第十九幕 道化師と温もり
「 」
………誰かが何か言ってる?
「 。 」
俺は体を動かそうとするが、動かない。それどころか、目も開かない。
「 。 」
……どうせ聞こえないのに随分長く話すんだな。聞こえない、見えないじゃあ何を言いたいのかさっぱり分かんないって。
しばらくそのままでいると、さっきから何かを話していた誰かがこっちに来る気配がした。
あくまでも気配だけど……。
そして、誰かが俺のすぐ横に来ると耳元で囁いた。
「我もすぐ行くわ。待っていなさい」
待つ?誰だよお前。
そんな風に思うのと同時に、目をつぶっているのに目の前が真っ暗になる。
――――――――――――――
「……んぅ」
……なんかベッドが固い。
俺はそのまま身じろぎをするが、やはりベッドは固いままだ。
俺は眠くてなかなか開かない目を無理矢理開く。
「……ダメだよスティ姉ぇ。これ以上は身が持たないよぉ……すぅ……」
…………………………………………………………。
俺は目を擦り、今度は見間違えないように頭を覚醒させながら、さっきのは幻聴だと自分に言い聞かせる。
あんなはっきりと喋る寝言がある訳がない。あれはきっと幻聴。そう自分に言い聞かせている内に、昨日の事を思い出し、自分はベッドじゃなくて馬車の中で寝てしまった事を思い出す。俺はゆっくりと身を起こし、馬車の布の隙間から外を見る。
外は暗いながらも、日が出ていてうっすらと明るい。時間的には5時前といった所か……。
俺はケータイを開き、自分の体内時計があっている事を確認する。と、同時に腹の虫が鳴る。
「……そういや晩御飯食べてないな」
昨日は、晩御飯より前に眠っちゃってそのままだったな……。
そういえば、夢を見たんだよな。
…………………………………………………………。
思い出せん。ついさっきまでは鮮明に覚えていたんだけどな・・・。
ぐぅ〜
おっと、そんな事よりご飯だ。
俺は馬車の外に出ると、能力を使って一通りの食器とテーブルと椅子を創る。それを綺麗に並べて、空間からワカメと油揚げ、それと味噌とだしの素を取り出す。
冷蔵庫の中身がそのまま入ってて良かった。
俺はキッチンを一通り創り、調理を始める。もちろん、米は研いで炊いている。魚があれば定番の朝食メニューが並ぶ事となるが、この際贅沢は言わない。空腹の為か、いつもより調理が早かった気がするが、携帯を開いて時間を確認すると、いつもと大して変わらなかった。
「気のせいか」
俺は携帯をポケットに押し込むと、気を取り直してできた味噌汁をお椀に注ぐ。少し辺りが肌寒いため、お椀からは湯気が浮かび上がり、食欲を誘ういい匂いもする。出来はなかなかよかったようだった。
食べるのが楽しみだな。
俺は炊けたご飯を元の世界でいつも使っていたどんぶりなのか茶碗なのか分からないくらい、大きなサイズの茶碗に少なめによそり、椅子に座る。
「よし、それじゃ。いただきま―――」
「ヒエン? 何してるの?」
―――と、俺が両手を合わせそう言おうとした瞬間、いつの間にか後ろに立っていたマウに声をかけられる。
俺は食べ始めてもいない食事を一時中断し、マウに挨拶をする。挨拶は基本だからな、うん。
「おはよう、マウ」
「あ、おはようヒエン。ところで……」
マウがそこで一旦言葉を切り、俺の目の前に置かれている朝ごはんを見て言った。
「そのご飯、誰が作ったの?」
「ああ、これはな――」
「おはようですー」
俺の言葉を遮るようにどこからともなく神様が現れる。しかも、ご丁寧にマウの方だけに向かって。
・・・なんか腹立つな。
「もしかして、このご飯を作ったのってミリアン?」
ミリアン?ミリアンって誰だ?
「もー、私の事を呼ぶときはミリーかミーちゃんと呼んでくださいって言ったはずですよー」
………………………………………………………。
恐らく、俺の解答はあっているはず。だけど、いくらなんでも……。
「名前と合ってないだろ……」
「失礼ですー。というか、神様に会うことはおろか、名前を直接教えてもらうなんて千年に一人のレベルなんですよー。もっと、いい反応をして欲しいですー」
神様ことミリアンは子供のようにその場で手を振り回す。テーブルに当たりそうで怖いんだが。
「分かったって。分かったから落ち着け」
俺はミリアンにそう言いながら手を合わせて食事を始める。腹が減っては戦は出来ぬって言うしな。別に戦なんかする気はないけど。
「全然分かって無いですー。なんですか緋焔はー」
結局膨れっ面をしながら俺にぐちぐちと文句を言ってくるので、俺は口の中にある食べ物を飲み込んでから言った。
「分かって無いも何も、人間をバッタと間違えるような奴のことを凄いと思えって言われても無理に決まってるだろ」
「うー。それを言われると文句言えないですー」
「……ヒエンはそんな理由でこっちの世界に来たんだね」
「そうだよ」
全く、思い出すと腹が立つよ。誰か人間と間違えるならとにかく、バッタと間違えて別の世界に飛ばされるなんて。
「じゃあ、私はミリアンに感謝しなきゃいけないね」
そう言うマウの顔は嬉しそうで、どこか悲しそうな表情をしていた。
「だって、私はヒエンに助けてもらったから、こうやって一緒に話すことも出来るし、ヒエン達とご飯を食べられるんだよ。
ヒエンがいなかったら、私はまだ奴隷のまま、なんでもやらされていたと思うよ」
「…………」
「だから、ヒエンには悪いけど間違いでもヒエンをこっちの世界に連れて来てくれたミリアンには感謝しなきゃ。もちろん、ヒエンにはもっともっと感謝してるけどね」
「マウ……」
俺は椅子から立ち、マウを抱きしめる。
「ひ、ヒエン?」
「過去のもしもなんて考える必要は無いんだよ。マウはいっぱい辛い思いをして、俺が助けて、今家族の一員として皆で仲良くしてる」
「……うん」
「もしもなんて考えて、また辛い思いをする必要なんて無いんだよ。大丈夫、これからもずっと一緒だから」
俺はそう言って、少しだけ強く、そして優しくマウを抱きしめる。
「ヒエン……」
「何、マウ?」
「もう少しだけ、こうして貰ってもいいかな」
「マウの気が済むまで、いくらでもこうしていていいよ。俺達は家族なんだから」
「ありがとう」
マウはそう言うと、俺の服をぎゅっと握り鳴咽を必死に押し殺す。俺は、そんなマウの頭を優しく撫でる。
マウがまた、辛い事を考えないように……。
――――――――――――――
「って、これはどう考えても終わるときのノリだよな……」
「ヒエン、終わる時って何が?」
「……なんだろうな」
なんかそう言わなきゃいけない気がしたんだよな。なんでだろ?まあ、それは置いといて。
ミリアンはいつの間にかいなくなっていた。あいつに限って、空気を読んで帰ったなんていうことは無いはずだから、きっと用事でもあったんだろう。仮にも神だし。
マウが落ち着いて俺から離れた時は、辺りは明るくなっていた。時間は6時だったので、余り長くは経っていないようだったが、そろそろリック達が起きてくる頃だろうし、ちょうどいいといえばちょうどよかった。
マウが皆の分の朝ごはんを作ると言っていたので、俺も手伝おうとして着いて行ったのだが、そこで食材の調理法が全く分からないというアクシデントに遭遇した。思い返してみれば、いつもご飯を作っていたのはマウとフィアだったから俺には、全く分からない。今後の為にも、こっちの世界の料理本くらいは持っておいた方がいいかもしれないな。
と、まあそんな事があった為、俺は台所から追い出され他の寝ている全員を起こしに行く係りに任命された訳だ。本当なら、男同士であるリックから起こしにいった方がいいのだろうが、あんな寝言を聞いた後に顔を合わせたくない。そういう理由で、俺はまずミーラとレニーを起こしに行く事にした。ちなみに、俺の名誉とプライドの為に言っておくとやましい理由なんてのは心の奥底を探さなければ存在しない。
俺はマウに教えてもらった馬車を見つけると、中が見えないように垂れている垂れ幕越しに声をかけてみる。
「ミーラ、レニー、朝だぞ。起きろよ」
………………………………。
しばらく経つが、中からは全く動いたり起きた気配が無い。
「おい、起きないなら起こしに入るぞ。30秒くらいなら待つから返事してくれ」
……………………………………………………。
30秒どころか、2、3分経っているが、返事は全くない。
「……しょうがないか。断りはいれたからな」
俺は、垂れ幕を手で退けて馬車の中に入っていった。
皆様お久しぶりです。
今回も多少更新が遅れてしまって申し訳ありません。精進します。
さて、皆様のおかげで知らない間に総合評価も1000を越えているという、始めた頃には夢にも見ないくらいになりました。ありがとうございます。
さて、次回ですが全くめどが立っておりません。
ほんっとにごめんなさい。投げるならクッションくらいにして下さい←
とにかく、次回はもう少し早く更新出来るように頑張りますので応援よろしくお願いします。
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