写本の注釈
数日留守にしていたユリアンネは、“オトマン書肆”で写本に取り掛かっている。
「ユリちゃん、帰ってきて早々にごめんね。腰痛の薬は置いていってくれたので足りたし、普通の書店業務は大丈夫だったんだけど」
「いえ、数日間も留守にさせて頂いたんですし。というか、これ、そのまま販売されても良かったのに私のためにお客様に待って貰っていたんですよね。急いで写本を作りますね」
ユリアンネが未習得であった光属性、その初級魔法≪灯り≫の魔導書であった。洞窟探索の際に松明を持ち歩かなくても良いなど、冒険者には使い所が多そうな魔法である。魔力温存のために使わないこともあるだろうが、選択肢が増えるのはありがたい。
かなり慣れてきた写本の作成であり、単純な写し自体は完了したのだが、迷うことがあった。他の属性の初級魔法で基本を学んだユリアンネにすると、記載内容が間違えていると思える箇所があったのである。
「オトマンさん、こう言う場合どうしたら良いのでしょうか?」
「そうね、ユリちゃんはどうしたら良いと思う?」
「そうですね。単純に書きかえるのが簡単ですが、もし著者か前の写字生の意図があった場合にその意図を消してしまうのはダメな気がしますね」
「では?」
「写字生としてのコメントを同じページに書くか、注釈を本の最後もしくは別冊に付けるのが良いかと。どうでしょう?」
「そうだね。すでに写本の場合には写字生の誤りの可能性もあるけれど、学術的に複数の意見があることに対して後から正解とされるものが変わるかもしれないよね。単純な書きかえは絶対にやめておこうね」
原本の購入者にも注釈を渡せるように、今回は別冊で間違いと思えることを作成することにした。
「ユリちゃん、お待ち頂いたお客様から、こんな注釈をつけてくれるのなら待ったかいがあったと喜んで貰えたよ」
前世での受験勉強で学んだ、数学や生物学の基礎的なところなど、ユリアンネが得意とする分野では注釈をつけることで“オトマン書肆”の人気は高まって行く。