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悪魔の私室2


 あの人の部屋の位置を教えてくれたドーラには改めてお礼を言って、もう夕食も近いので二人で食堂に行くことにした。

 流石に、あの部屋に勝手に入ることはできなかった。

 ドーラも中の様子は知らないらしく、無闇に入ることもセバスから禁じられていたらしい。

 場所に関しては口止めはされていなかったから、こうして素直に教えてくれたんだろう。


「……あの、奥様」

「ん? どうしたの?」


 ほんの少し彼女の純粋な気持ちを利用してしまったかのような罪悪感を感じていたときに、その彼女から声をかけられた。


「……奥様、はご主人様のこと、も好き、ですか?」

「え……?」


 あまりにも意外な質問に、わたしは思考が固まる。

 好き……?

 確かに、ここに連れてこられたことには感謝してるし、こうして穏やかに楽しく過ごせているのも、彼のおかげだ。

 嫌悪を抱くことはまずないと言っていい。

 しかし、だからといって「好き」なのかと聞かれれば戸惑う。

 はっきり言って、彼のことはよくわからないままだし、何も教えてくれないし、何だったら向こうだってわたしのこと蔑ろにしている気がする。

 ……でも、それは嫌っているというわけではなく、単純に彼自身が忙しいのと、その性格もあるのだと思う。

 でも、結局彼が何の仕事をしているのかはわからないままだし、あの性格だって本当のところよくわからない。

 わたしやこの子達を拾ってくるところからして困っている人が放っておけない、って性格なのかと思えば、却って困らせてイジメるタイプにも思えるし。

 でも、だからってイジメ倒すわけでもなさそう……?。

 意地悪はするけど、実のところもう書類上では夫婦であるはずのわたしに完全に手を出してくることはない。


 ……そう、無いのだ。まだ。

 普段あんな調子なのに、時々それっぽい雰囲気を醸し出してくるのに、まだ最後まで…………。


「何ボケらっと突っ立ってんだ、食堂の前で」

「キャァ!!」


 わたしが一人あぐねていてると、突然背後から声をかけられてつい声を上げる。

 その声の主は紛れもない彼である。


「…………ンなデカい声出してどうしたんだ? ……なぁ?」

「ちょっ、やめてっ。顔寄せないで! 耳元で囁かないで!!」


 慌てて拒絶をするも、そんな抵抗で彼を押し留められるわけもなく。

 抱き寄せようとする彼から離れようと、必死に思考を巡らせようとするも、彼がそれを許す隙を与えない。


「こんなところで、ナニ想像してたんだぁ? おい」

「い、いやぁ……」


 まるでわたしの考えが全て分かったような態度に、更にわたしは戸惑う。

 どうすればこの場から逃れられるかと必死に周囲を見渡せば、すぐそこに変わらずドーラがいた。

 彼女は特に慌てる様子もなく、ただこちらの様子を伺っている。

 こういう場合の対応がまだわからないのだろう。

 だが、わたしはそれを理由に彼を押し留めようと考える。


「ちょ、見てる! ドーラが、子どもが見てるから!!」

「んじゃあ、今から寝室行くかぁ?」

「ちがっ! そうじゃなくてっ!!」


 彼は楽しいおもちゃで遊ぶように笑っている。

 いや、嘲笑っている。

 本当に、この男は『悪魔』のようだ。


 どうすればそんな悪魔から逃げられるのか、と一生懸命思考を凝らしていると、後ろからキィと扉が開く音が聞こえた。

 それが食堂の扉の音だということはすぐ分かった。


「……旦那様、奥様。お食事の用意が既にできていますが」

「っ! そう、食事!! せっかくセバスとアルクトス達が用意してくれたんだから!! 冷ましては勿体ないわ!!」


 扉から伺うように顔を出したセバスの言葉に、わたしは飛びつく。

 眼の前の男の腕の中からどうにかすり抜けて、ドーラの手を引っ張ってセバスの開けた扉の隙間にそのまま急いで飛び込んだ。

 また捕まっては堪らない、とそのまま自分の席に着く。

 そこでわたしはようやく一息つくことができた。

 ドーラはまだよく分かっていないのか、頭の上にわかりやすく疑問符を浮かべながら、いつも通りわたしの隣の席に着く。

 気持ちが落ち着いてきたら、食堂の入り口の方に視線をやる。そこにはまだセバスとあの人が何か話していた。

 どうせならそのまま旦那様を叱ってくれないだろうか。

 そんな淡い期待をしながらも、すでにテーブルの上に並ぶ料理にわたしは瞬く間に目を引かれる。

 今日も今日とて、とても美味しそうである。


 一応旦那様もすぐそこに居るので、彼が席に着くまではマナー上待たなくてはならない。

 早く話を終わらせて席に着いてくれないかしら、と先程までの期待はどこへやら。眼の前の料理に意識が完全に持っていかれる。

 食堂には今わたしとドーラ、そして給仕係としてエルメアがスタンバイしてる。

 普段から一緒に食べようと誘って入るのだけれど、侍女としてはそうもいかないらしい。

 特に、主人が席に着く卓を共に囲むのは身分上良くないのだとか。これについてはセバスに何度も諌められた。

 前の屋敷ではそもそも食卓を囲むことも、その席に着くこともなかったので、一人で食べるのには慣れていても、人を立たせながら食べるのにはどうしても慣れない。


 そういうものだ、とセバスにも何度か言われてはいるのだけれど……。


「お前ら、最初に食ってろ。俺は少し出る」

「え?」


 急に食堂の入口からかけられた声に、理解より先に疑問が浮かぶ。


「ちょっと、こんな時間からどこに行くのよ!?」

「……なんだ? 俺がいなくなると寂しいのか?」

「っ!!?」


 彼の挑発に、それまですっかり忘れていた先程のやり取りを思い出す。

 そして次いで思い出すのは……。


「ばっ……! そんなわけ無いでしょっ!?」

「ハッ、なら大人しく飯食ってろよ。俺は朝までに戻る」


 え、ちょっと?! と言うわたしの声は虚しくも届かず、彼はあっさり食堂を出ていった。

 朝までには戻るって……。

 食堂にはオロオロと初めてのことで戸惑っている様子のドーラと、わたしの心配をしてくれるエルメア。

 セバスもそのまま旦那様を追いかけて食堂を出て行ってしまって、事実上広い食堂にたったの三人。しかもそのうち一人は給仕。

 久しぶりの少ない人数に、やはり寂しさを感じてしまうのは仕方のないことだった。



「…………というわけで、今日は咎める人もいないし、みんなで楽しく夕食にしましょう!」

「「「はい!!」」」


 そんな感じで、夕食の準備を手伝いつつ味見をしてお腹いっぱいになった子達を除く夕食がまだの子達、もちろんエルメアも含め、皆を集めて一緒に食べることにした。

 普段はセバスが動ける範囲で数を極力少なくして、貴族の食卓に相応しいマナーを説きながら食事をしているので、食べるタイミングはそれぞれ別にしていたのだけれど、今夜はそのセバスが居らず給仕ができるのがエルメアだけになってしまったのもあって、皆で一度に食べることにした。

 料理の皿や必要なものも既に食卓に並べている。これで給仕の必要はなくなった。

 アルクトス達やガル爺も誘ったのだけれど、アルクトスはデザートがまだ完成しておらず、ハンナはそのアルクトスの手伝い。

 ガル爺はその二人と一緒に食べると辞退した。

 普段から一緒に食べる習慣もなかったのも原因だと思う。

 獣人の子達は大きい子が小さい子のお世話をしながら食べることに慣れているので、却ってわたしとドーラに気を使って頷いてくれたのだと思う。

 本当に、いい子達だ。


「あ、それちょうだい!」

「これいらないからあげる〜」

「コラ、ちゃんとナイフを使って食べなさい」

「ゆっくり食べるのよ、誰も取らないから」

「コレなに〜?」


 咎める人が居ないからか、いつもよりちょっと騒がしい食堂には明るい空気が満ちていた。

 わたしはそれが何だか、とても。……とても温かく感じた。


「ねぇ、オクサマー?」

「? どうしたの?」


 もうすぐで食事も一段落して、エルメアと数人の獣人の子達がデザートを取りに調理場に向かっている。

 そんな時に、この屋敷で一番小さい子がわたしに声をかけてきた。


「ゴシュジンサマはどこー?」

「……え?」

「ア、アリスっ。奥様申し訳ありません!」


 この子達が来てしばらくしてから決まった名で呼ばれた「アリス」は、隣りにいた「ケイト」に怒られてションボリとしている。

 そのケイトもわたしに怒られるんじゃないかと、気が気じゃないみたいだった。

 あの人がどうしていないのか。それはわたしにも分からないことだらけなんだけど……。


「旦那様は急なお仕事ができてしまったそうよ、アリス。ケイトも、今夜に限っては気にしなくていいわ。怒る人も居ないんだし!」


 わたしがそういえば二人は同じような表情で「はい!」と答えた。

 と言ってもアリスは質問に答えてくれた嬉しさからと、ケイトは咎められる心配がなくなった安堵からなのだけれど。


 それでも、その日の夕食はいつも以上に美味しかったように感じた。

 ……そして、結局ドーラの質問にも答えないまま、わたしは夕食を終えたのだった。

お付き合いくださりありがとうございます。




少しでも面白い、続きに期待を感じて下されば、評価コメントしていただけると嬉しいです。

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