第二幕 道化師の入場は踊りながら
「ん~」
頭がジンジンする。視界は真っ白で何も見えない。ここは何処だろう。……何か昔を思い出すな。あ、少しずつ見え始めた。それと同時に、体中の感覚も戻ってきた。
まず感じたのは、爽やかな風だった。次に、柔らかな草の感触。次に、明るい日の光。そして……透き通るような少女の声?
「はあ?」
自分で考えて自分で突っ込んでしまった。馬鹿らしい。俺はここまで異性に飢えていたのか……。正直かなりショックだ。ん、でも待てよ。
確か俺は、学校の屋上で変な風景を見て、それを確かめに行ったはずだよな……、それで……そう。光りに包まれて、必死に頭痛に耐えて、そんで気が付いたらここにいたと……。
「はあ?」
二度目。またも自分で突っ込んでしまった。俺もそろそろ人間としてまずい……。
「あんたねえ、一人でブツブツ言ってないでさっさと起きなさいよ。……シカト? はあ、せっかく雑用させようと喚び出したのに動かないんなら、ただの役立たずじゃない」
……役立たず?
感覚は元通り。体も動く。いつもより軽いくらい。精神面も少しブルーとはいえ、上々。しかし、そんな時でも限界点というものはある。
この女(声から判断したが)は、感覚が鈍って動けない人間に対し役立たず、と言い放ったのだ。しかし、呼び出したってどういう事だ……?
……まあ、今はそんなことを考えてる場合じゃないだろ。さてと、体が動くようになったことだし、そろそろ反撃と行きますか。
「ほんとどうしようかな。コレ。動かないならやっぱり放置するしか……」
「誰が役立たずだとコラ……」
両腕をつき、立ち上がり声のする方に反論するためにそちらを向いた。が、ここで俺は予想外の事態に陥った。
可愛い。それも尋常じゃない程。これを見ると天下の藍と、いい勝負なぐらいの美少女。ただ、あいつと違っているのは目の色。あいつは典型的な日本人の黒い瞳に対して、こいつは紅い瞳をしている。両の目がルビーのような淡い紅色をしている。これは……あの馬鹿じゃあないが、かなりの高得点だ。
「あ、起きた」
「起きたじゃねえ。勝手に呼んどいて役立たずとはどういう了見だ。というか、呼び出すっていったいどういう事だ」
「まあ、丁度いいから手短に済ませちゃおうか。……まさか人型にするとは、思わなかったけど」
「はあ? 済ませるってなに……」
「アウ・ロ・ラロ・アルヴ・レヴ・クワト」
こいつは何やら一人でブツブツ言い始めた。やべえ、これは新手の信仰集団かなんかですか?んー、やっぱりここは早めに逃げるが吉だな。
俺は、一刻でも早くこの場から立ち去ろうと反対を向いて走りだした。が。
進めないのだ。一歩も。
いくら進もうと思っても進めない。まるで見えない壁があるみたいだ。下を見ると何やら円の中に様々な図形や見たこともない文字が描かれている。俗に言う、魔法陣とかそういう感じ。
「あれ、やば……」
「ちょっと、逃げないでくれない? まあ、どっちみち逃げられないけど。集中しているから静かにして」
「……ここは従った方が得だな」
「レイ・ゲルグ・ゴルグ。はい。詠唱終了、ちょっとおとなしくしてよ。それにしても、恥ずかしいな」
「は? おとなしくって何を……?」
そんな俺の声を無視して、何とあろうことかこいつは……。
自分の唇を俺の唇に重ねたのだ。
「な、な、な……」
「ん、終了。あと2、3秒待って。そろそろだから」
「んなこと言ったって……」
こいつの言うとおりおとなしく待つが、一分たっても五分たっても何も起こらない。まあ、実際はそんなに経ってないが。
「あ、あれ? 何で、何も起こらないの?」
「それはこっちの台詞だ。人のファーストキスを奪っておいて、その反応は何なんだ!」
俺は、つくづくショックを受けていた。美少女とのキスは嬉しいが、せめてファーストキスは好きな人としたかった。
暫しの沈黙…………。
「ちょっと体見せて」
「いい加減にしろ。こんなアホらしいことして。こんな事したって、俺は契約なんかできないし、ましてや、お前の使い走りになるなんてありえない」
俺は、こんなことやってもお前に仕える気はないと、以前友人に勧められた本の中にあった冗談を交えてこいつの今までの行動を否定した。つまりは、俺はただの冗談のつもりだった。しかし何故か、こいつには違う意味合いで伝わったようで、その証拠に、こいつの顔がみるみる青ざめていった。
「え、嘘。下位の奴なら確実に契約だし、最高ランクの上位も召喚されたら契約しない訳にはいかないし、例がないのは原始の絶対存在くらいしかないし。ってことは……」
こいつは恐る恐るといった様子で俺の顔を見て一言。
「申し訳ございませんでした!!」
その時の俺は、どれほどのマヌケ面をしていたのだろうか。何せ出会って変なことを散々言ってきた相手がいきなり顔を青ざめ謝ってきたのだ。
「はあ? 何のこと……」
俺はそう言いかけて口をつぐんだ。こいつはもしかしたらとんでもない勘違いをしているんじゃないだろうか。待て待て、こういう時は状況整理だ。
まず、こいつは俺に対して(馬鹿げているが)契約とやらをしようとし、元の世界から、俺を呼びだしたが、契約が出来ず失敗。本来ならそんなことはあり得なく、その結果俺を崇高な存在だと勘違いし謝っている、と。
……アホだな。失礼なのは分かっている(まあ、あいつもそれなりに失礼だが)。それでもこいつはアホだと思う。まあ、俺の信条からして、こういう状態の奴は利用するに限る。
「まあ、気にするな俺の場合少し変わっているからな。無理はない」
「し、しかし! それでは申し訳が立ちません! せめて、お詫びとして何でもしますので、どうかなんなりとお申し付けください!」
食いついた。
「ふむ。それならこの世界の事を少し教えてくれないか。それと、お前がやっていた変な呪文と、キスの意味だ。まだこの世界には来たばかりで、知らないことも多いだろうからな」
「は、はい! 私でよければいくらでもご説明させていただきます!」
「あ、あと敬語じゃなくていいぞ。俺はあまり得意じゃないからな」
「はい」
よし、いい流れだ。このままいくつか教えてもらおう。
「まず、この世界の事を教えてもらいたい」
「はい。えっと、この世界は『ヴェナルディー』と言います。世界は二つの大陸に分かれ……」
こんな感じで、大体の事を説明してもらい、この世界の事はある程度理解できた。世界の事については追々話すとして、さっきのは俺の予想通り召喚した相手を使役するための手順の一部だったようだ。
「あの……」
「ああ、すまない。俺が質問してばかりだったな。いくらでも聞いてくれ」
「あの、種族名と名前。い、いえ! 名前は無理なら別にいいんですけど!」
なるほど。俺の世界でのオカルトにも名前を聞くとそいつを自由にできるというものがあったな。きっと、この世界でも同じようなものがあるのだろう。
「種族名は人間。名前は霧城 緋焔だ」
言い終えると、こいつはぽかんと口をあけて自分の聞こえたことを信じられないようだった。
「ヒエン様? え、でも人間って……?」
「そうだ、名前は緋焔。種族はお前たちと同じ人間だ」
まだ、少しだけ青かった顔に少しずつ色が戻ってゆく。
「新しい世界を作ったりは?」
「出来たら、あと何個の世界を作っているだろうな」
「世界の仕組みを変えたりは?」
「それは既に人間とは呼べないな」
「人を操ったりは?」
「出来たらいいな」
「身体能力は?」
「基本の人間と同じで、少しばかり喧嘩が強いだけだ」
あ、色が戻ったを通りこして怒ったように真っ赤になってる。いや、これは怒ってるな。
「「騙したな!」」
予想通りの一言。何とも気持ちよく声が重なったものだ。
「何だ、もう少し捻りのある言葉が出てくると思って期待していたのに。・・・残念だ」
「ふざけてないで質問に答えなさいよ!」
「あれは質問だったのか」
予想外の返答に少しだけ驚いた。
「そうに決まってるでしょ!」
「いや、あんなに叫んでいたら質問には聞こえないだろ。ちなみに、質問に答えると、俺は騙してなんかいないぞ。そっちが勝手に勘違いしただけだろうが。その証拠に、俺は一度も人間じゃないなんて言っていないぞ」
もちろん、勘違いをさせるような言い方はしたけど。少し落ち着いた感じのこいつは、自分の記憶をたどるように必死に何かを思い出している。そして、俺の言ったことが本当だと分かったらしく、とても悔しそうに顔を歪めている。
「で、お前の名前は?」
「答える必要なんてないでしょ」
むくれた顔をプイと逸らす。やべ、可愛い。
「いや、思いっきりあるぞ。だって、お前はこの世界の事を全く知らない俺を喚びだしたんだからな。放っておいたら飢え死にだ」
「だから?」
「そうか、俺はお前はもう少し人間味がある奴だと思ったんだけどな。見当違いだったようだな」
俺の一言はさすがに効いたらしく、さすがのこいつでもちょっとまずいと思ったようだ。あと一言で落ちるな。
「しょうがない、どこまで通用するかは分からないけど、どうにかしてみるか。お前の話だと金はちゃんと必要らしいからな、なかなか人を必要としているところは無いらしいが、頑張ってみるか……」
「あーもう、分かったわよ! そこまで言われたら後味悪すぎよ! ちゃんとあんたの世話してあげるわよ!」
「ありがとう。そう言ってもらえると助かるよ」
俺は、自分にできる満面の笑みで礼を言った。
―――――
「着いたわよ。此処が私の住んでいる村の『ウィル』よ。」
そこに広がっていたのは、所々に風車などが立ち、俺がいた世界とは少し違った家で、木造の家だったりなんというか……長屋じゃない江戸の家みたいな感じの家が建っている、まあ良く小説なんかで出てきそうな感じの村だった。
「なかなかいい村だな」
「ふーん。来てちょっとしか経ってないのにそんなことわかるの?」
少し疑っているというか、自分の村を簡単に評価された苛立ちって感じだ。
「ああ。少なくともこういう村が悪かったことは無いからな」
「ならいいけど……」
なんか複雑な顔をしているが、やっぱり少し嬉しそうだった。それはそうだろう、自分の村を良く言ってもらって嫌な思いをする人は少ない。
「ああ、でもな……」
「ん、何よ?」
「まだお前の名前を聞いてない」
「あれ? そうだったっけ?」
そう。ここまで来る道のりがあったのにもかかわらず、こいつはずっと一人でブツブツと言っていて、こいつとは一切喋っていない。
「そうなんだ。で、お前の名前は?」
俺は少し呆れた口調で言うと、あいつはめんどくさそうに言った。
「フィア。フィア・レムナンスよ」
「フィア、ね。よろしくなフィア」
俺はそう言って、手を差し出したがフィアは不思議そうな顔をした。
「? どうかしたか」
「何で、手を差し出すのかなって……」
「ふむ。こっちと、俺の世界とじゃあ違うこともあるみたいだな」
「で、なんで?」
「俺のいた世界だと、敬意を表する場合とか、仲良くしたい時とか、まあ簡単に言うと様々な挨拶の時に握手をするんだ」
「ふーん」
フィアは、渋々ながらも握手をした。
「で、フィアの世界での敬意を表するあいさつはどうやるんだ?」
俺がそう言うとフィアは、へ?とまぬけな声を出し俺がどうかしたかと聞くとフィアは、だってと言葉をつづけた。
「今、あんたの世界での挨拶をしたばかりじゃない」
「まあ、そうなんだけどな。俺の世界では郷に入りては郷に従えと言ってな、その場所に行ったら、その場所のルールに従った方がいいって言葉があるんでな。その方が良いし、後でまた役に立つからな」
そう言うと、フィアは納得したようだがあまり自ら進んで言おうとはしない。
「ええっと、その、あの……」
「? どうかしたのか。……まさか、田舎育ちだから知らないとか……」
「そんなわけないじゃない! 分かったわよ、教えるわよ!」
フィアは、何も知らなそうと言われたことが嫌だったらしく、すごい勢いで迫ってきた。こいつは、扱いやすそうだな。うん。
「まず、膝をついて」
「……冗談なら怒るが」
「そう言うんなら教えなくてもいいのよ。こっちは困らないんだし」
フィアはそう言ってにやっと笑う。ちっ、覚えてやがったか。
「分かったよ。やればいいんだろ」
俺は言われた通りかがんで、地面に膝をつく。すると、フィアは右手を差し出してきた。
「で、この手にキ、キ、キスをしながら何か言えばいいのよ。で、でもどうせそんな事を初対面の人にする必要はないし、だからこんな事やめてさっさと……」
俺は、そう言ってやめようとするフィアの手をそっとつかみ、手の甲にキスをした。すると、フィアの顔がどんどん赤くなっていく。
「な、な、なっ!」
「……これでいいんだな?」
こういうのは、俺の世界でも割と知られているから、抵抗は少ないけどやっぱり少し恥ずかしい。が、フィアはその程度では済まされなかったようで、顔を真っ赤にして何やらぶつぶつと言っている。
「お、おい。大丈夫か?」
「だ、大丈夫に決まってるひゃない! こ、こ、こんな事慣れっこ何だきゃらね!」
ダメだこりゃ。全然ろれつが回っていない。こういうところを見ると、教えられただけで実際にやったことは無いって感じだろう。あ、倒れた。
見ると、フィアが顔を真っ赤にしたままで気絶している。というか、手の甲にキスするだけで気絶するってどんだけ初心なんだ……。
「顔から火が出るっていうのも、あながち間違いじゃないな……」
俺はそんな事をつぶやき、倒れたフィアを背負いながら人に道を聞いてこいつを運ぶ羽目になってしまったのだった。
―――――
「ん、ん~」
「お、起きたか」
俺は荷物の整理をしていた手を止め、起きたばかりのフィアの方へ向き直った。
「あれ、ここは……私の部屋? それに、私まだ案内の途中……」
そこまで言って、俺に気が付いたフィアは自分の体を守るようにして、すごい勢いで後ずさった。
「……っ、あんた何もしてないでしょうね!!」
「何だ、そういうことを期待していたのか。そこまで気が回らなくて悪かったな」
「そんなわけないでしょ! バカじゃないの!?」
少し顔を赤くしながらも反論するフィア。
「そこまで言えるんなら大丈夫そうだな」
「……どうして、ここが私の家って分かったの?」
沈黙に耐えられなかったフィアが、ぼそりと呟く。
「村の人に聞いて探したんだよ。この髪の毛のせいでいろいろ大変だったけどな」
俺がそう言うと、フィアは、あーと納得したようだった。
「あんたの髪の毛って、変わってて目立つからね。元の世界でもそうだったの?」
「いや、元の世界でも俺は目立つ……ってちょっと待て。何でお前は俺が別の世界の人間だって知ってるんだよ」
俺は、あまりに突然の事に気づかずに質問に答えてしまった。
「ふーん。そうなんだー」
「だから俺の質問に答えろ。どうしてお前は俺が別世界の人間だって知ってるんだ」
俺は、あまりのことにいつの間にか口調が強くなっていて脅しているみたいな感じになってしまった。だがしかし、決して怒っているわけではないのだよ。あくまでも、確認のためだ。
「そ、それは、あの術式は元々異世界からの召喚用だから、出てくるものは全て異世界の物なのよ。あんたみたいに、人間が現れたのは初めてだけどね」
「なんで黙ってた」
「……ごめん」
俺とフィアの間に沈黙が流れる……。
「……まあいい。でも、さっきから術式とか言っているけど、この世界は魔法でも使えるのか」
あった時に、この世界の政治などは聞いたが元の世界との違う点は聞かなかったこともあり、この世界との元の世界の相違点は全く分からない。憶測で、大体のことは予想がついているが、あくまでも憶測だからな。それで何でもかんでも決めつけるのは良くない。
「そうよ。あんたをこっちに呼び出したのも魔法よ。その言い方だとあんたの世界じゃあそう言うのは無かったみたいだけどね」
「そうか……」
異世界。魔法あり。召喚……。
最高だ!!!まさか夢にも見た世界に来ることができるなんて……。神様がいるなら、神様に感謝だな。しかも、(性格に難はあるが)美少女。今までの世界では、ただ退屈なだけだったがこの世界なら申し分ない。さてどんな事から始めようか……。
どうも、神薙です。
御視聴ありがとうございます。
作者は、相変わらず皆様方からの意見を募集しています。
ここが、へたくそだった。こういう言い回しのほうがよいのではないかなど、沢山の意見を募集しています。
追記
第二幕の内容が、伊達倭様の作品「黒衣のサムライ」の第一話、並びに第二話と酷似しているというご指摘を受け、伊達倭様と連絡を取らせていただき、互いに偶然の一致ということが確認されましたので、それを明記いたします。
追記 7/13 文章の構成の訂正・誤字訂正