第三十九幕 道化師と終結
二人は静止し、他には何も動くものなど無い。
その静寂の中、俺は両手を使い『アレ』の手から短刀を取り上げる。
「……卑怯者めが」
短刀が手から離れると、それまで沈黙を続けていた『アレ』がぽつりと呟く。その間、一瞬たりとも『アレ』の喉元から《生き意思を持つ槍》が離れる事は無い。
それにしても卑怯者か……。まあ、仕方が無いか。確かに俺は『アレ』に対しては何一つ武器を向けてないからな。種明かしの代わりに、簡単に回想をすると分かりやすいな。
―――――
「だからって、死ぬわけにはいかないんだよぉぉぉ!」
俺がそう叫び、《生き意思を持つ槍》を突き出そうと腕を引いた瞬間、遂に魔力が限界になり、《役立たずな時計》が解ける。腕を引いている事に気付いた『アレ』は、ローブの中に腕を突っ込み、ローブごと俺を切り裂こうと短剣を振るう。
そして――
――俺は急停止をし、《生き意思を持つ槍》を投擲する。
「愚か者。避けられてしまえばおわりだというのに」
『アレ』はそう呟いて、その場からとびずさる。
確かに、奇襲にしても普通なら1つしかない武器を捨てる事になるこの行為は、自殺にしかならない。避けられてしまえば尚更だ。だが、《生き意思を持つ槍》は普通ではない。
その場から跳びずさり、回避したつもりの『アレ』に対し、文字通り生き、意思を持つ《生き意思を持つ槍》は軌道を変えて未だ空にいる『アレ』の喉元に向かって飛んでいく。
「なっ!」
避けることも出来ず、地に着いた瞬間に魔法で土の壁を作るが、《生き意思を持つ槍》は壁を貫通し、『アレ』の喉に刃を向け、停止する。
―――――
で、始まりに戻る訳だ。
『この状況にも関わらず、使い手に対して卑怯者とは……よほど命がいらないと見えますね?』
「止めろ《生き意思を持つ槍》。お前ももう止めろ。
俺はお前を殺す気は無い」
いとも簡単に『アレ』の挑発に嵌まり、あまつさえ下手をすれば俺がなっていただろう結果にしようとする《生き意思を持つ槍》と、挑発をする『アレ』を宥める。
「ならば……何故我が同族を――」
「あいつらにこうして話したとして、今のお前のみたいに落ち着いて会話できた奴は何人いた?」
「――……っ!」
『アレ』は俺の質問には答えなかったが、その表情と何も言い返せない事を見れば、答えとしては十二分だった。『アレ』も、その事を悟った様で、せめてもの抵抗とでもいうように、殺気を撒き散らしながら俺を睨む。
「……死んでも貴様を呪い殺してやる」
「勝手にしろ」
俺からすれば、討伐依頼のあった魔物を倒しただけ。
だが、『アレ』からすれば、目の前で同族を何人も手にかけた大量殺人鬼。怨んで当然、俺なら今すぐにでも殺しにかかるほどのはずだ。それにしても、一回目は目茶苦茶調子が悪くなる程だったのに、今は何人も殺しておいて、何とも無い……か。
狂ってるなぁ……。
と、その時、パリンというガラスが割れるような音を立てて結界が崩壊する。
「終わったようね。……何なのかしら? この濃い魔力は」
俺が振り返る間もなく、藍雛とスイが俺の横に並ぶ。
「お兄ちゃん、大丈夫だった?」
「大丈夫だよ。心配してくれてありがとう」
ついさっきまで命のやり取りをしていたとは思えないほどに、間の抜けた会話に聞こえる。が、実際は疲労困憊で喉に俺の血がべっとりなせいで、藍雛とスイから怒気と共に、多量の魔力が漏れ出している。……スイはどちらかというと、怒気を通り越して殺気になっているが。
『使い手、もういいですね? さっくりいきましょう、どちらかというと逝かせましょう』
殺気を放っているのがもう一人……というより一本か。
「誰が上手いことを言えと言ったのかしら? というか緋焔、これは何なのかしら?」
俺が心の中で藍雛のツッコミを褒めていると、突然怒りの矛先の半分が俺に向けられる。すごく……怖いです。
「早く答えないともぐわよ」
「何をだよ!?」
「で、緋焔なんなのかしら?」
藍雛の発する異常な威圧感と、恐怖に耐えつつも頑張って突っ込むが、簡単にいなされる。
「アレは《生き意思を持つ槍》。俺が魔法で創り出したんだよ」
「ブリューナクといえば、神話の武器じゃない。しかも創り出したというと……概念を基点として創ったのね。それにしても、アレだけいたオークゴブリンをどうやって……」
『使い手が己達を創造した魔法により、体が魔力に耐え切れず崩壊しました。残った者達は己達が使い手の命により、残らず抹殺致しました』
「説明ありがとう。ついでに、もう一ついいかしら?」
『もちろんです』
「残ったのを抹殺したと言ったわね。その死体は? 我の予測では、死体からは生命力の要となっている魔力が漏れ出した為に、ただの物質となり、例に違わず崩壊したという予測なのだけれど」
『合っています。流石はもう一人の使い手といった所でしょうか』
「お世辞なんていいわ」
……なんなんだこの会話。というか、なんで藍雛はあんな知識があるんだ?俺達とほとんど一緒だったし、そんな暇は無かった筈なんだが……。
「お兄ちゃん、お姉ちゃん達の話よく分からない」
俺が藍雛達の会話を聞いて、脳内ショートを起こしていると、同じように話がよく分かっていないスイが、俺の腕に抱き着く。
久しぶりのスイの抱き心地がとてもよく、スイの頭を優しく撫でると、スイがさっきの2割増しの力で抱き着いてくる。が、それどころではない。二つの柔らかい物体が俺の腕に押し付けられている。それが、スイが嬉しそうに動くたびに微妙な動きで俺に当たる。
「ちょっ! スイ、分かったから! 少し離れてお願いだから!」
スイを引きはがそうと、少しだけ力を入れてみるが、身体能力のみの未強化ではスイには全く及ばない。てか、それが遊んでると思われたらしく、余計にスイの動きが増し、同時に柔らかい物体の動きも増す。
「ひ・え・ん」
それでも必死に引きはがそうとしていると、前から猫撫で声を更に甘ったるくしたような声が目の前から聞こえる。
「あ、あはは。なんでしょう、藍雛さん?」
「あら? なんで敬語なのかしら? 我と緋焔じゃない」
「いや……それはそうだけど」
続けて何かを言おうと口を開――。
「《言葉の重み》。気絶しなさい」
……やっぱり、藍雛は天使の顔した魔王だな。
そう思いながら、意識を手放した。
Side 藍雛―――
「さて、どうしてくれようかしらね? コレ」
我は弱っていた緋焔を無理矢理気絶させ、ベットを創造し、そこにスイと一緒にほうり込む。気絶する瞬間、またかみたいな表情をしていたから、後でお仕置きね。
まあ、緋焔には悪いけれど、弱っていてくれて助かったわ。
《言葉の重み》は、一見万能に見えるが、実は様々な制限がある。
まず、第一に生物にしか適用できない。流石に、生命を持たない無機物には適用されない為、武器のみを操ると言ったことは出来ない。例外として、《生き意思を持つ槍》のような生きている武器には使えるけれど。
そして第二に、我より強い、もしくは同等の者には効かない。これは実際に戦って云々ではなく、純粋に魔力量の話で魔力量の多い者には弾かれてしまい、使えない。ただし、今回の緋焔のように、魔力を使いすぎて弱っていたりすれば、また話は別だけれど。
こんな感じに、我の魔力量が多いから様々な者達を支配できるけれど、少なかったらお話にならない。
「さて――」
我はとりあえず一つ深呼吸をし、ボロボロの布切れを纏った『アレ』に向き直る。
「どうしようかしらね?」
「…………」
我が試しに話しかけてみるが、『アレ』は返事をしようとせず、押し黙る。……全く、話が進まないじゃない。
どうしようかと一瞬悩むが、とある案が思い付いたので実行に移してみる。
「《我が幻惑を使えないという事実を破壊》。《幻惑の使い方を知らないという事実を破壊》。《記憶のコピー》」
我は破壊を使い、幻惑を習得し緋焔の記憶から何があったのかをコピーし、我の記憶に貼り付ける。同時に、ついさっきまでの緋焔の記憶が流れ込み――
「アハッ」
表情が愉悦に歪む。が、今回はぎりぎりで笑い狂う事にはならずに、歪んだ笑みが我の顔に張り付く程度に収まる。
「そう……そんな事があったのね。やけに緋焔の喉が赤いと思えば……」
我が歪んだ笑みのまま記憶の事を話は始めると『アレ』はビクリと震え、顔を下に向ける。……笑った時に《言葉の重み《ミエザルボウリョク》》が解けたようね。まあ、さほど問題ではないけれど。
「《生き意思を持つ槍》、帰っていいわよ。そのままでは緋焔の魔力をくうでしょう?」
『い、いえ。幸いこの場は魔力が満ちている為、使い手から魔力をもらわなくても、数十分程度なら保てます』
……《生き意思を持つ槍》まで怯えないでほしいわね。仮にも神の槍なのだし、もっと強かったり狂ったのを見ているでしょうに……まあ、今そんな事を言っても仕方ないわね。
「ならいいわ。ただし、足りなくなったらすぐに帰るのよ?」
『はい』
我は《生き意思を持つ槍》の元気な返事を聞いて軽く溜め息をつき、『アレ』に向き直る。
「さて、待たせて済まなかったわね」
「…………」
「そうね……。とりあえず、《生き意思を持つ槍》がいつ帰ってもいいようにしないといけないわね。《言葉の重み。逃れるを許さず》」
我がそう言うとついさっきまで逃れようと何かをしていた『アレ』がピクリとも動かなくなる。相変わらず、目は反抗的なままだけれど。まあ、関係ないわ。だって、これは今から――
「さて、あなたを殺すわ」
――死ぬのだから。
『アレ』は、我の言葉を聞き怨みの篭った目線で睨むと共に、どこか納得した様な表情を浮かべる。そんな『アレ』をよそ目に、我は必要な魔力を練り上げる。
先ずは気絶に必要な、幻惑の為の魔力。次に破壊と再構成に必要な、破壊と創造の為の魔力。創造は緋焔を通して使わせてもらいましょう。最後に口外させない為の幻惑の為の魔力。全てを練り上げたところで、『アレ』に向き直る。
「さあ、準備は出来たわ。最後に言う事は無いかしら?」
「……きさまらは絶対に許さぬ」
「そう」
そう言って、幻惑を使い、気絶させる。
今回はあとがきはさっくりと終わらせます。
新しいノーパソ買いました。で、今回はそのノーパソで初投稿です。
相変わらず文字数が少なくて話が進みませんね……。今更ながらですが。
まあ、大体本筋に入る前のメンバー集めは終了したので、これからはストーリーのあるものに入る予定です。文才が大事だと、改めて確信した神薙からでした。
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