第三十五幕 道化師と命
「藍雛……」
「……やり過ぎたかしらね。しょうがないわ、《起きなさい》」
藍雛が《言葉の重み》を使い、黒龍の意識を無理矢理戻す。
「うぅ……なんか頭痛い。……ってなんで僕はこんなところで寝てるの?」
起き上がった黒龍は顔をしかめて頭をさすると、きょとんとした表情になる。
「ん? 覚えてないのか?」
「本来なら気絶している最中なのに、無理矢理起こしたから記憶が欠けたのかしらね」
「戻すか?」
「別にいいでしょう。わざわざ怨みをかうことも無いわ」
「……? 藍雛と緋焔はさっきからなんの話をしてるの?」
俺達が黒龍の記憶を戻すか否かを、普通は聞こえないような極小のボリュームで相談しているとその会話が聞こえていたらしい黒龍が抜けた顔で聞いてくる。
「いえ、なんでも無いわよ? それより黒龍、今から我達はちょっと依頼を受けてくるから、マウと一緒にいてくれないかしら?」
「別にいいけど……」
「では、緋焔、スイ行きましょう」
「行ってらっしゃい、皆」
半ば押し付けたように黒龍にマウを任せて、俺達は受付の方に向かう。やっぱり関係ないけど、マウが手を振って見送りしてる姿がとても可愛かったので、能力を使って脳内メモリに消去不可で保存しておいた。可愛いんだから、仕方がないな。
―――
「さて、依頼はどうしましょうか」
なんやかんやあったが、やっとの事で本来の目的の一つの依頼を受けるという中の、第一段階までたどり着いた。やる事遅いなぁ……。
「いっぱいお金が貰えるのがいいんじゃないかな? えっと……お姉ちゃん、これは?」
スイが時間を引き延ばして依頼書の束の中から、1番額が高いらしい依頼書を取り出す。藍雛はそれを受け取って内容を眺めるが、途中で嫌そうな顔をして束の1番上に置く。俺はそれを手に取って内容の部分を読んでみる。
「なになに……『我が商隊が王都にたどり着くまでの道程を、貴様らの命に変えてでも守ってみせよ』か……」
俺も藍雛と同じ様に本文を読んでからすぐに束の1番上に戻す。こんな依頼受ける気になれないな。上から目線にも程があるし、大体、命に変えてでもの時点でろくな扱いをされない事が目に見えている。いくら報酬が高くてもあんな依頼は受けないって。
「お兄ちゃん、ダメ……なの……?」
俺の小さなため息を聞いていたらしいスイが、俺を見上げる位置に立って目に涙を溜めながら不安げな表情で見つめる。俺は反射的に動かしかけていた手を必死に抑えて、限界までにこやかにした表情でスイの頭を撫でる。
「スイ、あの依頼はね。俺や藍雛でも無いどこかのおじさんが、偉そうにスイや俺達に命より俺の身を守れっていう依頼だったんだ。スイもそんな依頼、受けたくないよね?」
「うん! スイはお兄ちゃん達以外の人なんていなくてもいいもん!」
……いや、嬉しいよ?嬉しいんだけど、そういう事を大声で言うの止めよう?藍雛は気にしてないみたいだけど、その瞬間から殺気がいくつも飛んで来たからね。しかも、ここギルドで殺気も本物だからかなりキツイ。だがしかし、そんな状況の中でも笑みを絶やさない俺、プライスレス。
「で、結局どうするの? このままでは決まらないわよ?」
俺がスイを堪能してるとでも思ったのか、若干イライラした感じの藍雛が急かすように言ってくる。
「そうだな……。よし、さっきのを外した報酬の高い上位10枚を出すか」
「それは構わないけれど……どうするの?」
そう疑問を口にだしながらも、しっかりと10枚の紙を持っている辺り、信頼されてるんだなと思う。何て言うか……悪くないな。
「じゃあ、テーブルの上に裏のまま広げてっと……」
俺は藍雛から紙を受け取り、裏のまま適当に広げる。適当にとか言っている割には、端っことかも重ならない様に綺麗に広げている。こういう変な所で几帳面なんだよなぁ……。
「じゃあ、スイ。どれか適当に選ん「これ!」……スイ、人の話は最後まで聞かなきゃダメだよ」
俺はそう言って苦笑いをしつつも、その紙を表にする。
『オークゴブリンの討伐』
出たよファンタジーキャラクター。と、心の中でため息をつきながらも、先入観だけで判断するのは良くないと思い、レイアさんに聞いてみる。
「レイアさん、オークゴブリンってどんなのなんですか?」
「オークゴブリンというのは人型で緑色の皮膚をした、大体2メートルくらいの魔物です。頭は驚くほど悪いですが、代わりに腕力がずば抜けています。まあ、緑色の皮膚や頭の悪さ、腕力が強いのはゴブリン系の特徴ですね。稀に皮膚の色が橙色だったり、肌色で人間とほとんど変わりが無い者もいます」
とても細かい説明本当にありがとうございました。……まあ冗談は置いといて、どうするかな。討伐ということは、その……相手を殺さなくちゃならないんだよな……。
殺す……か……。なんだかんだで、この世界に来て能力を手に入れてからも、どんな相手でも直接的に殺したりはしなかったな……。
「この依頼をお願いするわ」
俺が半ば鬱モードに入りかけながらどうしようかと考えていると、いつの間にか藍雛が俺と藍雛のギルドカードを手に持って、依頼書をレイアさんに手渡していた。
「藍雛!」
「そんなに大声出さなくても分かっているわ。……我はあなたなのよ? もしもの時は我やスイに任せなさい」
俺は藍雛を怒鳴るように、止めるために名前を呼ぶが、藍雛はにこやかな顔をしながら振り向き、俺にしか見えない位置に来たときに神妙な面持ちで、小さな、囁くような声で言った。そして、何故か安心する事ができた。
「……分かった。でも、俺がやる。それは譲れない」
俺がそう言うと藍雛は顎に手をあて、考え込むような顔をするが、すぐにやれやれといった表情になる。
「あなたも頑固ね」
「俺が頑固なら藍雛もだ」
「そうね」
俺はそれを聞いて苦笑いを浮かべる。なんか……藍雛には助けられてばっかりだな。
「お姉ちゃんばっかりお兄ちゃんと話しててずるい! スイだってお兄ちゃんと話したい!」
その様子を横から眺めていたスイも、遂に我慢の限界が来たのか俺達の間に割って入るようにし、俺に抱き着いて来る。
「ちょっ! スイ!」
「お姉ちゃんばっかりずるいもん! さっき話せなかったんだから、今度はスイがお兄ちゃんといるんだよ!」
スイはそう言って一層力を篭める。ぶっちゃけものすごく痛い。制限もある程度かけてあるから、骨がミシミシいってる。ついでにもう一つ言うと、腹の辺りに柔らかい二つの物体があり、俺にしっかりと密着している。そして、俺が痛みに苦悶の表情を浮かべていると藍雛がニヤリと笑い俺の方を眺めてくる。
「あら、スイばかりうらやましいわね。我も……」
藍雛はそう言うと、スイがくっついている右とは逆の左側の方からくっついてくる。幸いというか何と言うか、例の柔らかい感触はしないが、その分スイよりも女の子らしい香りみたいなものが強い。
「藍雛! スイ! 離せって、ギルドの人達からの殺気がすごいから! 武器出してる人もいるから!」
「知ってるわよ」
「お兄ちゃん以外はどうでもいいもん」
「チクショウ! ちょっと待て、お兄さん方話せば分かるから!」
藍雛達の暴走を止めることは叶わず、俺は必死にギルドのお兄さん方の説得を試みる。
「殺れぇぇぇぇえ!」
無理でした。
「あー、もう! 《転移》!」
殺られる前に《転移》を発動し依頼の場所である森へと移動する。が、なにせ知らない場所へ飛ぶのは初めてだからな……うまくいっているかどうか……。
―――
俺が次に目を開けた時には、辺りには木漏れ日が幻想的で思わず見入ってしまうような綺麗な森の中にいた。どうやら成功みたいだな。次から座標というか、距離だけで移動してみるか……。
「ブルゴォォォォオ!」
俺が考え事の為に藍雛達を引きはがしながら俯いていると、ちょうど俺の真後ろから人が豚の鳴きまねをしたような叫び声が聞こえてくる。どうせボス前の雑魚ゴブリンだろうなーとか考えながら振り返ると――
――1本の木をそのまま引き抜いたようなこん棒を振り上げて、今にも俺達にたたき付けんとするオークゴブリンがいた。
「っ! 《役立たずな時計・スロー》!」
俺がそう叫んだ瞬間、オークゴブリンは止まったかと思うほどゆっくりと動いていた。
「ふー、ぎりぎりセーフだな。あのまんまなら、間違いなくミンチコースだろ」
「大丈夫よ、見えていたし」
「スイがいるんだよ?」
俺がやっとの思いで引きはがしたはずのスイ達が、いつの間にか俺に抱き着きながらそう言う。もう、こうなったら気にしないという方法をとるしか無いな。
もう、こうなったら気にしないという方法をとるしか無いな。
「それにしても……。やっぱり、まだスイのようには無理か……微妙に動いてるもんな」
俺は自分の行使した魔法の成果を確かめる為に、目の前のオークゴブリンが――何分の一かも分からないが――スローで動くのをじっくりと観察していた。
「スイだって、完全に止めてるわけじゃあないんだよ。それにしても、いくらお兄ちゃんでも、やっぱり神魔法は習得が遅れちゃうんだね」
「神より強いって言ってたから簡単だと思ったんだけどな……。やっぱり、人間だからか?」
俺は《時空魔法》を中々完璧に習得出来ない理由を、思いつきで口に出してみる。
「どうなのかしらね? 試しに神にでもなってみるかしら?」
左では試しというレベルで、片割れを人外にしようと、そのための魔力を手に集めた藍雛がいた。
「遠慮しとく。これ以上人間止めてどうするんだ」
「あなたが言うかしら? ……全く、非常識もいいところね」
「その言葉をそっくりそのまま返す」
俺がそう言うと、藍雛はそれもそうねと言って、スイを抱えて撫で始めた。
「……まあいい。じゃあ、俺は依頼を終わらせてくる」
「行ってらっしゃい」
「スイが行ってこようか?」
「いや、生きていく為だ。俺がやるよ」
「……分かった。気をつけてね、お兄ちゃん」
「ああ」
俺は一人一人の応援を聞いてから、さっきからほとんど動いていない巨大ゴブリンを討伐するために魔力を手に集中させる。
「お前も運が無かったな。いや、どっちかというと自業自得だな。来世があったら善行を積めよ」
俺はゴブリンにそう言って、掌の魔力放出しながら空中に円を描く。すると、その魔力を放出しながら描いた円が青白い光を放ちながら描かれる。そして、円の中にどこの言葉とも分からない言葉と、三角や星の図形がこれまた青白い光によって描かれる。
「《聖なる光》」
俺がたった今考えた中二病全開の魔法の名称を言うと、魔法陣の真ん中から直径2メートルほどのレーザーがゴブリンに直撃する。数秒後にレーザーが消えた時にはゴブリンは既に跡形も無く消え去っていた。俺はそれを確認した瞬間、今まで感じた事のない後悔の念と吐き気に襲われる。
「うっ……!」
「《緋焔の体調不良、並びに罪悪感を破壊》」
藍雛が言い終わると、いつものガラスが割れるような音と共に、さっきまでの不快感が消え去る。
「大丈夫かしら?」
「お兄ちゃん……だから、スイがやるって言ったのに……」
「大丈夫だ……。それより藍雛、今のを取り消してくれ」
「……何を言っているの。あれを戻したら、恐らく2、3日は眠り続けるわよ」
「それでもだ」
「…………本当に頑固ね」
「悪かったな」
頑固だろうと、何だろうとコレは引き下がる訳にはいかない。今は、藍雛がごまかしてくれているから何とも無いが、多分罪悪感のせいで当分は動けないだろう。だからといって、命を奪ったという事実を騙して、無かった事になんて……出来ない。
「……分かったわ。ただし、同じものを我にも移植するわ」
何故、と言いかけるが、藍雛が言っていた事を思い出す。
『我はあなたなの』
……ホントに、頑固だな。俺も藍雛も。
「……スイ、俺の結界の上に更に出来るだけ頑丈な結界を作ってくれ。」
「うん」
スイが頷くと同時に俺は辺りに結界を張る。出来るだけ頑丈で、俺達が本気で暴れても壊れないであろう程の結界を。
「……では、始めるわよ。《先ほどの破壊があったという事実を破壊、並びに緋焔と同じ事をしなかったという事実を破壊》」
藍雛が事実を破壊した瞬間、さっきまではあったはずの冷静さは消し飛び、罪悪感と吐き気が俺に襲い掛かった。
「う゛あ゛ぁぁぁあ!」
視界が歪み、心臓の辺りが締め付けられる様に痛み、吐き気が喉から胃のあたりを駆け巡り、頭は訳の分からない感覚で掻き回される。
「―――――!」
スイか藍雛か、どちらかが何かを叫んでいるが、俺にはそれを確かめる余裕は無い。ただ、痛みと苦しみと吐き気と、いろいろな感覚が体も、頭もを掻き回す。そんな状態で長く意識を保っていられるはずもなく、俺の意識が飛ぶのにはさほど時間がかからなかった……。
side 藍雛――
「……では、始めるわよ。《先ほどの破壊があったという事実を破壊、並びに緋焔と同じ事をしなかったという事実を破壊》」
我がそう言った瞬間、緋焔は目を見開き、胸を喉を頭を、掻きむしるように抑え始める。その様子を見ているこちらが痛く苦しく感じる程に。
「う゛あ゛ぁぁぁあ!」
緋焔がそう叫んだ直後、我の体にも違和感が現れ始める。
その違和感を具体的に表すとすれば――
――疼く。
体が頭が本能が、さっきの感覚を、あの自らよりも巨大で強く本来なら負けて、あっさりと死んでしまうような相手を簡単に消し飛ばしたいと、全てがあの感覚をもう一度寄越せと喚き立てる。口元が緩み、目尻が下がり、歪んだ笑顔が浮かぶのを感じる。
「アハッ!」
遂には耐え切れなくなった笑いまでもが、口から漏れる。そして、塞きを切った様に笑い声が溢れ出す。
「アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!」
笑い、嘲笑う。
作者「どうも、毎度おなじみ神薙です」
エセ「こちらも毎度おなじみタフナや。で、また性懲りもなく更新遅らせたんはなんでや?」
作者「ふふふ、なんと、夏休みに入ったのです!」
エセ「……それでかいな」
作者「いや、ネトゲのせい」
エセ「…………お前には学習という言葉は無いんか」
作者「うーん……2、3割程?」
エセ「お・ま・え・の事なのになんで疑問系なんや!」
作者「己を知る……深いと思わない?」
エセ「……クズやな」
作者「そんな事言うエセ君にはお仕置きですよー」
エセ「はっ! お仕置きなんか怖くn(ピチューン」
作者「最後に……更新遅れてすみませんでした。あと、フランちゃん可愛いよフランちゃん。
……おあとがよろしくないようで」
作者はご意見、ご感想、誤字脱字報告などなどお待ちしています。あと、評価してくれたり感想くれたら狂喜乱舞しながらハイスペースで執筆頑張ります。