第三十二幕 道化師と帰還
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「遅かったの」
「ああ、まあ色々とあっ――やば」
藍雛達を引き連れてのんびりと歩きながらここに来るまでが、体感時間で10分以内。
スイに教えてもらって時間を引き延ばす練習をしながらなので、大体半分くらいにはなっているだろう。しかし、それまでは時間の引き延ばしなんかしなかったから、普通に時間は流れている。
何故唐突にこんな事を言い始めたのかというと、俺の目に写っていた一つの箱状の空間が原因だった。
魔力を1割足りないぐらい――まあ、9%くらいだろう――を練り込んで使った魔法の効力は今もしっかりと効いており、つまりは中の時間も5分で1日のままというわけだ。
「お兄ちゃん、そんなに汗かいてどーしたの?」
「スイ、お兄ちゃんはね。少し失敗をしてしまって焦っているのよ」
いや、少しとかそういうレベルじゃないです、はい。マジで黒龍大丈夫かな。俺はそんな不安を持ちながらも、魔法を解除する。すると、中からは人間の姿の黒龍が若干青い顔をして立っていた。
「お……なか……減った」
……黒龍よ、スマン。
「まったく……餓死するかと思ったよ?」
「悪かった。いや、ホントに」
「大体、何日くらいいたのかしら?」
「そうだね……。7日は過ぎてないと思うよ」
謝罪代わりに、山積みの果物を黒龍の前に置くと藍雛並の神速で食べにかかり、神懸かった速度で食事を終える。消しゴムで消していく様に食べ物が減るのを見るのは、中々爽快だった。
黒龍も食事が終わってすっきりしたのか、果物が入ったお腹をさすりながら気持ち良さそうな笑顔を浮かべている。
「さて、それじゃあ行こうか」
「そうね。これ以上は今日中に帰れるか分からなくなってしまうわ」
俺と藍雛はここ数日で習得したアイコンタクトでどちらが転移をさせるかを決め、結果として俺が転移するために魔力を集めて対象となる俺、藍雛、スイ、黒龍の下に魔法陣を展開する。ぶっちゃけ要らないが、やっぱり見栄えって大事だよな?
「え、もう行くの?もう少し落ち着いてからでも――」
「じゃあ、行ってくるね、白龍のおじちゃん」
「うむ、あまり緋焔殿に迷惑をかけないようにするのだぞ」
「うん!行こう、黒龍のおじいちゃん」
「「おじいちゃん?!」」
俺と藍雛が揃えて声を上げた瞬間、魔法陣が発動して光が俺達を包み込み、城へと転移させた。
俺は眩しさが引いた頃にゆっくりと、目を慣らす意味合いも含めて開く。
どうやら、転移は成功したようで、転移した先は俺が気絶した時に運び込まれた部屋のようだった。今は空き部屋になったのか、清掃は行きとどいてはいるが、誰かが使ったというような感じは残っていない。
まあ、今はそんなことより……。
「黒龍って白龍より年上だったのか?」
「そうだよ。気付かなかった?」
「気付くも何も……話し方といい、やることといいどう考えても幼いわよ」
あの白龍より年上な奴が街道の馬車を襲った――訳じゃあないけど、襲ったりするとは……。
「まあまあ、その辺りは自覚してるからさ。さっさと終わらせて帰ろうよ」
「「……………」」
開き直るとは……馬鹿馬鹿しすぎて次の言葉を口に出すのすら躊躇う。他から見たら、どちらかというと呆れに見えるだろうけど。
「……まあ、さっさと終わらせたいのも確かだからな」
「そうね。早く行きましょうか」
数秒の思考の後、どうでもいい事に時間を割くのも嫌だったので、黒龍の言うようにさっさと用事を済ますという結論に至った俺は、謁見の間までの城内の道のりを思い出そうとする。しかし。
「なあ、藍雛」
「どうかしたのかしら?」
「よく考えたら、俺は道知らないよな」
「……緋焔はいつからアホの子になったのかしらね」
「お兄ちゃん、カッコ悪い」
アホの子はまだしも、スイの一言は効いた。この世界に来て1番の大打撃な気がするくらいだから、相当効いた。うん、大丈夫。俺は強い子だからさ。え?涙なんか出てないよ?心の汗だよ。……きっと。
「緋焔、そんな所で遊んでいないで、早く行きましょう。我だって道は分からないから、その辺のメイドさんにでも聞きましょう」
「……おう」
俺はがた落ちしたテンションのせいで、やる気の無い体を無理矢理動かして藍雛達に着いていく。……はぁ。
道中、藍雛にため息がうるさいと怒られ、さらにテンションが落ちたが、なんとかメイドさんやらスイを見てテンションを取り戻し、ついでに謁見の間の場所を聞いた。後はフィアとマウに会って、ついでに姫様に会って話をすればミッションコンプリートだ。
ん?目的とついでが入れ代わってる気がするが……気のせいだな、うん。やっぱり、人間癒される方が優先なんだよ。
「緋焔、遊んでいないでさっさと始めましょう」
「はいはいっと……」
さて、まずはマウとフィアを探すか。しかし、探すにしてもこの馬鹿でかい城の中をあてもなく歩き回っても無駄に時間を浪費するだけだしな。どうするか……。
と、俺が軽く思案していると、藍雛が分かる人にしか分からない微弱な魔力を放出する。
「……こっちね」
藍雛はそう呟くと、俺達のすぐ近くの廊下の曲がり角に向かって歩き出す。あまりにも唐突で置いていかれそうになったが、その辺は時間を引き延ばして追い付いた。もちろん、スイと黒龍も着いて来ている。
「藍雛」
「何かしら」
「こっちで合ってるのか?」
実は気まぐれで、間違った道を延々と歩くなんて羽目にはなりたくないからな。
「間違っては無いわ。さっき放出した魔力が、ソナーのような役割を果たしているからまず間違いは無いわね」
なるほど、さっきの魔力はそういう意味だったのか。しかし、藍雛は結構能力を使いこなしてるな。俺ももう少し真剣に魔法を使いこなせる様にした方がいいな。
無いとは思うが、もしも強者との戦闘になった時に魔法や能力の使い方が下手で負けたりしたら、目もあてられない。
「緋焔、何をぼんやりしているの。行くわよ」
「ああ」
いつか、ちゃんと魔法を使えるようにしたいと考えながら、今は藍雛達に置いていかれないように着いていく。
あれから大体2、3分。同じような扉が並ぶ廊下を歩くと急に藍雛が立ち止まる。その右側にはさっきよりも少しだけ豪華な装飾が施された扉があり、いかにもVIPルームっぽい感じだ。
「この部屋よ」
やっとか……。それにしても、久しぶりだな。一週間近く会えなかったし、会ったらまず、マウの頭を撫でようかな。
「それじゃあ、開けるわよ」
藍雛はそう言ってから扉を軽くノックする。
「開いてるわ」
中からは聞き慣れた声が聞こえ、それを確認した藍雛は扉を開く。
中では窓に向かって椅子に座りながら本を読むフィアがおり、本に集中しているのかこちらには向かないみたいだが。
「誰?」
「久しぶりね。フィア」
「よ、元気にしてたか?」
久しぶりだからな、いらない怒りを買わないためにまずは些細な挨拶からだ。
と、その瞬間後ろから誰かが飛び付いてくる。
「ヒエン!」
「お〜、マウ。ただいま」
飛び付いて来たのはマウだった。相変わらず触り心地の良さそうな髪をしている。それと、可愛いし可愛いし可愛いし癒されるな。大事な事なので3回言いました。
「緋焔! 5日もいなくなって何してたのよ! 心配したんだからね!?」
俺がスイの厳しい視線を感じながら、何日かぶりにマウで癒されていると、フィアが本を椅子に放り投げ、怒鳴りながら駆け寄ってくる。フィアの方も相変わらず綺麗な目だな。まあ、数日やそこらで目が変わったらホラー以外の何物でもないが。
とりあえず、俺は駆け寄ってくるフィアを優しく抱きしめる為に両手を広げ――
「心配させすぎなのよこのバカッ!」
「ごふっ」
――喉のど真ん中にラリアットを喰らった。
「あんたはっ! 心配ばっかりかけてっ! 少しはこっちの身にもなってみなさいよっ!」
「ちょ、フィアやめっ。喉とか鳩尾とかに入ってるっ!」
まさか、一発目からラリアットで追撃が急所への本気のグーパンチだとは阿修羅もびっくりだぜ。身体能力を制限してるから、久しぶりの痛みが俺を襲う。ついでだが、身体能力を制限しても回復力は高いままらしい。この前、寝起きの藍雛にナイフで切り付けられたが、ものの数秒で治った。まあ、痛みは健在だったけどな。
「ふ、フィア? 今は制限をかけているから程度を過ぎると死ぬわよ?」
「え? そうなの?」
「ええ。回復力は高いままだけれど」
まさかの事態に藍雛までもが優しくなり、今の俺の制限の事を伝える。そのおかげで、フィアも俺を殴る手を止める。まさか、藍雛の優しさが身に染みるとは思わなかった……。
「じゃあ、次で最後にするわ」
ジーザス!なんで神は俺にこんな不幸を与えるんだ!……そういえば、神ってあのバカ神だよな。次会ったら殴っとこう。
そしてフィアはどうして炎を圧縮しまくってるのかな?
「フィア、ギブアップ」
俺が身の危険を感じて、ギブアップを伝える。すると、フィアは藍雛並の笑顔を顔に貼付ける。
「嫌」
フィアはそう言うと、拳の前に《炎の球》をセットし俺の腹を目掛けて振り下ろす。
「くそっ! 《炎の球を破壊》!」
パキン
破壊を使い、無事に炎の球を破壊し――
「ぐふっ」
――鳩尾に体重をのせたフルパワーパンチが直撃する。
薄れ行く意識の中、藍雛の横でスイがお兄ちゃんと心配そうに叫んだのだけが、唯一の救いだ。……同時に、フィアとマウから殺気が放たれた気がしたが、そんな事を気にする暇もなく意識は落ちていった。
side 藍雛―――
久々の再会を喜ぶ我達――という訳にはいかず、緋焔は再会したばかりのフィアにボコボコにされて気絶をしたみたいね。流石にかわいそうだったから、適当な場所にベットを創り転移させ、毛布をかける。回復力はあるから、すぐに起きるとは思うけれど……。少しだけ心配かしらね。
「さて、久しぶりね二人共……と言って、誰か分かるかしら?」
「え、えっと……」
「う〜ん……」
二人共、思い出せずに悩む仕種をみせる。まあ、名前もろくに言ってなかった気がするし、仕方が無いのだけれどね。
「それでは、改めて自己紹介するわ。我の名前は霧城藍雛。緋焔と元同一人物で、今までの緋焔の事ならなんでも分かるわ」
我がそう言った瞬間、マウはピクンて耳を動かし、フィアの目つきが変わったのを我は見逃さなかった。
「ねえ、藍雛。緋焔は私の事をどう思ってるの?」
「フィアばっかりずるいよ! ねえ、アイス。私にも教えて!」
フィアが我に質問をしながら詰め寄る。と、それを見たマウもすぐさま我にくっついてくる。それにしても、会ったばかりだと言うのに……恋する乙女は強いと言った所かしらね。
「そうね……」
ホントの事を言ってもいいし、はぐらかすのもいいわね。どっちにしろ、緋焔が慌てる姿を見られるのだし、楽しめるわね。さて、どうしようかしら……。
「……じゃあ、言うわよ」
「うん」
「いいわ」
二人は息をのむような仕種を見せる。そして、我はゆっくりと口を開き――
「教えてあげないわ」
――ニッコリと笑う。
「なんで? 教えてくれてもいいじゃない」
不満げな表情を隠せないのか隠さないのかは分からないけれど、とにかく不満そうな表情のまま、我に瞳を向ける。
「どうしてと言われてもね……。もしかしたら、ライバルになるかもしれないから、かしらね」
我がそう言った瞬間に、我以外のほとんどの目が光る。……全く、緋焔も愛されているわね。
「それじゃあ、アイスも……?」
「あら、違うわよ。今はその気は無いわ。我はね。スイはどうかは知らないけれど」
「スイって……その娘?」
フィアは我の横にいるスイを、見定めるように見る。見られているスイも、フィアとマウを穏やかとは少し遠い目で見ているけれど。
「そうよ。新しい我達の家族ね」
「よろしくお願いします、フィアお姉ちゃん、マウお姉ちゃん」
そう言ってスイは挨拶をするが、表情はにこやかでも、体に纏っているオーラはどう考えても穏やかではないわね。
「よろしく。あと、私は分かるけど、なんでマウまでお姉ちゃんなの?」
「ああ、それは「スイはまだ生まれて一週間も経ってないよ」……スイだから我慢ね」
「一週間も経ってないのに、ヒエンをどうしようとしてるのかな? スイちゃんは」
「マウお姉ちゃんも見た目はスイと変わらないよ? どっちかと言うと、負けてる部分もあるみたいだし」
……スイ。それはこの場にいる全員に当て嵌まるわ。スイでなかったら八つ裂きね。
「スイちゃんはちょっと静かにしようね。言い過ぎよ」
「ごめんなさい、フィアお姉ちゃん。でも、きっとお兄ちゃんも若い方がいいと思うな。フィアお姉ちゃんって、この中で一番おばさんだもんね」
言い過ぎよスイ。フィアのこめかみとか、口元とかひくついているわ。
「スイ、いい加減にしなさい。いくらなんでも言っていい事と悪い事が「あー、よく寝たー」
我がスイに怒ろうとした時、緋焔が空気を読まずに目を覚ます。間違いなく、この瞬間は世界で一番空気を読んでいなかったわ。
「……僕完全に空気だよね」
あら、いたのね黒龍。
作者「どうも、神薙です。今回ばかりは自分の目と脳と存在の有無を疑いました。だって、70万とか夢だとしか思えません」
エセ「タフナや。さすがに今回ばかりはおんなじことを思ったで」
作者「ああ、分かった。ドッキリだ。きっと緋焔とか藍雛が俺を破壊しに来るんだ」
エセ「いい加減に復活せえ。あと、それはドッキリとは言わんで。殺人や」
作者「おk。落ち着いた。つまりこれは緋焔達からの殺人予告だな?」
エセ「落ち着いてると言える要素がどこにあるんや」
作者「今度こそおk。大丈夫。本編に影響が出ない程度には落ち着いた」
エセ「それでええんか……」
作者「さて、連絡事項です。今まで通り不定期更新なんですが、文章量が少なすぎで終わるのに百話近くかかるんじゃないかと思ったので、少しずつ文章量を増やしていきたいと思います」
エセ「代わりに、更新が約一週間ぺースになりそうや」
作者「中のクオリティは変わらない……はず」
エセ「変わらんでどうすんや。上げろや」
作者「その発想は無かった。ごめんなさい、ちゃんと頑張ります」
作者は感想、ご意見、誤字脱字報告などなどお待ちしています。