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無口な奥様専属侍女

奥様専属侍女視点です

サブタイトル「一言も話さない奥様専属侍女」から変更しました。


 『死ねばいいっ!!』


 違う。


 『みんなっ、死んじゃえばいい!!』


 違うっ。


 『みんないなくなれっっ!!!!』


 ちがうっ!!

 私はそんなこと言いたかったんじゃないっ!!

 ただっ、ただ私はっ…………!



 後悔した時にはもう遅くて。

 気がついたらみんな本当にいなくなってて。

 何人かは倒れてて。

 もう呼吸もしてなくて。

 もうどうすればいいのか、どうしてこうなったのか。

 私には何もわからなかった。


 突然死だった。

 お医者さん知識のある旅人さんも、なんで死んだのか分からないと言った。


 私はそのまま飛び出した。

 すぐにその村を出てどこまでも走った。

 私じゃない、私じゃないっ!

 そう考えるので必死だった。


 私の声は、昔から変だった。

 他の人よりも一音高くて、話すたびにみんなが馬鹿にした。

 お母さんは病気で死んじゃって、お父さんは私の声が聞こえてないみたいに振る舞った。

 毎日退屈で、つまらなくてしょうがなかった。

 近所の歳の近い子どもたちは私を見ると追いかけ回してきて、何度もいじめてきた。

 何度も何度も逃げて、そのおかげで足が少しだけ速くなった。


 あの時、みんなが居なくなった時、私は必死だった。

 無視する父親も、いじめてくる同じ年の子たちも、それに何も興味を持たない大人たちも。

 みんな私の声が変だって言った。

 何人かは笑ってた。

 大人は気味悪がった。

 ……私は必死だった。

 それが嫌で嫌でたまらなかった。

 髪を掴まれ無理やり引っ張られて、その痛みに涙が出そうだった。

 だから、……だがらあんなことを言った。

 みんないなくなれと、そう言った。

 私を無視する父も、いじめる人たちも、それを止めない大人たちも。

 全部いなくなればいい、そう思った。


 …………でも違う。本当は違う。

 本当は言いたかった。

 『助けてっ!』って。

 助けてほしいと、そう叫びたかった。


 私を無視しないで。

 私をいじめないで。

 私を仲間に入れて。

 誰か助けて。


 けれど、そうはならなかった叫びは何故か現実になった。

 みんな消えた。みんな死んだ。

 父親もいなかった。

 子どもたちは倒れてた。

 大人も何人か数が足りなかった。


 私はただ、助けてほしかっただけなのに。

 神様は、酷い形で私を救った。


 私のせいじゃない。

 そう思いたかった。

 でも、私が言葉にしたことが現実となったことで、私は自分の声が怖かった。

 人より変な私の声は、もしかしたら神様に届きやすいのかもしれない。

 もしかしたら、悪魔に取り憑かれてるのかもしれない。

 そう思った。

 そう思うしかなかった。

 だって、そうじゃないとあまりに不自然だったから。


 それからひたすら走って、大きな街に辿り着いた。

 その時には胸も喉も痛くて、ヒューという音しか出なかった。

 大きな掲示板の前までやってきて、人材募集の張り紙を必死に探した。

 家事の募集をしてる商人たちが多い街らしく、たくさんの似たような張り紙が並んでた。

 その一つ一つを片っ端から当たりながら、街の端から端まで駆けた。

 けれど、どこに行っても私を雇ってくれる人はいなかった。

 ……私が、何も話せなかったから。

 毎回声を出すのに怯え、上手く話せなかった。

 何も話せない女など、役立たず同然だった。

 掃除や洗濯、炊事はできると伝えようにも、話せないのでは意味がないとお払い箱にされた。



 結局、ただの一人も、私を受け入れてはくれなかった。

 途方に暮れていたところで、日も暮れてきたことに気がついた。

 今後どうしようかと頭を悩ませたところで、急に背後から声をかけられた。


「お嬢ちゃん一人? 行くとこないの?」


 後ろを振り返れば、二人組の男がいた。

 口を開くも、例に漏れず声は出ない。

 一人口をハクハクさせていると、男たちが顔を見合わせニヤリと下品じみた笑みを浮かべた。


「なら俺らについてこない? もう外も暗いし、暖かいとこ連れてってやるよ」


 そうニヤニヤしながらかけてくる言葉に、私は背筋が凍るのを感じた。

 急いで逃げなきゃ。

 そう思った。

 でも、声は掠れるばかりで、音になることはない。

 足が震えて、動けない。

 脳裏に浮かぶのは、あの時の映像。

 子供が急に倒れ、大人が姿を消した。

 ……だめだ、だめだだめだ。

 このままじゃダメだ!

 また、人が消えちゃう。

 また、……私のせいで。

 喉が渇いて、身体は氷のようで、頭が真っ白になった。

 動けない。逃げられない。……っ逃げられない!

 身体が金縛りにあったかのように、震えさえ止まってしまった。


「さぁ、いい子だからねぇ」


 もう駄目だと、そう思って声を上げそうになった。

 けれど……。


「おいおい、こんな人通りの多いところで何目立つ真似してんだよ」


 それは、悪魔の囁き。


「俺の前で人攫いなんて、いい度胸してんな。……なぁ?」


 「マズいっ、逃げろ!!」と二人の男たちが走って逃げ出し、その場には私とその見知らぬ人だけが残された。

 気まずい空気が流れながらも、私はどうにかお礼を言おうと頭を下げた。

 けれど、やはり声は何も出なかった。


「…………っ」

「なんだ? お前、話せないのか?」

「っ………!」


 察しがいいのか、彼は一度眉を顰めた。

 しかしすぐに思い至ったかのように、納得した顔を見せた。


「……あぁ。話せないんじゃなく、話さないんだな」

「っ!?」


 その一言で、まるで私のこれまでの経験すべてを見られたかのように感じた。

 全部、知られてしまったかのように。


「…………あぁ、丁度いいな」


 彼はそう呟くと、私の腕を無理矢理引いて立たせた。

 急な動きにオロオロとするばかりで、自分の腰が抜けていたことを私はその時初めて知った。

 すると、彼は私が一人で立ったのを確かめてこう言った。


「お前、うちの侍女にならないか?」


 この一日、門前払いされるばかりだった私に、彼はそう言った。

 まるで悪魔の誘いかのように、恐ろしげな笑みを携えて。


「喋りたくねぇなら別にそれでも構わねぇよ。ただ手と足が動かせるヤツが欲しかったんだ」


 そう言い切って、彼は私の応えを待った。

 少なくともそう見えた。

 私は迷った。

 これはすごい助かる。

 けれど、こうもあっさり誘うような人が本当に信用できるのか分からない。

 もしかしたら、さっき逃げていったあの人達と同じかもしれない。

 どうしようどうしようと狼狽えていると、彼は鼻を鳴らした。


「まさか、俺を人攫いだとでも疑ってるのか? 生憎、お前は俺のタイプじゃねぇな。それに、お前にこれから与える仕事は俺の嫁の世話だ」

「…………!!!!」


 まさかこんな人に嫁ぐような女性がいるのか。

 出会ったばかりとはいえ、この男性の失礼さと言ったら、すでに一言では言い切れない。

 私が村娘ではなく、ここらへんに住む町娘だったらきっと「お断りっ!」と言い張れただろう。

 見た目からして、ちょっと裕福程度の商人に違いない。

 でも、侍女を求めるからには、そこそこ富んでいるのだろうか?


 『喋りたくねぇなら別にそれでも構わない』


 ……それは、本当なんだろうか?

 私はもう、あんな思いはしたくない。

 自分のせいだと思われたくないし、思いたくない。

 直接私が悪くなくても、私の『言霊』のせいだと言われたくない。

 本心じゃない言葉を、現実にしたくない。

 ……それだけは嫌だ!


 他に、私を受け入れてくれる場所はあるだろうか。

 話さなくてもいいと、言ってくれる人はいるだろうか。

 いたとして、すぐに見つかるだろうか。

 ……無理だ。そんなこと分かってた。

 無理なことなんて、初めから分かってた。

 でも……。


 ギッと彼を睨みつける。

 ただ睨むだけで、決して声で訴えたりはしない。

 それが、私の答えだった。


「…………へぇ、いい度胸だ。じゃあついてこい」


 彼はそう言って、私を置き去りにするような速さで歩き始めた。

 私は急いで彼の後を追った。


 私の答えは、すでに一つしかなかった。

 この街で、私を受け入れてくれるところはなかった。

 行く宛なんかなかった。


 彼を睨みつけることで、私は、

 『騙してたなら承知しない』と訴えた。

 ……彼は、私の声を聞かずに、答えを知ってくれた。


 今のところ、この人を信用するぐらいしか私にはできなかった。

 そう自分に言い訳をして。



 着いた先は、お貴族様が住む屋敷で驚いた。

 驚きのあまり、決心していたはずの出さない声が出そうになった。

 屋敷の中に入れば困り顔の執事さんがいて、奥からはとても美人でキラキラした奥様が出てきた。

 私の雇い主は「これからお前はコイツに仕えろ。コイツ以外の命令は聞くな」とだけ言って私と奥様をその場に残し、執事さんと一緒に屋敷の奥まで行ってしまった。

 奥様は少し戸惑いながらも、すでに私のことを知っていたらしく「これからよろしくね」と優しく微笑んでくれた。

 あの『悪魔』なご主人様には似合わない、女神のような方だった。


 これから、彼のことは旦那様と呼ぶようにと、執事さんからお達しが出たのは、それからすぐのことだった。

次回は悪魔の『獣人奴隷侍女』。

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