第四十幕 片割れと甘さ
「さて……これからが面倒なのよね……」
さっき、我は『アレ』を殺すと言った。確かに殺すわよ? けれど――
――生物的にとは言わなかったわよね。
先ず我は、緋焔をこちら側に連れて来て、《破壊》を使い椅子を創りだし、出番までは座らせる。
次に『アレ』の身体を考える。と、その前に原型を知らなければ、次をどうしようかなんて、決められないわね。
そう思い付いた我は顔を隠しているフードを剥がす。そして、嘆息する。
「これは……随分と上等ね」
こんな変な言葉遣いになってしまったが、意味は伝わったでしょう。それほどに、『アレ』の顔は記憶にあるオークゴブリン達とは違っていた。背丈の120に比例して顔も幼かったけれど、それを加味しても彼女の顔は可愛いではなく、綺麗だった。そして、心の底から思った。
これを失くすには、あまりにももったいない。世界の損失といっても、過言ではないでしょう。そう考えた我は、すぐに予定を変更する。
元の予定は、まず、幻惑を使い完全に脳内に記憶、性格を含めた原型を一時保存し、次に我の《破壊》で、肉体を破壊する。そして、緋焔を介し《創造》で顔、体格を変えて再構成し魂を入れ、先程の記憶等を戻し、最後に幻惑で元の自らの口外を禁じて、手元に置くつもりだった。ある意味では神をも堕としめる行為であろうが、まあ、ミリアンなら許してくれるでしょう。
だけれど、『アレ』がこうだと分かった以上、顔等を変える理由など何もない。緋焔の記憶からも、顔を見ていない事はわかっているのだし。つまるところ、我がやる事は自分で自らを語る事を禁ずる程度しかない。
まあ、楽になったと思えばいいけれど。
「《幻惑、過去を語るを許さず》」
これだけで、仕事は終了。呆気ない。余りにも呆気ない。魔力とか余ってしまったではないの。この行き場の無い色々をどうしてくれようかしら?
『あの、もう一人の使い手? 一体何をなさったのですか……?』
……《生き意思を持つ槍》の事をすっかり忘れていたわ。
我は一通り《生き意思を持つ槍》に話し終え、『アレ』用にもう一つベットを《破壊》で創り、寝かせる。もちろん、服は変えたわ。あのままでは緋焔に気付かれてしまうし、あそこまでの素材をドブに捨てるより酷い格好にしたままにしておきたくなかった。その際に身体に付いている塵やゴミなどの汚れも全て《破壊》する。そして、服に替えが無かったのでスイ用に作った服を取り出す。
「《一時的に時の流れを破壊》」
我は《破壊》で時の流れを破壊し、裁縫道具や布等を取り出す。そして、即効で丈直しを始める。ここなら、時間は関係ないのだしね……。
チクチクと、布に針が通ったりする以外には音はほとんど聞こえない。まあ、生物以外にろくにいないから、当然なのだけれど。それを続ける事、体感時間で1、2時間。やっと服のサイズ直しが終わった。再度広げて、変な部分が無いか確認してみるがとりあえずは大丈夫そうね。
「《時の流れを止めている破壊を破壊》」
我は時間を再度動かし、気絶している『アレ』を起こす。
「ほら、《起きなさい》」
今まで寝息をたてていた『アレ』は目を覚まし、眠そうに目を擦る。
「うみゅぅ……――っ!」
……なんなのこの可愛い生物は。ただ、すぐにそんな視線を向けられたのは残念ね。ホントに残念。
「おはよう、調子はいいかしら? あと、あなたはもう過去のあなたではないわよ」
「過去の――……む?」
今まで使っていた一人称すらも、過去のカテゴリになるのね。我なら絶対にかけられたくないわ。
「そう。もう昔の記憶を話す事は出来ないわ。今のは一人称も過去として魔法に認知されたからね」
「ならば――……私が誰かなど……」
「ええ。知人に会い、誰か分かってもらうしかないわね。それでも、名前や昔話に浸ることも出来ないだろうけれど」
「そん……な……」
『生かしてもらっただけでも、ありがたいとは思わないのですか? 本来なら死ぬところをただの生き地獄で済ませて頂いているのですから』
「――っ!」
そう、これは生き地獄。誰も自身を知る者がいない中、仇のすぐ近くで生き続けなければいけないという地獄。我を殺せば魔法は消えるだろうけれど、我が簡単に死ぬはずも無い。『アレ』も《生き意思を持つ槍》がもう一人の使い手と言っている事から、我が緋焔並に死ににくい事が分かっているようだし、寿命まではこのままこうしなければならないでしょうね。
「――っ! この外道! それでも人間なの――!」
興奮したせいで、口調が元に戻りかけたようだが、それを感知した魔法がまたもストップをかける。……我ながら厄介な魔法ね。いちいち話の腰が折れるじゃない。
「さあ? けれど、生物学的にも人間的にも人間よ。あなたとは違ってね」
『もう一人の使い手。失礼ながら、そろそろ時間が参りましたので……』
「あら、もうそんな時間なのね。また会いましょう」
『はい、またお会い出来るときを待っています』
《生き意思を持つ槍》はそう言うと、音も無くまるで元から無かったかのようにその場から消え去る。
「さて、我達も行きましょうか。長居は無用なのだし」
「ふ、ふざけ――。……ふざけないで、なんで私まで行かなきゃならないのよ」
……いちいち話の腰を折るわね。この魔法。
「さっきも言ったでしょう? 生き地獄だと。それとも、我から一定距離以上離れられない用にした方がいいかしら?」
我がそう言うと、『アレ』は心底嫌そうな顔をする。が、まあ着いてくるでしょうね。本当に馬鹿では無いのだし。
そういえば、名前を決めてなかったわね。過去の名前は使えないのだし、新しい名前が必要ね。
「何がいいかしら?」
「……何が?」
「あら、質問に質問で返すのは関心しないわね」
「今のは――。今のはあなたが悪い! いくらなんでも脈絡が無さ過ぎるわ!」
「脈絡ならあったわよ?」
我の頭の中でだけれど。
「……はぁ」
「あら、深いため息ね? 心労は病気の元よ」
「だからあなたのせいよっ!」
「そう。で、名前は何がいいかしら?」
「名前……?」
今度こそちゃんと聞くと、当の本人は訳が分からないといった様子で我を見る。さっきまではちゃんとしていたのに……まあ、ちゃんとしていた方がおかしいのよね。
「そうよ。過去の名前は使えないのだから、新しい名前を考えなくてはならないのよ。その希望はあるかしら?」
「…………」
我が懇切丁寧に説明すると、『アレ』は俯き黙り込む。表情は見えないけれど、恐らく考えているのよね。もしくは、名前すら呼んでもらえない絶望か。どちらにしろ、我に伝わる事はないけれど。
「……せめて、種族の中から考えて欲しい」
「いいわよ」
そうね……オークゴブリンだから……。オーリン……は却下ね、オーエンっぽいわ。リン……もダメね、鏡音じゃない。オーコ……はださいわね。
「1〜7までで好きな数字を選んでちょうだい。最低3つよ」
「……3、6、7」
「3、6、7ね」
えっと、3、6、7というと……クリン? ……クリ○ンかしら? まあいいわ。本人が選んだのだし。面倒だし、面倒だし。
「決まったわよ。あなたの名前はクリンね」
「……そのまま」
『アレ』……クリンも、さっきの意図が分かったようで苦笑いをする。それを見て、我の顔も自然と綻ぶ。
「……やっと笑ったわね」
「え?」
我がそう言うと、一瞬は不思議そうな顔をしたもののすぐに理解したようで、明らかに無理をした感じで睨んでくる。その仕種があまりにもかわいらしかったので、真後ろに移動して後ろから抱きしめる。これは……マウと同じくらい抱き心地がいいわね。素晴らしいわ。
「ちょっと! 離して!」
クリンも腕の中で抵抗するが、所詮普通の生き物。神の能力で強化された、我の体からすれば動くぬいぐるみ程度しかないわ。数分間抵抗を続けたけれど、抵抗が無駄だと分かったようで大人しくなる。可愛かったから撫でてあげたわ。
「ねぇ……えっと……」
「藍雛よ。霧城藍雛」
「あいす?」
「藍雛」
「藍雛はなんで生かしたの? それもこんな方法で」
……考えてみればもっともね。なんでわざわざ生かしたのかしら? 緋焔を傷付けたのだし、狂っている我なら殺して然別のはずなのに……。
……まあ、いいわ。考えるのは面倒だし。
「思い付きね」
「思い付き……」
我の思い付きという言葉を聞いて、若干落ち込んでいる様ね。というか、「思い付きなんかで……」と言ったのもしっかり聞こえているのよね。あえて言わないけれど。
そもそも、その思い付きのおかげで助かっているのだし……というのは、流石に上から目線過ぎるかしらね。
「さて、行くわよ」
「行くって……あぁ」
クリンもちゃんと理解したようなので、緋焔とスイを起こそうかしらね。そうしなければ行けないのだし。
「緋焔、スイ起きなさい。行くわよ」
肩を軽く揺すって起こそうと試すけれど、起きる気配は無い。全く、緋焔だけなら《言葉の重み》を使うのだけれど、生憎スイまでぐっすりだし……。弱っているとはいえ、緋焔に魔法をかけるのは一苦労なのよね。
すると、我の真横をクリンが通り、緋焔達の横たわるベッドの横に立ち――
ドゴォォォン
――ベッドを破壊する勢いで殴り付けた。
「……さっさと起きなさい。さもなくば、今すぐ永遠の眠りにつかせます」
……あら? 誰かしらこの娘。
「ちょっ! 今のは何だよ!? なんでベッド大破してんの!?」
「クリン……やり過ぎではない?」
「あぅ……お兄ちゃんいたいー。頭ぶったー」
「大丈夫か? スイ?」
「藍雛は何もしてないけど……こいつは……」
「お兄ちゃん抱っこー」
「……藍雛、スイが寝ぼけてるんだが」
「……そうね」
「あれ? 無視ですか? ガン無視ですか? 藍雛さーん?」
……なんかカオスね。というか、大事な話をしているのに、緋焔のせいでいまいち緊張感が無いじゃない。
そこで、我は両手を広げて、胸の前で一度鳴らす。パンッと渇いた音が響き、やっと全員黙る。まあ、喋っていたのは主に緋焔だけれど。
「なにはともあれ、やる事はやったわ。帰るわよ」
「あ? あぁ……って! 『アレ』は? まさか殺したのか!?」
緋焔は、一瞬落ち着いたと思ったら、唐突にクリンの事を思い出し、我に詰め寄りながら問う。その際、我の視界に入っていたクリンが、ビクッと震えたのが見える。
「『アレ』なら逃がしたわ。我には興味が無かったのだし」
「……それならいい」
我がそう言った後、緋焔は我の目を覗き込み、嘆息して離れる。緋焔だから、わざわざ《幻惑》などは使わないだろうし、とりあえずは一安心ね。
「《オークゴブリンの討伐証明部位が消滅した事実を破壊》」
我は、緋焔が魔法で消滅させてしまった、オークゴブリンの討伐証明部位である肋骨をもう一度作り出す。その骨は既に血がついておらず、人間のそれとは違いかなり硬く、我がちょっと強めに握ってもひびすら入らない。……これでは上位の依頼になるわよね。
「さて、緋焔。転移を頼むわ」
「いや、いいんだがあの娘は?」
「………」
「……無視されたんだけど」
「後で説明するわ」
緋焔はやれやれといった様子で、首を振ってから全員の足元に魔法陣を展開させ、発動させる。
Side Out―――
作者「どうも、神薙です」
エセ「やっとあとがきに登場したタフナや。よろしく頼むで」
作者「とりあえず、今回言っておきたいのはずっと藍雛のターン! ……言ってませでしたが、藍雛は準主人公です」
エセ「なんで今そんな大事な事言うねん!」
作者「いやー、言う機会がすっかり無かったからつい」
エセ「……アホや」
作者は誤字脱字誤用、ご意見ご感想などなどお待ちしています。