(8)
「シータ、神法学科の野外研修、今年は早いって聞いた?」
昼休み、中央棟二階廊下で同期生たちと雑談していたシータに、プレシオとオルニスが声をかけてきた。
「そうなの?」
「まあ、去年大変な目にあったからな」
オルニスが肩をすくめる。去年、神法学科生がアングウィスの卵を割ってしまったせいで、野営地にアングウィスの大群が押し寄せるという非常事態が起きた。そのため、今年はアングウィスの産卵時期とずらしておこなうらしい。
もちろん、危険なものはアングウィスだけではないのだが、教官たちは相当警戒しているのだろう。
「というわけで、神法学科生が襲来するから気をつけておけよ。あいつら、こっちに恋人がいようがいまいが関係なしに迫ってくるから」
ある意味、アングウィスより怖いかもなとオルニスが笑う。パンテールやエイドスたちも昨年のありさまを思い出したのか、いくぶん血の気の失せた顔つきになった。中でもラボルがひどく動揺している。あまりにも泣きそうな様子なので、シータは首をかしげた。
「ラボル、大丈夫? そこまでおびえなくても、壁際に沿って避難すればつぶされる心配は……」
「あー、違う違う。ラボルが青ざめている原因は、あれだ」
エイドスがあごをしゃくった先を、シータは見た。中庭の噴水池に腰かけて話しているのは、アルスとウェーナだ。
「そういえば、最近よく話す子がいるって言ってたな。へえー、かわいい子だね」
プレシオが興味深そうに若緑色の双眸を細める。
「でも珍しいな。アルスがあんな目立つところで堂々と話をするなんて」
オルニスが言うには、アルスはモテるのだが、優しい見た目のせいか押しの強い子にしつこく迫られることが多いらしい。しかし本人はあまりぐいぐい来る子より、少し控えめな子が好きなので、いつも断ってばかりで恋人ができなかったのだ。
ウェーナは自分の押し売りもしなければ、アルスを質問責めにすることもなく、ただたわいない話をするだけなのだが、どんなことも楽しそうに話すから、アルスにとってもかなり印象がいいようだというプレシオに、ラボルがますます悲愴な面持ちになる。
「競争相手がアルスさんじゃ、かなり厳しいな」
ポーマがぼそりと言う。みんなの容赦ない言葉に、ラボルはついにがっくりとうなだれた。
翌日の昼休み、シータはウェーナに会ったので、最近アルスと仲がいいみたいだねと言ったら、ウェーナはびくっとのけぞってから、赤くなった頬を両手ではさんだ。
「や、やっぱり回数多い? みんなに怪しまれてるかな? はっ、もしかして、やたら話しかけてくる鬱陶しい奴がいるって、アルスが文句言ってた?」
「そんなこと、アルスは言ってないよ」
あせった様子のウェーナに、シータは苦笑した。
ウェーナの話によると、去年初めて治療室の当番をしたときに、一番に来たのがアルスだったという。威力の調整がうまくできなくて、『水の女神がまどろむ月』でようやく当番に加わったウェーナは、緊張のあまりまた高威力で治してしまったのだが、アルスは笑って許してくれたらしい。
「初めて当番をした子に治療された人は、後で幸運に恵まれるって聞いたよ」と慰めてくれたのがとても嬉しくて、偶然会ったピュールに報告したら、「そんな噂は聞いたことがない」とばっさり切り捨てられてしまった。だから数日後、廊下でアルスに再会したとき、気をつかわせてしまったことをあやまると、「バトスがそう言ってたんだけど」とアルスも首をかしげた。たまたまそばにいたカルフィーが「それは、いつもバトスが水の法専攻生を口説くときに使っている手だ」と教えたため、逆にアルスが真っ赤になってウェーナに謝罪する事態になったという。
変に飾らないアルスに好感をもって以来、気軽に話せるようになったものの、アルスを好きだと自覚したのは今年に入ってからだとウェーナは打ち明けた。
「好きってバレるのは恥ずかしいし……でもいつもニコニコしながら話を聞いてくれるから、見つけたらつい声をかけちゃうの。どうしよう、シータ」
「うん、わかるよー。あ、いるって思ったら、走っていっちゃうんだよね」
経験があるシータもうなずく。というより、今でもそうだからだ。
ファイはアルスほど愛想はよくないけれど、きちんと耳を傾けてくれるし、言葉も返してくれる。最近はずいぶん表情も柔らかくなったし、時々笑顔も見せてくれるから、なおさら嬉しい。
「そうだ、神法学科の野外研修、アルスに護衛を頼んでみたら?」
シータの提案に、ウェーナはぶんぶんと勢いよくかぶりを振った。
「無理だよ。アルスは人気あるし」
「でも、去年はたしかカルフィーの護衛をしていたから、好きでもない女の子の護衛はやらないと思うよ」
「ますます絶望的じゃない」
ウェーナが肩を落とす。
「そうかなあ? プレシオの話だと、アルスも……」
そのとき、ちょうどアルスがこちらへ歩いてくるのが見えたので、シータは手を振って呼んだ。
「今、神法学科の野外研修の話をしてたんだけど」
「シ、シータ!」
ウェーナがシータの口をふさぐ。
「ああ、今年は少し早いみたいだね」
アルスも把握しているらしい。シータはウェーナの手をはずして続けた。
「ウェーナたちは初めての研修でしょ。私が護衛できればよかったんだけど……」
「シータはもう相手が決まっているからね」
アルスが笑ってウェーナに視線を流した。
「僕でよければ引き受けようか?」
「いいの!?」
うつむいていたウェーナがぱっと顔を上げる。
「うん。あ、でも天幕が……去年はカルフィーだったから問題なかったけど、さすがに……」
困った様子で髪をかくアルスに、ウェーナが不思議がる。野外研修では、基本的に神法学科生と護衛は同じ天幕で寝るという説明を受け、ウェーナは耳まで赤くなった。
「ファイは去年、しきりになる布を持ってきてたよ」
ただしそれは、冒険仲間でもあったファイがシータの寝相が悪いことを知っていたので、寝場所を維持するために用意していたと聞き、アルスとウェーナは笑い転げた。
「バトスなら心配だけど、アルスは大丈夫じゃない?」
「シータ、僕だって男だよ。人並みに女の子に関心は……」
言いかけて口ごもったアルスは、頬を朱に染めて視線をうろつかせた。
「あー、えっと、とりあえずしきりは用意するよ。僕は外で寝てもかまわないし」
「うん、ありがとう」
「それじゃあ、申し込み書が配られたらまた声をかけて。他は全部断るから」
アルスが去っていく。その姿が完全に見えなくなってから、シータはウェーナに「ありがとう!」と抱きつかれた。
これでラボルの敗戦は確実になってしまったようだ。背中を押したのは自分とはいえ、シータはラボルにごめんと心の中であやまった。
二日後、合同演習で闘技場にいた剣専攻生たちは、扉の外がだんだん騒がしくなってきたことに気づいた。
「何かあったんでしょうか?」
一回生が扉のほうを気にするので、二、三回生たちは苦笑した。
「神法学科生が野外研修の護衛を頼もうと、待ってるんだよ」
「授業が終わったら、できるだけ壁際に張りついておけよ」
パンテールとエイドスに忠告され、トルノスたちが顔を見合わせる。そして三回生代表のアルスの号令が終わったとたん、扉がぶち破られ、神法学科生たちがなだれ込んできた。
指示されたとおり、いち早く壁際に逃げた一回生は何とか難を逃れたが、剣専攻二、三回生たちはあっという間に神法学科生に囲まれた。特にアルスやパンテール、エイドスたちの周りはすさまじい人だかりだ。押し合いへしあいで口論にもなっている。そしてシータは、トルノスとマルクの背中に隠れて息を殺していた。
シータを探し回る神法学科生の声が響く中、トルノスたちはその場に直立してぴくりともしない。やがてシータは外に逃げたという噂が流れ、シータ狙いの神法学科生たちが慌ただしく闘技場を出ていった。
アルスは扉付近で遠慮がちに様子をうかがっていたウェーナに気づき、人波をかき分けて向かい、パンテールはもともとニトルの護衛をする約束をしていたらしい。エイドスは、ここ最近親しくなった水の法専攻の女生徒の誘いを受けたようだ。
「あいつ、来ないですね」
「あいつ?」
ようやく闘技場内が少しずつ静まってきたところで、トルノスがつぶやく。ひそひそと尋ね返したシータをふり向かないまま、トルノスが答えた。
「あの何でも屋です」
「もしかしてファイのこと? それなら人混みが苦手だから、騒ぎがおさまった後で来るって言ってたよ」
「ずいぶん余裕ですね。先にシータさんが誰かの護衛を引き受けるとは思わないんでしょうか」
「私が他の人を護衛することはないよ。ファイは、こ……」
口にしかけてシータが赤面する。
「……こ、恋人、だし」
宣言した自分が恥ずかしいとばかりに、シータがトルノスたちに「かくまってくれてありがとう」と礼を告げて走り去る。それを見送り、マルクが隣でかたまっているトルノスを横目にとらえた。
「お前がずっと前に言っていたのは、あれか」
「あの顔は確かに……刺さるな」
普段は誰よりも勇猛な二回生代表の照れた様子に、一回生たちはそろってため息をついた。
その翌日の昼休みのことだった。シータは中庭の噴水池の縁に腰かけ、黄玉の投票用紙を手に考え込んでいた。
男子は、本当ならファイに入れたいところだが、ファイと別の女の子が黄玉として並ぶのは嫌だ。となると、プレシオかアルスか――ここは、アルスとウェーナの名前を書いてもいいかもしれない。ウェーナはかわいいし、姫と呼ばれても違和感がない。
「シータ、まだ迷ってるのか?」
先に投票をすませてきたパンテールたちが、一回生まで連れてやってくる。本当に今年の剣専攻一回生は集団で動くのが好きなようだ。
「お前の名前を書いてきたぞ。ありがたく思えよ」
にやりとするエイドスに、シータは眉をひそめた。
「何の嫌がらせよ。絶対やめてって言ったじゃない」
それでなくても姫という呼び名に抵抗があるのに、イオタの後なんてなおさらだ。
「オヌスじゃないけど、私なんかが黄玉になったら笑われるわよ。他にかわいい子がいくらでもいるのに」
「お前だって、女らしくすればかなりかわいくなるじゃないか」
「舞踏会のときは衝撃的だったもんな」
エイドスとポーマの言葉に、トルノスが目をみはった。
「シータさん、そんなにかわいかったんですか?」
「すごかったぞ。一瞬誰かと思った」
「日頃、男連中を蹴り飛ばしてる奴には見えなかったもんな」
二回生たちが笑い声をあげたとき、アレーナとミュイアが息を切らして飛び込んできた。
「シ、シータ、助けて!」
「どうしたの?」
ただごとでない様子に、シータが腰を浮かす。
「ウェーナさんが……上級生に責められてて」
ミュイアが真っ青な顔で伝える。
「ウェーナが、なんで?」
「野外研修がどうのって……」
「もしかしたら、アルスさんが護衛を引き受けたからじゃないか?」
パンテールの言葉に、シータは皆をふり返った。
「手分けしてアルスを探して。ウェーナはどこにいるの?」
「二階の東階段の辺り――」
聞くなり、シータは駆け出した。指示を受けて、剣専攻生たちがアルスの居場所を求めて散る。
途中でアレーナとミュイアも置き去りにして走ったシータは、二階の東階段で神法学科の女生徒に囲まれているウェーナを見つけた。
「ウェーナ!」
神法学科生たちとウェーナがふり向く。ウェーナは涙目になっていた。
「ウェーナが何かしたんですか?」
「気に入らないのよ。アルスに護衛を頼むなんて。なんで二回生が三回生にちょっかいを出すのよ。二回生なら二回生に頼みなさいよ」
そう吐き捨てたのは大地の法専攻生だった。その顔にシータは見覚えがあった。たしか、アヴェルラとよく一緒にいる女生徒だ。
なじられて、ウェーナは胸の前でぎゅっとこぶしをにぎりしめている。
「あんたもよ、シータ・ガゼル。ファイとかアルスとか、プレシオたちだってそう。目立つ男子とばっかり仲良くして、図々しいにもほどがあるわ」
「この子とアルスがつりあうわけないじゃない。あんたみたいなガサツな人間とファイも、全然お似合いじゃないわよ。冒険集団が一緒だからって、調子に乗ってるんじゃないの?」
「僕が誰とつりあうか、いちいち君たちの評価を聞かないといけないの?」
割って入った声に、場がかたまった。
階段を上がってきたのはアルスだった。後ろにパンテールたちの姿が見える。探してきてくれたのだ。
「だって、おかしいじゃない。去年も今年も私たちの依頼は断ったのに、なんでこの子の護衛はするの?」
「アルスは優しいから、シータに頼まれて嫌と言えなかっただけじゃないの?」
「この子がタウの冒険集団にいるからって、気をつかわなくてもいいのに」
「確かに僕はタウさんを尊敬してるけど、そんなことで引き受けたりはしないよ。それに、別にシータに頼まれたわけじゃない」
「だって、私たち見たのよ」
「シータに話を振られなくても、もともと考えてたことだ。ちょうどよかったから乗っただけで、僕としてはむしろ自分から声をかける手間がはぶけて助かったけど」
「嘘……」
女生徒たちが悲痛な面持ちでうめく。
「どうして? なんでその子ならいいの?」
「そりゃあ、怖い顔で人の悪口を言う奴より、いつもニコニコしている女の子といるほうが楽しいからだろ」
オルニスとプレシオが廊下を歩いてくる。すでに騒ぎは広まっているらしく、周囲には人だかりができつつあった。
「悔しいのはわかるけど、そろそろ退いたほうがいいと思うよ。これ以上、みんなの前で醜態をさらすより」
女生徒たちの顔がゆがんだ。ぽろりとこぼれた涙をぬぐいながら階段を下りていく。アルスは彼女たちに見向きもせず、ウェーナに近寄った。
「怖い思いをさせてごめんね」
顔をのぞき込むアルスに、ウェーナは首を横に振った。
「私、やっぱり……」
「護衛の申請は取りやめないでもらえると嬉しいんだけど」
ウェーナの言葉を遮って、アルスが言う。
「でも、同じように思ってる人はたくさんいるはずだし、これ以上迷惑かけたくないから」
「君の護衛をやりたいと言ったのは僕だよ。だから、最後までちゃんと守らせてほしい」
告白ともとれる発言にウェーナが目を見開き、顔を赤くする。周りで成り行きを見守っていた生徒たちからも「きゃーっ」と興奮の悲鳴があがった。
「これは本命になったな」
「彼女たち、仲を裂くつもりが後押ししちゃたね」
オルニスとプレシオが苦笑する。
「三回生はわりと美人が多いんだが、気の強い奴も多くてな」
そのせいか、恋愛絡みのもめごとの数が半端ないんだとぼやくオルニスを、シータは見やった。
「オルニスやプレシオは誰の護衛をするの?」
オルニスは、最近付き合いだした炎の法専攻生だという。そしてプレシオは「僕はタッシェだよ」と答えた。ファイと一緒に薬の開発をした大地の法専攻生だ。
「プレシオはアルスと同じで、基本的に女子の護衛はしないんだ」
神法学科生と護衛が野外研修を機に交際を始めるということがよくあるため、女生徒は特に、護衛を頼む武闘学科生の選別に必死になるらしい。
「プレシオは恋人をつくる気がないってこと?」
「こいつは理想が高いんだ」
「そういうわけじゃないけど……いろいろ面倒なんだよね。シータみたいな子なら、付き合ったら楽しそうだなと思うけど」
整った顔に笑みを浮かべるプレシオに、シータは「ええっ!?」と後ずさった。
「そんなに警戒しなくても、口説いたりしないから大丈夫だよ。僕は勝算のない戦はしない主義なんだ。君たちの間に割り込めると本気で思っている人間なんて、本当にひとにぎりだよ」
「そう言えば、ピュールもすごかったよな。女子同士でつかみあいの喧嘩まで起きてたぞ。本人はそんなのは無視して、幼馴染だっけな、あの丸っこい大地の法専攻生を連れてさっさといなくなったが」
「シータも大変だったんじゃない? どうやって逃げたの?」
「トルノスたちに壁になってもらって隠れてた」
「お前、一回生を使うのが本当にうまいな」
二人が発笑する。
ウェーナも落ち着いたらしく、にこやかにアルスと話をしている。ウェーナを見るアルスのまなざしも優しい。
やっぱり、黄玉はこの二人の名前を書こう。ポケットに突っ込んでいた投票用紙に手をのばしながら、シータはそう思った。
しかし、である。『炎の神が奮い立つ月』に入る前日、放課後に偶然ファイと出会ったシータが神法学科の野外研修について話していたところへ、ローが喜々としたさまで走り寄ってきた。
「ちょうどよかった。二人とも、来て!」
二人の手をつかんで生徒会の前まで引っ張っていったローが、掲示板に貼られた紙を指さした。
「おめでとう! 君たちが黄玉だよ」
笑顔のローとは対照的に、シータとファイは沈黙した。一呼吸置いて、「なんで!?」とシータは叫んで頭をかかえ、ファイもはああとため息をつきながら額を押さえる。
「ちょっとちょっと、栄えある黄玉に選ばれてそんな反応をするなんて、君たちくらいだよ」
ローが腰に手を当てて、不満そうにうなる。「だって……」と口ごもりながら、シータはあらためて投票結果を眺めた。
女子は確かにシータが一位だった。二位のプラムと三位のアヴェルラは僅差だが、シータとは差がある。そして男子は一位がファイ、二位がプレシオ、三位がアルスだったが、こちらはほんの数票差だった。
「シータは三回生の女子から目の敵にされているし、君の髪の色がばれて前評判よりは票を落としたけど、そのぶん予想が立たなかった槍専攻一回生の票が入ったから、結果としてあまり影響を受けない形で終わったね。男子は一位から三位までが本当に接戦で、最後までわからなかったんだけど、ギリギリのところでファイが抜け出たんだ」
「絶対無理だよ。姫なんて呼ばれたら、体中がかゆくなりそう」
考えただけで背中がぞわぞわしてくる。「ああもう、どうしよう」とその場にしゃがみ込むシータに、「そのことなんだけどね」とローが言った。
「実は学科によって名称が変わるんだよ。男子は武闘学科生なら騎士だけど、神法学科生と教養学科生なら賢者になるんだ。そして女子は神法学科生と教養学科生は姫だけど、武闘学科生は戦乙女と呼ばれる。僕が知る限りでは、ゲミノールム学院で戦乙女の名称が使われるのは今回が初じゃないかな」
「戦乙女も十分恥ずかしいよ」
イオタと同じ『姫』と呼ばれないだけ、まだましなのかもしれないが。
「男子も武闘学科生がなることが多いから、今年は本当に珍しい呼称の組み合わせなんだよ」
ローになだめられても、シータはまったく気が晴れなかった。明日にはこの結果が全校生徒に知れ渡ると思っただけで、逃げ出したくなる。
隣では、ファイもげんなりした顔をしている。
「まあ、しっかり頼むよ。『黄玉の賢者』と『黄玉の戦乙女』さん」
結果は覆らないんだから受けとめないとねとローに言われ、二人は宙に向かって嘆息した。
翌日は朝から掲示板に群がる生徒たちで大賑わいだった。投票結果はもちろんのこと、学科によって呼び名が変わるということを初めて知った生徒は多く、一日中二人の噂でもちきりだった。
「ファイに負けたか。残念。体術でシータと盛り上げたから、いけるかと思ったんだけど」とプレシオが肩をすくめる。
「戦乙女って格好いいね」とニトルもほめてきたが、シータは力なく笑うだけで答える元気すらなかった。
剣専攻の同期生たちからは「よっ、戦乙女」とはやしたてられ、ピュールには「普段あれだけ暴れ回っておいて姫はないだろうと思ったが、乙女もたいがいだな」と笑われ、放課後になる頃にはもはや生ける屍のごとくふらつきながら、シータは更衣室を出た。
今日は早く寝よう。そうしなければ、明日からの野外研修に支障が出る。もう何度目になるかわからないため息を吐き出したシータは、人けのなくなった掲示板の前で、珍しくトルノスが一人、じっと投票結果を見ているところに出くわした。
「シータさん、黄玉になったんですね」
「トルノスだっておかしいと思わない? 絶対に間違ってるよ」
へこんでいるシータにトルノスが苦笑する。
「いえ、俺はシータさんに入れたんで、そこは嬉しいです」
「ええっ……もう、勘弁してよー」
じとっと恨めしい視線を投げるシータから、トルノスは目をそらした。
「ただ、男子はあいつなんだなって」
眉間にしわを寄せるトルノスに、シータは首をかしげた。
「前から思ってたけど、トルノスってファイが嫌いなの? そんなにしゃべったことなさそうなのに、なんで?」
まさか聞かれるとは予想していなかったのか、トルノスが目をみはる。
「それは……」
シータを見つめる瞳が揺れる。不意にそのまなざしに熱がこもった。
「それは、俺がシータさんを好きだからです」
「私もトルノスは好きだよ。でも、それでトルノスと仲のいい人を嫌だと思ったりは……」
「俺が言う『好き』は、恋愛対象としての『好き』です。俺は、シータさんのことを尊敬してます。でも、女性としても好きなんです」
突然の告白に、シータは言葉を失った。
「今はあいつがいるから、すぐにすぐ奪えないのはわかってますけど。俺、あきらめませんから」
最後にトルノスがシータの後ろを見据える。ふり向いたシータは、ファイが立っているのを目にした。
ファイは微動だにしない。ただトルノスをとらえる青い瞳は、冷ややかな炎のようだった。




