(12)
タウを借りてみんなから離れてみたものの、どう切り出せばいいかシータは迷った。タウを知っている生徒は珍しい組み合わせに二度見し、知らない生徒はいぶかしげに、あるいは興味深そうに見つめてくるので、よけいに落ち着かない。
「槍専攻もかなりまとまってきていると聞いた。模擬戦は残念な結果だったが、交流戦はうまく協力できそうだし、これなら安心だな」
途中でジェソたちに会って会釈をされたタウが、それに応じながらシータに微笑む。シータと一緒にいるのは誰なんだとジェソに問う槍専攻一回生たちの声を聞きながら、二人は歩き続けた。
「……私、代表を降りたほうがいいかもしれない」
闘技場が見えたところで、シータは足をとめた。タウも立ちどまってシータを見やる。
「ファイがオヌスたちに連れ去られたのがわかって、すごくあせってて……ピュールが代表戦の順番を変えるよう先生に提案してくれたの。おかげでファイを助け出せたけど、対戦が入れ替わったせいで、アルスたちの試合が中途半端になってしまって……」
オルニスは邪魔をしたオヌスたちに対して怒っていたが、そもそも順番通りにしていれば、そんなことは起きなかったに違いない。
「ファイを人質に取られて戦えなかったのは私の問題なのに、みんなを巻き込んで迷惑かけて……特にオルニスやアルスは今年が最後だったのに、私のせいでだいなしにしちゃった……」
武闘学科生にとって代表戦がどれだけ大切で重要なものか、よく知っているのに。出場できない同期生の悔しさや期待を背負って戦うという責任があるのに。
ジェソやオヌスたちにさんざん武闘学科生としての誇りがどうとか、偉そうに口にしていたくせに、その自分が一番できていなかったことが、許せなかった。
「昔、お母さんに言われたの。お母さんは第一王女の近衛兵だったから、もし家族を盾にされても王女を守らなければならない。それが自分の責務だから、あなたたちを助けるわけにはいかないって……」
ごめんね、とあやまる母の姿は、今でも目に焼き付いている。
「私は、お母さんみたいな強い剣士になりたくて、この道に進んだの。武闘館でも級長や、その上の総代表になれるよう頑張りたいって思ってたけど……いざ、今回みたいなことが起きたら、自分の務めを果たせないかもしれない」
総代表や副代表はもちろん、級長になるほどの実力があれば、卒業後はたいてい騎士団や近衛兵などに推薦してもらえる。要人の警護を任されたり、幹部候補として採用されるのだ。
今はまだ学生だから、大目に見てもらえることもあるだろう。しかし大事なとき、職務をまっとうできなければ――そう考えると、怖い。
もっと、きちんと覚悟をもって行動できる人間に任せたほうがいいのではないか。技術が一番だから――そんな理由で受けていいものではないのではないか。そう話すシータをタウはしばし見つめ、闘技場をあおいだ。
「俺は、父を失った後の母をずっと見てきた。当たり前のように続くと思っていた日常が、ある日突然壊れて、二度と戻らない。それを嫌でも認識して、自分たちだけは生きていかなければならないというのは……想像以上のきつさだった」
自分は家族でただ一人の男だから、父の分も家族を支えなければと長い間気負ってきたことを、タウは自嘲の笑みとともに語った。
「何が何でも自分が守らなければ、自分がやらなければ……そうやって、責任感の名のもとに自分で自分をがんじがらめにしてきたのを変えてくれたのは、お前たちだ」
思うようにいかないときは誰かに頼っていいことを教えられた。一緒に冒険した仲間が、カチコチにかたまっていた自分の意識をぶち壊し、再構築してくれたのだ。
「アルスたちは、お前の力になろうとして動いてくれたんだろう? それとも、お前から頼んだのか?」
シータは首を横に振った。
「でもあのとき、私が泣いちゃたから……だからみんな、同情したんだと思う」
「それは違うな。知らない人間が泣いてすがってきても、あいつらなら助けるだろうが、自分から手を貸したのは、何とかしてやりたいと思ったからだ。代表戦を妨害されたのをお前のせいだとは考えていないだろう」
「時間稼ぎをしていることにオヌスたちが気づいて、わざと邪魔したのに? オヌスは私がピュールにひどい負け方をするのを見たかったのよ。そのために試合を早く終わらせようとしたの。アルスたちもそれはわかっているはずよ」
「わかっていても、お前に怒りの矛先を向けないというのが、あいつらの答えだ。人間っていうのは面白いものだな。結果が同じでも、気持ちが違えば見方も変わる。あの二人がもしお前のせいだと感じたなら、それはお前のことをよく思っていないからだ。逆に言えば、アルスもオルニスもお前を一言も責めなかったのは、お前に好意的だからということになる。そしてそういう見方をあいつらにさせたのは、今までのお前の行いだ」
お前が人にしてきた言動がお前に返ってきているんだと、タウは言った。
「代表になるためにはもちろん強さは必要だ。だが、お前が代表に選ばれたのはそれだけが理由ではなかったはずだぞ」
去年、途中でパンテールと交代したのは、パンテールの肩の荷を下ろす意味もあったかもしれない。それでも、剣の腕が一番だからというだけで従うほど武闘学科生はおとなしくはないだろうという指摘に、シータも考え込んだ。
「今年の槍専攻一回生がいい例だ。ジェソが最初から一回生をまとめられなかったのも、オヌスという奴が結局みんなに背を向けられたのも、『こいつが代表なら大丈夫』と周りが思えなかったからだ。ジェソが積極的に動くようになってからは、うまくいきだしたみたいだが」
強いだけでは人はついてこない。俺がそうだったようになとつぶやいて、タウはシータを見据えた。
「自分の行いを省みる――それも一つの覚悟だと俺は思う。ふり返り、己の間違いを受けとめようとしない者、その勇気のない者に、代表は務まらない。いつも駆け足だったお前が、迷って、悔やんで、立ちどまった。それだけで、十分代表らしくなったと言えるんじゃないか?」
赤い瞳を細めてタウが笑う。常に数歩先を行く、自分にとって指針の一人であるタウの言葉が、すうっと胸に染み込んでくるのを、シータは感じた。
このままでいていいのだろうか。代表を続けてかまわないのだろうか。
「それに、俺は五回生まで剣専攻総代表の立場を維持できるよう努力はしていくが、騎士団や近衛兵に入る気はないんだ」
「そうなの?」
「言っただろう。父が死んだ後、母が立ち直るまでどれだけかかったか……それをそばで見てきた俺が、どう育ったか」
愛用している長剣をひとなでして、タウは言った。
「母や妹を守れと頼まれたわけではなく、俺は自分からその役を引き受けた。そのこと自体を後悔はしていない。だが、自分の子にまでその生き方を押し付けたくない。騎士団や近衛兵になったから必ず命を落とすわけではないし、そこに所属していなくても死ぬときは死ぬ。それでも、少しでも長く家族と過ごす日が続くようにしたいと考えている。だから俺は、卒業後は武闘館の教官試験を受けるつもりだ。そんな俺を、お前は『代表の責任から逃げている』と思うか?」
かぶりを振るシータにタウは微笑み、もう一度闘技場を見上げた。
「歴代の総代表の多くは騎士団長や近衛兵長、幹部になっている。各学年で一人しかいない地位に立ちながら、教官職を選ぶ人間はほとんどいないから、もったいないと言われるかもしれない。だが、ウォルナット先生やカラモスのおやじさんみたいな人もいる。道は一つではないんだ」
シータはふと気づいた。タウもまた、虹の森でいくつもの未来を見たのだ。たくさんの枝分かれした先を目にし、自分なりの答えに向かって進んでいる。
「周囲の目を気にするあまり、自分が本当に選びたいものを捨てるのが正しいことだとは俺は思わない。俺たちにだって欲しいものを欲しいと言い、やりたいことをやる権利はある。それが代表にふさわしくないのであれば、自分がどれだけしがみつこうが引きずり下ろされる。そうでなければ、今のままでいいと応援してくれる人がいるということだ」
自分の言動に責任をとる気持ちを常にもっているのなら、後の判断は周りがしてくれる。タウの意見をしっかりかみしめて、シータはうなずいた。
「私……頑張ってみる」
こんな自分でも、代表に推してくれる人がいるなら。手を差し伸べてくれる人がいるなら。
「タウ、ありがとう」
やっぱりタウに相談してよかった。シータが納得したのを感じ取ったのか、タウも「そろそろ戻るか」と笑った。
「そう言えば、総代表はタウだとして、副代表は誰になったの?」
「レイヴンだ」
武闘館の組み分けは守護神で決まるらしい。タウと組が分かれたバトスは級長にはなったのだが、代表決定戦でレイヴンに敗れてしまい、副代表に就けなかったのだ。
正直、総代表の重圧より、毎日張り付いてくるレイヴンの相手をするほうに疲労困憊しているとため息をつくタウに、シータは吹き出した。
「笑っている場合じゃないぞ。バトスが他の学院出身者や上級生にお前のことを面白おかしく宣伝しているから、お前の名が武闘館に知れ渡っている」
シアンさんが爆笑するのを俺は初めて見たと言われ、シータは真っ青になった。
「なんで!? バトスはいったい私のことを何て話してるの!?」
「まあ、嘘はついていないが……お前がいろいろやらかすから、話がつきなくてな」
衝撃のあまりかたまるシータに、タウは肩をすくめた。
「みんな、お前に会うのを楽しみにしているんだ。入学したら大変だぞ」
武闘館と神法学院は在籍期間が五年のため、シアンとも一年間だけともに過ごすことができる。タウですら勝てないというシアンに指導してもらえる機会があるかもしれないのは、とても嬉しいのだが。
「なんだか行くのが怖くなってきた……」
それもこれも全部バトスのせいだ。次に会ったら飛び蹴りの一発でもお見舞いしてやると決意して、シータはタウと雑談しながらみんなのもとに戻った。
「話は終わったの?」と尋ねてくるイオタにうなずいて礼を言ったシータは、ファイと視線があった。しかしファイはすっと顔をそらし、それを見たラムダが苦笑する。
「私たち、帰るわね」
「え、もう?」
イオタの言葉にシータは目をみはった。まだまだ話したいことはたくさんあったのに。
「昨日は実家に泊まったから、今日は早めにここに来ることができたけど、今日は寮に戻らないといけないのよ」
門限もあるので、そろそろ出発しないと間に合わないのだという。
「また会えるわよ。交流戦が終わったら『お疲れ様会』を開くわ」
「うん……」
タウとラムダはイオタとミューを送っていくと言い、乗ってきた馬を引き出しに厩舎へ向かった。
「あ、そうそう、忘れるところだったわ。シータ、ちょっと来て」
ファイを一人その場に残し、イオタとミューがシータを連れて少し離れた場所に移動する。
そこでシータは、この国では結婚指輪を中指にすること、未婚でその指にはめるということは、将来を約束した相手がいるという意味になるのだと聞いた。
「ええっ、嘘!?」
慌てふためくシータに、ミューが優しく言った。
「交際中にその指に指輪をはめること自体は、別におかしくはないのよ。熱愛中ならよくあることだし」
「でも、これをはめてくれたのはファイだよ?」
「だからみんなびっくりしてるんじゃない」
「ファイも知らなかったってことは……」
「それは絶対にないわね。あんたと違って、ファイはこの国で生まれ育ったんだから」
赤面状態で口をパクパクさせるだけのシータに、イオタがぐっと顔を近づけた。
「意味を知らないあんたに黙ったままのファイもどうかと思うけど、指輪が簡単に抜けないっていうのが何より問題なのよ。わかる?」
動揺しすぎて頭が回らない。涙目でかぶりを振るシータに、イオタが嘆息した。
「もしあんたが別の人を好きになったとき、ファイに解除してもらわないといけないのよ。会わずにつきあいを終えるということができないから、ものすごく気まずいわよ」
ずっと好きでいるとは限らない。そして心変わりしたとき、すぐに自分の意志で外せない。これから別れる相手にする最後の頼み事が、仲が良かった頃の一番の思い出を取ってくれということになるのだ。
「あんなに他人に興味がなさそうだったのに……あれは、こじらせたらかなり厄介よ」
イオタがちらりとファイに視線を投げる。ファイはきっと何の話をしているかわかっているのだろう、完全によそを向いていた。
「ぼけっとしてたら丸め込まれて身動きが取れなくなるから、少しでもおかしいと思ったらさっさと逃げなさいよ。遠慮なんてしなくていいから」
シータに人差し指を突きつけて念を押すイオタに、ミューが苦笑した。
「イオタったら、そんなに脅かさなくても……大丈夫よ、シータ。ファイは優しいから、シータのことを大切にしてくれるわ。この指輪のことだって、ちゃんと考えてのことだと思うわ」
一時の単純な独占欲だけで渡したわけではないだろうと言うミューに、シータもうなずいた。
「……うん、今もすごく大事にしてもらってるよ」
見ていないようで、見てくれている。冷静なふりして、いつも気にかけてくれている。それが垣間見えるたびに、嬉しくなるのだ。
「あら嫌だ。この子、のろけてるわ」
「よけいな心配だったみたいね」
腰に手を当てて口をとがらせるイオタの隣で、ミューがふふっと笑う。
「ファイも、この先どうなるかわからないけどって言ってたの。でも、もしかしたら私とファイは同じものを見たかもしれない……そんな気がしてるの」
そしてシータは気づいた。だからファイはこの指輪を中指にはめたのだ。
お互いに大事な選択肢の一つに入っているという認識を共有したから。
もし、あきらかに途中で切れている未来であったなら――あるいは、自分の一方的な思いだけで、可能性すらないことであったなら、きっとファイは行動に移さなかっただろう。
ずっと、はるか先まで続いている道。今はまだ、選ぶことができる道。
「シータ、あんた……」
何か言いかけてイオタがとまる。イオタもやはり言葉にすることができないのだ。
そこへ、タウとラムダが馬を引いてきた。タウがイオタを、ラムダがミューを自分の馬に乗せる。
武闘館に入学すれば、自分用に馬を貸与される。ほとんどの生徒は卒業後、その馬を買い取るという。卒業まで乗り続けた場合、少し安く譲ってもらえるのだ。
武闘館の生徒の証である馬に乗っているだけで、大人びて見える。そんなタウとラムダに周囲の武闘学科生たちがあこがれのまなざしをそそぎ、女生徒たちは同乗を許されたイオタとミューをうらやましそうに眺めている。
「交流戦の結果を楽しみにしている」
「必ず連勝をつかめよ」
タウとラムダの励ましに、シータは力強く首肯した。それからラムダの目がファイをとらえる。
「ファイ、オルニスたちを頼むぞ」
今年のゲミノールム学院の総大将は、模擬戦で勝利した槍専攻代表のオルニスだ。そして副大将は剣専攻のアルス。
「善処はするよ」
相変わらずの淡々とした答えに、タウとラムダが相好を崩す。こういうときのファイが頼りになるのは、もうみんなわかっているのだ。
「シータ、あんたなら……あんたたちなら、一番いい選択ができると思ってるから」
だから頑張りなさいとイオタがシータを、そして次にファイを見る。
ファイは何も言わなかった。ただイオタと視線を交えただけだったが、その青い瞳は揺らいではいなかった。
「……シータ」
手を振りながら四人を見送ったシータに、ファイが声をかけた。ふり返ったシータをじっと見つめてから、ファイは開きかけた口を閉じた。
「……何でもない。今日は、君の足を引っ張ってしまってごめん」
ファイが視線を落とす。間を置いてシータはファイの腕に自分の腕をからめた。驚きととまどいの表情を浮かべるファイに、にこりと笑う。
「午前中はバタバタしてて、ゆっくり回れなかったでしょ? もうあまり時間は残ってないけど、ファイと見たかったものがあるの。だから、早く行こう?」
そのままぐいと引っ張って歩きだすと、つられてファイも少しよろめきながらついてきた。
「……うん」
ようやくシータの速さに追いついたファイが、足並みをそろえる。それから二人はいろいろな話をした。指輪のことには触れなかったが、今はそれでいいとシータは思った。
堂々と腕を組みながら寄り添って展示物を見て回る二人を、すれ違う生徒たちがかえりみて、また道を譲る。やっぱり仲がいいねという声があちこちから聞こえ、そっとファイを見上げると、目があった。
落ち着きの中に照れ臭さのにじんだまなざしが、シータは好きだった。自分をしっかり映し、意識してくれている瞳が。
自分にとっても、ファイにとっても、納得のいく結論が出せるようにしたい。この学院で一緒にいられる最後の日を迎えるまでに、少しでも多くいろいろなことを共有して、判断したい。
まずは、今このときを楽しむことだ。
(ファイが、好きだよ)
こんなに近くにいるのに、まだ一度も言えていない言葉。自分の気持ちは伝わっているだろうが、いつかきちんと声に出したい。
教養学科生の描いた大きな絵を眺めるファイの肩に、コツンと頭を押し当てながら、シータは絡めた腕にほんの少しだけ力を込めた。
騒動の後、学院長室に連行されたオヌスたちは、学院祭に来ていた親も呼ばれ、今後について学院長とフォルリー教官から話を受けた。たび重なる問題行動により、このまま武器を扱う武闘学科に在籍させておくのは学院にとっても憂慮すべきことであるため、教養学科への移籍を通達された。イドゥーともう一人の槍専攻生は両親とともに謝罪のうえ素直に従ったが、オヌスの父は自主退学を申し出た。ヴァルサモ市の田舎にある母方の実家に預け、二度と槍は持たせないと約束した。事実上の放逐である。
そうしてオヌスは学院を去った。また教養学科へ移った二人も、それまでの行為を知る教養学科生たちから敬遠されて居づらかったのだろう。いつの間にか学院を辞め、家族でいずこかへ引っ越していったという。




