(13)
「絶対に嫌」
「シータ、僕たちだって君の力を借りられないのは正直厳しいんだよ。でも――」
「俺も反対です。万が一にも捕まったらどうするんですか」
「討たれなければいいだけのことでしょ?」
「だから、そうなったときのことを心配してるんだろうが」
放課後、交流戦の作戦会議で集まった代表者――アルス、トルノス、オルニス、その他プレシオやパンテール、ジェソまでが口をそろえて説得にかかったが、シータは断固拒否した。
「だいたい、私はやめてって言ったのに『戦乙女』なんかにしたのは誰よ?」
ぎゃあぎゃあ言い争う武闘学科の代表たちを、神法学科の代表たちは目を丸くし、あきれ、苦笑しながら眺めている。
作戦会議は今日で三回目だ。一回目はおもに顔合わせと自己紹介、二回目からは隊のおおまかな人数の振り分けと戦闘の流れ等についての話し合いが始まったのだが、ここにきて問題になったのは、プレシオの発言したシータの扱いだった。
各学院の代表―ゲミノールムで言えば黄玉に当たる――は、ただの飾りではない。交流戦の最中に討ち取られた学院の代表は、もし相手側の勝利となった場合、『戦利品』として凱旋で連れ回されるのだ。
「イオタもタウも去年は参戦してたじゃない」
「イオタは、二回生のときはおとなしく見学してたよ」
「タウは?」
「タウは……まあ……」
言葉をにごすプレシオに、シータは「参加したんでしょ? じゃあ、私が出ても別にいいじゃない」と口をとがらせた。
「タウが縄をかけられて引っ張られても、男だから……でも君がそういう目にあうのは見たくないというか」
そもそもタウは三年間一度も敵に屈していないし、と言うプレシオに他の武闘学科生たちも賛同し、シータは不参加という方向に話が進みだしたため、シータが怒り、作戦会議そっちのけで出る出ないの言い合いに発展したのだ。
「去年イオタが敵総大将にさらわれても無事だったのは、本当に運がよかったんだよ」
「向こうはタウを本陣から引きずり出すために、イオタを連れ去っただけだからな」
プレシオとオルニスの言葉に、アルスもうなずく。
「たしか今年の敵総大将って、去年君にしつこくダンスを申し込んでいた人だよね?」
学院祭で『紅玉の騎士』として来ていたのを見たというアルスに、「なんでそんなことをアルスが覚えているのよ」とシータは額を押さえた。
「つまり、敵はお前を積極的に狙う可能性が高いってことだ」
「やっぱり、シータさんは見学してください」
オルニスとトルノスがたたみかける。
「どうしても出ると言うなら、本陣にいればいいんじゃないか?」
それまで黙っていたピュールが口を開く。しかしシータは渋面した。
「ええーっ、先鋒隊は?」
「却下だ」
ピュールがばっさり切り捨てたため、シータはむくれた。
「君の恋人は勇ましいね」
水の法専攻三回生代表で、粉蜘蛛騒ぎのときに薬の開発を一緒にしたラティオ・ポーゼが、くくっと笑ってファイを見る。同じく大地の法専攻三回生代表のタッシェ・ペタススも、「まさに『戦乙女』だな」とにやにやしている。
「普段はどっちに主導権があるんだ? 見た感じでは相手が強そうだが」
「いや、僕が思うに、案外ファイが手綱をにぎってそうだけどね」
ラティオとタッシェは好き勝手に言っている。
「じゃあ、ファイは? ファイだって黄玉でしょ?」
口論していたシータが、ファイに人差し指を向けて叫ぶ。とたん、みんなの視線がファイに集中した。
「ファイが見学するなら、私もあきらめる」
「僕は別に見学でもかまわ……」
「ファイが抜けるのは困る」
もともと模擬戦ですら面倒臭がっているファイが、交流戦にはなおさら消極的なのは周知の事実だ。これ幸いと不参加を表明しかけたファイの言葉をオルニスが遮った。
「ファイだけ出るの? そんなのずるいよっ」
「ずるいとかずるくないとかの問題じゃないんだよ」
いつもオルニスより対応が柔らかいプレシオも、今回は珍しく譲らなかった。
「イオタは神法学科生だったから、タウたちも去年は許可を出したんだよ。でも君は武闘学科生だ。最前線で突っ込んでいく役割を担うこともあるのに、ほいほい送り出すわけにはいかない」
模擬戦で君が吹っ飛ばされたとき、どれだけの人間が心配したと思っているの、と言うプレシオは、厳しい目でシータを見据えていた。
「これは戦いだからね。いつもいつもファイが君のそばにいて助けられるとはかぎらない。君が大けがをするのも、敵に捕獲されて『戦利品』にされるのも、僕はごめんだ」
場が静まる。痛いところをつかれてシータも唇をかんだが、それでもプレシオをまっすぐに見た。
「心配かけたのは申し訳ないと思ってるし、気づかってくれるのもわかるよ。でも私はプレシオが言うとおり、武闘学科生だから」
その自分に剣を振るなと指示するのは、手足をもぐのと同じことだと訴えるシータに、プレシオも口をつぐむ。
「それに、負けるのを前提として話を進めるのは間違ってると思う。私が討ち取られることより、ゲミノールムが勝つことを一番に考えるべきじゃないの?」
これでは何のための作戦会議かわからないというシータの意見に、武闘学科生たちは沈黙した。
やがてオルニスがため息を吐き出した。
「シータに護衛をつけるか」
オルニスの言葉に、武闘学科生たちがむっつりとした顔でうなずく。
「だから、そこまでしてもらわなくても――」
「参戦するというなら、それが条件だ」
オルニスがぴしゃりと言う。確かにここが妥協のしどころだろう。シータが了承すると、トルノスとジェソが手を挙げた。
「はい、俺が護衛につきます」
「俺も」
「待て待て。立候補を受け付けるかどうかは、これから考える」
先走るなとオルニスが注意する。
「立候補制はやめたほうがいいかもね。働き蜘蛛の捕獲のためにシータがおとりになったとき、誰が一緒に行くかでかなりもめたから」
あやうく剣専攻生同士で斬り合いになるところだったんだよ、とアルスがこめかみを指で押さえながらこぼす。
「護衛だからあまり弱いと話にならないし……かといって代表や副代表でかためると、他が手薄になって危険だね」
プレシオも腕を組んで宙をにらむ。
「もうっ、みんな忘れてない? 私だって二回生代表よ。総大将や副大将と当たらないかぎり、簡単にはやられないわ。要するに、私が本陣でおとなしくしていればいいんでしょ? それなら、ここはやっぱり護衛に貴重な戦力を割くより――」
「だめだ」
武闘学科の代表者たちがいっせいにふり返って声をそろえる。
「待機するという言葉が頭の中にこれっぽっちもないくせに、何を言ってるんだい」
「敵を発見したとたん、喜々として突っ込んでいくに決まっている」
「シータについていくだけの瞬発力と体力も選出基準に入れないといけないな……そんな奴、いたか?」
「いっそのこと、『枷の法』でどこかに封印しておいたほうがいいんじゃないか?」
「ちょっと、あんまりじゃない? いくら私でも、そこまで考えなしには動かないわよ」
バンッと机をたたいて立ち上がるシータを、武闘学科生たちはうろんげに見た。
「信用できない」
見事にかぶった反論に、ぐっとシータが詰まる。ラティオたち神法学科生がたまらず吹き出した。
来年の交流戦に向けて経験を積ませる必要もあるため、総大将になる可能性のあるシータはもちろん、ピュールも先鋒隊から外れ、代わりにエイドスやラボルたちが入ることになった。そしてピュールはプレシオとともにセムノテース川の防衛戦に加わり、シータは護衛付きで本陣に残ることが決まった。また、トルノスはプレシオの隊に、ジェソは主要大部隊として進軍するアルスの隊に組み込まれた。
シータの護衛としてひとまず決まったのは、剣専攻一回生副代表のマルク・アギリスと、槍専攻一回生副代表のカナル・ヴィダーレ。それ以外に三回生と二回生も二人ずつ配属することになり、喜びかけたマルクとカナルは、トルノスとジェソからじとっとうらめしそうな視線を突きつけられ、首をすくめた。
さらに、去年の活躍と今年『黄玉の賢者』としてスクルプトーリス学院に出向いたファイは顔が知られているため、風の法専攻生は全員ファイと同じ青銀色に髪を染めることが決まった。名付けて『ファイがいっぱい大作戦』だ。これでぱっと見は誰が本物かわからない。当のファイは今回、炎の法専攻生の法衣をまとってオルニスのそばに控えることになった。念のため、杖の先端につけている風の紋章石を炎の紋章石と入れ替え、他の紋章石は見えないようにしておく。
作戦会議を重ねるごとに、残る配属も決まっていった。昨年の一回生のように一部でもめることもなく、それぞれが交流戦に向けて意欲を燃やしていく中、いよいよ当日を迎えた。
大会堂と中央棟を結ぶ通路で、鎧をまとったシータは大きく息を吸い込んだ。今日は、空の青さが目に染みるほどの快晴ぶりだ。
「準備はできたか、シータ?」
総大将の証である黄色いマントをなびかせながら、オルニスがやってくる。隣には副大将のアルスと、赤い法衣を着たファイもいた。
ものすごく違和感がある。やはりファイには青い法衣が似合うなとシータは思った。
四人そろって大会堂に入ると、もう武闘学科生と神法学科生は整列していた。配属別にかたまって並んでいるのだが、風の法専攻生の髪がみんな青銀色であることに、シータは思わず「うわあ……」とつぶやいた。作戦とはいえ非常に奇妙な光景だったが、風の法専攻生たちは話をもらったとき意外と乗り気だったそうで、染料作りから積極的に参加し、はしゃぎながら髪を染めたという。誰が一番本物らしく見えるか、わざわざファイに聞きにきたらしく、ファイを困惑させたようだ。
ざわついていた大会堂内も四人の登場にしだいに静まっていき、やがて完全に静寂が訪れた。
壇上の中央にオルニスが立ち、その両脇にアルスとファイとシータが並ぶ。交流戦の参加者からの注目にひるみもせず、オルニスは昨年勝ち取った旗を守ることを堂々と宣言し、皆を鼓舞した。オルニスのかけ声にあわせ、武闘学科生は武器を、神法学科生は杖を振り上げて応えた。
大会堂を出た武闘学科生たちが次々に馬にまたがり、風の法専攻生がいっせいに『翼の法』で空へ舞い上がる。本当にファイがたくさんいるように見え、見学する教養学科生であふれる中央棟がざわめきに揺れた。
そしてついに開戦の合図が上がった。
まずプレシオの隊がセムノテース川に向かい、続けて先鋒隊が馬を駆けさせていく。アルスの率いる大部隊が出陣すると、残ったのはわずかな数だ。急に寂しくなった学院でぼんやりしていたシータは、オルニスに肩をたたかれた。
「お前はとにかく、無事に生き残ることを第一に考えろよ」
間違っても先頭切って突撃しないよう、会うたびに言われたことをまた忠告され、シータは眉間にしわを寄せた。
「わかってるわよ。でももしオルニスが危なくなったら、遠慮はしないからね」
総大将が討たれれば終わってしまう。だから敵が本陣を攻めてきたときは、自分は一兵卒としてオルニスを守る。たとえ逃げろと言われてもだ。
「そうならないことを祈るしかないな。だがシータ、俺たちはお前が『戦利品』として扱われることだけは我慢ならない。それだけは忘れるな」
マントをひるがえしてオルニスが去っていく。ファイも法衣のフードを目深にかぶりながら「行くよ」と声をかけたので、シータはうなずいてついていった。
去年のように本陣を急襲されることはなかった。しかし、伝達係の風の法専攻生の報告にシータたちは騒然となった。
先鋒隊が全滅したのだ。敵本隊は総力を上げてこちらを目指しており、衝突したアルスの隊も数に押されて苦戦しているという。
今回スクルプトーリス学院側は、セムノテース川の防衛にはあまり兵を割かず、まっすぐにゲミノールム学院の本陣へと進軍しているらしい。
これは籠城戦になるかもしれない。緊張の走る中、オルニスが伝令を飛ばしていく。やがてアルスの隊が撤退を決めたことが伝わってきた。
セムノテース川の戦闘は、現在のところゲミノールム側が圧倒的に有利だという。プレシオたちが本陣に駆け戻ってくるまで持ちこたえれば、勝算はある。
アルスの隊のしんがりは、パンテールやポーマなど剣専攻二回生と槍専攻三回生たちが少数で引き受けていた。ニトルもついているとはいえ、かなり厳しい。それでも道中にしかけた法陣の罠がうまい具合に発動し、敵本隊の兵数を確実に減らしていた。
まもなく、たくさんの蹄の音が響いてきた。アルスの隊が到着したのだ。思ったより生き残っている。アルスの判断が早かったのと、しんがり組が奮闘してくれたからだろう。
「ごめん、僕の力不足だ」
「いいや、よくやってくれた。これだけの人数が無事だったのは、お前の指揮のおかげだ」
あやまるアルスにオルニスが笑う。
「ここが踏ん張りどころだ。絶対に勝つぞーっ!!」
疲弊していた本隊の生徒たちが、オルニスの声に奮起の雄たけびを上げる。
偵察に出ていた風の法専攻生が、しんがりが壊滅したとの報告を運んでくる。神法学科生の活躍もあり、敵本隊の損害も大きいらしい。
戦闘不能になったパンテールたちを思い、シータは胸の前でこぶしをにぎった。仇は絶対に討つと。
敵を迎えるため、兵がすみやかに再編成され、配置についていく。シータがオルニスとともに中庭に入ったとき、法塔の最上階にいた見張りから「来たぞ!」と警戒の声が届いた。
学院内の各所に配備された弓砲台から、いっせいに矢が放たれる。かなり古いものであったが、整備すれば十分に使えるということで、今回利用することにしたのだ。
上から内部をのぞかれてはまずいため、飛行中の風の法専攻生を優先的に射落としていく。向こうから飛んでくる炎のつぶては、こちらの風の法専攻生が『砦の法』で防いだ。
しかし相手は最初から本陣に攻め込む用意をしていた。はしごが出てきてどんどん外壁にかけられていると、飛んでいた風の法専攻生がオルニスに告げた。
ついに敵軍が壁を乗り越えてきた。四方八方から続々と学院内に侵入してくる。
初めての戦にこわばっている護衛の一回生たちを、シータは見回した。
「大丈夫。私たちは負けないわ」
しっかりついてきてねと笑うシータに、マルクやカナルが「はいっ」と気合の入った返事をした。
弓砲台の操作を任されていた生徒は、きちんと矢を使い切ってから持ち場を離れた。これで相手側に利用されることはない。しかも、触ろうとすると足元の大地の法の罠が発動するよう、しかけも残していたので、知らずに飛びついて動けなくなった敵兵は、ゲミノールム側の生徒に討たれた。
敵は法塔と闘技場をまず攻めた。たいていはそのどちらかに総大将がいるからだ。もちろん、オルニスたちもそれを読んでいて、その二か所にわざと一定数の兵を置いていた。そして大勢の敵が最上階を目指して入りこんだところで、炎の法の罠を動かす。保護の法がかけられているため焼け落ちることはないが、中にいた敵の生徒たちは熱気で戦闘不能になっていく。二つの建物が炎に包まれるさまに、見物していた教養学科生たちからどよめきが上がった。
これまでの間に敵本隊の数も半分になったようだ。撤退後に水の法専攻生の治療を受けて回復したアルスたちが反撃に出て、両者入り乱れての討ち合いが続く中、ついに敵総大将が中庭に姿を見せた。
「先に大会堂に行ってくれればよかったものを……鼻がきく奴だな」
オルニスが舌打ちする。本陣をあえて建物の中に置かず、むしろ建物に突入した敵を罠にかける作戦を選んだのだが、やはり法塔と闘技場が同時に燃えたことで敵も見破ったらしい。
「やっぱり本陣にいたね。今年は黄玉だから前線には出てこないと思ったが、こんなところに隠れていたとはね」
総大将のザッツ・フラウトがシータを見て、目を輝かせる。やはりシータを狙うつもりで本隊を動かしてきたのだ。
「捕らえがいのある『戦利品』だ。ありがたくいただいていこう。イラール、敵総大将はお前に任せる」
ザッツの指示に、そばにいた槍専攻生があきれ顔になった。
「彼女はもう将来を約束した相手がいるようだと言っていなかったか? お前は本当にあきらめが悪いな」
「指輪など、外してしまえばすむ話だ」
「簡単には外れないわよ。外す気もないけど」
シータの冷たい返答に、ザッツが薄笑いを浮かべた。
「それなら指ごと切り落とすまでだ」
ザッツの言葉に場が凍りついた。シータでさえ寒気を覚えた。ある意味、レイヴンより危険人物のようだ。
「スクルプトーリスの総大将は、粘着質な気狂いしかいないのかよ」
オルニスが苦々しげに吐き捨てる。
「失礼だな。欲しいものに少しばかり貪欲なだけだよ」
言うなり、ザッツがシータに向けて駆け出す。ザッツの近衛兵が付き従い、イラールは指示通りオルニスへ走った。
先にイラールと討ち合ったオルニスは、顔をゆがませた。
「お前、副大将か」
「さすがだな」
たった一回交わっただけで気づいたオルニスに、イラールがにやりとする。
「総大将と副大将が首をそろえて女の尻を追いかけるなど、恥ずかしいと思わないのか?」
「追いかけているのはあいつだけだ。一緒にするな」
オルニスの一突きを防いだイラールに炎のかたまりが飛ぶ。かろうじてかわしたイラールは、立て続けに『剣の法』を放ってくる赤い法衣の生徒をにらんだ。術の発動が抜群に早いため、イラールが率いてきた神法学科生は対応できず、オルニスの近衛兵に討たれていっている。
「ずいぶん優秀な炎の法専攻生を連れているじゃないか」
「秘蔵していた奴だ。将来有望だぞ」
オルニスが得意げに笑う。
「『神々の寵児』といい、ゲミノールムの神法学科生はやっかいだな。まったく、今年は見事に攪乱してくれた」
おかげでどれが本物の『神々の寵児』か、見分けがつかなくて困ったと言いながら、イラールが槍を振るう。総大将の決め方は両学院とも変わらない。つまり、イラールは槍専攻の代表というわけで、やはり強かった。
「それで、本物はどこにいる?」
「誰が言うかよ」
イラールの槍をはじいてオルニスが反撃する。大会堂と中央棟を結ぶ渡り通路側にはアルスたちがいるため、敵の侵攻は食いとめられているが、食堂側を任せていた味方がどうやら倒れたらしく、そちらから続々とスクルプトーリス軍が押し寄せてきていた。赤い法衣の生徒が放つ炎の波状攻撃でしのいでいるが、数が多すぎてオルニスの近衛兵も応戦がギリギリの状態だ。
一方、シータはマルクたちに守られながら、ザッツと対峙していた。
「総大将より護衛が多いとは、よほど君が大事と見える」
「当たり前だ。シータさんには触れさせない!」
「威勢がいいな」
怒鳴るカナルたちを鼻で嗤い、ザッツが合図を出す。近衛兵がわっと護衛に突き進んだ。総大将の近衛兵だけあって精鋭ぞろいだったらしく、まずカナルとマルクが討たれた。二、三回生も懸命にシータを守り、またシータ自身も剣を振るが、しだいに追い詰められていく。そのとき、中庭に騎馬の一群が駆け込んできた。
「シータ!」
「シータさん!」
五人の騎馬隊はそのままザッツたちとシータの間に割り込んだ。後退するザッツたちの前で馬を降り、シータをかばって立つ。
「ピュール、トルノス……どうしてここに?」
「プレシオの指示だ」
とまどうシータに背を向けたままピュールが答える。
先鋒隊の全滅とアルスの隊の撤退は、セムノテース川で交戦中だったプレシオの軍にも情報が届いた。
スクルプトーリス本隊がゲミノールム本陣に進軍していると聞き、プレシオはピュールたち五人をシータの護衛に向かわせたのだ。
セムノテース川は必ず制する。だから生き延びろ、とのプレシオの伝言をピュールから受け取り、シータは唇をかたく結んだ。
「邪魔が増えたか。面倒だね」
ザッツが眉をひそめる。その目つきに鋭い光が差した。まとう空気が変わったことを、シータたちは感じた。
ザッツの剣が一回振られるたびに、護衛が一人戦闘不能になっていく。去年レイヴンを相手にしたときと同じ危機感に、シータの鼓動が速まった。
「ピュール、シータを逃がせ! そいつは危険だっ」
イラールと戦闘中のオルニスが叫ぶ。
「総大将を一人残せるわけないでしょ。私よりオルニスを守って!」
ザッツと同じく一閃するごとに近衛兵を倒しながら、シータが反対の意見を飛ばす。
オルニスとイラールの実力は互角で、どちらが勝ってもおかしくない。ピュールはオルニスを見やり、歯がみした。
「道を開く。行くぞ、シータ」
「ピュール!?」
「あいつがついてるんだ。大丈夫だ。トルノス、シータを連れていけっ」
「でも……!!」
「早く行け!」
ごねるシータをピュールが押す。トルノスがシータの手を取って走りだした。
「させないよ」
また一人を斬り捨てたザッツがトルノスに剣を突きつける。トルノスは何とか自分の剣で受けたが、片手で防ぐには相手の力が強すぎた。トルノスの剣が宙を舞う。無防備になったトルノスの胸に刺さりかけたザッツの一撃を、トルノスは蹴りではじいた。しかし追いかけてきた近衛兵の槍を受け、ついに護符が発動する。戦闘不能になったトルノスを蹴飛ばして、ザッツがシータに斬りかかる。ガンッと激しい音とともに、シータはザッツの剣をはね返した。
「さすが、学院祭の代表戦に出るだけのことはあるね」
ザッツが満足げに目を細める。
ピュールは近衛兵に足どめされていた。三回生が多いらしく、ピュールの顔つきはけわしい。他の護衛もシータの助けに入るが、近衛兵は討ててもザッツの勢いをとめることはできなかった。結局ザッツと一対一で戦うことになったシータに、中央棟で見守る生徒たちの悲鳴と必死の応援がふくらんでいく。
速さでは引けをとらなかった。しかし威力はやはりザッツのほうが上だった。ザッツはシータとの対戦を面白がっているようで、無理にとどめはささず、じわじわ体力を削ろうとしているらしい。
「惜しいね。同じ学院なら、もっと楽しむ時間が手に入ったのに」
まだ十分に余裕があるのか、ザッツが微笑む。シータもいつもなら体力は足りているところだが、異常な緊張感で呼吸が浅くなっているせいか、少し苦しくなっていた。
ザッツとの戦いの最中、不意に背後に殺気を感じてシータは横跳びした。シータがいた場所に後ろから剣が振り下ろされる。増援だ。
ふり返りざま敵兵を斬ったシータは、自分に群がるスクルプトーリスの生徒たちの中にあえて突っ込んだ。彼らが壁になり、ザッツの攻撃がシータに届かなくなったことで、ザッツが苛立っているのがわかる。その間にザッツの近衛兵の輪から抜け出したピュールが合流し、二人で敵をどんどん屠っていく。息のあった二人の戦いに、中央棟から歓声と拍手がわいた。
ピュールはシータを守りながら、少しずつ大会堂のほうへ移動していた。アルスたちのもとへ逃げれば、まだ助かる見込みがあると踏んだのだ。しかしそれはザッツに読まれていた。ついに人波が割れて逃げ道ができたというところで、大会堂側の出口に回り込んでいたザッツがシータに刃を振るった。
ちょうど一人を討ち捨てて次の敵の剣を受けていたシータは反応しきれなかった。ザッツの剣がシータを突こうとした刹那、ピュールがシータをかばった。
ピュールの護符が発動する。目をみはったシータは、妨害したピュールごと再度自分を貫こうとするザッツの剣先を見た。
そのとき、ざあっと一陣の風が両者の間を抜けた。視界を遮られ、ザッツの手元が狂う。
甲高い鳴き声が耳をつんざく。上空に舞い上がり旋回するのは、半透明に輝く青白い鳥だった。
「なっ……風の神の使いだと!?」
ザッツが呆然としたさまで見上げる。
「どこからだ? 討ち漏らした風の法専攻生がいる。そいつが『神々の寵児』だ。探せ!」
ザッツの命令に、近衛兵はじめ敵兵が周囲を見回す。一番手強い神法学科生が生き残っていると知ったスクルプトーリス側に動揺が走る中、美しい風の神の使いがカッと光った。
暴風が起き、スクルプトーリスの兵たちに風の刃が飛来する。次々に護符が輝き、その明るさに中庭が照らされた。
「御使いが攻撃するなんて……」
無茶苦茶だ、とへたり込んでつぶやく敵兵たちを飛び越え、シータがザッツへ駆けた。
「馬鹿、やめろっ」
気づいたピュールが叫ぶ。シータの一撃をかわしたザッツが、目を丸くしてシータを見つめた。
「護符の発動した人まで一緒に突こうとするなんて――あんただけは絶対に許さない」
ビュッと剣を一度払ってから構えたシータに、ザッツの口角が上がった。
「自ら『戦利品』になりに来るとはね。ますます気に入ったよ」
「『戦利品』になるのは、あんたよっ」
シータの渾身の一振りをザッツがはじく。初めてその顔がゆがんだ。一閃、また一閃と、二人の剣がひらめく。シータの周囲に迫る敵兵は、風の神の使いがすべて防ぎ、なぎ倒した。それがわかっているかのように、シータは他には目もくれず、ただ一心にザッツを追う。気をとられるものがなくなったシータの全力の攻撃に、ザッツは押された。
オルニスとイラール、シータとザッツがほぼ一騎打ちとなる中、やがて食堂側からの敵増援がとまった。喧騒とともに中庭に入ってきたのは、セムノテース川を制して駆けつけてきたプレシオたちだ。それを一瞥して舌打ちしたイラールが、視界の端に映り込んだものにはっと肩を揺らした。
「ザッツ、そいつだ……!!」
わめくと同時に、イラールの急所にオルニスの槍が届いた。護符が光り、イラールが悔しげにうなる。
一方、群がる敵を一掃した風の神の使いが、シータと並行して飛びながらザッツに襲いかかった。決してシータの邪魔をしない滑空に、見ている者たちは息をのみ、また呆けたようにかたまっている。
青白い鳥の羽が輝き始めた。何か術が放たれようとしていることに、ザッツがあせりの表情を浮かべたとき、シータが剣を振った。わずかに対応の遅れたザッツの剣をはじき飛ばし、続けて打ち込んだシータの突きがザッツの胸元にのびる。
ぱあっと護符が発動する。後方に吹き飛ぶ形で尻をついたザッツが、驚愕に目を見開いた。
「敵総大将、シータ・ガゼルが討ち取った!」
歩み寄ったシータが剣を空へと突き上げる。一瞬の沈黙後、大歓声が中庭に響いた。




