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誓いの指輪  作者: たき
11/14

(11)

 晴天に恵まれた今日、ゲミノールム学院は学院祭を迎えた。昨日までの間に準備はほぼ終わっていたものの、朝から生徒たちは慌ただしく行き来している。そんな中、シータとファイは学院長とともに他学院の代表を受け入れていた。

 馬車が正門を抜け、中央棟の入り口前に停車する。降りてきたのはスクルプトーリス学院長のプレオン・ヴィルギニスと、紅玉の姫であるフィーリア・ヴェルド、そして紅玉の騎士である剣専攻三回生ザッツ・フラウトだ。

「これはこれは……今年のゲミノールム学院は、ずいぶん勇ましい姫が選ばれたようだな」

 武闘学科の正装を身にまとうシータは、剣をおびているだけでなく、マントまで着用している。ドレス姿のフィーリアとは非常に対照的だ。

「姫ではありません。我が学院が誇る『戦乙女』ですよ」

 ゲミノールム学院長のトウルバ・ヘリオトロープが、さらりと訂正する。実はシータは事前に、衣装をどうするかヘリオトロープ学院長から聞かれていたのだ。シータが望むなら、女性らしい服装を用意することも可能だと言われたが、自分は武闘学科生であることに何の恥じらいもないので、このままでいいと答えた。髪型はウェーナに手伝ってもらって、今日は一度三つ編みにしたものを巻いてまとめている。いつもよりは大人っぽい雰囲気が出たかなと思うし、凛々しさの中に品の良さがあっていいとみんなにも好評だった。

 フィーリアはシータ本人やその格好よりも、左手の中指にはめられた指輪のほうが気になったようだ。またザッツは、昨年度の舞踏会でシータに何度もダンスを申し込み、最後に無理やり引っ張っていこうとした三回生だったので、同じく指輪をちらちら見ながらも積極的に話しかけてきた。

 ファイはやはり慣れない人間との会話は得意ではないようだったので、同じ剣専攻生ということもあり、客人の相手はもっぱらシータが引き受けた。ただし、ザッツがいささか行き過ぎた接触をシータにしかけたときだけはきっちり割り込んだため、指輪の贈り主がファイだと彼も気づいたらしく、それからは節度のある対応に変えてくれたので、シータもほっとした。

「シータ! ファイ!」

 代表戦の始まる時間が近づいてきた頃、客の相手からようやく解放されたシータとファイに、ラムダが大声で呼びながら歩いてきた。タウにイオタ、ミューも一緒だ。さすがに生徒会長のローは今日一日駆け回るために不在だが、仲間が集まったのが嬉しくて、シータも走り寄った。

「いよいよ代表戦だな。頑張れよ」

「俺たちは観客席から見ているからな」

 ラムダとタウの激励に、シータはうなずいた。今年も対戦相手はピュールだ。決して気が抜けない相手だけに、気合も入る。

「ちょっと、シータ。これは何?」

 イオタがシータの左手をがしっとつかむ。全員の視線が指輪に集中した。

「あ、これはファイがくれたの。私、模擬戦で死にかけたでしょ? だから護身用にって」

 模擬戦の出来事はアレーナやジェソ経由でタウたちも把握していたらしいが、指輪のことまでは伝わっていなかったのか、目をみはっている。

「護身用……」

「たしかに法術がかけられているけど」

 ラムダとミューがそうつぶやいて沈黙する。

「あんた、この指にはめる意味は知ってるの?」

「意味……?」

 きょとんとするシータに、「なんで誰も教えてないのよ」とイオタがため息をつく。

「自分ではめたの?」

「ううん、ファイが……」

 シータがかえりみると、ファイはよそを向いていた。

「指輪にかかっている『砦の法』が発動するまでは抜けないって言うから、私としてはなくす心配もないし、助かるんだけど……あ、でも今日の代表戦で反応したりしないかな?」

 さすがにそれはまずい。心配するシータに、ファイは「問題ないよ」と答えた。

「代表戦も護符が光れば終了だよね。そこにかけてある『砦の法』は、先に君を守るものがある間は動かないはずだから」

「そうなんだ? それなら大丈夫だね」と笑うシータに、「術の発動より、簡単に抜けないことをなんで気にしないのかしら、この子は」とイオタがぼやく。

「まあいいわ。代表戦が終わったら()()()()説明してあげる」

 ちゃんと、を強調するイオタに、「うん……?」とシータもとまどいつつうなずいた。

 そしてシータとファイは着替えるために四人と別れた。ファイは後でタウたちに合流し、代表戦を見学するという。 

 鎧をまとい、気合を入れて更衣室を出たところで、シータははっと足をとめた。オヌスたちがにやにやしながら壁にもたれていたのだ。

「……何か用?」

 ジェソの無実が晴れて以来、オヌスたちはシータに接近してこなくなった。ジェソに対してはまだ反抗的なようだが、周りがオヌスに遠慮なく注意するようになったので、近頃はずいぶんおとなしかったのだ。

「べーつにー。『戦乙女』の戦いを見るのは楽しみだなあって思ってただけだよ、なあ?」

 オヌスが脇の槍専攻生に視線を投げる。今、オヌスに味方するのは二人だけだと聞いている。一人はイドゥーのはずだが、珍しくそばにいない。

「そうそう、代表戦の前にいいものを見せてやるよ」

 オヌスが後ろ手に持っていたものをシータの眼前に突きつける。シータははっとなった。

「それ……ファイの杖」

 上部についているのは風の紋章石だが、その下に残り三つの紋章石もはめこまれている。そんな杖を持っているのはファイしかいない。

 ファイの杖をつかもうとしたシータから、オヌスはさっと逃げた。

「気絶している間にボコボコにされたら、誰があいつを治療するんだろうなあ」

「ファイに何をしたの!?」

「まだ何もしてねえよ。これからするんだよ」

「なっ……」

「大事な大事な恋人なんだよなあ」

 杖の先をくるくる回しながら、オヌスが嫌らしい笑みを浮かべる。

「助けたかったら、代表戦負けろよ。お前がどれだけぶざまにやられるかによって、あいつの運命が決まる」

「ちょっと……!!」

「たんこぶ一つだけで返してもらいたかったら、それ相応の戦い方をするんだな」

 大笑いし、オヌスたちが走り去る。追いかけようとしたシータは、迎えに来たパンテールに呼ばれた。そろそろ時間だぞと。

 控え室に向かいながら、シータは動揺を抑えられなかった。

 オヌスが邪魔するかもしれないから気をつけるようジェソには忠告しておいたけれど、まさかファイが狙われるとは。

(どうしよう……)

 ファイを捜したい。でも代表戦を抜けるわけにはいかない。そんなことをしたら、代表戦に出るために全力で自分と戦ったパンテールたちに申し訳ない。

 それなら自分が負ければいい?

 しかし模擬戦後、ピュールと決着をつけると約束したのだ。本気で挑まなければピュールに失礼だ。

「シータ、大丈夫か? 顔色が悪いぞ」

 もしかして緊張しているのかと尋ねるパンテールにかぶりを振る。そのとき、前方に見えた集団にシータは目を見開いた。

 控え室の前に集まっているのはバトスたちだ。今回槍専攻三回生はオルニスが、剣専攻三回生はアルスが代表として出る。カルフィーとレクシスもいる中、シータはニトルを見つけた。

「おっ、シータ。やっぱり今年もお前が出るんだな」

 バトスがシータを見て手を挙げる。しかしそれには返事もせず、シータはニトルに駆け寄った。

「ニトル! お願い、ファイを捜して!」

「え? ちょっと、シータ。いったいどうしたの?」

「何だよ、対戦前に恋人が会いに来てくれなくて寂しいのか……ってわけじゃなさそうだな」

 ニトルの肩をつかんで揺さぶるシータに、からかいかけたバトスが真顔になる。

「何があった?」

「オヌスが……オヌスたちがファイをどこかに連れていったみたいなの。助けたかったら代表戦に負けろって。私がどんな負け方をするかで、ファイにどれくらい危害を加えるか決めるって」

 騒ぎを聞きつけたのか、後ろからピュールも足早にやってきた。

「てっきりジェソの妨害をすると思ってたけど、まさかシータたちにちょっかいをかけるとはね」

 プレシオが苦々しげに吐き捨てる。

「本当にファイはさらわれたのか?」

 レクシスの問いにシータはうなずいた。

「ファイの杖をオヌスが持っていたの。だから間違いないと思う」

「あいつ……どこまで屑なんだ」

 オルニスが舌打ちする。

「風の神の使いは、地上ならどこでも捜せるんでしょ? ファイを捜して、ニトル。お願い……ファイを助けて」

 ニトルの腕をつかんだままずるずるとその場に座り込み、シータはすすり泣いた。

「シータ、大丈夫。絶対にファイさんを見つけるよ。だから安心して」

 膝を折ってシータの顔をのぞき込んだニトルが微笑む。それからニトルは『召喚の法』を唱えた。

「青き衣をまといて碧空を巡りし風の王カーフ。来たれ、青き翼を広げし御使い。不可視の王の御元にて汝もまた不可視の存在なり。我、王の眷属にて汝を迎えん。今ここに風の道あり。されば汝の姿、見せしめよ」

 ニトルが最後に右肩上がりの『Z』を宙に杖で描く。風の紋章が青く輝くとさわやかな風が吹き、光の向こうから半透明の鳥が滑り出てきた。

 ニトルが風の神の使いにファイの捜索を念じると、青白い半透明の鳥は一声鳴いて飛んでいった。

「追うぞ、ニトル。シータ、ファイは俺たちに任せて、お前は代表戦に集中しろ」

 バトスがニトルとレクシス、カルフィー、プレシオを連れて走り出す。ピュールがアルスとオルニスに何か話してから、シータのそばに来た。

「もし一回生の試合が終わっても連中が戻ってこなければ、先に三回生に対戦してもらう。先生にも話をしておくから、来い」

 ゆっくり顔を上げたシータに、ピュールが手を差し出した。

「泣いている場合か。お前は代表だろう。シャキッとしろ」

 シータはきゅっと唇をかんでから涙をぬぐった。ピュールの手を借りて立ち上がる。

「できるだけ試合を長引かせるよう、トルノスたちにも言っておくか」

 パンテールの提案に、シータは首を横に振った。

「あの二人には、何も気にせず戦ってほしいの。だから言わないで」

 そのとき、トルノスとジェソが控え室から出てきた。代表戦の開始時刻が迫っているからだ。

「あれ? なんでみんなこんなところに……シータさん、何かあったんですか?」

 首をかしげたトルノスは、シータの目が赤いことに気づいたらしい。慌てたさまで近づいてくるトルノスの前にピュールが立ちふさがった。

「放っておけ。腹が痛くて苦しいだけだ。ただの食いすぎだ」

「食いすぎ? だって、昼飯はまだですよね?」

「意地汚いから先に食ったんだよ。いいから、お前たちはとっとと行け」

「シータが万全の状態で臨めるよう、二回生と三回生の対戦の順番を入れ替えるかもしれないが、気にしなくていいからな」

 オルニスの言葉に、トルノスとジェソは顔を見合わせた。

「何か隠してませんか?」

 なおも食い下がろうとするトルノスに、アルスが腕組みをした。

「トルノス、もし今回もジェソに負けたら、これから先の合同演習でシータと手合わせするのを禁止するからね」

 三回生命令だよというアルスに、トルノスが青ざめた。

「そんなっ……ひどいですよ、アルスさん」

「見込みのない人間に、シータの指導はもったいないよ」

「それじゃあ、ジェソが勝ったら、交流戦前の槍専攻と剣専攻の合同演習で、シータを独占できる権利をジェソにやるか」

 オルニスがにやりとする。先日の模擬戦でシータに討たれて以来、剣専攻二回生との合同演習を楽しみにしているジェソが、「本当ですか?」と目を輝かせる。トルノスがあきらかにむっとした顔で、ジェソに人差し指を突きつけた。

「だめだ、シータさんを独占なんてさせないからな」

「なんでだよ。お前はいつも相手をしてもらってるんだから、いいじゃないか」

「それとこれとは話が別だ。絶対にお前には負けないっ」

「いいや、悪いが今回も勝たせてもらう」

 言い争いながら、トルノスとジェソが対戦会場である大会堂へと歩いていく。静かになった廊下で、シータがぼそりと低い声で抗議した。

「誰が意地汚いのよ」

「ぐっ……」

 ドスッとピュールの背中に蹴りが入る。鎧越しでもかなりの打撃だったのかうめくピュールに、残された者たちがそろって吹き出した。

 

 

 いよいよ代表戦が始まった。大会堂は特設された座席はもちろん、二階に渡された通路まで満員になっている。

 入学式より多い見物客の数に、トルノスもジェソもいくぶん緊張した様子だったが、いざ向き合うとお互いしか見えなくなったらしい。周りの声すらおそらく聞こえていないだろう二人のぶつかり合いを、シータは気もそぞろに眺めていた。

 捜索に時間がかかっているのか、ニトルたちはなかなか姿を見せない。たぶん学院内のどこかに幽閉されていると思うのだが、そんなにわかりにくい場所に隠されているのだろうか。それとも、オヌスに協力している人間が多いのか。

 シータは槍専攻生のほうを見やった。オヌスの取り巻きだった生徒たちは、副代表のマルクのそばで応援に声を枯らしている。いないのはイドゥーだけだ。そしてオヌスはもう一人の生徒と一緒に大会堂にいた。シータと目が合うと、瞳を細めて薄ら笑いを返す。

 先に両専攻の教官に相談していたので、いつもならとっくに引き分けで終えている時間になっても、教官たちはまだトルノスとジェソを戦わせていた。二人ともいつもより気合が入っているので、引きのばされても気づいていないらしい。しかし卒業生もたくさん来ているため、あまり時間をかけすぎるとおかしいと思われてしまう。

 そろそろ限界か、というあたりで、両専攻の教官が引き分けの判定を下した。会場内に大きな拍手が響き渡る。勝敗がつかなかったことにトルノスもジェソも悔しそうにしていたが、このときだけはシータもきちんと二人に拍手を送った。

 ニトルたちはまだ現れない。ウォルナット教官がシータたちへ視線を投げた。シータの隣にいたアルスがうなずいたので、次に三回生が呼ばれた。

 順番が違うことに会場がざわつく。タウとラムダも目をみはり、顔を寄せ合って話した後、シータのほうを見た。

 何かあったと気づいたに違いない。それでも二人は席を立ってまでシータのほうへ来ようとはしなかった。代表戦前によけいな話をしないよう、配慮してくれたのだ。

 今聞かれてもシータも答えられない。もしそばに来られたら、きっと抑え込んでいる不安があふれて泣いてしまう。だから二人の気づかいがありがたかった。

 トルノスはやはり違和感を覚えたようで、シータに近づこうとしたが、それをパンテールが引きとめていた。対戦前の人間にむやみに話しかけるなと注意している。

 時間的に二人の教官に事情を伝えるだけで精一杯だったが、学院長やロードン教官にも頼めばよかったかもしれない。

 どうか早く見つかってほしい。無事でいてほしい。

 アルスとオルニスの対戦が始まった。さすがに一回生とは動きが全然違う。観客も順序が変わったことをすぐ忘れたかのように、応援に熱を入れた。

 しかしオヌスたちは違った。オヌスが槍専攻生に何かささやき、槍専攻生がうなずいて歩きだす。その姿を目で追っていたシータは、槍専攻生が赤ん坊連れの女性の隣に立つのを見た。一瞬後、火がついたように大声で赤ん坊が泣きだした。

 声援とは明らかに違う叫び声に、オルニスとアルスもびくりと体を揺らす。そのせいでアルスの手元が狂い、またアルスの攻撃を防ごうとしていたオルニスも、アルスの剣をはじきそこなって護符が発動した。

「勝者、剣専攻アルス・ゼーテイン!」

 教官の宣言に、間を置いて拍手がわく。もう少し時間稼ぎをする予定だったアルスとオルニスは不満顔で、特にオルニスは自分が負けただけに怒りをあらわにしていた。

 赤ん坊連れの女性は、周りからの非難めいた視線に言い訳をしている。急に泣きだしたので原因がわからないと。そこで赤ん坊の足の裏が赤くなっていると誰かが指摘し、つねられたみたいだと騒ぎが生じる。

 槍専攻生はとっくに女性のもとを離れ、オヌスのもとに戻っていた。ピュールは最初槍専攻生の行動に気づかなかったようだが、赤ん坊の泣き声の後に移動しているのを見つけたらしく、オヌスたちをにらみつけている。

「ごめん、シータ」

 帰ってきたアルスがあやまる。シータはかぶりを振った。ここまで来たら、覚悟をきめなければならない。

「シータ、頼むぞ」

「シータさん、頑張ってください」

 剣専攻生からの声かけにうなずき、前へ出る。三回生の試合がおかしな終わり方をしてしまったこともあり、それを吹き飛ばす白熱した勝負を見たいという期待が場内に満ちているのを、シータは感じた。

 ピュールと視線を交える。きっとピュールは、可能な限り時間を引き延ばすことに協力してくれるだろう。

 でも、それでいいのだろうか。自分のわがままで、覇気のない試合をみんなに見せることが、本当に許されるのか。

 迷いは晴れない。いつも、どちらが勝つかわからない緊張感が心地よいピュールとの対戦に、今回も本気で挑みたい。そう思う一方で、ファイの安全を切り捨てることは絶対にできない。

 決められないふがいなさに涙がにじむ。そのとき、名を呼ばれた。

「見つけたぞ、シータ!」

 大会堂に、誰かをかついだバトスが駆け込んでくる。息切れしながらも笑顔のバトスが肩に乗せているのは、青銀の髪の神法学科生だ。青い法衣の彼はぐったりとしているが、イドゥーらしき武闘学科生の首根っこを引っ捕まえてバトスの隣に現れたプレシオが、親指を立てている。

「大丈夫、無事だよ!」

 続いて、ニトルとカルフィーとレクシスもよろよろしながら入ってきた。全身で息をしている。タウとラムダが腰を浮かした。二人がバトスたちのほうへ向かう。

 こそこそ逃げ出そうとしていたオヌスともう一人は、オルニスたち三回生が取り囲んでいた。

 嬉しさと安堵で、シータはぽろりと一粒だけ涙をこぼした。それから力を込めたまなざしをピュールへとそそぐ。

 憂いがなくなったシータに、ピュールの口元が弧を描く。

 そして、今日最後の試合が開始された。始めから二人とも全力で自分の武器を振るい、もてるすべての技を出し切る勢いで戦った。

 剣と槍が重なりはじきあうたびに火花が散る。余裕でかわせる一撃など一つもない。気を抜けば一瞬でやられるのだ。

 会場中を渦巻いている熱気が後押しをする。もっと、もっとと求め、励まし、力を与えてくれる。

 とぎすまされた神経で、剣先で、ピュールの槍の流れを読む。打ち返す、叩き込む、はね返されて退く、そしてまた踏み込む――。

「やめ!」

 両専攻の教官が同時に手を挙げる。最後に渾身の一突きをぶつけあってから、二人はぴたりと静止した。

 荒い息の中、互いを見合い、それから下がる。武器を立てて礼とした二人に、大歓声が広がった。

 剣専攻生たちの輪に帰ったシータは、二、三回生たちに頭をがしがしもまれた。一回生たちも興奮に上気した顔つきで称賛を口にする。それに笑顔で応じてから、シータはバトスたちのもとへ走った。

 大会堂から観客が出ていくのに邪魔にならないよう、バトスたちは大会堂の奥の部屋にいた。イオタとミューもタウたちの後を追ったらしく、先に来ていた。

「ファイ!」

 シータの声に、椅子に座っていたファイが顔を上げる。腰を浮かしたファイにシータは飛びついた。勢いに押されて壁に背中を打ちつけたファイが、顔をゆがませる。

「おいおい、見つけたときは大きなこぶを作っていたんだ。気をつけてやらないと、また治療室行きになるぞ……って聞いてないな」

 大勢の前でためらいなくファイにしがみついて嗚咽を漏らすシータに、バトスが苦笑う。

 まもなく、ウォルナット教官とフォルリー教官も来た。ウォルナット教官はファイに抱き着いているシータにぎょっとした容相になったが、フォルリー教官は冷ややかな目でオヌスたち三人をにらみつけ、話を聞くので学院長室に来いと言って連れて行った。

 ファイは闘技場の三階の物置部屋に閉じ込められていたという。正装から着替えて更衣室を出たところを、オヌスたちに殴られて気を失ったのだ。見張りのイドゥーが各階の扉に内側から鍵をかけていたので、やむを得ずレクシスとニトルが法術で扉を破壊していったのだが、物置部屋に大量に積まれた大きな道具箱のどれにファイが押し込まれているかわからず、片っ端から開けていかなければならなかったのと、あらかじめ用意していたらしい縄梯子を窓から垂らしてイドゥーが逃走してしまい、捕まえるのに時間がかかったことで遅れてしまったとバトスたちに謝られたが、ファイを見つけてくれたことにシータは感謝しかなかった。

 また、赤ん坊を泣かせて勝負を妨害したのがオヌスの取り巻きだったと知り、オルニスはひどく腹を立てていた。そして、卒業式後の代表戦も必ず出場権を手に入れてやると意欲を燃やした。

「ところでシータ、ずっと気になっていたんだが」

 まだファイに張りついていたシータに近寄ったバトスは、シータの左手をファイから引きはがした。

「これは何だ?」

「何って、指輪だけど」

「それは見ればわかる」

 変な向きに手をねじられて痛いので、シータは仕方なくファイから離れた。それでも、もう一度椅子に座ったファイの横に腰かける。

「ただの指輪じゃないよ。護身用だよ」

「たしかに法術がかかってるね」

 じっと指輪を見て、カルフィーがうなずく。

「お前、模擬戦であやうく死ぬところだったんだってな」とレクシスも言う。

「誰からもらったかは想像がつくから聞かないが、ここにはめる意味をお前はちゃんと理解しているのか?」

 バトスがずずっと顔を寄せてくる。そう言えば、とシータはイオタにも同じことを質問されたのを思い出した。

「中指って、そんなに重要なの?」

 自分の祖国では、中指に特別な意味はなかったのだ。

「防御と虫よけって言われたけど……もしかしてここにはめたらまずいものなの? あれ? でもはめたのは……」

 ファイだよね、と考えて隣に視線を投げる。

「防御と虫よけ……ねえ」

 バトスがにやりとする。ファイは膝上で頬杖をつき、よそを向いている。

「まあ、間違ってはないがな」

「じゃあ、別に問題ないじゃない」

「そうだな、問題はないな」

 バトスは口がおかしなほど震えている。爆笑する寸前といった感じだ。

「誰もそのことについて触れなかったのか」

「アルスは何も言わなかったよ?」

 みんなの視線がアルスに向いたので、アルスが顔を赤くした。

「いや、だって、知ってるものとばかり思ってたから」

 まさか知らずにはめていたなんて、とアルスがぼそぼそ言う。

「それについては後で私たちが教えるから、あんたはこれ以上よけいなことをしゃべるんじゃないわよ」

 イオタがため息まじりにとめたため、バトスはひくひくする唇をかんで了承した。

「それじゃあ、俺たちは行くか」

 バトスたちが扉へと爪先を向ける。シータは立ち上がった。

「あ、バトス。みんなも……本当にありがとう」

 満面に笑みを浮かべるシータをかえりみて、バトスは鳩羽色の双眸を弓なりにした。

「どういたしまして。日取りが決まったら、絶対に呼べよ」

 何の日取りなのかとシータが聞き返す前に、バトスたちは部屋を出ていった。

 いい時間なのでとりあえず昼食にしようと、六人も屋台を目指すことにした。ちょうど手があいたローも合流してきたので、久しぶりに七人そろって食事をとる。ローはファイが監禁されていたことを知らなかったようで、話を聞いてとても驚いていたが、大きなけがもなく解決したことを喜んだ。

 そしてローがまた慌ただしく生徒会の仕事に戻っていった後、シータはイオタに「ちょっとタウを借りてもいい?」と尋ねた。「いいわよ」とイオタがすんなり承知したので、タウを連れて二人だけで別の場所へ移動する。それをじっと見送っていたファイに、イオタがあきれ顔になった。

「ファイ、あんた、タウにまで嫉妬してどうするのよ」

「別にそういうわけじゃ……」

「シータがタウに相談するなんて、武闘学科に絡むことくらいしかないじゃない。いくらあの子があんたを一番頼っていても、何でもかんでもあんたに話して解決するわけじゃないんだから」

 目を伏せて黙り込むファイに、イオタは腰に手を当てて眉をひそめた。 

「今からそんな状態じゃ身がもたないわよ。通うところがバラバラになるんだから」

「まあ、気持ちはわからんでもないがな」

 ラムダが苦笑する。ゲミノールム学院にいた頃は毎日顔をあわせていたのに、今では事前に約束しないとなかなか会えないのだ。武闘館と神法学院、トカーナエ高等学院は配達便があるので、生徒間で手紙や贈り物をやり取りできるようになっているものの、進学先が別になったとたん交際が終わる二人も多い。

「シータ、会うたびにきれいになっているものね」

 ミューも微笑む。背はそれほどのびていないのに、少しずつ大人へと向かっている。毎日見ていると気がつかないほどの小さな小さな変化だが、たまに会うとよくわかるのだ。

「本当に縛りたいなら、ごまかしてないできちんと話をしなさいよ」

 それでなくてもにぶい子なんだから、はっきり言わないと伝わらないわよというイオタの忠告に、ファイは無言で手持ちの飲み物に口をつけた。

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