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強面料理長の補佐人

料理長補佐視点です


 『キミの料理、最高だね』


 彼はそう言った。


 『一生この料理を食ってたい』


 急に突風が吹いたように感じ、彼の言葉が胸に刺さった。

 そんな感じがしたんだ。


 あたしゃ周囲からよくふくよかだと言われてた。

 その見た目を裏切らず、食べるのも好き、作るのも好きだった。

 近所にこじんまりと店を開いてる食堂で、よく手伝いもしてた。

 二十歳にもなって、そろそろ嫁ぎ先を決めたらどうだと父親が言ってきたが、生返事ばかりで誤魔化してばっかりだった。

 はっきり言って、あたしの体格じゃ欲しがるような旦那は手に入らないと思ってたんだ。

 近所の子供達にはもう既に『食堂屋のおばちゃん』で通ってた。

 「あたしゃまだ二十代だよ!」と言っても、『おばちゃんがなんか言ってる〜!!』としか返ってこなかった。

 もう結婚は諦めて、このまま食堂に永久就職でも決めるかとなんとなく考えていた頃に、その彼が店先にやってきた。それであの言葉だ。

 「なんだい、プロポーズのつもりかい?」と誤魔化すように笑って聞いたら、『そのつもりだ』とまともな答えが返ってきた。

 そして、彼はあたしの両手を取って言ったんだ。


 『ボクと結婚しておくれよ。そして、毎日キミの料理をボクに食べさせておくれ』


 もうほとんど諦めていたにしても、別に結婚願望が全くないわけじゃなかった。

 あたしだって、人並みには幸せな結婚に憧れがあった。

 あたしの料理を食べて、まだ碌に知りもしないのにプロポーズをしてくる男に夢を見るのも、まだ若いあたしには仕方のないことだった。


「うん、キミの料理やっぱり最高だね」


 そう言ってたのは、つい昨日のことだった。

 婚約者となってからは、彼の家に毎日通って料理をしてた。

 彼は時々居ないこともあったけど、毎日作って欲しいと言われたからあたしゃ毎日通った。

 彼がなんの仕事をしているのかはあやふやだったが、結婚するまでには話すと言われてたからあたしは黙って信じた。

 そのことで両親は少し心配そうな顔をしたものの、娶ってくれる相手がいてよかったとやはり安心してくれた。

 結婚までの日取りも、そう長くはない。

 そう思って、今日もまた彼の家を訪ねた。

 今日は、食堂屋が数年に一回のお休みで何も手伝うことはなく、この際だから彼の部屋の掃除でもしながらゆっくり献立を立てようと考えてた。

 だけど……。


「〜ねぇ、いつものあの人。だぁれ〜?」

「ん? あの人って?」

「ほぉら、あのずんぐりしたオバサンよぉ」

「あぁ、アイツね」


 彼の住んでいる家の鍵を開けようと、バックをまさぐっていると家の中からそんな甘ったるい声と、普段の彼の声が聞こえてきた。

 珍しくお客人が来てるのね。

 その時感じたのはそれだけだった。


「ねぇ〜。誰なのぉ〜?」

「……あんなの家政婦だよ。タダで飯作ってくれるんだ」


 彼の明るい声が外まではっきり聞こえてくる。


 …………え?

 家政婦なんてこの家に……。

 そこまで考えて、一つ頭を過ぎった。

 ……もしかして、コレあたしのことかい?


「えぇ〜、いいなぁ。何でタダなのぉ? ……もしかして、やらしぃ理由ぅ? ワタシのこと、遊びだったのぉ?」


 またもや、甘ったるい声が聞こえてきた。

 あたしゃもう鍵を探すのも忘れて扉の前に立ち尽くした。

 すると、また彼の声が聞こえてきた。


「違うよ。お前が本命で、アイツの方が遊びだよ。つか、まだまともに遊んでないけど」

「遊ぶ気はあるんだぁ〜?」

「んー、アレがもっと痩せたら考えなくはないかな」

「さいってぇ〜」


 キャッキャッと扉越しに声を聞きながら、あたしゃゆっくりその家を離れた。



 『アイツの方が遊びだよ』

 騙されてた。

 『タダで飯作ってくれるんだ』

 利用されてた。


 『あんなの家政婦だよ』


 …………っっ!!!!

 なんだいなんだい、なんだいっっ!!

 さぞあたしゃ騙しやすかったろうね。

 こんな太っちょ、結婚相手に選ぶ方がどうかしてるさね。

 わかってたさわかってたさ、……わかってたはずなんだよ。

 両親になんて説明しよう……。

 この町にももう居たかないよ。

 もういっそ、都会にでも行くかい?

 それとも、もっとヒッソリとした田舎にでも行って、畑でも耕そうかね。

 …………あぁ、それもいいさね。

 一人のんびりと、田舎で暮らすのもわるかない。

 そんなことさ考えながら角を曲がると、何かとんでもなく大きなモノにぶつかった。

「きゃっっ!!」

 勢いで倒れそうになった身体を、腕を引かれたことによって倒れることはなかった。

 つい閉じてしまっていた目を開き、確かめるために見上げた視線の先には太陽を背景にした大きなクマがいた。

「っっっっ!?!?」

 なんでこんな街の中にクマなんて!

 思考が回らぬうちに、クマがゆっくりと頭を下げ顔を近づけてきた。

「……っ!!」

 食われるっ!

 そう思った。

 腕を抑えられ、逃げられりゃしない。

 婚約者だと思っていた相手には裏切られ、この先どう生きようかを考えた先に、まさかクマが居るなんて。

 誰が考えよう誰が考えよう。

 しかし、ここまで一瞬に思考を回したとき、ふと違和感があった。

 そういや、クマなんかの手で人間の腕を抑えられるのかい?

 日が高く、このクマの頭上にあったせいで影になって全く見えなかったが、よく見れば視界が明るい。

 いや、暗いのに明るいっていうのは変だ。

 そうでなくてさ!

 なんかこう、影はあるけども色が明るいというか……。

 よく見れば、クマは真っ白い服を着てた。

 真っ白い服を着るクマなんさどこにいる?

 つまりだ、あたしゃようやく気がついた。

 目の前のこれはクマではなく人だ。

 あたしの思考は一瞬だったのか長い時間をかけていたのかは分からないが、少なくとも眼の前のこのクマのような男はジッとこっちを見たあとすぐに顔を上げた。

「……すまない」

 彼が謝るのを聞いて、ようやくあたしゃさっきぶつかったことを思い出した。

「……い、いいんですいいんです。こっちこそスミマセンねぇ、前見とらんで」

 そして同時にさっきの婚約者、……元婚約者の言葉も思い出しちまった。

 なんで思い出しちまうんだい。

 そう思いながら目の前の大男を見上げた。

 クマのような彼がまたこちらをじっと見てきたのに気が付き、なんだい? と思いながら目を合わせようとした。

 その時。


「おいおい、お前がわざわざこんなところにまで買い物に来たいっていうから連れてきたんだぞ。ぼさっとしてんじゃねぇ」


 クマのような彼の後ろから、そんな言葉が聞こえてきた。

 彼がのっそり、……ゆったり? とした動きで振り返ると、ようやく彼の影になっていた日差しがあたしの体に刺さった。

「……すみません」

 彼がそう謝る声を聞いて、あたしゃ眩しい日差しからようやく意識を離した。

「この人はわるかないですよ。あたしが迷惑かけちまって……」

 弁明しようと、お相手さんの顔を見るとお相手さんも今あたしに気がついたようだった。


「……なんだ? お前そんな図体でナンパでもしてたのか?」

「はいっ? 違いますよ! あたしがこの方に迷惑を、」

「あー、はいはい。わかってるよ。コイツにそんな度胸はねぇからな」


 お相手さんが面倒くさそうにそう言うもんだから、あたしゃついカッとしちまった。

 口を開いて何か言ってやろうとしたとき、目の前のクマ男がゆっくりとお相手さんに近寄った。

 気のせいか地面がズシズシと響いた気がした。

「ん? なんだ?」

 近寄ってきた彼に対して、お相手さんは怯むこともなく心底不思議そうに首を傾げた。

 すると、クマ男がお相手さんを見ながら次のことを言った。

「この人、飯作れます」

 あたしには何を言ってるのかさっぱり伝わらなかった。

 今この状況でなんでご飯さ出てくる?


「あ゛? ……あぁ、前に言ってたやつか?」


 けども、お相手さんは一度顔を顰めたあと、すぐに伝わったようでそうクマ男に聞き返してた。

 彼はコクリと頷いた。

 すると、その反応を見たお相手さんがチラリとこっちを見た。


「……ふーん」


 そう鼻を鳴らしかと思うと、今度はゆっくりその男が近づいてきた。

 あたしの目の前まで来るとそこで立ち止まり、あたしを見下げるようにして眺めた。


「お前、飯は本当に作れるのか?」

「はい?」

「旨い飯は作れんのかって聞いたんだ」

「……料理の腕には自信はあるけど、」

「へぇ」


 あたしが言い終わらないうちに、彼がそう呟くと一瞬くま男の方を振り返ってまたこっちを見た。


「まぁ、報告書にもあったし。……採用」

「は?」

「お前、ウチの料理人の補佐として雇ってやるよ」

「……はぁ?」


 急に何を言い出すんだと思えば、お相手さんはあたしのことを無視して「良かったなぁ、お前が欲しがってた料理補佐がすぐ見つかって」とクマ男の背をものすごい音で叩いていた。



 こうして、あたしゃ半ば強引に『悪魔』の屋敷に誘い込まれた。

 勝手な男だと思ってた人は、まさかのこの屋敷の旦那様だった。

 そして、事実上あたしを料理長補佐役に推薦したあのクマ男は、この屋敷で一人だけで料理する料理長だった。

 よくよく見上げれば顔は傷だらけだし、料理をするときに捲くり上げた袖から出たのはこれまた深い傷をあちこちに負った腕だった。

 その補佐をしているうちに、彼は口下手でそれでも温厚な性格なことが分ってきた。

 顔は傷を除いても強面なものだったが、その彼が手掛けた料理はどれも絶品だった。

 初めあたしには真似できないと思ったが、彼は『腕が良い』とあたしに言ってくれた。

 その一言では分かりづらいが、あたしが愚痴をこぼしたときに言った事で、『見込みがある』という意味だったのだと思う。

 突然なくなった婚約とほぼ同時に決まった就職に両親は揃ってぽかんとしたあと、笑って許してくれた。あたしの顔を見て良かったな、と嬉しそうに。

 なぜ彼があたしが料理できると見抜けたのかはまだ教えてもらってないが、彼の補佐としてこれから頑張っていこうと決心した。

 普段からあまり話さない彼とのコミュニケーションは大変だったが、何だかんだあたしがたくさん喋って彼が頷くという流れができていた。

 『キミは喋るの好きだねぇ』

 そう以前言われた記憶はあったが、この彼の前で口を止めてなんか居られない。

 無口な彼が、今何を考えているのか。

 いつか分かるようになれるまで、あたしゃいくらでも喋ることを決めた。


 ちなみに、旦那様があたしをこの屋敷に連れてきたとき、『お前みたいなやつの一人でも欲しかった』と言っていた。

 ここの領地中に広まるどこまでも理不尽な『悪魔』の笑みと共に。

次回は悪魔の『元人形侍女見習い』。

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