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誓いの指輪  作者: たき
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(9)

 ヒュポモネー山地に到着した生徒たちは整列し、風の法専攻担当コーラル・ロードン教官の説明を聞いた後、各自くじをひいた薬の材料を集めるため、出発した。

『炎の神が奮い立つ月』に入ったせいか、天気はよいが気温と湿度も高い。ほんの少し日向にいるだけでじんわりと汗ばんでくるのを感じながら、シータは数歩先を歩くファイの背中を見つめた。

 ファイはシータとほとんど口をきかなかった。必要なことは話すし、声をかければ答えるが、自分からたわいない話題を振ることはいっさいない。しかも出会った頃のような無表情に戻っているので、最初は頑張って話しかけていたシータも、途中からは黙々と付き従うだけになった。

 学院行事とはいえ、久しぶりに一日中二人で過ごせるのを楽しみにしていたのに。

 トルノスがあんなことを言うから――しかもよりによって、ファイに聞かれるなんて。

 もしかしてトルノスは、シータの後ろからファイが来ているとわかっていて告げたのか。だとしたらあんまりだ。

 トルノスのことは好きだけれど、ファイに対して感じる『好き』とは違う。でもそのファイも今は自分に冷たくて、どんどん気持ちが沈んでいく。

 そもそもなぜファイが怒るのか。別にトルノスに心変わりしたわけでもないのに。

 ふと周囲が薄暗くなり、うつむいていたシータは顔を上げた。いつの間にか森の奥深くに入り、陽光が木々に遮られるようになっている。

 どんよりしていて、なんだか自分の心境みたいだと思ったとき、頭上で何かが揺れ動くのを見た。

 枝から蛇のようなものがファイに飛びかかる。シータは警戒の声を発するより先に、ファイを突き飛ばした。

「――!!」

 首筋に痛みが走る。シータに押されて前のめりになったファイが驚いたさまでふり返る中、急速に血を吸い上げられる感覚にシータは片膝をついた。

 蛇のようなものはシータの血を吸い、膨らんできている。その体をつかんで引っ張ろうとしたシータをファイがとめた。

「ハイマーンだ。無理やりはがしたらだめだ」

 樹上から何匹も落ちてくる同じような生き物に、ファイはまず『砦の法』を唱えた。風の防御壁を張り巡らしてこれ以上襲われないようにしてから、「借りるよ」と言ってシータの短剣を抜く。吸血生物を切り裂いて殺すと、血が周辺にドバッとあふれ散った。

 ファイは自分の袋から布を取り出すと、絶命してもまだシータの首にかじりついたままの生き物を慎重にはずした。牙が抜けてさらに血が噴き出したところに布を当て、『治癒の法』を口にする。

「この先にある木まで行けば襲ってこないから。そこまで歩ける?」

 傷跡はきれいに消え、痛みもなくなったが、動悸とめまいに足元がふらつくシータに肩を貸し、ファイがゆっくりと歩きだす。まもなくそれらしい木が見えてくると、いい匂いがしてきた。

 たくさんの赤い実がたわわになっている。にぎりこぶしくらいの大きさのその実から、香りは漂ってくるようだ。

 ファイが木を傷つけないよう、『砦の法』を解除する。確かにあの奇妙な生き物はもう追ってこなかった。

 のろのろと木にもたれるように座り込んだシータの隣に、ファイも腰を下ろす。

「『治癒の法』である程度の血は回復するけど、かなり吸われたみたいだから、しばらく朦朧とするかも。ここなら安全だから、休憩しよう。もし体がしびれるとか気分が悪くなったら言って。野営地まで飛ぶから」

「うん……ごめんね。ぼんやりしてたから、剣が間に合わなくて」

 体がだるい。半分目を閉じながら息をつくシータに、ファイは一呼吸置いて答えた。

「それは……僕の態度に問題があったから」

「ファイは悪くないよ」

 けがをしたのは、あくまでも自分の力不足だ。

「気まずい空気をつくっていたのは僕だよ。頭ではわかってるんだけど、気持ちの持っていき場所がなかなか見つからなくて……ずっとそっちに気をとられていたから、この辺がハイマーンの生息地だと注意するのを忘れてた……ごめん」

「ファイ……寄りかかってもいい?」

「いいよ」

 優しい響きにほっとして、シータはファイの肩にもたれた。学院が閉鎖されたときと立場が反対になったが、くっついていると不思議と安心して、シータは完全に目を閉じた。

 どれくらい眠っていたかわからない。ぱちりと目を開けると、まだファイは肩を貸してくれていた。

「起きた? 具合はどう?」

 ファイが顔をのぞき込んでくる。

「うん、大丈夫みたい」

「そう。よかった」

 柔らかくなったファイの青い瞳に、シータの胸がトクリと鳴った。

 ファイは立ち上がると木を見上げた。どうやら目的の材料の一つだったらしく、取りやすい位置にある実を探しているようだ。

「……彼が君を好きなのは知ってたし、内に秘める人間でもなさそうだったから、いつか言うだろうなとは思ってたんだけど」

 トルノスのことだ。シータはいくぶん緊張した。

「私は全然気づかなかったよ。ファイはいつわかったの?」

「最初の代表生徒会で彼を見たときに。確信したのは、君の頭についた葉っぱを取っていたときだけど」

「そんなに前から?」

 呆然とするシータを、ファイはあきれ顔で見下ろした。

「シータは本当にそういうことににぶいよね。僕のことを意識したのも、舞踏会が始まってからだったって聞いたよ」

「なんで……誰が……」

「周りにおせっかいな人が多くてね。君が何をしたとかどうとか、けっこう耳に入るんだ」

 ファイは実を一つもいだ。手にしたものを確認し、袋に入れる。

「前から『あれ?』って思うことは何度かあったのよ。ただ、はっきりわかったのが舞踏会当日だっただけで」

 舞踏会で急に好きになったわけではないと必死に訴えるシータに、ファイは袋から小瓶を一本取り出して渡した。

「貧血に効く薬。念のため持ってきておいてよかったよ」

「ありがとう」

 本当に準備がいい。少し血のような味がする液体を飲み干したシータは、小瓶をファイに返した。

「ファイは、その……いつ、私のこと……」

「調子もよくなったみたいだし、そろそろ行こうか」

 小瓶を袋にしまったファイが、自分とシータの荷物を持つ。

「あっ、ずるい! ごまかすつもりでしょ?」

「それだけ元気なら心配ないね。はい、これ」

 シータの荷物をシータに押しつけ、自分の袋を背負ったファイは、「またハイマーンの住処を抜けるから、油断しないで行くよ」と歩きだす。

 答える気がないらしい。もう、と頬をふくらませてついていこうとしたシータに、ファイはぽつりと言った。

「……少なくとも、自覚したのは君より早かったよ」

 それ以上は語らなかったファイだが、先ほどまでとは違い、突き放すようなとげとげしさはない。シータはゆるみそうになった頬をぺちっと一度たたいて、ファイを追った。



 昨年と異なり、今回ファイがつくる薬は比較的簡単なものだったらしい。材料も夕方までに集まったので、野営地に着くと早々に天幕を張り、薬の作成と夕食づくりを同時におこなった。

 鍋を二つ火にかけ、シータに野菜の切り方を教えながら、薬の材料を次々に放り込んでいくファイの手際のよさに、シータはただただ感心した。

「そういえば、今回つくる薬って何?」

 たしか去年は胸を大きくする薬だった。ものすごい異臭を我慢して飲んだのに、毎日飲まないと効果がないと後で言われてへこんだのだ。

「ああ、これは……君は口にしないほうがいいかも」

 いつも薬のことはきちんと説明してくれるのに、珍しくはぐらかすファイに、シータは興味がわいた。

「どうして? そんなに危険な薬なの?」

「危険というか、せめてあと七年くらいは待ったほうがいいかなって思うんだけど」

「ファイは飲んでも平気なの?」

「僕にはまったく影響がないよ」

「ますます気になるなあ。何の薬なの?」

 自分が担当している鍋の汁を器にすくって味見していたシータから、ファイは目をそらした。

「……妊娠しやすくなる薬」

「――あふっ!!」

 思わずぐびっと一気飲みしてしまった。やけどしかけた舌を出して涙目でひいひい言いながら、シータは驚きのままファイを凝視した。

 ファイは自分の鍋に視線を落としている。その横顔はほんのり赤くなっていて、つられてシータもぶわあっと頬に熱が広がった。

「ああ、うん……それは……私には、まだ早い……ね」

 イオタやミューはもっと普通の薬だったのに、どうしてファイは返事に困るような薬ばかり当たるのだろう。

 せっかくいつもどおり会話できるようになったのに。

 それから、アルスとウェーナが声をかけてくるまで、二人は視線を交わすことなく、鍋の守りを続けていた。 


  

 夕食をとり、薬も完成したので、二人は火が燃えすぎない程度に調整し、天幕に入った。あとは教官たちが見回りをしてくれるので、火の番をする必要がないのだ。

 ファイは今年もしきりを持ってきていたので、天幕の天井部分に渡されている横棒にくくりつけた布を、ちょうど真ん中になるように垂らした。

 どちらかが外で寝ることも考えないではなかったが、何となく今日は近くにいたかった。ファイも同じ気持ちだったのか、特に何も言わなかったので、しきりをはさんで横になった。

 ここ最近いろいろなことがありすぎて、疲れていたらしい。昨夜はトルノスのこともあってあまり眠れなかったので、ファイと仲直りできた安心感から、シータはすぐに眠りに落ちた。

 明け方くらいだろうか。外を歩く足音に意識が浮上したシータは、やけにあたたかいものがすぐそばにあることに気づいて、まぶたを上げた。

 そして目の前にあるものの正体がわかり、悲鳴を飲み込む。

 抱きしめられている――いや、自分が抱きしめている?

 なぜ? どうして? 頭の中で大騒ぎしながら、自分がつかまえていたものを解放すると、呼びかけられた。

「目が覚めた?」

「はいいいっ」

 動揺のあまり声が裏返る。

「言っておくけど、先に境界線を突破して攻めてきたのは君だからね」

「ですよね……うう、ごめんなさあい」

 ファイの話によると、夜中にシータがしきりをくぐって転がってきたので押し返そうとしたら、抱き着かれたのだ。逃れようにもシータのほうが力が強いのでびくともせず、あきらめてそのまま寝ることにしたらしい。

「君、来年誰かの護衛をするなら、女の子にしなよ」

 男は絶対だめだからねと、ため息まじりに念を押され、「はい……」とシータは小さくなった。

 おそるおそる一応確認すると、とりあえずファイを蹴ったり殴ったりはしなかったようで、ほっとする。

「……ファイ? もう手は放したから大丈夫だよ?」

 まだ自分の背中を抱えるように手を添えているファイに、シータは首をかしげた。

「もう少しだけ眠らせて。さすがにちょっと寝不足なんだ」

 髪にファイの吐息がかかってくすぐったい。それ以上に、この体勢は恥ずかしい。

「こ、このままで?」

「うん、このままで」

「だって、私ががっちりしめつけていたせいで眠れなかったんだよね?」

 それでこの姿勢を維持するのはおかしくないか、と尋ねるシータに、ファイは返事をしなかった。

 身じろいで顔を上げてみると、ファイは目を閉じていた。本当にまた眠ってしまったのだろうか。

 ちょっと迷ってから、思い切ってファイの胸に頭をすり寄せると、速い鼓動の音が聞こえてきた。

 起きているのがシータにばれたことに気づいたのか、ファイの手に少しだけ力がこもる。

 払いのけようと思えばできるが、あっさり離れるのももったいない気がして、シータもそのままじっとしておくことにした。そして、今度は捕縛しないよう注意しながら、もう一度眠りについた。 

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