第三幕 道化師と憤怒
「うんうん。間違っちゃいましたが、結構順応性が高いですねー。もう少しのんびりさせてからでもよさそうで、こちらとしては大助かりですー」
何も無い、真っ白な空間の中。距離感もつかめず、ただ真っ白であるということしかわからない空間の中、見た感じは幼いという印象を受ける金髪の少女が一人つぶやく。
「相手方としては大迷惑なんやろうけどな」
少女がつぶやいた直後。突如として巨大な洞穴のようなものが現れ、中からはオレンジ色の髪をした関西弁もどきを話す青年が現れる。
「いいんですー。その時はいろいろと特典をつけて許してもらうですー」
「……ハタ迷惑やなぁ」
オレンジ髪の青年は少女の言葉を聞き、呆れ、どこかにいる相手に同情の念を抱く。
「いいんですよー。本人も気に入ってるようですしー、この際いろいろと出来るようにしてあげるですー。こちらの暇つぶしにもなって一石二鳥ですー」
「暇つぶしは嬉しいんやけどな……」
「まあまあ、細かい事は気にしちゃダメですー。では、私は忙しいのでそろそろ失礼するですー」
少女はそう言うと、何も無い空間を指さすようにし、自分の身長より少し長い線を描くように空間に指を滑らせる。すると、指を滑らせた後には線を引いたような黒い軌跡が現れ、その軌跡が左右に引き裂くように広がり真っ黒な空間が現れる。少女はその中に入って行き、少女がその中に入ると穴は縮み、最後には点となって消える。
「ホント、可哀想やね」
青年は表情を変えずにそう言うと、胡坐をかくようにし顔をうつむかせて大して眠くない中、無理やり睡眠へと入り込んでいく。
――――――――――――
次の日。
俺が目を覚ました時には、あたりに美味しそうな香りが漂っていた。
「……夢じゃなかったんだな」
昨日は、舞い上がってしまったが、やはりここは自分がいた土地とは何もかもが違う。フィア以外には自分が知る人物など一人もいない。
額に手を当て、空を仰ぎつぶやいてしまう。
「また、一人か……」
俺は、着替えを終えると空腹を満たすため食事を取りに向かった。
扉をあけると、目の前にフィアがいた。
「どうしたんだ、こんな朝っぱらから」
「……あんたを起こしに来てやったのよ」
「? どうしたんだ、元気がないみたいだが調子でも悪いのか」
「……何でもないわ。朝ご飯できたから、食べましょう」
「あ、ああ」
案内された部屋は、眠っている部屋とは違いキッチンのようなところだった。その部屋の真ん中に、テーブルとイスが4つ置かれていた。
テーブルの上には、高級なレストランでしか(行ったことはないけど)見たことがないような豪華な料理がずらりと並べられていた。
「すごいな、いつもこんなものを作ってるのか?」
「そんなわけないじゃない。これは……あんたをいきなり喚んでしまったことについてのお詫びよ」
「……そうか」
俺は、一瞬だけ寂しさと嬉しさが入り混じった複雑な表情になってしまったが、フィアに向かって微笑んだ。
「ありがとうな。俺のために、ここまでしてくれて」
「ん、別にいいのよ。元はと言えば私が悪かったんだし……」
「それでも、礼を言うよ」
「そ、そう」
「さ、それじゃあ、美味しいうちに食べさせてもらうよ。いいかな?」
俺がそう言うと、フィアは少しだけ顔を綻ばせる。
「そうね」
「うん。凄く美味しかった。御馳走様」
「? ゴチソウサマって?」
「あ~、俺の世界で言う食事が終ったあとのあいさつかな。作った人に感謝をこめて言うんだ」
「ふ~ん」
結局、料理は俺がほとんど平らげてしまい、フィアにお前は良かったのかと聞くと、あまり食欲がわか
なかったらしい。
「なあ」
「何よ」
食事が終って一息ついた俺は、昨夜から考えていたことを話した。
「魔法を教えてくれないか」
「ん~……別にいいわよ。仕事が終わったらだけど」
「仕事? お前、仕事なんてしてたのか?」
「してるわよ! いつまでも子供じゃないんだから」
「へえ。大変だな、その年で働くなんて」
「私達みたいな、種類ならまだいい方よ。獣人みたいに奴隷扱いじゃあ、それこそ死んじゃうわよ」
「この世界じゃあ、奴隷がいるのか」
「そうよ。表向きは奴隷の禁止をしているけど、獣人となると人身売買なんて普通よ。しかもそれをしているのが政治をしている、貴族どもだしね」
「そうか」
その後、フィアは仕事に行ってくると伝えて家から出て行ってしまい、俺は一人、家に取り残されることとなった。
やることも特になかった俺は、しばらくの間は自分の部屋で持ってきた携帯電話をいじったり、ゲームをしたりしていたが、携帯は(当然だが)圏外だし、ゲームは元々やりこむ性なのでやることもなくなり、結局退屈になりこのあたりを知るためにも散歩でもすることにした。
「うん。やっぱり元の世界とは違って空気がおいしいな」
俺は、ずっと都会に住んでいたため、空気がおいしいと言っている旅番組なんかで田舎に行っているリポーターを見て、そんなわけないだろうと、思っていたのだがこうしてみると、間違っていたのは自分の方だということを思い知らされる。
家を出て、周りをきょろきょろと見回しながら適当に辺りを散策しつつ、歩いて行く。その間、様々な人とすれ違うが、昨日に道を尋ねながら歩いたおかげかあまり嫌そうな顔はされないし、服装や容姿に関しても特に何も言われない。どちらかというと、俺とフィアの関係について詳しく言及してくるおばちゃんの方が多い。木々も、少し葉の形などは違うもののあまり生え方などに大差は無いようだ。
そして、散策している最中に気がついたのだが、この世界では髪の色が様々で、あっちでは赤っぽい髪の色だが、こっちでは緑色……と、みんなバラバラだ。だが、これだけの人とすれ違っても白い髪の人とは会うことは無かった。
そんな風に、散策しながらぶらぶらと歩いていると、昨日は通らなかった大きな街道にたどり着く。そこでは、多くの露店のようなものが並んでおり元の世界で言う、外国の市場のような感じだ。
「なかなか、賑わってるみたいだな」
俺は、俺に集中する視線をものともせずにのんびりと、道の真ん中を歩いて行く。
「なあ、兄ちゃん。寄ってかないかい、新鮮な野菜が揃ってるよ」
「ありがとう。でも、生憎懐がさびしくてね。また今度にするよ」
そんな風に、屋台の人たちとも話しながら歩いてゆく。にしても、露店の人たちは俺の変わった服装を見ても何とも言わないなんて、商売魂が凄いな。
「ん? 何だあれ」
俺の前には、何やら人だかりができていた。こういうところでの人だかりって言ったら、大方喧嘩か何かだろうなと、そんな風に思った俺は、ついつい野次馬根性が出てしまいウキウキと人だかりの中に入って行った。
「はいはい、ちょっとごめんよー」
自分を見た人が驚き、自ら道を作ってくれたおかげで俺は難なく特等席にたどりついた。
しかし、俺が目にしたものは拳を振り上げ殴りかかろうとしている二メートルはありそうな大男と、ボロ布のようになって地面に倒れ伏している少女だった。
ドスンッ!!
頭にその情報が入りこんでいく前に、俺は飛び出して大男を一本背負いで地面に叩きつけていた。
「あがっ!」
大男はうまく受け身を取れなかったために背中を思いっきり地面に打ち付けていた。
「おい、おっさん。いい大人が、全力ふるってまでこんな小さな女の子殴るってのはどういうつもりだ」
俺は、ゆっくりと倒れている大男の元に歩いて行くとそう言い放った。そして、それに対して大男は何か言おうと必死にパクパクと口を動かすがそこからは息が漏れるばかりで言葉にならない。
「どうだ、しゃべれねえだろ。投げる時に肘で肺を打ったからな。」
俺がそう言い終わると、大男の連れと思しき男が俺におびえた表情で言い出した。
「お、お、お前! 誰に何したかわかってんのか!」
「知るか、この針山頭が」
「は、針山……」
そう言われた男の髪の毛は四方八方に針のように伸びており、確かに針山そっくりでそれを聞いた野次馬がくすくすと笑いだした。
「おい針山」
「な、何だよう」
針山はいきなり呼ばれ、驚いているようでよわよわしい声で返事をした。
「このデカブツが話せねえからテメエに聞く。なんでこんな小さい女の子に暴力振るってんだ」
俺は、さっき大男にした質問を針山に答えさせようとすると、周りの野次馬の顔が一気に青ざめそこからはやっちまったな。という声さえ聞こえた。
そして、針山に視線を戻すと何やら勝ち誇ったかのような表情で俺の質問に答えた。
「ふん! そこの下等種が、兄貴の服を汚したのがいけねえんだよ。それに、そんなのを庇って。どうなるかわかってんだろうな!」
針山は、ここぞとばかりに一気に言った。それと同時に野次馬からは負けたな。などの声が上がっている。
「下等種?」
俺はその一言に違和感を覚え、後ろで立ち上がろうと必死になっている少女の方を向いた。
その少女の頭からは動物の(おそらく猫だろう)耳が生え、少女の後ろにはうっすらと血に染まった白い尾が力なく動いていた。
「で?」
針山に向き直った俺は、感情を込めずにただ一言、そう言い放った。
「で? ってお前! 奴隷だぞ! 奴隷の小娘一匹にこんなことしやがって!」
針山は、俺の一言に焦ったようでただ、この少女が奴隷であることを強調した。が、しかし。
「そんな理由でここまでしたのかよ」
つい昨日までそんな事とはほぼ無縁の世界で生活していた俺にとって、少女が奴隷であることなど無意味だった。
「そうか……」
俺はそういうと、また、ゆっくりと大男に歩み寄った。
「な、何する気だ!」
針山は、俺が大男に歩み寄ったのを見て叫んだ。
「こいつが二度と、そんなことをしようという気を起こさないように目を抉る」
「なっ!」
既に、俺の顔からは表情らしい表情は宿っておらず機械的に動作を行うだけの人形のようになっていた。
「やめてっ!!」
「待ってくれるかな」
俺が、大男の頭に手をかけたその時。
いつの間にか起き上がり、その様子を見ていた少女が叫ぶのと同時に、もう一人。初老の男が、俺に声をかけた。
「……どちら様ですか」
そういった俺の顔には表情が戻り、初めて見たこの初老の男性を探るように見た。
男性は、ぱっと見た分には紳士というのに相応しい格好をしていた。口元には白いひげをたくわえ、黒いスーツに身を包んでいて、手には杖を持っていた。
「ワシは、その男たちの纏め役をやっているものだ。君が、守ってくれた少女の持ち主でもある」
そう言う男性のしゃべり方もまた、紳士と呼ぶのに相応しいものであったがこの男性が言った持ち主という一言で、この男と同類であると思った。
「そうですか」
俺がそう言って、立ち上がると辺りの緊迫していた空気が少し和らいだ。
「あなたがこいつらのリーダーですか」
「いかにも」
「こいつら、躾がなっていませんね」
俺の一言により少しだが和らいでいた空気はまたも緊迫することとなった。
「ふははは。これはなかなか手厳しいな」
「そうですね。笑いごとにしてはなかなか厳しい」
初老の紳士が和やかに話しているのに対し、俺は最低限の礼義は保ちながらもふざけたこといってんじゃねえオーラ全開である。
「ふむ。なかなか肝が据わっているようだな。この者たちの纏め役と聞いた時点で君にはワシがどれほどの人物か見当は付いているだろうに」
「そうですね。ですが、こいつらの躾を見た時点でどの程度かたかが知れているとも言えますが」
俺は、完全にこの人物を敵と認識しており年上に対する礼儀は尽くしても目上の人に対する礼儀をつくそうなどとは微塵程も思っていない。
「どうかねワシの下に就く気はないか」
この男は、自分が敵であると認識されているのにも関わらず俺を引き入れようとしていた。しかし、そんなことは塵と同類になれと言われているのと同じで、俺には怒りを増幅させる以外の何物でもなかった。
「お断りします」
そんな紳士の誘いを秒ほども悩むこともなく、ぶった切った俺は再度この紳士を威嚇するように睨んだ。
「面白いではないか。このわしの素性を知りながらも、こうしてワシに歯向かおうとするとは……」
今までの紳士の態度と一転して、穏やかだった紳士は殺気だったとした感じの空気をまとった。
「素性なんて知りませんよ。ただ、女の子をいじめる人を咎めようとしないリーダーに言いたいことを言ったまでです」
「ふん。よほどの大物か、ただの大馬鹿か……まあ大物であることを願うとしよう」
そう言うと、紳士は大男たちに目配せをしついてくるように促した。
「……」
俺は、そうしている紳士たちをさっきと変らず威嚇するように睨んだままだった。
「そうだ。ワシの手の者が迷惑をかけた侘びとして、君が助けたその子を君に譲るとしよう」
紳士がそう言うと、今までずっとうつむいていた少女が顔を上げた。
「譲ってくれなくていいですよ。代わりに、あなたが雇っているというのなら、その契約を無かったことにしてくれるだけでいいです」
「よかろう。その代わり、君の名を教えてほしい」
「人の名を聞く前に、まず自分の名を名乗るべきじゃないですか」
「ふむ、ワシとしたことが失礼した。ワシの名は、ガリア・ジョフ・アドレー。君の名は?」
「緋焔です」
「覚えておくとしよう。それでは、ヒエン君また縁があったら会おう」
そう言うと、アドレーと名乗った紳士は二人を連れてその場を離れて行った。
こんにちは、もしくはおはようございます、またはこんばんは。
今回は、主人公のいつもとは少し違った面を見ることとなったと思います。
そして、獣人が初登場する話でもあります。
・・・書きたかったんです、獣耳。