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姿の見えない小さな庭師

庭師視点です


 ワシはよく、怒られてばかりじゃった。

 ワシは庭師を生業としとった。

 お偉いお貴族様のお庭の手入れを任され、その命を有り難くして承る。

 けれども、ワシはすぐにクビにされる。

 その繰り返しの人生じゃった。


 理由は簡単じゃった。

 ワシが『小さい』からじゃ。

 なんて言ったって、ワシはそこらをはしゃぎ回る子供よりも小さかった。

 手も足も短く、胴も短い。

 伝説のドワーフだと、ガキの頃はよくバカにされたもんじゃい。いや、今でも偶に言われる。

 まぁ、その度に仕返しもきっちりしたがな。

 かと言ってこの体で、お貴族様の広い広いお庭を手入れするのにゃ、一日じゃあ到底足りんかった。

 じゃから毎度すぐにクビにされる。

 けれども、それが嫌で必死に技術だけ磨いておったら、それはお貴族様の目にまたも止まる。

 けれども、やはり仕事は遅いからと、すぐに邪険にされる。

 どんなに努力をしても、ただその繰り返しじゃった。


「客人が来るのに、これじゃあ間に合わないだろう!」

「ですからご主人様……。もう少し早う教えてくだされば、それに見合った、」

「言い訳は聞かん!!」


 そうして今日もまた、お貴族様のお屋敷から追い出されてしまった。

 今回のご主人は、これまでのどの御方より殊更せっかちじゃった。

 ワシは一日で庭を整えるのは無理じゃが、相応の時間をかければ、素晴らしい庭を造れる自信があった。

 もちろん、その時間は普通の職人のそれより遅いじゃろう。

 けれども、毎回お貴族様に見初められるように、出来上がった結果はこの国の誰よりもすごいと自負しておった。

 それに少しばかり時間がかかってしまうだけじゃと。


 もう、たくさんのお貴族様のお屋敷を回ったが、どこもせっかちな御方が多く、ワシを雇い続けてくれるような御人はおらなかった。

 まだまだ体力には自信はあるが、昔に比べれば落ちたほうよ。

 根性ではどうにも出来んことが、ちっとばかし増えた気もする。

 もう、諦めて他の仕事を探しようにも、流石に今更転職は引けた。

 職業斡旋所にも、しばらくはお世話になっとらん。

 きっと知らん若造が以前行ったより更に増えとるに違いない。

 ワシが以前お世話になった方も、もうあそこにはおらんじゃろ。

 ……さてさて、どうしたものか。

 ワシは一つ、ため息を吐いたのじゃった。



 そんな折、一人の若い娘が声をかけてきた。

 『職場をお探しですか』と。

 肯定してみせれば、隣町の斡旋所を勧められた。

 なぜわざわざ隣町なのかと聞けば、『隣町は人手不足だからきっと雇い入れてくれる場所が見つかる』と言われた。

 なんで娘さんがそのことを教えてくれたのは分からんかったが、ワシはその勧めを大人しく聞いた。

 ワシは以前よりも遥かに重くなった腰を上げ、その土地から出ることを決めたのじゃった。

 あちこちの街や村を転々としてきたワシにとって、今更土地替えなど、何ら苦ではなかった。

 この歳でも、そこいらのじいさんよりは動ける自信もあった。


「なんだ爺さん。ついにこの街でも雇い主が見つからなかったか?」


 勧められた隣町へついてしばらく、急にそう声をかけてきたのは一人の若造だった。

 ニタリと笑うその笑みは、下品じみているはずなのにあまり違和感はなかった。

 彼の服装は庶民ほどの粗末な服ではなくとも、かと言って到底貴族には見えない格好じゃった。

 じゃから彼がワシを雇うと言ったときは、それはもう驚いた。


「丁度庭師が欲しいと考えてたんだ。俺はこれでも貴族だからな。荒れた庭じゃ、周囲の人間に舐められるだろう?」


 若造はそう言いおった。

 気になって庭が荒れてるのかと尋ねれば、これまで数十年も全く手入れしたことがないと聞く。

 話を聞く限り、それはそれはやりがいの有りそうな庭じゃった。

 普通、貴族の庭師はそれまでの庭の管理をしていた先人の型を崩さないよう、主の求める庭を造っていた。

 一から庭を造れることなど、滅多にない機会じゃった。


「……本当に良いんか? ワシは世界一の庭を造れる自信があるぞ。……しかし、ワシはこのとおり小さい。庭を造るのにも、他の輩よりウンと時間を、」


 この話は逃したくないぞ。

 ワシの感想はそれじゃった。

 しかし少しばかり気がかりがある。

 じゃからワシはおずおずとそう尋ねた。

 しかし、目の前の若造はそれを鼻で笑い飛ばした。


「はっ、俺は別に今すぐ庭を造れとは言ってねぇ。さっきも言ったろ? ウチの庭は荒れ放題。今はただ貴族として舐められねぇよう、整えてくれるだけでいい。見えるようにしてくれりゃ、それでいい。その後はお前の好きにしてもらって構わない。俺に害の及ばない限りな」


 庭師をこれほど喜ばせる言葉が一体他にあろうか?

 『庭を好きにしていい』

 なんと美味たる謳い文句じゃ。

 これを断る庭師が一体どこにおるのか。


「もちろん、リクエストが欲しいときには屋敷の連中を使ってくれて構わない。手が欲しけりゃその都度扱き使っていい。それも、お前の自由だ。屋敷の奴らとも自由な関係を持ってもらって構わない」


 ワシはもう迷うことなく、一も二もなく飛びついた。

 これ以上の雇い主が他にいてたまるか。

 そう思ったからじゃ。


「きっと貴方様を感激させましょうぞ。ワシを雇って良かったとな」

「……へぇ、楽しみにしててやるよ。それまで覚えてたら、な」


 そう言って彼と握手した際、一体この若造はどこまで読んでやっていたのかをつい疑ってしまった。

 彼のその、まるで『悪魔』のように歪んだ笑みを見て。



 新しいご主人様が何者か、考えないでもなかったが、それよりも無法地帯のように荒れ果てた庭がワシを心から湧き立たせてくれた。

 執事様には申し訳無さそうな顔をされたが、かえって好都合だと、礼を言った。

 唯一執事様が手入れしてた野菜区画はそのままに、先ずは生い茂った雑草抜きから仕事を始めた。


 時折若い嬢ちゃんや奥様なんかも手伝ってくださり、何ともまぁこれまでで一番楽しい仕事場じゃった。

 庭もそこまで広くもないので、ワシの体格でも一日かければ全体の作業に取り掛かれるほどじゃった。

 もっと早くにこの屋敷に辿り着きたかったと、少しばかり残念に思う気持ちを胸に、ワシは今日も今日とて晴れ空の下庭の手入れを始めるのじゃった。

次回は悪魔の『料理長補佐』。

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