第三十幕 道化師と忘却
「緋焔、何か忘れていないかしら」
「あれ? なんかあったっけ?」
玉座に座り始めて既に5日目、大分経った。
「何だったかしらね? 何かあったのではないかと思ったのだけれど……」
「キュー」
「あー、放っておいて悪かったな」
俺は、最早どうでもよくなった疑問を適当に放り出して、スイを撫でることに専念する。
……あれ?撫でる?…………………。
「思い出したー!!」
「びっくりしたわね。結局何なのよ?」
「何なのよ? じゃあない! ここに来た元々の目的だよ!」
俺がそう言うと、藍雛は顎に手を当てて数秒ほど考えるような仕草を見せる。
「…………何だったかしら」
「俺達は龍達の撃退、もしくは討伐が目的だったんだよな……。すっかり忘れてた」
俺が、そう言った瞬間、目の前にいる白龍と黒龍が俺達二人を睨みつける。相変わらず、眼力が凄いな。
「そんなに怖い顔をしないでちょうだい。そんなことをする気は無いわよ」
「何故、そのようなことになったのか話していただけるだろうか」
「もちろん。とは言っても、詳しくは知らないんだけどな。街道の途中で、龍による被害が多発してるからどうにかしてほしいっていうことなんだが……。心当たりはあるか?」
すると黒龍は、何やら思い当たる節があったのか、凄い勢いで俺達から目を背ける。……バカだなぁ。
「黒龍」
俺がとっても優しい穏やかな声で呼ぶ。何故か、思いっきり体をビクッとさせているが気のせいだな。
「話すよな?」
「あのー……、人間が珍しくてついつい何度も見に行っちゃって……。そしたら、荷馬車を放り出してみんな逃げるから、食料だけもらって馬車は適当なところに……」
「捨ててきたのか」
「……はい」
それを聞いた白龍と俺は額に手を当てて、深いため息をつく。……そりゃ、逃げるだろう。しかも、それを何度もって。
大体、食料になるものの中には馬なんかも入ってるだろう。行商人だったりした場合、馬を無くすのは大打撃だろう。きっと安い物でもないし。
「……まあ、今回は悪意でも無いし、許してもらえるだろう。白龍、ちょっと黒龍を借りるぞ」
「……仕方がなかろう。しかし、借りると言っても何をさせるつもりなのだ? 余計な事をしては怖がらせるだけであろう」
確かに、ただ連れていくだけでは怖がらせるだけで終わってしまうだろうが……。
「それは俺の腕の見せ所だろ」
「キュー」
俺は横で一鳴きするスイを軽く撫で、藍雛に目配せをし、座りっぱなしで重くなってしまったように感じる腰をあげる。
「じゃあ、行ってくる」
「キュー」
……キュー?
「いや、スイは留守番だぞ? 連れてはいけないからな」
本気を出せば一日以内で帰ってこれるかも知れないが、疲れるし黒龍が着いて来られるかも疑問だからな。
大体、スイは食事が半端じゃないほど多い。連れていくとなれば当然食事は必要になる。しかし、スイは一体、その体のどこに入っているんだというくらい食べる。具体的な数字は量った事はないが、以前スイの体より高く積み上がった食料を見たときは驚いた。
閑話休題。
「キュー」
「とにかく、スイはいっぱい食べるからな。連れていくと俺達の経済事情とか、城の経済事情がひどい事になりそうだ」
「キュー!」
俺が経済事情の観点から、スイは連れていけない事を告げるが、それを聞いたスイは右手を握りこぶしにして、自分の胸を軽く叩く。
一体どこでそんなのを覚えたんだか。まあ、今はそれは置いといて……。
「白龍、解説よろしく」
「うむ。スイ殿は自分が食べなければいいのだから、自分に任せろ……と、言っている」
食べなければいいって……んな安直な。第一、そんな事俺は許しません。我が子であるスイには、ちゃんとご飯は食べて欲しいからな。
そう思った俺は、スイに向き直り、目の前に顔を近付けて言い聞かせるように言う。
「スイ、ご飯は成長するのにとても大事なんだ。だから、ご飯を食べないなんて許しません」
「……お母さんみたいね」
「我等には理解しがたいが……」
「そこ、聞こえてるぞ」
全く、藍雛も白龍も、ボソボソと隠れて話すぐらいなら、はっきり言えばいいのに。……まあ、それが出来ないから隠れて話すのか。
「とにかく、経済的に二匹ともは無理だ。という訳で黒龍、仕度をしろ」
「………」
「黒龍?」
スイがまた文句を言わない内に出来るだけ早く用事を済まそうと、黒龍を急かすが当の黒龍は何やら考え込んでいるようで、俺の言葉にも反応を示さない。
余りにもぼんやりとしていたので、それを見かねた藍雛が黒龍の近くまで、久しぶりのニコニコとした笑顔で歩み寄る。
「しっかりしなさい黒龍。……刻むわよ」
それを聞いた黒龍は、体をビクッと震わせ、今までぼんやりとしていたのが嘘みたいに背筋を伸ばす。
「す、すみません!ただちょっと食料費が問題にならない方法を思い付いただけですから、命だけはお助けを!」
「……そんな事しないわよ。全く、ここでは我を怒らせたら殺されるという常識でもあるのかしら」
「純粋に藍雛が怖いんじゃないか?」
と、言ってしまった直後に思い付く。……これ、怒られるんじゃないか?
そう思ったのだが、藍雛はスイを膝に乗せて部屋の隅っこに行ってしまうだけだった。怒られないのは嬉しいが、イマイチ狂う。
「……と、そういえば黒龍、食費がかからない方法ってなんだ?」
無理かも知れないが、一応聞いてみた方がいいだろう。出来るならやっぱり簡単にしたいからな。
「あ、そうだった。神魔法が使えるなら、転移をすれば食費とかその他諸々かからないで行けるんじゃないかな?」
「……そうだった、この世界は魔法があったんだった。すっかり忘れてたな」
「……この世界?」
俺が一言呟くと、それを聞き取ったらしい黒龍が顔をしかめて訝しむような目で俺を見る。
「まあまあ、黒龍。細かい事は気にしてはいけないわよ」
「しかしな……」
「いいわね?」
藍雛はそう言うと、怒気をはらんだ笑顔を他には見えないように黒龍に向ける。
「わ、分かった。そ、そんな事より早く行こうよ。時間も無いんだしね」
黒龍はとにかく自分に被害が及ばないように、さっさと話を進めようと、必死の形相で俺を見つめてくる。……よっぽど怖いんだな、藍雛。
さて、まあ時間が無いことも確かだし、さっさと始めるか。
「少しは落ち着け。黒龍、お前はやることがあるから」
目でヘルプミーと訴えている黒龍が、余りにも憐れだったというのもあり、用事を終える、下準備ともなる事を始める。
「何?」
「……緋焔、もしかして――」
一体何をするのかと、緊張しているというよりほうけている黒龍とは反対に、藍雛は俺が何をしようとしているかを悟ったようで、確認の意味を込めて問いかける。
「もしかしなくてもそうだ。黒龍、今からお前の体をちょっと弄るから」
「……何するの?」
「なに、ちょっと弄るだけだ。痛みも後遺症も無い」
黒龍があまりにも不安げに問いかけるので、とりあえず害は無い事を伝えると、納得したのか俺の方に近寄ってくる。
俺は黒龍の胴の腹に近い部分に手を触れる。
「《此の人化を可能とす》」
俺がそう言うと、黒龍に触れている方の手からまばゆい光が現れ、黒龍を包み込む。
そして、光が収まると目の前には身長二メートル程の黒髪、黒目の青年が立っていた。服はちゃんと着いてる。まあ、同時に作ったから当然なんだが。
「……全身黒づくめとは趣味が悪いわね」
「分かりやすくていいだろ。どうだ、黒龍?」
「いや……なんて言ったらいいのか……。不思議な感じ?」
声は相変わらずそのままに、複雑な表情をして首を傾げる。……二メートルの男が、屈託のない顔で首を傾げる姿ってなんか嫌だな。
「……万能だな」
それを見た白龍は驚いたというか、呆れたような顔をして俺を見る。
「白龍もやってやろうか?」
「今は遠慮しておこう」
なんだつまらん。と、目で反論をしていたが藍雛に連れられていたスイが、俺の服をくわえて引っ張る。……すごく可愛いです。
「どうした?」
「キュー!」
「スイ殿も同じ事をして欲しいそうだ」
もはや通訳がすっかり板についた白龍が、喋れないスイの代わりに要望を話す。
しかしスイを人化か……。
「うーん……」
「いいではないの。やってあげたら」
どうしようか悩んでいるところに、スイが再度服を引っ張りながらキラキラとした眼差しを俺に向ける。ふっ、俺がそんな手に乗ると思ったか。
「《此の人化を可能とす》」
いつの間にか反射的にスイに手をつけ、術を使っていた。ふむ、脊髄反射でスイの言うことを聞くようになってしまったか。
横に立っていた藍雛も、呆れたような顔をしようとしているのか、深いため息をつくが、その顔は満足感いっぱいの笑顔を浮かべている。藍雛はポーカーフェイスとか、そういうものを身につけた方がいいな。
それにしても……ここまでスイに弱いのに、スイを人化なんかして大丈夫なんだか。なんか、ものすごく心配になってきた。まあ、期待が余裕で上回ってる訳だが。
……と、余分な考察をしている内に光はスイを完全に包み込み、ゆっくりと収まっていく。そして、光は収まり俺は手を離して一歩下がった。
作者「どうも皆さま、神薙です」
エセ「タフナや」
作者「ただいま今まで書いてきたやつの修正を行っています。続きを書くのとは時間はダブらないので大丈夫ですが、一応報告しておきます」
エセ「一部、かなり変わったと言える部分もあるみたいやから、再度確認したいという方は覗いてもいいんやないかと思う」
作者「あ、ちなみに世界観とかは大丈夫です。ただ、指摘されていて至らなかった部分を修正してるので前との変わり方が激しい部分があります。内容は増えこそすれ、減る事はありませんのでご安心を」
作者は、ご意見、ご感想、誤字脱字報告等々、常時お待ちしています。感想とかもらえると、狂喜乱舞して、続きを書くのも頑張ったりします。あ、もらわなきゃ頑張らないという意味じゃないですからね。