤字、脱字、誤用、ご意見、ご感想などなど、常時お待ちしています。